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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第六話 おめかし

 ついに明日は成人の儀式の日だ。仕事は今日から休みを貰ったので、春が来るまで行くことは無い。有給休暇、とかあればいいのに…。この間は沢山買い物もしたし、貯金は大分心許ない。どうにかして、お金を作れないだろうか。


「姉様!」

「ラティス。」

「明日は姉様の成人の儀式ですもの。お祝いに参りました。」


 十歳になったラティスは、物凄い美少女になっていた。ふわふわのウェーブの掛かった金色の髪、パッチリとした青色の目。整った顔立ちに、十歳にしては大きな体。

 私よりも体つきが良いかもしれない…。


「姉様に頂いたマフラーと言う物は、とても暖かいです!私、外に出る時はいつもしているのですよ。」

「それは良かった。」


 私は毛糸を買ったその日の内に編み始めた。魔力を込めて編めば今度は切れる事も無く、数日後には無事に出来上がったので、遊びに来ていたラティスにそのまま渡したのだ。

 大喜びになったラティスは直ぐにそれを纏ってみせた。毛糸自体が安価なので肌触りの良い物を選んだのだが、自分の分を作って使ってみれば確かにとても暖かかった。

 まあ、この世界の冬って私が居た世界よりも暖かめなので、そこまで辛いと感じた事は無いのだけど。


「それじゃ、ついでにコレもあげましょうか。」

「姉様、コレは何ですか?」

「ニット帽です。こうやって耳も入れて被るんですよ。」

「……!!暖かい!」


 ポンポンの付いた白いニット帽を、ラティスに被せた。髪が長いのでちょっと邪魔だったかもしれないが、嬉しそうなのでまぁ、いいか。


「姉様はとても器用なのですね。毛糸の様な糸クズでこんな素敵な物が出来るなんて…!」

「簡単なんだけどねー。」


 しかし、毛糸が糸クズか…。編み物って結構好きだったんだけど、ゴミのように言われるとちょっとショックだ…。編み針欲しいなー…。


「姉様、明日は成人の儀式なのですよね!少し早いですが、おめでとうございます!私、明日は儀式のお話を聞きたいです!」

「…話すのは良いけど、おじさん達に怒られるよ?この間も怒られてたでしょ。」

「父様も、母様も、姉様の事を分かっていないのです…。姉様はこんなにも優しくて素敵なのに…。」

「私としては、住む場所を貸してくれてただけで助かってるんだけど…。自分の子供でもないのに、場所を与えてくれるのは十分優しいと思うよ。」

「だけど…。」

「ラティスは優しいね…。」


 ラティスに言ったように、住む場所をもらえるだけで十分と言ったのは私だ。自分の事は自分で出来る、だからお金は自分で管理すると言って。

 そのお金も、今は全く無くなっちゃったんだけどね。父さんも、まさか魔物除けの装置に使われるとは思ってなかっただろうな…。


「姉様は明日、どのようなお洋服で行くのですか?」

「え、服?一応用意した服で行くつもりだけど…。」

「まあ!どのような物を?お化粧は?装飾品は付けるのでしょう?」

「いや、そう言うのは特に何も…。」

「それではいけませんわ!」


 ラティスが少し大きめな声を出したので、私はビックリした。何故私よりもラティスがこんなに興奮しているのだろうか。


「姉様がどんな格好を用意してるか分かりませんが、何を着ても素敵でしょう。しかし、少しくらいは他のおめかしをして行きませんと。」

「だって、偉い人の話し聞いてお祈りして、終わりでしょ?」


 要は成人式みたいなモノだろう。晴れ着みたいに豪華な物は無理だが、簡単に出来る和服なら用意してある。布は高いし針も無いから刺繍が出来ないので、安価で色が違うものをいくつか合わせて重ね着するタイプのモノだが。


「何を言ってますの、姉様!その後があるじゃないですか!」

「その後…?」


 ルドルガは話し聞いてお祈りしたら後は冬籠りだって言ってたけど、他に何かあるのかな?ひょっとして男女では違うとか?


「おめかしした姉様はきっと選り取り見取りですわね…!私、当日は姉様の事、綺麗にしてみせますわ!」

「私、仕事場の子の話しか聞いてないんだけど、ひょっとして成人の儀式って男女で違うの?」

「いいえ、同じですわよ。きっと、その方は約束した方がいるのでしょうね。」

「約束…?」


 用事があって直ぐに帰ったって事?その後に何かあるんなら、聞いておかなきゃいけないかな。


「成人の儀式は平民も貴族も一緒に行われますもの。姉様ならきっと、貴族の方にも見初められるかもしれませんわ。」

「見初められるって、何を…。」

「兄様も素敵な婚約者を見付けられましたし…。姉様も、ご自分の理想の方が見つかるといいですわね!」

「婚約者…?」

「パーティーに相応しい恰好をご用意しなくてわ…!」


 儀式の後のパーティーで相手を探すって…。もしかして、婚活パーティーみたいなものがあるの?


「何ソレ…、婚活とか興味ない…。」

「コンカツ?何ですの、ソレ?」

「あー、いや、何でもない。別に、参加しなくてもいいんだよね?」


 多分、ルドルガも参加してないのだろう。だからその話が出てこなかったのだ。私も出来る事なら参加したくない。


「参加しないなんて勿体ないですわ!女性にとって、人生でそこが一番大事とも言われているのですよ!どれだけ素敵な殿方を捕まえられるかが勝負なのです!」

「勝負って…。」


 ラティスは大きな声で私にアレコレ話し続ける。正直、結婚とかまだ早いし、恋人も欲しくない。貴族に絡まれるなんて面倒な事も遠慮したい。

 しかし、そんな私の気持ちを分かってくれる訳はなく、ラティスは明日は絶対に参加するように言ってきた。朝早くに小屋にやって来ておめかしをするんだ!と、とても張り切っている。


「それでは、姉様。私、明日の準備がありますので、今日は失礼致しますね。ニットボウ、どうもありがとうございました!」

「あー、まあ、程々にね…。帽子被る時に髪が邪魔になりそうだったら、結んじゃうと良いよ。」

「はい!それでは、また明日!」


 ラティス…、いつの間にそんな押しの強い子に育ったのだろうか…。昔はとても無邪気で可愛らしい子だったのに…。

 …今でも可愛いんだけどね。と言うか、私よりもラティスの方が絶対にモテモテだろう。四年後が楽しみだ。



 次の日の朝、ラティスは本当に朝早くやって来た。しかし、いつも身に着けているマフラーと、昨日上げた帽子を付けていない。…忘れてきたのかな?

 そんな事を聞く暇も無く、ラティスはどんどん私を着飾っていく。私が和服を着ていたのに驚いて、どういう服なのかとても聞きたそうにしていたが、それよりも私を綺麗にしていく事を優先したらしい。初めて見た和服に、少しでも合う様にと頑張って私を綺麗にしていく。


「姉様、お待たせ致しました。これで如何でしょうか?」

「わぁ…!」


 ラティスの使用人が、大きめの鏡を私に向けてくれた。そこに居たのは、とても可愛らしく着飾った少女だった。

 和服に合わせて、シュシュの様な物で髪を纏められ、前髪を留めるためのピンの様な髪飾りを付けられた。腕には細身の輪っかが重なったブレスレットが付けられて、化粧は大人し目な感じにされている。


 ポニーテールの和服美人だ…大和撫子みたい。いや、自分で美人とか言うのはちょっと気が引けるけど、それはラティスが頑張ってくれた化粧のおかげだろう。

 私が用意していた和服は白、水色、青の三色である。どれも単色で柄などは全くないが、順番に着ていけばちょっと動きづらいけどとても綺麗な色合いになる。帯は間に挟んだ水色の着物と一緒なので、単色ではあるがかなり華やかだ。髪の色が茶色っぽいので、和服を着ていてもそこまで変ではないだろう。

 ラティスが用意してくれた小物はどれも青系で纏まっていて、髪飾りもとても可愛らしい。和服なんて見た事無いのに、良くコレに合いそうな物を持ってたなぁ。


「ああ、素敵ですわ、姉様…!初めて見たお洋服ですが、こんなに素敵な物があるなんて…!」

「本当です…。一体、どこでこの様な物を…。」

「て、適当に作ってみたら、良さそうな感じだったので…。あ、アハハ…。」


 私としては、いつも和服で過ごしていたのでこっちの方が落ち着くのだが、やはり珍しかったのだろう。ミシンなんて物は存在せず、服を作るのにも魔法を使うこの世界では、私は生きていくのが大変かもしれない。

 出来る事ならもっと和服を作りたいが、私の魔力では一年掛けて一着が限界だった。服に使うくらいなら温泉旅館を作るのに使いたいしね。


「さあ、姉様、参りましょう!今日は、父様と母様が馬車を用意して下さってますわ。」

「えっ?馬車?」


 あの夫婦が、私の為に馬車を?今まで一度だってそんな事をしてくれた事が無いのに…。


「姉様、早く!早くその素敵なお姿をお見せしなくてわ!」

「いや、別に見せる必要なんて…。」


 ラティスは私の手をグイグイと引っ張っていく。とても興奮しているようで、周りの使用人の人も扉を開けて待っている。

 待って、この格好だとそんなに早く動けないから。


「父様!母様!兄様まで!」

「おお、ラティス。ご苦労だったな。」

「まあまあ、アイシャ。とても可愛らしい恰好で。初めて見ましたわ。」

「ああ、とても美しいな。」


 最後のギードの言葉は、きっと本心だろう。何だかとてもくすぐったく感じてしまう。しかし、ハーベリー夫妻の目を見れば、そこに映っているのは初めて会った時の様な瞳。私を利用しようとしている時の目だった。


「アイシャ、今日は私達と共に馬車で神殿に向かおう。私達は家族なのだから、遠慮する事は無いよ。」

「さあさあ。早く馬車へとお乗りなさい。」

「……。」


 その薄ら寒い笑顔に、私は気持ち悪さしかなかった。此処に来て五年近いが、そんな顔を向けられた事等一度も無い。

 チラリとラティスを見れば、楽しそうにギードと話をしている。ああ、どうせなら私もあっちに混ざりたい…。


「では、行ってくるよ。ギード、ラティス。留守番を頼むぞ。」

「はい、お父様、お母様。行ってらっしゃいませ。」

「三人共、お気を付けて下さいませ!」


 二人や使用人に見送られて、私は馬車へと乗り込んだ。正直乗りたくはなかったが、和服で神殿まで歩くのは大変だし、逃げられそうになかったので大人しく付いて行った。


「そう言えば、アイシャ。お前は、ラティスに珍しい物を与えていたのだな。」

「…何の事でしょうか。」

「マフラーやニットボウなど、見た事も無い物を持っていたよ。」

「アレはどの様に手に入れたのかしら。良かったら、教えて下さるかしら?」


 ニコニコと表面上では笑っているが、その目は金ヅルでも見付けたかのような目だった。私がお金になりそうな物を持ってると分かると、今までの態度が嘘の様に変えてきた。


「今まで済まなかったね。あの様なボロ小屋に押し込んでしまって。帰ったら母屋の方へおいで。」

「冬籠りの間は、私達がちゃんと面倒見ますから、安心して頂戴ね。」

「…いいえ、結構です。ご迷惑になりますから。」

「迷惑だなんて、何を言うんだい。私達は家族だろう?」

「遠慮なんていらないのよ。家族だもの。」


 家族、という言葉を聞く度に嫌気がさしてくる。私に家族は、もう居ないのだ。どこを探しても、幾ら望んだって。


 瑞希馨の家族も、アイシャの家族も、皆死んだのだ。



「……。」

「おお、神殿に着いたようだ。」

「儀式の後のパーティーは絶対に参加するんだよ。終わる頃に、迎えを寄越すからね。」

「…はい…。」


 私が黙って思い耽っている間に、神殿に着いたようだ。夫婦は必ずパーティーに出るように、私に釘を刺していった。出来れば参加したくなかったが、ラティスが話を楽しみにしている様だったので、諦めるしかなかった。

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