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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第五十話 ご挨拶

「アイシャ殿、こちらです。」

「は、初めまして…!ご尊顔を拝しまして、恐悦至極にございます。どうか、挨拶する事をお許し下さい。」

「ああ、初めまして。アイシャ、だね。」

「どうも、初めまして。…思っていたよりも、可愛らしいお嬢さんだ。」


 ホールを出て行った私達…、正確にはアルベルトとジェイクだが、ソレはソレはかなりの多くの人に囲まれていた。私達は二人の家族の元に行く事を伝え、話は後にしてもらう事になった。

 そうして逸れない様二人に手を引かれ、やって来たのは彼等の家族の目の前。アルベルトの家は当主であるグレンダル公爵と二人の妻、そして三人の兄。ジェイクの家は彼の両親と兄であるチャックだけだった。


 私は出来る限り丁寧な挨拶を心掛けてはいるが、どこか気に障ったりしないだろうかと、不安になっている。貴族…、ソレもアルベルト達のような学生ではなく、仕事をしている大人な貴族だ。

 そんな人達と会話なんて、正直、心臓が飛び出してしまいそうだった。


「アイシャ殿、そんなに緊張しなくても平気ですよ。」

「で、ですが…。」

「大丈夫です!父も母も、とても優しい方ですから!」

「ジェイク様…、すみません。」


 二人が私を安心させようと、柔らかい表情を向けて微笑んだ。私はもう一度、心の中で大きな深呼吸をする。

 ……よし、大丈夫。


「失礼致しました。アイシャ、と、申します。アルベルト様とジェイク様には、大変お世話になっております。」

「ふふ、私達も沢山お世話になっていますけどね。」

「アイシャ殿といると、私達も毎日が楽しいのです!」

「アルベルト様、ジェイク様…!」


 私が彼等に挨拶をすると、アルベルト達は少しでも緊張をほぐそうとして、私の事をフォローしてくれる。思わず感動して声を出してしまったが、失礼では無かっただろうか。

 私達の様子を見ていた二人の家族が、少しだけ笑みを(やわ)らげた様な気がする。彼等は、微笑んだまま私に話し掛けてくれた。


「どうやら、それなりに良好な関係を築いているようだね。」

「はい、父上。アイシャ殿とは、とても仲良くさせてもらってます。」

「…その様だね。それは良い事だ。」

「父上、母上!アイシャ殿は私の知らない事を話してくれます!この間、ルドルガと一緒に…。」

「こら、ジェイク。その話は此処でするものではないよ。」

「あぅ、すみません、兄上…。」


 恐らく、初めて温泉に入った時の事だろう。てっきりもう話をしているのかと思っていたが、彼等は自分達の両親にすら、詳しい事は話していないようだった。

 幾ら距離があるとは言っても、周りには他の人達も居るからね。私の立場がどうなるのか、気になる人も多いだろう。チラチラと視線も感じる。


「まあ、詳しい話は別の機会にでも。それより、先程の発表はとても素晴らしいモノだった。」

「ああ。二人共、よくあんなモノを思い付いたね。とても良く出来ていた。」

「お前も中々やるんだな、アル。」

「流石、俺達の弟だ。」

「…ありがとうございます、兄上。」

「テストの成績では兄上のようにいきませんでしたが、今回は頑張りました!これもアイシャ殿のおかげです。」

「ほう…。」


 ジェイクが私の名前を出した途端、彼等の瞳がこちらに向けられた。直ぐにジェイクがしまった、とでもいう様な表情になったが、既に遅い。アルベルトは苦笑いしつつも、ジェイクに変わって説明してくれた。


「実は、今回の式の大本は、アイシャ殿の発想から頂いたのです。ただ、アイシャ殿はあまり目立つ事はしたくないというので、今回に関してはジェイク殿と二人で発表致しました。」

「私は平民ですから、貴族の方に与えられるような恩賞は要らないのです。それに、私は案を出しただけですので、ここまでの形にしたのはお二人でございます。私は特に、何かをしたわけでは…。」

「そのアイシャ殿の案で、ここまで出来たのですよ。」

「おかげで、私達はとても素晴らしいモノが出来たと、心から思えます。」

「……ありがとうございます。」


 うっかり口を滑らしてしまったジェイクは、申し訳なさそうにしていた。それでも、二人は私のおかげだと、ちゃんと言葉にしてくれる。それだけで、私はとても嬉しい気持ちになったのだが、彼等の家族は違ったそうだ。


「アイシャは色々と不思議な物を知っているようだが、それが全て家族から教えてもらった、と。」

「…はい、そうでございます。」

「是非、生きてる内に話をしてみたかったものだ。その様な平民が居るとはな。」

「残念ですね、グレンダル公爵様。」


 例え生きていたとしても、私の…アイシャの家族は知らないんだけどね。生きていないからこそ、こうして家族のおかげと、私は色々な事をやっているのだ。


 もしも…、もしも、家族の皆が生きていたら、きっとここまで大きな事にはならなかっただろう。温泉探しに町の外へ、なんて絶対に許さないだろうし。家に簡易的なお風呂を作ったりする程度だった筈だ。

 料理だって、こんな風に沢山作りだすんじゃなくて、少しずつ長い時を掛けて母さんや姉さんと一緒に、作っていたに違いない。


 そもそも、あの事故で家族が死んだから前世の記憶を思い出したのであって、もしも皆が生きていたら、私はただのアイシャのままだっただろう。ルドルガやフィルダン工務店の皆に出会う事も無く、アルベルトやジェイクに係わる事も無く。


 そう考えて、私は胸が痛んだ。家族が死んで良かったとは思わない。私は二度も自分の家族を亡くした。それはとても悲しくて、苦しくて、辛い事だと、分かっている。

 だけど、彼等に会えず、共に居る事が出来ない未来に、私はどうしようもない程に胸が締め付けられた。そんな未来は有り得ない、決して認められないのだと、自分自身に言われてるような気がして。


 私は、何て親不孝…いや、家族不幸者なんだろう…。



「…アイシャ殿、大丈夫ですか?」

「えっ…?」

「……失礼しますね。」


 アルベルトがスッ…と、私の目元にハンカチを持ってきた。優しく撫でる様な感触に、私は思わず瞬きをしてしまう。


 ああ、いつの間にかまた、泣いていたのだ…と、その時に気が付いた。


「も、も、申し訳ございません…!」

「…いえ、こちらこそ、すみません。アイシャ殿にとって、辛い事を思い出させてしまい…。」

「あ、あの、これでも飲んで、落ち着いて下さい…!」

「ジェイク様…。すみません、頂きますね。」


 慌てて謝罪の言葉を言うと、アルベルト達は少し歪んだような笑顔で、逆に謝られてしまった。ジェイクは水を差し出して、落ち着くように優しく言葉を掛ける。

 後ろを見ると、二人の家族も少し気まずそうな表情を浮かべていた。


 貴族である彼等に気を使わせてしまうのだ、私はなんて事を…。


「…父上、アイシャ殿を悲しませるような事は言わないで頂きたいです。」

「う、うむぅ…。」

「父上も、その様な事言っては駄目です…!」

「あ、いや、すまん…。」


 アルベルトとジェイクが、父親に向かって責めるような言葉を向けた。二人は申し訳なさそうに、私へと視線を向ける。


「…少々言葉過ぎた、アイシャ。」

「その…、嫌な思いをさせた。」

「い、いえ…!とんでもない事でございます…!私の方こそ、大変失礼な事を…。申し訳ございませんっ。」


 二人のジッと見つめるような視線を受けたのは、初めてなのだろうか。少し驚いたようにグレンダル公爵とドリア伯爵が私に言葉を掛けた。

 私の方こそ、まさかこんな事になるとは思わず、逆に申し訳ない気持ちで一杯になり、慌てて謝罪する。私、ただの平民ですよ。貴族になんてことを言わせてるんでしょうね…。


「…さて、その話はここまでにしませんこと。」

「エルファレス様の言う通りですわ。アイシャ、私、貴方に聞きたい事があったのよ。」

「は、はいっ。何でございましょうか。」


 三人の貴族女性に囲まれて、私はドキドキする。コレが大人の女性貴族…。初めてこんな近くで見たいけど、凄い綺麗だな…。年齢は幾つなんだろう…、とても若く見える…。

 そんな事を考えていたら、彼女達の内の一人、恐らくアルベルトの母親と思われる、赤みがかった髪をした女性が、私の頬を優しく撫でた。


「貴方、随分と潤った肌ですけれど、一体どのようなお手入れを?」

「……えっ?」


 少しくすぐったいのを我慢して、されるがままに撫でられる。すると、他の二人も私の手や髪を手に取り始めた。


「手も凄いスベスベだわ…。」

「見て下さいませ、サリア様。髪もサラサラ…、とても滑らかですわ。」

「この香りも、今まで嗅いだ事の無い匂いだわ。一体、何の香水を?」

「え、えっと、あの…!」


 いきなりの質問攻めに、アタフタと慌てふためいてしまった。さっきまで父親に注意してたアルベルト達や彼等の兄弟も、流石に女性の会話に入って来る事は出来ずに、思案顔で黙っていた。

 ジェイクは、どちらかと言えば私と同じ様にアタフタしてたけど…。


「まさか、平民の間に私達の知らない美容があったなんて…。」

「さあ、アイシャ。教えて下さいませ。」

「何か必要な物があるのなら、取り寄せますわ。何がいりますの?」


 グイグイとくる彼女達に、私はかなり押され気味だ。今まで他の女生徒達からは、こんな質問をされた事が無い。てっきり、私は普通なんだと思ってたけど、どうやら違ったようだ。

 そもそも、彼女達に教えられるような美容方法など、私は大して知らないのだ。私がしている事と言えば、温泉に浸かってマッサージしたりとかだし、匂いについては石鹸の香りだ。香水なんかじゃない。


 そこまで考えて、私は直ぐに理解した。…ああ、そうか。彼女達は温泉に浸からないから、体も服も全て魔法で済ませる。つまり、石鹸を使って体や髪を洗わないのだ。

 顔を洗ったりはするかもしれないし、化粧水の様なモノはこの世界にもあるから、そう言うのでお手入れはしているのだろうけど。温泉や石鹸の効能や保温効果とかは知らないだろうしね。魔法は清潔にするだけであって、更に磨き上げるモノじゃないから現状維持しか出来ない。


 つまり、温泉をお勧めすればいい事なんだけど…、まあ、無理だよね…。


「えっと、私がしているのは温泉に入って、石鹸で洗って、マッサージする事くらいです。それ以外は、特に何も…。」

「オンセン?一体何かしら、それは?」

「えっ?」

「石鹸で洗うって、あの石鹸かしら?あんな物で体を洗うなんて…。」

「マッサージ位なら私達もしますけど、そんなに効果があるモノだったかしら?」


 アレ、ひょっとして、温泉の事を喋ったら不味かった?アルベルト達の家族だし、知っているモノだと思っていたのに…。チラリとアルベルト達を見ると、苦笑いをしていた。

 ああ、喋っちゃ駄目だったようだ…。


「…公爵様、私達、何もお伺いしておりませんわ。」

「伯爵様、私もです。一体、何をお隠しで?」


 口元に手を当てて優雅に笑う様は、まさに貴族の姿だった。ただし、その笑顔がゾクリと悪寒の走る様な物でなければ、の話だが。


「…そう言えば、一度だけ、アルの香りが普段と違った日がありましたわね。」

「確かジェイクも。チャックはいつも通りでしたが、ジェイクだけ変わった香りをしていましたわ。」


 急に話の中に名前を上げられたアルベルト達が、ビクリと少しだけ体を強張らせた。


「是非、ちゃんとしたお話をお伺いしたいわ。ねえ、エルファレス様、サリア様。」

「そうですわね、コレット様。」


 三人の女性は、男性陣に向けて、ソレはソレは涼やかな笑みを向けておりました。私までもが震えてしまいそうな笑顔で。


「そ、その話は、また家に帰ってからでも…。」

「その言葉、違える事の無いように。」

「それでしたら、本日の夕食は、我が屋敷にて行いましょう。ドリア伯爵家の皆様も、是非に。」

「まあ、嬉しいですわ。宜しくお願い致します。」


 女性達で話がどんどん進んでいく様子を見て、グレンダル公爵とドリア伯爵小さく溜息をもらしていた。逆に、アルベルトとジェイクはホッと息を吐き、安心している。私達生徒は、ヴァレス祭の間でも家に帰らずに寮で過ごす事になっているからだ。次の日の準備もあるしね。


「アイシャ、公爵様方から話を聞いたら、是非また貴方ともお話をお伺いしたいわ。」

「冬の間にお茶会を開きますの。良ければ、参加して下さいな。」

「……え。」

「一人が不安なら、お友達を連れて下さっても構いませんわ。詳しい日取りはまた後日、息子を通じてお伝えします。」


 アルベルト達の方を見ると、小さく頷いていた。私は内心、はぁ…と息を吐き、諦めた様に直ぐに返事をした。


「身に余る光栄でございます。」

「それでは、私達は他の方ともお話がありますので、そろそろ失礼致しますわ。」

「伯爵様、参りましょう。」

「公爵様もですわ。そろそろアル達を話してあげませんと、他の方々も話す事が出来ませんもの。」

「あ、いや…、うむ。」


 満足気に微笑む女性陣と違い、話足りなかったような表情で、グレンダル公爵とドリア伯爵は連れて行かれた。

 後に残されたアルベルトの兄達やチャックは、小さな笑みを溢すだけだった。


「アル、お前達の話、俺達も楽しみにしている。晩餐以外でも、また話を聞けることを願うよ。」

「アイシャ、と言ったか。アルの事、宜しく頼む。」

「まさかあのアルが、父上に向かってあの様な言葉を放つとは思いもよらなかった。それだけアイシャの事を…。」

「兄上、父上達が行ってしまいますよ…!」

「……はいはい。余計な事は、言わないよ。」


 母親が違っても、兄弟仲は良いようだ。一番目と二番目の兄が第一夫人のエルファレス様の子で、三番目の兄とアルベルトが、第二夫人のサリア様の子だそうだ。

 普段のアルベルトとは違う表情が見れて、私は少しだけドキドキした。いつもより、ちょっと幼く見えて、可愛らしいと思ってしまう。


「兄上、また明日、お話しましょうね!」

「ああ。私も質問攻めにされるかもしれないけど、出来る限りの事はしてみるよ。」


 ジェイクとチャックは、いつも通りの仲の良さだ。余程チャックを尊敬しているのだろう。キラキラと憧れの目を向けているジェイクは、本当に可愛らしい。こういう貴族らしかぬところが、とてもキュンとくる。チャックは優しく笑みを向けて、ジェイクの頭を優しく撫でていた。



 ふと、私は視線を感じた。


「……!!」


 周りをクルリと見回してみれば、女性達の視線が一気にこちらへ向いているのが分かった。そうだ、チャックってば、かなり女性に人気があるんだった。


 それだけではない。アルベルトの兄という事は、彼等三人も侯爵家の者だということだ。例え結婚していても、第二、第三夫人の場所を狙っている者は多い。

 因みに、もれなく全員美形である。そんな中にポツンと一人いる女の私は、大変居た堪れない。


 と言うか、現在進行形でかなり痛々しい視線を向けられている。睨み付けるような目で見られていて、正直、体に穴が開くのではないかと、思ってしまったほどだ。



 ああ、早く彼等の会話が終わってほしい。


 そんな、酷い事を思いながら、私は遠くの空を見て現実逃避するのだった。

活動報告に書いたとおり、来週末まで更新止まります。

戻ってきたらまた更新しますので、それまでお待ち下さい。

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