第五十七話 噂話
「…実は、我が家に貴族の方が参られまして…。」
そう言葉に出して、ギードは私に話したのと同じ内容をアルベルト達にも話した。ラティスはその話を聞いて居た堪れないような、申し訳なさそうな表情をしていたが、仕方がない。本当は知られたくなかったんだけど、逃れる事が出来なあったのだ。
ごめんね、ラティス…。
「…成程、そう言う事ですか。」
「アイシャさん、ごめんなさい。私のせいで…。」
「ラティス、私の方こそごめんね。巻き込んじゃったみたいで…。」
ああ、知られてしまった。予想通り、ラティスはとても悲しそうな表情をしている。
「確かに、我々も貴方達の事は調べていました。アイシャ殿に関係する事ですからね、他の貴族の方々も同じ事をしてるでしょう。ですが、まさかラティス殿がそこまで知っているとは…。」
「ラティス殿を守る為、彼女にも我が家の紋章を渡した方が良いようですね。」
「アルベルト様…!」
温泉旅館とは関係ないのに、ラティスの為にそこまでしてくれるなんて…。本来、貴族の紋章は簡単に誰かに渡せるような物ではない。本当に信頼してる人間でなければ、悪用されてしまうからだ。
「ありがとうございます、アルベルト様!これならラティスは…。」
「…言葉を挟む事をお許し下さい。アルベルト様、それはなりません。」
「……ギードさん?」
アルベルトに感謝の言葉を伝え、お願いしようとした所でギードが言葉を挟んだ。
「…何故か、教えてくれますね?」
「はい。ラティスに紋章を渡せば、それは必ず両親に取られるからです。」
「兄様…。」
「お父様とお母様は、家の為なら何だってします。元々マフラーも、アイシャがラティスの為にあげた物でしたが、お父様達がソレを取り上げ、駄目にしてしまった事でアイシャがラティスに教えたのです。アルベルト様方も知っているとは思いますが、我が家とアイシャの関係は悪い。そんなアイシャに懐いていたラティスが傷付かない様にと、教えてくれたのがきっかけなのです。」
そうだ、私はあの家とはもう係わらないと決めたんだ。ラティスとは遠縁のハーベリー夫妻の娘ではなく、一人の女の子として友人になった。私達の間に、あの家の事は関係ない筈なのに…。
「もしもラティスに紋章を渡せば、両親がソレを奪い悪用すると、私は断言出来ます。お父様やお母様にとって、私達は家の為の子ですからね。貴族の方に近付けるのなら、例え我が子であろうとも利用します。」
「兄様、そんな事は…!」
「私はお前が一番大事なんだ。ラティスが傷付く事になるなら、最初から知らないのが一番なんだよ。アイシャに迷惑を掛けたくないだろう?」
「それは、そうですが…。」
「何も、もう会うなとは言っていないんだ。アイシャ達が隠している事に、首を突っ込んではいけない。貴族に逆らえば、お前は殺されても仕方が無いんだよ。」
ギードが言う事に、私は何も反論出来なかった。あの夫婦なら、絶対やるだろうと、私も確信があったからだ。ラティスを傷付けるような事は私だってしたくない。ましてや、私のせいでラティスが死んでしまったら、それこそどうしようもない。
「ラティス、私は自分のせいでラティスが傷付くところは見たくない。私もちょっと考え無しだったから、気を付けるよ。何も遊べなくなるわけじゃないんだし。」
「アイシャさん…。」
「二人の親を悪く言う事にはなるけど、私もあの夫婦ならやると思います。本当はアルベルト様にお願いしてラティスを守りたいところですが、それは私の我儘です。他の方に迷惑を掛ける訳にはいきません。私がラティスを守らないといけないのですから。」
「…分かりました。私も、出来るだけ貴族の方には逆らわないように致します。アイシャさんの、迷惑になりたくは、無いですから…。」
シュンと表情を暗くし、悲しそうな声で呟いたラティスは、ぎゅっと拳を握り締めていた。我慢させるのは苦しいが、これもラティスの為。私も気を付けてラティスに接していかないといけない…!
せめて、温泉旅館が完成するまでは、私も我慢だ!
「アイシャ殿とギードがそう言うのなら、そうします。お二人の間の事ですから、私達が口を挟む事ではありませんからね。」
「お気遣い、感謝致します、アルベルト様。」
「それにしても、ハーベリー夫妻は話に聞いていたよりも、酷いようですね…。」
ハッキリ言ったな…。いや、確かに私もそう思うんだけどさ。
「あの両親は、本当に何でもやりますからね…。速攻で断られてましたが、ラティスとルドルガの婚姻話も出してたのですよ。」
「えぇっ…!?」
待って、何それ!そんな事があったの…?知らなかった…。
「貴族の方から話を聞いたお父様達は、フィルダン工務店にすぐに話を持ち掛けてました。お互い、子供がアイシャと仲が良いから、これを機にどうだ、と。向こうは我が家の事を知っていましたので、直ぐに追い返されたらしいですが。」
「そう、だったんですか…。」
「アイシャさん、すみません…。父様達が…。」
「ラティスが謝る事じゃないでしょ?」
「いいえ!ルドルガさんはアイシャさんとお付き合いしてるのに、父様と母様は…。」
「……!?」
お、お付き合い…!?わ、私が、ルドルガと…?
「ち、違うよ、ラティス!私はルドルガさんとはそんな仲じゃ…。」
「でも、アイシャさんはルドルガさんと付き合いも長いですし、ご両親との挨拶も済んでいるのでしょう?ルドルガさんがあれだけモテてるのに未だに結婚しないのは、アイシャさんを待ってるのだと…。」
「私もそう思っていたけど、違うのかい?」
「違います!ど、どうしてそんな話に…。」
も、もしかして、ルドルガもこの話を知っているのだろうか?ああ、何か恥ずかしい…!私なんかとこんな噂が経つなんて、ルドルガに迷惑が…。
「それだけ、二人の仲が良いからだろう?てっきり、アイシャが卒業したら結婚するのかと思っていたよ。」
「け、結婚…!?」
か、顔が、熱い…!これ、絶対に真っ赤だ!ギードは何を言うんだ、本当に…!
「…アイシャ殿、本当にルドルガとそう言う関係ではないのですか?」
「アルベルト様まで…!わ、私なんかでは、ルドルガさんの迷惑になってしまいますから!」
将来有望な…と言うか、現時点でかなり優秀なルドルガと、温泉の事ばかりの私じゃ、相手にならないだろう。ルドルガに失礼だ。私なんかが誰かの隣に立つなんて、有り得ない事だよね…!
…あ、言っててちょっと悲しくなってきた…。
「…そうですか。」
「良かった…。」
小さく呟いたアルベルトとジェイクの言葉は、私には聞こえなかった。
「兎に角、ギード達の言う通りにしましょうか。アイシャ殿もラティス殿も、お互いの為に少し考えて下さいね。」
「は、はい、畏まりました…!」
「お気遣いありがとうございます、アルベルト様。」
取り敢えず、話は一段落した。私は余りラティスに余計な事を話ない様に、気を付けなくちゃいけない。ラティスが相手だと、ついついアレコレと喋っちゃいそうだし…。本当に気を付けよう。
「それでは、私達はこれで失礼致します。邪魔をして申し訳ありませんでした。」
「アイシャ殿、また連絡しますね!」
「はい、アルベルト様、ジェイク様。お待ちしております。」
そう言うと、二人は個室から出て行った。勿論、支払いを済ませて。貴族である二人に払わせるのは心苦しかったけど、店員に会計を伝えれば既に終わってるとの事。
貴族にお金を出させてしまった事で、ラティスとギードがかなり困っていた事は、言った方が良いのだろうか…?
「アイシャ、ラティス。私も家へと帰るよ。」
「ギードさん、今日はすみませんでした…。」
「いや、私の方こそ、悪かったね。折角二人で遊べる少ない機会だったのに…。」
「兄様、お気になさらないで下さい。兄様が私の事を案じてくれた事ですから。」
「…ラティス、気を付けるんだよ。」
「はい、兄様!」
優し気な笑みを向けて、ギードはラティスの頭を優しく撫でた。嬉しそうに微笑むラティスは本当に可愛い。癒される…。
ギードはラティスの探していた荷物を渡すと、そのまま家に帰って行った。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、遊びに行こうか。」
「アイシャさん、その前に、その…。こ、コレ…!」
「ラティス、ありがとう。開けても良い?」
「はい、勿論です!」
既に時間はお昼を過ぎている。先程のカフェで昼食は済ませているので、私は今からでも町を見て行こうと提案した。
ラティスは動き出す前にギードから受け取った荷物を、私に差し出してくる。確認してから開けて中を見れば、そこには白と赤の毛糸で編まれたニット帽があった。
「アイシャさんに、私の作った物を渡したくて…。も、貰ってくれますか…!」
「ラティス…!凄い嬉しい!これ、今被っても良い?」
「も、勿論です!」
ラティスに貰ったニット帽を、私は優しく頭に被せた。良い毛糸を使ってるのが分かる、肌に触れる部分が気持ちいい。それに、凄い温かい。
「これ、私があげたラティスのと似ているね。」
「そ、そうなのです!アイシャさんに貰ったのを参考にして、その…お揃いみたいに見えたらな、なんて…。」
「……!!」
顔を赤くしてそう呟いたラティスに、私は思わず抱き着いてしまった。
「あ、アイシャさん…!?」
「ありがとう、ラティス!とても嬉しい!」
そして、凄い可愛い!何この天使!ギードさんが可愛がるのも頷ける。って言うか、ギードさんってちょっとシスコンだよね。私も気持ち分かるけど!
「私も、喜んでもらえて、嬉しいです!」
「うふふ。それじゃ、今度こそ町を回ろうか!」
「はい!」
手を繋いで、私とラティスは動き出した。去年の様な厄介ごとも無く、あちこちと見て回った。マフラーを付けてる人はそれなりに見掛けたけど、ニット帽をしてる人は殆ど見なかった。今年はマフラーの量は増えたけど、ニット帽は少ししか編めなかったそうだ。
マフラーよりも手間が掛かるらしく、値段も更に高くなっていたが、既に完売しているらしい。ラティスの努力が実を結んだのが、とても嬉しかった。
ついでに、貴族の人が興味を示してることを伝えたら、とても驚いていた。ひょっとしたら注文が来るかもしれないと言えば、緊張したような表情になっていたので、上手に出来てるから大丈夫だよ、と安心させた。
「アイシャさん、今度はあちらに行きましょう!」
「ふふ。そうだね。」
人にぶつからないように注意しながら、私達は目的のお店へとやって来た。
「アイシャさん、この毛糸はどうですか?」
「わ、凄い良いね。これなら、きっと素敵な物が作れるよ。」
「本当ですか!それなら、私、これ買ってきますね!」
私達がやって来たのは、以前ルドルガと一緒に来た事のある、糸を売っているお店だった。ラティス達が売り出したマフラーやニット帽が毛糸から出来ていると分かってから、少しずつ需要が出てきているらしい。前よりも、少し値段が上がっていた。
毛糸自体は幾らでもあるし、それでも安価のままだけど。まあ、いくら買った所で編み方が分からないらしく、結局は駄目にしてるそうだけど。
「今度は、私だけのアミモノに挑戦しよと思ってるのです。」
「ラティスのオリジナル、かぁ。」
「はい。アイシャさんに言われた通りのモノだけじゃなく、私が考えた物を作りたいのです。何が良いのか、まだ決まってないんですけどね。」
「ラティスなら、大丈夫だよ。…って、そうだ。スッカリ忘れてた。はい、ラティス。」
「アイシャさん?」
買い物を終えた私達はお店を出る。人の少ない場所に移動してから、私は編みぐるみの入った袋をラティスに渡した。中を見たラティスは、とても驚いた様な表情をして、まじまじと見つめていた。
「これ、毛糸、ですよね…?」
「そう。編みぐるみって言ってね、ちょっと編むのが難しいんだけど、ラティスにプレゼントしようと思って。」
「これ、私の好きなドルブで、とても可愛いです…!」
「喜んでもらえて良かった。」
余り大きなサイズではないが、ラティスは編みぐるみをギュッと抱きしめる。満面の笑みを浮かべるラティスを見て、私は心から嬉しい気持ちで一杯になった。。
「何かヒントになるかもしれないしね。ラティスだけの編み物、楽しみしてるよ。」
「アイシャさん…!ありがとうございます、頑張ります!」
その後も色々町の中を見て回ったけど、ラティスは決して編みぐるみを離そうとはしなかった。ソコまで喜んでもらえたのは嬉しいが、流石に夕食の席はしまった方が良いと思う。
キーホルダーみたいに、どこかに付けられるようにした方が良かったかな?
ギードさんに言われた通り、私はラティスと話す場所に自分の家を指定する事はしなかった。本当は一緒に、また温泉に入りたかったんだけどね…。危ない事まで喋っちゃいそうだから、止めておいた。
家には、色々と話せない様な物もあるし…。
夕食を終えた私は、ラティスを家の近くまで送ってから帰路に就いた。本当はちゃんと家まで送りたかったんだけど、余りあの家に近付くとまた厄介ごとに巻き込まれそうだったから止めた。
家に帰ると、手紙が届いていた。封筒に差出人の名前は無かったけど、この字は見覚えがあった。アルベルトだ。
「何だろう…?」
私は手紙を開けると、中にあった一枚の髪を読み始めた。
「明日の夜、私の家に参ります。…って、急だけど、どうかしたのかな。」
昼間会ったのに、何故手紙で?もしかして、あの後に何か大変な事でも起きたのだろうか?うーん…、理由はいくら考えても分からないし、私は大人しく明日になるのを待つ事にした。




