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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第五十九話 ジェイクの言葉

「うーん、どうしよう…。」


 私は、今までに無いほど悩んでいます。その原因は、一通の手紙。アルベルト様から夜に届いた、あの手紙です。


「はぁ…。私は、一体…。」


 先日、平民の格好をして町を散策した日。アイシャ殿に出会った。ちょっと衝撃的な場面ではあったけど、直ぐに何でもない事が分かってホッとしたのも束の間。


 その後に話した内容は、私には…私達には、衝撃的なモノだった。


 アイシャ殿とルドルガの、噂話。その話を聞いた時、私はとてつもない感情に襲われた。チラリとアイシャ殿を見れば、顔を真っ赤にして否定していた。

 取り敢えず、その噂が嘘だったというのは良かった。でも、アイシャ殿がルドルガの事を気に掛けているのは、幾ら鈍感と言われる私にだって分かる。


 このままだと、噂の通りになってしまう。


 そんなのは、絶対に嫌だ。私だって、アイシャ殿の隣に居続けたい。私を、見ていてほしい。


 アルベルト様とはアイシャ殿と別れた後も共に行動した。当初の目的であった町の散策を遂行したのだ。以前平民の格好をして痛い目を見た私だが、アルベルト様の誘いはとても魅力的だった。私も、アイシャ殿が暮らす街を、同じ目線で見たかったから。

 兄上が居ては絶対に出来ない事。もしも兄上が居たら、私達は二人だけで抜け出す事なんて出来なかった。あの時から、厄介事に巻き込まれない様にもうしてはいけないと、注意されていたにも係わらず。私はアルベルト様の誘いに乗ってしまった。


 あの話を聞いてから、私の中にはどうしようもない焦燥感が溢れていた。今のままではいけないという焦りと、自分に対する苛立ち。

 あの日、アルベルト様とも別れて、自分の家に帰った後。私は何も出来ずにいた。散策が終われば、後に残ったのは何とも言えない感情で。家に閉じこもって、うだうだと悩んでいただけだった。


 アルベルト様は直ぐに手紙を書いて、行動していたのに…。私は手紙が来るまで…いえ、手紙が届いてからも、行動出来ずにいる。


「私は、どうしたらいいのでしょうか…。」


 アイシャ殿が好きという気持ちは、私だって誰にも負けるつもりは無い。例えアイシャ殿がルドルガの事を好きだとしても、アルベルト様という位の高い方が相手だったとしても。

 私はアイシャ殿を諦めたりはしない。


 それなのに、私は行動を起こそうとしない。…出来ないのだ。


「はぁ…。」


 私は、ドリア伯爵家の次男だ。兄上に何かあるとは思わないけど、もしもの時は私が伯爵家を継ぐ事だってある。その場合、私はたった一人、アイシャ殿だけを愛する事が出来ないかもしれない。


 貴族と言うのは、一夫多妻が多い。私の家は今のところ母上だけだが、本来なら有り得ない事なのだ。我が家は代々、騎士を輩出する家だ。男女関係無しに、強くなくてはいけない。それが第一条件としてあるからか、余り複数の妻を持つことは無い家系なのだ。兄上の第一夫人である義姉上も、高位の方の護衛を務められるくらい強いのだ。

 兄上はとてもモテる。今まで出会った女性は、皆が兄上を褒め称えていた。私も兄上を誇りに思っていたし、そうあるものだと思っていた。


 だけど、アイシャ殿は違った。


 アイシャ殿は、兄上を見ても他の女性の様な好意を、兄上に寄せることは無かった。私と、変わらない様に接してくれた。

 あの日、成人の儀式で出会った時から、私はアイシャ殿に惹かれていたのだ。


 初めて赴いた騎士見習いとしての仕事。あの時、私の騎士としても思いは、崩れかけていたのだ。私なんかでは、兄上や父上の様な騎士になる事が出来ないのではないか。大切な人が出来ても、守り切る事が出来ないのではないか。

 そればかりが、不安で不安で仕方が無かった。


 だけど、アイシャ殿は、そんな私の心を救ってくれた。未熟な私にも、誰かを救う事が出来たのだと、言ってくれた。

 その言葉が、どれだけ嬉しかった事か、アイシャ殿は知らないだろう。


 成人の儀式を終えてから、私は今まで怠っていた分も含め、猛特訓し始めた。アイシャ殿が言ってくれたのだ。私なら、きっと沢山の人を助けられるのだ、と。ああ、でも、私は…。


 私が、一番守りたいのは…。


「ジェイク。」

「兄上…?」


 ふと、声を掛けられて考えが止まった。どうやら長い時間、考え込んでいたらしい。いつの間にか日が傾いていて、兄上が仕事から帰って来ていたのだ。


「全く、お前は朝と何も変わっていないじゃないか…。」

「…兄上、どうかしたのですか?」

「どうかしたのはお前だよ、ジェイク。」


 兄上の言う事が、イマイチよく分からない。首を傾げて兄上の方を見れば、小さな息を吐いて私の頭を撫で始めた。


「悩んでいる事があろうのだろう?話してごらん。」

「な、何でそれを…!」

「私が気が付かないとでも思うのかい。お前ほど分かりやすい子は中々いないよ、もう。」

「あうぅ…。」


 まさか、バレているとは思いもしなかった。そんなにも分かりやすく悩んでいたのだろうか…。


「朝見た時は放っておこうと思ったけどね。流石に全く進んでないようだから、少しくらいならアドバイスできるかもしれない。」

「兄上…。ありがとうございます!」


 やはり、兄上は素晴らしいお方だ…!悩んでいる私の相談に乗ってくれるなんて…。ちょっと恥ずかしいけど、今のままだと平行線のままだし、兄上の考えを聞いてみたい。


「えっと、兄上、その…。」

「うん、何だい?」

「あ、あ…アイシャ殿の、事なのですが…。」


 私は意を決して、兄上にアイシャ殿の事を相談した。


「…私は、アイシャ殿の事が、…好き、なのですが…。」

「ああ、知ってるよ。」

「出来れば、その…、彼女を妻に…って、知ってたのですか!」

「言っただろう?ジェイクは分かりやすいって。弟の気持ちが分からない程、鈍い兄ではないよ。」

「そ、そう…ですか…。そこまでだったなんて…。」


 …私の気持ちまで知られているとは思わなかった。兄上には、何でも知られていそうです…。


 ああ、でも、そう言う事なら、もっと思いっきり話しても大丈夫でしょうか?どうせバレているのなら、変に隠す方が恥ずかしいですし…。


「えっと、ソレで…ですね。アイシャ殿にこの言持ちを伝えても良いのかどうか、悩んでいたのです…。」

「…うん、それで。」

「私は、伯爵家の次男で、これから先に何があるか分かりません。以前、アイシャ殿は、複数の妻を持つのは嫌だと言っていました。平民と貴族の差だというのは理解してますが、私だけの気持ちでアイシャ殿だけを愛する、という事が難しい事は分かっています。」

「……。」

「そもそも、我が家に迎えられるほど、アイシャ殿は強くないのです。我が家の決まりを、自分の恋心なんかで破る事も出来ず…。」


 そうだ。アイシャ殿は、普通の平民の少女なのだ。騎士として訓練を受けている自分とは違う。戦う事なんて、彼女は出来ない。それどころか、自分の身を守る事すら、余り出来ていない。


 アイシャ殿は、何故だかよく争いごとに巻き込まれている。それも、命の危険が迫る様な事に。彼女がピンチの時に私が最初に助けへと行けるのは、とても誇らしかった。

 だけど、ピンチが迫る様な事にならないのが、一番なのだ。どうにかして、彼女の危険を取り除きたい。


 私は、彼女の騎士に、なりたい。


「ねえ、ジェイク。強さって何だと思う?」

「兄上?」

「きっと、ジェイクの言う強さっていうのは、戦闘に対する強さだけなんだよ。でも、他にも強さがあると、私は思うんだ。」

「他の強さ、ですか?」

「私は、アイシャの事は強い子だと思うよ。」

「えっ?」


 兄上が、アイシャ殿の事をそう思っているとは知らなかった。だって、私から見たら、アイシャ殿はいつだって隙だらけで。何か危ない事が起きても自分で対処する事が出来ず、いつもギリギリのところで生き延びていた。


「あの子は、まだ子供の頃に家族を全員無くした。それなのに、せめて家族の残した物を大切にしたい。例え家族が死んで、自分も死にかけたような場所でも、その為ならばそこに住める子だ。普通なら、森に入るなんて、怖くて近付けない筈だよ。」

「それは、確かに…。」

「アイシャは年齢の割に大人びてるところがある。貴族でもない、普通の平民の子が、だ。あの年の頃ならば、もっと感情が表に出たって不思議ではないんだ。…まあ、オンセンの話題になると別だけどね。」


 …そう言えば、兄上の言う通り、アイシャ殿はたまに慌てたり、はしゃいだりする事もあるが、普段はとても大人しくてシッカリしている。分別が、キッチリとし過ぎている様な、気がした。


「心の強さだって、私は立派な強さだと思う。ジェイク、元々障害があると分かっていただろう?それでも彼女に恋をした。ならば、その為に出来る事を全部やってからにしなさい。出来もしない内から諦めるな。お前も覚悟を決めるんだ。」

「覚悟…。」

「私はアルベルト様よりもお前の事を応援しているんだよ。大事な可愛い弟だからね。」

「兄上…。」

「後は、お前の気持ち次第さ。」


 …そうだ。初めから分かっていた事だ。あの日、初めてアイシャ殿に出会った時から。あの時は思わず、勢いのままに家へ来てほしいと、告白してしまっていた。結局勘違いで無かった事になってしまったけど、今でもその気持ちは変わらない。寧ろ、あの頃よりもずっとその思いは強くなっている。


 ああ、私の気持ちはずっと決まっていたのだ。何を、こんなにも悩む事があるのだろうか。


 兄上は心の強さも一つの強さだと言ったけど、我が家の求めるモノは戦闘に関する強さだ。兄上は私の事を考えて言ってくれたのだろうけど、それくらい私にだって分かる。

 ならば、私がアイシャ殿の分も強くなればいい。私一人で、どんな時でもアイシャ殿を守れるように特訓すればいい。誰も文句が言えないくらいに、強くなればいいのだ。


 アイシャ殿を娶るためなら、私は何だってやってみせる。


「ありがとうございます、兄上!決心が付きました!」

「…そうかい。それなら…。」

「はい!早速行ってきますね!」

「ジェイク…?」

「失礼します、兄上!」

「あ、コラ…!」


 私は兄上に頭を下げると、直ぐに部屋から飛び出して、アイシャ殿の家に向かった。


「既に日が暮れているというのに…。せめて明日にしないと、アイシャにも迷惑だろう。ジェイクったら、全く…。……頑張るんだぞ。」


 何だか、兄上に応援してもらったような気がした。今直ぐにでも、この気持ちを伝えたい。私は急いでアイシャ殿の家に向かう。

 こんなにも全速力で走ったのは、初めてかもしれない。頭の中で色々と考えていたせいか、あっと言う間に着いた様な気がする。


 私は、チャイムを鳴らすのも忘れて、扉の外から声を掛けた。


「アイシャ殿、いらっしゃいますか!」

「……ジェイク様?」


 静かな森に、私の言葉が響く。家の窓からアイシャ殿が顔を出すと、とても驚いた様な表情をしていた。


「直ぐにそちらに参りますね、ちょっとお待ち下さい!」


 アイシャ殿が家の中に姿を消すと、直ぐに物音が聞こえ始めた。少しの時間だというのに、何だかとても長い間待っていたような気持になる。アイシャ殿が扉を開けて出迎えてくれるまで、私の心臓はドキドキし続けていた。


「すみません、お待たせしました。中へどうぞ。」

「お、お邪魔します!」


 招き入れてもらい、ソファへと腰を落ち着けた。アイシャ殿は私にお茶を差し出すが、私はソレを口に付ける事無く、ジッとアイシャ殿を見つめる。

 兄上に、勇気を貰った。覚悟を決めてきた。私は、もう逃げません。


「えっと、その…。何かあったのでしょうか?」

「ええ。どうしても言わなくちゃいけない事があったのです。」

「ジェイク様がそれ程に言うなんて…。何なのでしょうか?」

「…好きです。」

「……えっ…?」


 私は、真っ直ぐにアイシャ殿を見ながらそう言った。


「アイシャ殿、私は貴方が好きです。どうか、私をアイシャ殿だけの騎士にしては頂けませんか?」

「ジェイ、ク様…。」

「アルベルト様から手紙が来ました。」

「……!!」

「相手がルドルガでも、アルベルト様でも関係ありません。私はアイシャ殿が好きなのです。」

「そ、その、私、は…。」


 顔を真っ赤にしたアイシャ殿は、上手く言葉が出てこないのか、しどろもどろになっていた。私は、アイシャ殿に話し続ける。


「アイシャ殿は、私が守ります。誰よりも、一番最初に駆けつけて、何があっても必ず助け出します。私を、貴方の騎士にして下さい。」


 その言葉に、偽りなどない。絶対に私がアイシャ殿を守り続ける。誰にも、ソレを譲ったりはしません。


「ジェイク様、私は…。」

「急に言われても、困る事だと承知しています。だけど、アルベルト様が行動したのに、私が何もしない訳にはいきません。成人の儀式での事、覚えていますか?」

「は、はい…。」

「あの時から、私の気持ちは変わっていないのです。アイシャ殿、貴方を私の妻にしたい。」

「……!」


 そう。私の気持ちはずっと変わっていないんだ。


「私も、返事はいつだって構いません。ですが、アイシャ殿と卒業パーティーの日、ラストダンスを踊りたいと思っているのは、私も同じです。」

「ラストダンス…。」

「アルベルト様にも、ルドルガにだって負けません。アイシャ殿が私の事を好きになってもらえるように、これからもっと頑張ります。」


 結局、アイシャ殿の顔は真っ赤になったままだった。だけど、それはつまり、少しでも私の事を意識してくれたという事だろう。

 チャンスが無い訳ではない。ならば、私はそのチャンスを、つかみ取るだけです。


「アイシャ殿、大好きです。絶対、アイシャ殿に振り向いてもらえるようにしますからね!」


 別れ際、ギュッとアイシャ殿の手を握った。緊張して固くなったのが私にも分かる。何だか、とても可愛らしいと、思った。

 こんなちょっとした事で、私の心は満たされる。アイシャ殿が傍に居るだけで、幸せな気持ちになるのだ。


 アイシャ殿も、私と同じになって欲しいと、心の底から願う。



 家に帰ると、兄上がホールで待っていてくれた。先程の出来事を伝えれば、兄上は優しく頭を撫でてくれる。そのまま、二人で部屋へと戻っていった。

 ベッドに入って、さっきまでのアイシャ殿を思い出す。


 私は負けませんからね、アルベルト様、ルドルガ!

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