第五十二話 ゲーム
朝が来た。ヴァレス祭の二日目である。二日目は主に貴族同士の交流を目的として、一日目よりも多くの催し物が行われる。また、商人科の生徒達最大のアピールの場ともなっているのだ。
言い方は悪いが、彼等はこのヴァレス祭を通じて自分達がどれだけお金を稼ぐ事が出来るのかを見せるのだ。領地を持っている貴族にとって、その土地を豊かにする事は重要な仕事だ。彼等は少しでも利に敏い者達を、自分の領地に引き入れたいものである。
そして、騎士科や魔術科の生徒達は、それぞれ特技を生かしたパフォーマンス等の催し物を行う。各々が自分達の得意な事で、己の価値を見てもらうのだ。
さて、そんな生徒が大勢いる中、私はアルベルトとジェイクの三人でヴァレス祭を見回っていた。開催する側ではなく、楽しむ側にいるのだ。
「わ…!アルベルト様、ジェイク様、凄いですね!」
「ふふ、そうですね。」
「あっちでも楽しそうな声がします、行ってみましょう!」
主にはしゃいでいるのは私とジェイクだが、アルベルトも楽しそうにしているので良しとしよう。
「見て下さい!魔術科の生徒達の催し物ですよ!魔法、凄い綺麗…!」
「水の魔法ですね…!様々な色のシャボン玉…、触っても割れません!」
「中に入る事も出来るそうですよ。アイシャ殿、入ってみたらどうですか?」
「えっ、入れるのですか!」
アルベルトの言葉に魔術科の生徒が答えてくれた。どうやら、本当に中に入れるそうだ。しかも、ふわふわと浮けるらしい。
おぉー、凄い、凄いよ!私、今がこの学校に来て一番良かったと思う!
「どうぞ、こちらへ。」
「お、お願いします…!」
魔術科の生徒である一人が、私を魔法陣の上へと案内してくれた。その上に乗るると、何やら呪文を唱えている。ファンタジー感、半端ない。
「わわ、わ…!」
生徒の子が詠唱を終えると、私の体はシャボン玉の中へと包まれた。少しずつふわふわと浮いて行き、私は建物の二階分くらいにまで上っていく。
「凄いです…!私、空中に浮いてます!」
「あ、アイシャ殿!あんまり慌てたらスカートが…!」
「あはは、なんか凄い楽しい!」
アルベルト達が何か言っていたが、私は興奮のあまりよく聞こえなかった。暫くするとシャボン玉はゆっくりと降下していき、私は地面へと降り立った。
「アルベルト様、ジェイク様!凄かったですよ!」
「…アイシャ殿が楽しかったのなら、ソレで良いです…。」
「でも、もうやっちゃ駄目ですよ…!」
「……?もう一回くらいやってみたかったのですが、残念です…。」
何故か少し顔を赤らめている二人に、禁止されてしまった。物凄い楽しかったのに、とても残念だ…。
「ほら、他にもまだありますから。行きましょう、アイシャ殿。」
「今度は、騎士科の方も見に行ってみましょう!」
「そうですね。まだ、色々ありますもんね!」
私達はジェイクの言う通り、今度は騎士科の方へと向かった。そこでは剣舞やミニ武術会みたいなのが開催されていて、大盛況だった。
「剣舞、素敵でした…!思わず、魅了されてしまいそうですね…。」
「私も少しは出来ますがやっぱり凄いですね。」
「そうなのですかっ?是非、ジェイク様の剣舞も見てみたいです!」
「わ、私なんかはこの方々と比べ物にならないですよ!嗜む程度ですから…。」
「いいえ、そんな事はありません!ジェイク様ですから、とても素敵なのでしょうね!」
ジェイクが彼等のように踊っている様を想像して、思わず惚けてしまった。いつもは学生服か、キッチリとした騎士の様な服ばかりのジェイクだが、剣舞で踊るような少しひらひらとした服は、きっと似合うだろう。
どちらかと言えば可愛らしい服を着て、真面目な表情で踊るジェイクは、きっと格好いい。可愛くて格好いいなんて、まさにジェイクの事だ。彼等よりも、ずっと素敵に違いない。
若干贔屓目なのもあるだろうけど、私は自信をもってそう言える。ジェイクが踊れば、私にとって彼等よりもずっと素晴らしいモノになるだろう、と。
「ふふ、その時は私が相方を務めましょう。」
「あ、アルベルト様まで…!」
「お二人の剣舞、楽しみにしてますね!」
「ええ、頑張って練習しておきます。」
よし、言質を取ったよ!絶対に見せてもらうんだから!私はワクワクとこれからが楽しみになった。
その後も私達はヴァレス祭を見て回る。途中で休憩を挟みながら色んな出し物を見て、三人で楽しんだ。お昼で食べたのは普段学食に出てくるようなものではない、軽く摘まめるサンドイッチの様な軽食だ。
ちゃんとした料理が出てくる場所もあるけれど、私達は多くの場所を見て回りたいので、歩きながらでも食べられるものにした。
食べ歩きは行儀悪いって、分かってはいるんだけどね。こういうお祭りの時は、許してほしい。ゆっくりとコース料理を食べてる時間が勿体無いもん。
「アルベルト様、ここは何をしてるのですか?」
「…ここは、ゲームで賭け事をする部屋ですね。」
「賭け事…。どういうのがあるのですか?」
「気になるなら、入ってみましょうか。私達も成人はしてますし、参加しても何も問題はありませんよ。」
どうやらこの世界、別に賭け事を禁止してるわけではないらしい。自己責任が取れない子供は駄目だが、成人して一人前の大人になってさえいれば、学生だろうが参加できる。
ジェイクの言葉に、私達は中へと入っていった。ちょっとドキドキする…。
「わあ、凄い大人な空間ですね…。」
「私は少し、緊張してしまいそうです…!」
「ふふ、二人とも落ち着いて。あちらでカードゲームをしているようですから、見に行きましょう。」
「はい!」
大きなテーブルがいくつもあり、そこでは数人のグループにまとまって分かれている様だった。それぞれのテーブルでは、大人達が楽しそうに歓談しながらゲームをしていた。
いや、私達も一応大人ではあるんだけどね。
少なくとも、私達よりはずっと年上の人達ばかりである。
「ここのテーブルはブラックジャックですね。」
「あっちではポーカーのようです。」
「向こうは何でしょうか?」
どうやらこの世界のトランプも前世のモノと同じなようだ。ジョーカーの数は一枚だけだったが、ゲーム内容も一緒。これなら、私でも出来そう。
「おや、グレンダル公爵家のアルベルト殿ではありませんか。」
「カリオン公爵殿。どうもお久し振りです。」
「そちらにいるのはドリア伯爵家のジェイク殿とアイシャ、だったな。」
「は、はい…!」
「お目に掛かる事が出来まして、大変光栄でございます。」
カリオン公爵…どこかで聞いた事があるような…?
「あちらのテーブルが空いておりますよ。どうですかな、皆でご一緒にされてみては?」
「……そうですね。やってみましょうか。」
「是非、楽しんでいかれると良い。」
「ありがとうございます、カリオン公爵殿。」
ああ、思い出した!確か、レイドの名前がカリオンだった筈だ。という事は、レイドの父親か。正直、彼の事は苦手だけど…。あの父親はそこまで嫌な感じはしないなぁ。…ひょっとしたら隠してるのかもしれないけど。
「取り敢えず、ポーカーでもしましょうか?」
「はい!」
「上手く出来ると良いのですけど…。」
賭け事、と言っても、私達は友人であり学生だ。単純にカードゲームを楽しむだけで、何か賭けたりはしない。
「ふふ、フォーカードです。」
「アルベルト様、凄いですね…!」
「私はまた駄目でした…。」
何度かやっては見たけど、私は中々勝てなかった。良くてフラッシュくらいで、それ以上は全然出来ない。ジェイクも私と同じく、そこまで強い役が出来ていなかった。しかし、何故かアルベルトはポンポンと強い役を引き当ててるのだ。
運、強過ぎじゃないですかね…。
「私、飲み物を取ってきますね。」
「アイシャ殿、それなら私が…。」
「いえ、お二人はそこで待ってて下さい。」
私は三人分の飲み物を取りに、二人の傍を離れた。コップにジュースを入れてトレイに乗せる。私は二人の元に戻ろうと動き出すと、急に声を掛けられた。
「ああ、お嬢さん。良ければ、コレを受け取っては頂けないかな?」
「あの…?」
誰だろう、知らない人だけど、既に手を差し出されている。貴族相手に断る訳にもいかず、私はトレイを一旦置いて、彼に手のひらを差し出した。
「アイシャ殿、駄目です…!」
「えっ…?」
離れていたアルベルトが、大きな声を上げる。私は驚いて体が固まってしまった。その隙に、男の人は私の手のひらにポトリと何かを落とした。見てみると、そこには一枚の大きなコインが置かれていた。
「……えっと、このコインは…?」
「ありがとう、受け取ってくれて。それでは、早速始めようか。」
「始める、とは…。」
何だろう、何を言ってるんだ?始めるって、一体…。
「お待ち下さい、ガリダウ男爵殿。アイシャ殿は、その意味を知りません。」
「コレはコレはアルベルト様。ですが、アイシャはシッカリと勝負のコインを受け取っております。例え平民であろうと、この貴族が通う学園にいる以上、貴族の習わしに従うのが筋ではございませんか?」
「…ですが。」
何やら二人で話し合う様子を、遠巻きで見る事しか出来なかった。私、何かマズい事しちゃったっぽい?でも、勝負のコインって、何だろう…?
「あの、ジェイク様。このコイン、一体どういう意味なのですか?」
私は、傍に寄っていたジェイクに、小さな声で話し掛けた。
「貴族の間では、この勝負のコインを相手に渡す事で決闘を挑み、受け取った事で挑戦を受けるという事になっています。その際、第三者が居る下でお互いに納得し合った話をして、賭け事の内容を決めます。」
「ああ、つまり、彼等は私と勝負をして、何か手に入れたい物がある、という事ですか。」
「恐らくは、あのお酒の事だと思いますが…。」
メアリー達が一部の上位貴族に分けた事で、このお酒が更に広まってしまった。誰もが一度、飲んでみたいと願うソレを、どうにかして手に入れたいのだそうだ。
「勿論、アイシャはまだ若く、平民だ。それなりのハンデをやろう。勝負の内容はそちらが決めて構わない、先攻後攻も好きにしたらいい。」
「ですから、アイシャ殿は勝負を受ける事は…。」
「アルベルト様、その様な事を言ってはいつまでも貴族との間を埋める事は出来ませんよ。アイシャの事を思うのなら、一度は経験した方が良いと思いますが。」
「それは別の機会にでも構わないでしょう。何も知らぬ相手に無理やり勝負を吹っ掛けるなど、貴族のする事では…。」
どうやら、お互い手を引く事は無いらしい。私は心の中で小さく息を吐いて、彼等の間に割って入った。
「発言する事をどうか、お許し下さい。アルベルト様、どうかその辺りで。」
「アイシャ殿…。」
「今回の事は私の勉強不足でございます。ガリダウ男爵様の言う通り、この場にいる以上、貴族の習わしに倣うのが一番です。」
「ほほぅ…、中々殊勝な事だ。」
「それで、ガリダウ男爵様。貴方様は、何を望むのでしょうか?」
「勿論、其方等が持っているという、ニホンシュとメル酒だ。」
ああ、やっぱりか。分かってはいたけど、今、そんなにも注目の的になってるんだなぁ…。
「お待ち下さい。アイシャ、ガリダウ男爵の申し出を受けるというのなら、私とも勝負をして頂きたい。」
「いや、私の方こそ、勝負を…。」
お酒の話題が出てくると、周りにいた様子を見て居た人達も、私に勝負を仕掛け始める。ここでアルベルトやジェイクに行かないのは、断られるのが分かっているからだろう。
私は平民だ。無理を通すなら平民が相手の方が良いし、アルベルト達が私に特別目を掛けているのはかなり有名だそうだ。正式に挑んだ勝負なら、その約束を守ってくれるだろうと、ある種の信頼があった。
「…アルベルト様達に迷惑が掛かってしまうので、私が行うのは一度だけでございます。その代わり、チーム戦に致しましょう。」
「チーム戦、だと?」
「私がゲームをするのには変わりはありません。ですが、私と勝負をしたいという方々の中から代表で一人選んで頂き、もしもその方が勝ちましたら全員に等しくお酒をお渡し致します。」
「ふむ…。」
「後ほど揉め事になっても困りますから、今回の勝負に乗る方はこちらのノートに署名をお願い致します。」
「いいだろう。私は名を書こう。」
「私もだ。」
そうして、次々とノートにサインをしていく貴族達。署名が終わると、彼等は誰を代表にするかで、話し合い始めた。
「…アイシャ殿、大丈夫ですか?」
「はい。申し訳ありません、アルベルト様、ジェイク様。私がモノを知らなかったばかりに…。」
「いえ、アイシャ殿に非がある訳では…。」
「…でも、大丈夫なのですか?」
「ええ、大丈夫です。一回限りなら、どうとでもなりますから。安心していて下さい。」
「アイシャ、決まったぞ。こちらからは、アルマンド伯爵が出る。」
「畏まりました。それでは、お互いに掛けの内容を申しましょう。」
「先程も言った通り、私達が望むのはニホンシュとメル酒と言う酒だ。キチンと全員分、用意出来るのだろうな。」
「勿論でございます。私が負けた際には、必ずこのノートに名前を書かれている方へお渡しに参ります。そして、私が皆様に望む事ですが…。」
私は、一呼吸置いてから喋り出す。
「私が勝った暁には、このノートに名前を書いて頂いた方には、私達から何か差し上げるような事は絶対に無くなる、という事をご了承下さいませ。」
「…何だ、そんな事で良いのか。」
「はい。色んな方に何度も申し込まれては、私達の勉学に影響が出てしまいますから。二度と、私達に何かを所望するような事は、なさらないでほしいのです。」
「ふん、いいだろう。万が一、負けたらの話だがな。」
どうやら、相当自信があるそうだ。確かに、さっきまでやっていたポーカーじゃ私の成績は微妙だったし、彼等と違ってこう言うゲームに慣れている訳じゃない。
普通のゲームなら、まず勝てないだろう。
そう、普通のトランプゲームなら、ね。
「ゲームの内容はトランプめくり。ジョーカーを入れた五十三枚のカードを、お互いに順番に取っていくゲームです。一枚~三枚の中で好きな数を引いていき、最後の一枚を引いた方が負けです。…先攻後攻選んでいいとの事ですが…、私は後攻でいかせて頂きます。」
「む…。普通のトランプゲームでは無いのか。」
「これも、トランプを使った遊びでございます。貴族の方には馴染みがないかもしれませんが…。」
「確かに初めて聞いたが、そこまで難しいモノでもない。随分と自信があるようだが、面白い…。相手になってやろう。」
「では、お先にどうぞ。」
私がアルマンド伯爵に数を言うように促すと、少し悩んでから彼は言葉を発した。
「……二枚だ。」
「私も二枚です。」
「三枚…。」
「私は一枚です。」
さて、所謂石取りゲームと言われるこのゲーム。必勝法があるのは、ご存じだろうか。このゲーム、引いてく数に対して先攻か後攻かで勝敗が決まる。つまり、始める前から勝負は決まっているのだ。
簡単に説明すると、今回のトランプの様に四の倍数+一の数だと、後攻を選び、相手と自分の合計で四枚ずつ引いて行けば、絶対に負ける事は無い。
勿論、初めてこのゲームを知った彼等がそんな事を分かる筈もなく。途中でアルマンド伯爵の顔が歪み始めた。
今更気付いても遅いんだよね。順番をこちらに決めさせたのが、向こうの運の尽きだったのだ。
「一枚だ…。」
「では、三枚です。」
「……二枚…。」
「私も二枚です。」
そうして、彼の番。目の前には、たった一枚のトランプが残されていた。
「まさか…、そんな…。」
「アルマンド伯爵様の番でございます。」
「……私の負けだ。」
悔しそうに表情を歪めて、小さくそう呟いた。瞬間、私の後ろで見ていたアルベルトジェイクが、声を上げて祝福の言葉をもらした。
「アイシャ殿、凄いですね…!」
「とても素晴らしかったです!流石アイシャ殿ですよ!」
「ありがとうございます、アルベルト様、ジェイク様。」
気が付けば、かなりのギャラリーが出来ていたようだ。周りには私の勝負に歓声を上げている人達も居た。まあ、殆どは驚きと、負けた人達の悔しそうな声ばかりだったけど。
「アルマンド伯爵が負けたなんて…。」
「くそ、折角のチャンスだったのに…!」
「アルマンド伯爵!この責任、一体どうしてくれるんだ…!」
幾ら悔しがろうとも、アルマンド伯爵に当たろうとも、約束は約束だ。私はチラリと、アルベルトの方を見た。
「それでは、今回のゲームの報酬として、このノートに名前を書かれている方々。決して、私達に催促をしない様に、お願い致しますね。」
「ぐぅ…!」
「アイシャ殿、疲れたでしょう。外に出て、少し休みましょう。」
「…そうですね。」
「それでは、私達はこれで。」
「し、失礼致します!」
騒がしくなったままの部屋を出て、私達は外へと向かっていった。確かにちょっと緊張で疲れちゃったし、ゆっくり休みたいな。




