第五十一話 一日目、終了
その後、キツい視線の中、二人の家族との話は終わり、その場を後にした。私が疲弊した表情を浮かべているのを緊張したせいだと勘違いした二人は、大丈夫かと尋ねてきた。私は無理やり笑顔を作って平気だと答えた。
やっと、あの視線から逃れられる…。いや、正確には逃げられないんだけど。少しでも和らぐのなら、それで十分だ。
「アルベルト殿、ジェイク殿。アイシャ殿も、こんにちは。少し宜しいかな?」
「バルドー殿。こんにちは。勿論です。」
「私の父上です。少し話をしたいそうで。」
「ヴィル・フィン・ブレンだ。随分と、久しいな。」
「はい、そうでございますね。」
実際は夏休みの間に会ったけど、アレは無かったものになったので、その事は公にはしない。私は初めて会ったかのように、ブレン公爵に挨拶をした。
「先日、フォース伯爵家から、素晴らしいモノを分けて頂いてね。」
「メアリー殿達から、私も少しだけ頂きました。アルベルト殿達は、あの様に素晴らしいモノをいつも飲んでいたのですね。」
「ふふ、お気に召して頂けたのなら光栄です。」
少し声を小さくして、彼等は話し始めた。どうやら、メアリー達は私があげたメル酒を、自分達だけで飲む様な事はしなかったらしい。確かにあのお酒は、誰もが気になっていたモノだ。それを使ってコネを作るのは、貴族としては当然なのかもしれない。
…それを彼女達が望んでいたのなら、別にいいんだけど。
「アレがまた手に入らないかと、私も楽しみにしているのです。何が、とは言いませんが、頑張って下さいね。」
「其方等の事だ、抜かりはないのだろう。将来が楽しみなモノだ。」
「ありがとうございます。お二方のご期待に沿えるよう、より一層頑張ります!」
「是非、完成した暁には、宜しくお願いしますね。」
アルベルトとジェイクは、にこやかな笑顔で会話を進める。前回は緊張していたジェイクだが、今はシッカリと話に混ざる事が出来ている。
この間のような事にならなくて、私は内心ホッとした。楽し気に会話をする彼等の話を聞いて思った事は、少しでも早く温泉旅館を完成させて、営業を開始する事だ。私だってその思いは一緒なので、頑張って実現出来るように頑張らなくちゃいけない。
暫くして話題は変わり、ブレン公爵がさっきの発表についての話を始めた。
「そうそう。先程の発表、素晴らしいモノだった。若い者があの様に新しい発見が出来るとは、この国の未来も明るいモノになるだろう。」
「…私も、アレには驚きました。あんな方法、思いもよらなかったです。」
「ふふ。ジェイク殿と頑張った甲斐がありました。」
「私も共に色々と研究しましたが、あそこまで出来たのはアルベルト様のおかげです!」
二人は、決して私の名前を出さない様に気を付けながら話す。さっきの様にウッカリを出さないよう、ジェイクは少しだけ慎重に言葉を選んでいる様だったけど。
ブレン公爵が普通の声量で話し始めた事により、聞き耳を立てていた周りの貴族がこちらへと近付いてきた。
「ああ、その話でしたら、是非私達も聞きたいと思っていたのです。」
「ブレン公爵様。良ければ、我等も共に混ざっても宜しいですかな?」
「ああ、勿論だとも。アルベルト、ジェイク。二人もそれで構わないね。」
「はい。幾らでもどうぞ、ご質問下さい。」
私は、囲まれた二人からそっと離れた。私が居ては、あらぬ誤解を生んでしまうかもしれないというのもあるし、あの大勢の貴族に囲まれるの御免だったからだ。
私が彼等から離れると、更に人だかりは大きくなっていく。二人共、大丈夫かな?
「アイシャ。少し良いかしら。」
「まあ、メアリー様。アンナ様とライラ様も。勿論でございます。」
私が一人になった所を狙ったかのように、メアリー達が話し掛けてきた。彼女達が声を掛けてくれた事で、私に近寄ろうとしていた他の貴族達の動きが、ピタリと止まった。彼等は私の様子を窺う様に、チラチラとこちらを見ていた。
もしかして、絡まれない様に助けてくれたのかな。
「私の両親ですわ。」
「こちらは、私達の家族ですの。」
「初めまして、どうか挨拶する事をお許し下さい。メアリー様方に良くして頂いております、アイシャと申します。」
「ああ、話は聞いているよ。」
「メアリー達が君から頂いというメル酒、とても美味であった。礼を言おう。」
「恐悦至極に存します。」
話を聞けば、メアリー達は自分達で飲む分、家族にあげた分、コネを作るのに高位の貴族に譲った分と、幾つかに分けていたらしい。もしかして親に取り上げられたりしたんじゃ、何て実はさっき思ったんだけど、そんな事は無かったらしい。
…良かった。
「あのメル酒、本当に飲みやすくて、あっと言う間に飲んでしまいそうでしたわ。」
「ほんのりとした甘さとメルの実の香り、飲んだ事の無いようなスッキリとした後味。どれも最高でしたわ…。」
「あの味を知ってしまったら、今までのモノでは満足出来なくなってしまったの。」
恍惚とした表情を浮かべるメアリー達は、スッカリメル酒の虜になってしまったようで。そんな彼女達を見ていると、ついまたあげたくなってしまう気持ちを、一生懸命に抑えた。
「あのお酒のおかげで、幾つかの貴族と縁を作る事も出来た。本当に感謝しているよ。」
「我々の様な男爵位が、公爵家の方々と話をするなど、今までは有り得ない程の事だ。この縁を少しでも良いモノにするよう、努力していかねばならんな。」
「アイシャ、これからもウチの子を宜しく頼むよ。」
「は、はい…!恐れ多い事ではございますが、こちらこそ宜しくお願い致します。」
メアリー達の父親にそう言われて、私は思わず上ずった声で返事してしまった。は、恥ずかしい…!
「アイシャなら、私達と共に居る事を許して差し上げますわ。で、ですから、その…。」
「な、何か困った事があったら、相談くらいには乗って差し上げますわよっ。」
「少しくらいなら、力になってあげても…か、構わないわ。」
「メアリー様、アンナ様、ライラ様…。ありがとうございます。」
恥ずかしそうに言った彼女達を見て、私は微笑ましくなってしまった。ああ、本当に素直じゃなくて、可愛らしい。
ふと、私は先程の事を思い出した。
「…でしたら、その、早速では申し訳ないのですが…。」
「あら、何かありますの?」
「実は、グレンダル公爵夫人様のお茶会に招かれまして…。」
「……えっ。」
「ドリア伯爵夫人様もその場に居て、共にお茶会に参加する事が決まりましたのです。それで、お友達を呼んでも構わない、という事らしく…。宜しければ、共に参加しては頂けないでしょうか?」
私がメアリー達にそう告げると、彼女達はとても驚いた様な表情をしていた。
「初めてのお茶会はメアリー様の所で、というお約束でしたが、それが出来なくなってしまい申し訳ありませんでした…。」
「い、いえ、それに関しては別に構いませんわ…。ただ…。」
「行きなさい、メアリー。この機会を逃す手はないわ。」
「アンナ、お前もだ。」
「ライラもよ。男爵位である貴方が公爵家のお茶会に出られるなど、滅多に無い機会よ。」
両親に参加するように言われたメアリー達は、素直に頷いた。
「そ、そうね…。私達が参加するのだから、アイシャは安心したらいいわ。お茶会までに、必ずアイシャを恥ずかしくない様にして差し上げます。」
「宜しくお願い致します、メアリー様。」
流石に私一人でお茶会に参加する勇気はなく、無事にメアリー達が参加してくれることになってホッと息を吐いた。
そのまま彼等との話が終わると、メアリー達を残して彼女達の両親は他の場所へと言ってしまった。
すると、この話を後ろで聞いていた他の貴族の女生徒が、こちらへとやって来た。
「ねえ、アイシャ。そのお茶会、私達も参加したいわ。」
「メアリー様が良いんだもの、私も良いでしょう?」
「グレンダル公爵家のお茶会なんて、滅多に無いのよ。私も出たいわ!」
「あ、えっと、その…。」
彼女達に詰め寄られるように話し掛けられた私は、どうしていいか戸惑ってしまう。メアリー達に関しては、少しムッとした表情で彼女達の興奮を収めようと言葉を掛けていた。
ところが、後から現れたシャーロットによって、この場が凍り付いてしまう。
「アイシャ。私は当然、連れて行ってくれるわよね?友人ですもの。」
「シャーロット様…。」
「どの様なドレスを仕立てたらいいか、レイド様に相談してみないといけないわ。グレンダル公爵家のお茶会なら、あのお菓子や飲み物も出てくるのでしょう?楽しみだわ。」
「ちょっと、シャーロット。貴方が連れていってもらえる訳、無いじゃないの。」
「あら、どうしてですの?少なくとも、私の方が貴方達よりもアイシャと係わりがあると思いますけど。」
私にとってはどちらも大して係わりは無いです、とは言えなかった。どちらかと言えば、まだ貴族である彼女達の方が、マシである。
シャーロットの、アルベルト達をモノの様に言ったあの発言、私は忘れてませんからね。
「私とアイシャは同じ平民で話も出来ますし、今までも話をしていたわ。途中からアイシャに近付いた貴方達とは、違いますもの。」
「まあ、何ですって…!」
「貴方こそ、殿方とばかり話していて、アイシャを蔑むような事ばかりではありませんか。どの口で友人だ、何て言えるのかしら。」
「あら、平民と貴族では違いますのよ。上っ面の言葉しか並べない女性の貴族の方と違って、平民の私達は心からの言葉で話し合う事が出来るのですから。」
心からの言葉があの発言なら、私と貴方は友達にはなれませんね…。私は彼女にだけは、アルベルト達に近付いてほしくないと思ってるから。
「皆様、そこまでになさって下さいませ。」
「…メアリー様。」
「アイシャ、貴方がハッキリせねばなりません。ちゃんと伝えて差し上げなさい。」
「はい、畏まりました。」
言い争っている彼女達に、メアリーが凛とした声でその喧騒を止めた。私はジッと向けられる視線の中、彼女達にちゃんと聞こえる様に言葉を発する。
「今回に関しては、メアリー様とアンナ様、ライラ様以外をお誘いする事は出来ません。」
「…アイシャ、それはどういうおつもりで?」
「私はお誘いされた身です。主催側でもないのに、大勢の方をお連れする事は出来ません。大変心苦しいのですが、ご了承頂けると幸いです。」
キチンと理由を説明すれば、彼女達は渋々ながらも分かってくれた。最近は話すようになったと言っても、最初から一緒に居たメアリー達を差し置いてまで参加しようとはしなかった。私が誠心誠意謝罪をすると、仕方がなさそうに了承してくれるのだった。
ただ、一人を除いては。
「ならば、メアリー達ではなく、私を連れて行けばいいじゃない。」
「何ですって…?」
シャーロットの言葉に、今までは収める側に回っていたメアリー達の顔が、引くりと引き攣った。他の女生徒も衝撃だったのだろう。彼女達まで、驚きの表情をシャーロットに向けた。
「私は既にお茶会に何度も参加できる程、経験を積んでいるわ。レイド様に頼んでお茶会を開いた事もありますもの。公爵家の方のお茶会だって、上手くこなせますわ。」
「…貴方、平民の癖に、公爵家のお茶会に出るなんて、随分と立場を理解していないのではなくて?」
「まあ、それを言ったらアイシャだってそうでしょう。そんな事に気が付かないなんて…。アイシャも、共に居るのが貴族では落ち着かないでしょう。同じ平民である私の方が、気も楽の筈だわ。ねえ、アイシャ。」
まさか、シャーロットがそこまで言うとは思いもしなかった。今の彼女の発言は、明らかにメアリー達を侮辱したモノである。苛立ちを露わにするアンナとライラを、メアリーは何とか収めようとする。
「気が付いてないのは、そちらですわ。アイシャは、正式に招待されたのです。ついでで着いてくる貴方とは、全くの別物ですわ。」
「あら、私はアイシャに聞いているのに、話に割り込むなんて随分と横暴な方ですわね。」
「そちらこそ、自分勝手な発言をされているのに、気が付いてますの?」
メアリー達とシャーロットはバチバチと火花を散らすような視線で、睨み合っている。表情は笑っているのに、目だけが恐ろしいくらいに鋭い。
私は直ぐにでもこの場を収める為に、間に入って話し始めた。
「……私は、シャーロット様ではなく、メアリー様方にご一緒に参加して頂きたいのです。申し訳ありませんが、シャーロット様には、ご遠慮願いたいのです。」
「まあ、アイシャ。無理に貴族を立てる必要は無いのよ。学生の間は、皆、平等ですもの。同じ平民で、女性の友人である私の方が、貴方も良いでしょう?」
「いいえ、シャーロット様。私にとってはメアリー様方が、この学校で初めてで来た友人です。私は、彼女達と共に、参加したいのですわ。」
「アイシャ…。」
私がここまで言えば、シャーロットも理解してくれただろう。メアリー達に向けていた視線をチラリとシャーロットに移せば、そこには鬼の形相のような表情で顔を歪ませる彼女が居た。
「……そうですの。まあ、最初にお伺いを立てたのですから、仕方ないわね。今回はそちらの顔を立てて差し上げる事に致しますわ。」
「えっと、シャーロット様。」
「アイシャ、次こそは、私に最初に声を掛けてちょうだいだね。」
さっきの表情が嘘の様に、シャーロットは見事な笑顔を作って、私に微笑みかけた。ゾクリと背筋に悪寒が走ったけど、私は何とか表に出ないように留める。
そうしてシャーロットが離れていくと、他の女生徒達もどんどん解散していった。その場に残ったメアリー達は、私に何か言いたそうにしていたので、どうしたのかと声を掛ける。
「…アイシャ、その…。」
「メアリー様?」
「あ、あり、が…。」
言い淀んだメアリーは、睨み付けるように私を見ると、大きな声で叫んだ。
「あ、貴方は当たり前の事を言っただけですからね!私達と友人になったからって、調子に乗らないでちょうだい!」
「……!」
「行くわよ、アンナ、ライラ!」
「は、はい、メアリー様!」
そう言うと、メアリー達はこの場を離れて行った。言い方はキツかったが、アレはつまり友人として認めて貰えたという事だろうか…。
私は何だか、心から嬉しい気持ちで一杯になってしまった。
メアリー達が去って直ぐに、アルベルトとジェイクが私の下へとやって来た。何があったのか聞かれたので、ありのままの出来事を話す。
少し表情を歪めたけど、直ぐに笑顔で心配はいらない、と元気付けてくれた。
その後は三人で色々と話をしながら過ごし、一日目のヴァレス祭は幕を閉じたのだった。
ああ、今日は本当に疲れた…。明日のヴァレス祭は、平穏に終わると良いな…。
お待たせ致しました、本日より更新再開です。




