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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第五十八話 アルベルトの言葉

今回はアルベルト視点です。

 アイシャ殿に手紙を出した。どうしても、話しておきたい事があったからだ。私はコッソリと家を抜け出すと、暗闇に紛れるようにアイシャ殿の家へと向かう。

 チャック殿は昨日今日と非番になっている。おかげで、抜け出すのにそこまで苦労はしなかった。


「よし、大丈夫そうですね…。」


 後を付けられてないか確認しながら、アイシャ殿が待つ家へと走る。昨日、アイシャ殿を見掛けて、話をして。このまま大人しくなどしていられなくなった。


 アイシャ殿と出会ってから、彼女の事は色々と調べていた。数年前に起きた魔物による事故。その後、成人するまで預けられたハーベリー家での諍い事。そして、私達に出会ってからの事も。


 だけど、どれだけ探っても、アイシャ殿の家族については殆ど分からなかった。


 母親の方は専業主婦のようで、毎日家にいたらしい。父親は体を使って稼ぐ人らしく、木を切ったり、荷物を運搬したりと、その時によって職種は様々だった。ただ、話を聞いた平民によれば、余り記憶の残らない、目立たない家族だった、と。

 アイシャ殿には兄上と姉上がいたそうだ。兄の方は父親と共に働いていたそうだが、姉の方は家で母親の手伝いをしながらアイシャ殿の面倒を見ていたらしい。


 どうやら、アイシャ殿は余り外に出るようなことはなく、いつも家の中で遊んでいたそうだ。



 アイシャ殿は全部家族に教えてもらった、と言っていたが、彼等の話を聞いてもそんな話題は出てこなかった。

 そもそも、アイシャ殿の家族は、余り人付き合が得意ではなかったそうだ。何かを誘っても家族が待っているからと断り、余程のことでなければ催し物にも参加しないらしい。


 親族でさえ大して覚えてないそうだから、他人であれば尚更だ。


 アイシャ殿は変わったところもある。言い方は悪いが、何故そんな事を知っているのか、怪しすぎると思う時もあった。

 だけど、今となってはしれも大した問題では無い。



 私は、アイシャ殿が好きだ。


 たとえ何か隠し事があったとしても、それでもいい。気にはなるけど、決して聞き出そうとはしない。それごとアイシャ殿を、愛すると決めたからだ。


 初めて出会った時は、ここまでは自分が惹かれるとは思っても見なかった。ただ、両親に…父に見て欲しくて、アイシャ殿を利用しようとしてた筈なのに。

 今は、そんなことを考えていた自分が愚かしく思う。何物にも変えがたい、たった一人の、愛おしい人。


「後、少し…。」


 町を出て、森の中へと入り、アイシャ殿の家を目指す。


 昨日はジェイク殿と一緒に、平民のフリをして町を探索していた。勿論、そんな事がバレたら私もジェイク殿も怒られる。以前、ジェイク殿が平民と間違われて危害を加えられたことにより、少々敏感になっているからだ。

 だけど、折角チャック殿が休みなのだ。彼がいては決して出来ない事だから、どうしてもアイシャ殿が普段過ごしている、平民の町というのを同じ目線で見てみたかったんだ。そんな私の提案に、ジェイク殿は直ぐに乗ってくれた。


 アイシャ殿がハーベリー家の娘と遊ぶとも聞いていたので、一目でも見かける事が出来たらいいな、なんて思ってもいたけれど。

 それは多分、ジェイク殿も同じだったのでしょうね。



 そこでまさか、私たち達の知らない男性と抱き合っていたのには、とても驚きましたが。


 アイシャ殿がギードと名前を呼んで、初めてその人物が誰かを察した。抱き合っていたのではなく、転びそうになったところを助けてもらっただけ。ついでに、髪についていた葉っぱを取ってもらった。


 その話を聞いてホッとしたのもあるけれど、私の心の中はグルグルと醜い感情でいっぱいだった。直ぐに、その感情が嫉妬だという事に気がついた。ヤキモチ、なんて可愛らしいものでは無い。アイシャ殿を誰にも触れさせたく無い。私にだけ、触れてほしい。

 こんなにも自分に独占欲があるなんて、知らなかった。


「着いた…。」


 私はアイシャ殿の家に着いて、まずは大きく深呼吸をした。流石に、ちょっと緊張しますね…。


「アイシャ殿、私です。アルベルトです。」

「アルベルト様、お待ちしておりました。どうぞ、中へ。」

「ありがとうございます。失礼しますね。」


 家のチャイムを鳴らすと、直ぐに扉越しにアイシャ殿の声が聞こえた。私が名乗ると扉が開き、中へと招き入れてくれる。走って来たとは言え、外は寒い。アイシャ殿は家の中を温めてくれていた。何だか、とてもホッとした気持ちになる。


「アルベルト様、どうぞ。」

「すみません、頂きますね。」


 差し出されたお茶をぐっと一気に飲み込んだ。走って来た体は水分を欲していたのだろう。大して疲れてはいないけれど、喉が渇いてらしい。


「ふぅ…。ありがとうございます、落ち着きました。」

「いえ、もう一杯どうぞ。」


 アイシャ殿は直ぐに新しくお茶を継いでくれた。今度は一口だけ飲んで、コトリとコップをテーブルに置く。

 こちらをジッとした視線で、アイシャ殿が私を見る。急な訪問で、何かあったのかと不安にさせてしまったのだろう。私は微笑んで、アイシャ殿に今日の様について話し始める。



 ……流石に、ちょっと緊張しますね。


「アイシャ殿、今日は急に申し訳ありません。」

「いいえ、大丈夫ですよ、アルベルト様。けれど、一体どうかしたんですか?」

「その事なのですが…。」


 私は、少しだけ間を置いた。心の中で、もう一度ゆっくりと深呼吸をする。真っ直ぐに私を見つめる彼女の視線が、不思議と私の気持ちを落ち着かせてくれる。

 …ああ、今なら言えそうだ。


「アイシャ殿、突然な事で驚くかもしれませんが、どうか聞いて頂けますか?」

「はい、何でしょう?」

「…私は、アイシャ殿を、お慕いしております。」

「……。」


 決して大きな声ではない。けれど、ハッキリとした言葉で、アイシャ殿にそう伝えた。表情も変えず黙っていたのでちゃんと聞こえたのか少し不安になったが、直ぐに彼女の顔が真っ赤になる。


「……!!」

「アイシャ殿、大丈夫ですか?」


 真っ赤な表情でワタワタと慌て始めた。声にならない言葉を発している様で、何と言っているのかも分からない。更には、意味があるのかも分からない、急に手を上げて振り始めたので、私はどうかしたのかと尋ねる。


「あ、あ、ある…アル、ベルト、様…!」

「はい。」

「い、今のは、えっと…!」


 慌てふためくアイシャ殿は、とても可愛らしい。ちゃんと意味が伝わった様で少し安心した。


「冗談、とかでは…。」

「いいえ。アイシャ殿、冗談ではありません。私は、アイシャ殿の事が好きなのです。」

「ほ、本気、なのですか?わ、私は…。」

「…私は本気です。この気持ち、言葉に、嘘偽りはありません。」

「そう、なのですか…。」


 私の言葉を聞いて、アイシャ殿は俯いて黙ってしまった。正確には、あー…とか、うー…とか言っているので、黙っている訳ではないのですが。

 恐らく、何て返事をすればいいのか、悩んでいるのでしょう。急に言われて、アイシャ殿には困った言葉だったかもしれない。それでも、私は伝えずにはいられなかった。


 アイシャ殿が落ち着くまで待っていると、彼女の顔がゆっくりと上がり、私の顔を見た。


「アルベルト様、お聞きしても良いでしょうか?」

「ええ、どうぞ。」

「…何故、私なのでしょうか?私は、ただの平民です。貴族の…、それも公爵家であるアルベルト様には、決して見合う身分ではございません。」

「……。」

「学校に通わせて頂き、勉強してはいますが、そもそもの基本が違います。貴族と平民とでは、大きな違いがあります。普通に生活するだけでも、大変な事なのです。」


 私はアイシャ殿の話が終わるまで、静かに黙っていた。彼女は私との身分の違いだけでなく、他にもいくつか理由を付けて、私の真意を探ろうとしていた。


「…それに、ひょっとしたら見た事の無い不思議な物を知っているから、興味を持っただけかもしれません。それを、恋と勘違いしている、とかは…。」

「それだけは、絶対にありえません!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は思わず声を荒げてしまった。驚いたアイシャ殿は、肩をビクリと上げて固まってしまった。


「すみません、驚かせました。ですが、アイシャ殿、お願いです。」

「…アルベルト様?」

「信じられない事かもしれません。だけど、どうか私の気持ちだけは、否定しないで下さい…。」

「あ…、も、申し訳ありません…。」


 信じてもらえないのも悲しいけど、私のこの想いを勘違い、等という言葉で誤魔化してほしくはなかった。


「アイシャ殿、私は何度だって言います。貴方が好きです。ずっと、私の隣で生きていてほしいと思います。」

「……。」

「例え、アイシャ殿が別の方を想っていようとも、私は決して諦められなかったのです。」

「…えっ?」


 昨日、ラティス殿とギードから、アイシャ殿がルドルガと付き合っていると言う噂を聞いた時。誰が見ても、彼女の様子は明らかだった。アイシャ殿は、ルドルガの事が好きなのだと、直ぐに分かった。


 アイシャ殿は違うと言っていたが、顔を赤くして慌てて否定しているその姿は、どうみても恋する女性の様だった。そんな噂が立ったことに、嫌だと思っている感じでは無かったのだ。寧ろ、嬉しそうにしているようにも思えるくらい。


「アイシャ殿、別に、直ぐに返事が欲しい訳ではないのです。アイシャ殿もいきなりこんな事を言われて、戸惑ってますから。」

「そ、それは…。」


 だけど、どうしても伝えておきたかった。もしも、ルドルガがこの噂を知っていたら…。ルドルガがアイシャ殿の事を好いている事は、私もジェイク殿も知っている。

 だから、ルドルガがアイシャ殿に告白をしたら、私は何もする事なくその場で終わりなのだ。


 アイシャ殿がルドルガと出会う前に、私の気持ちを知ってほしかった。少しでも、可能性を潰したくなかった。


「来年の卒業パーティー。そこで、私はアイシャ殿と、ラストダンスを踊りたいのです。」

「えっと…。」

「その日まで、ゆっくりと考えて下さい。私は、アイシャ殿に選んでもらえるよう、今まで以上にアプローチしていきますから。」

「アルベルト様…。」

「あの時も言いましたが、もう一度…。アイシャ殿、覚悟していて下さいね。」

「……!!」


 目を見開き、口をパクパクと動かしながら、顔が更に赤く染まった。


「あ、あれって、そう言う意味だったのですか…!」

「ふふ、気が付いてなかったようですからね。」

「で、でも、確かジェイク様は…。」

「アイシャ殿。」

「……?」


 アイシャ殿に、それ以上を考えさせないようにする。ジェイク殿の事は、本人に任せるべきだ。今ここで、アレコレ考えさせてはいけない。


「私、もう手加減は致しませんからね。」

「アルベルト、様…?」

「アイシャ殿が誰を想おうと、諦める気はありません。絶対、アイシャ殿を私に夢中にさせてみせます。」


 彼女の目を見てから微笑むと、アイシャ殿はポッと頬を赤く染めた。…そんな顔をされると、期待してしまいそうだ。


「今日は、夜遅くにすみませんでした。」

「い、いえ…。その、お気を付けて下さい…!」

「ありがとうございます。…お休みなさい、アイシャ殿。」

「……!!」


 その後は少しだけ話をして、アイシャ殿が落ち着いてきた所で帰る事にした。本当はもっと傍に居たかったけど、これ以上遅くまで居ては迷惑を掛けてしまう。普段は滅多に無い、アイシャ殿と二人だけの時間。それだけで、私は幸せな気持ちになれる。


 名残惜しいのを我慢して、私はアイシャ殿に見送られて帰路に就く。家を出る前、アイシャ殿を抱きしめて、耳元で囁いた時点で、我慢は出来てなかったかもしれませんが。


 例え相手が誰であろうと、私はアイシャ殿を渡したりはしない。絶対に、私だけのモノにしてみせる。愛おしいアイシャ殿。モノ扱いなんて彼女には失礼だと分かっていても、そう思う私がいる。


 ここまで欲深いなんて、思いもみなかった。それだけ彼女が、アイシャ殿が好きなのだと思うと、不思議と悪くないと感じるのは、きっと手遅れなのだろうな。



 家の者に気付かれない様に、我が家へと帰ってきた。静かに寝静まった屋敷の中で、警備兵の足音が響く。自分の部屋に戻った時、私は一通の手紙を取り出した。


 アイシャ殿に手紙を送った時、一緒に書いていたモノだ。


「さあ、行くんだ。」


 魔力を込めれば、手紙は窓からフワフワと風に流されるように飛んで行った。内容は、今日の出来事。送った相手は、ジェイク殿。


「ジェイク殿、私は行動を起こしましたよ。」


 私もジェイク殿も、ルドルガも。…私達はアイシャ殿の事を好いている。今は友人関係で同じ平行線かも知れない。

 だけど、これから先は分からないのだ。現に、アイシャ殿とルドルガはあんな噂が立っていて、おまけにそれをアイシャ殿は知ってしまったから。


 このままだと、いつかは二人が両思いになって終わりだ。…でも、もしもまだ、可能性が少しでもあるのなら。

 私は、正々堂々とアイシャ殿の隣を勝ち取ってみせるだけです。誰が相手でも、万全を期して挑むだけだ。


「さあ、次はジェイク殿の番です。私は、決して譲る気はありませんよ。」


 誰も居ない私の部屋で、その言葉だけが静かに消えていった。

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