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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第五話 日本酒は美味しい

「おはようございます。」

「おう、おはようさん。今日も頼むぞ、アイシャ。」

「はい!」


 ルドルガと買い物に行った翌日、棟梁が言っていた通り、昨日の内に他の皆に話をしてくれていたらしい。こんな私の為に皆が快く手伝ってくれて、本当に感謝の言葉しか出てこない。

 私は最大級の感謝として、温泉を入る事を皆に勧めたが、誰一人として入ってはくれなかった。


「温泉、あんなに気持ち良いのに何で誰も入ろうとしないんだろう…。」


 アレから数日経った。今でも手伝ってくれた後に誘ってみては断られてしまう。汗をかいて疲れたからこそ、温泉に浸かるのが最高に気持ち良いのに…。

 私はいつもの事務仕事をしながら、ポツリと独り言を漏らした。


「そりゃ、家族ならまだしも他人の前で服を脱ぐなんて事、しねえよ、普通。」

「ルドルガさん、いつの間に…。」

「今さっきな。」


 てっきり、自分だけだと思ってたから、独り言を聞かれたのが分かって急に恥ずかしくなった。


「オンセンってのが俺達には全く分かんねえからな。魔法で事足りるのに、何でわざわざ服脱いで水に濡れなきゃいけねえんだ?」

「もう!全然分かってないですよ!体の芯からほっこりと温まるあの感覚。疲れもあっと言う間に吹き飛ぶほどの癒し。そして、温泉に入りながら飲む一杯は、最高に格別なモノですよ!」

「お前、まさか…。」

「私が飲んでるのはただのジュースですよ、ルドルガさん。流石に成人するまでお酒は飲みません。」

「…そうか。」


 飲んだ事あるのは、前の記憶で、だけどね。流石に旅館でそういうのは禁止だが、自宅のお風呂でやるくらいなら別にいいだろう。飲むと言ってもほんのちょこっとだけだし。泥酔するくらいに飲む人は温泉には入れられないからね。


「それにしたって、一度くらい入って見てくれてもいいじゃないですか。」

「そう言われてもな…。今までそんな経験ないんだから、誰だって戸惑うもんだろ。」

「経験が無いなら、すればいいんですよ。別に入ったからって死ぬわけでもないのに…。」

「入らなくても死にゃしないんだから、別にいいだろ。逆に、俺はお前がどこでそんな知識を手に入れたのかが気になるわ。」

「…私の場合は家族からですよ。」


 嘘は言ってない。前世の家族であって、アイシャの家族とは一言も言ってないのだから。


「ふーん。ちょっと変わった家族だったんだな。」

「そうなんですかね。私はあれが普通だったから…。」


 大好きな温泉の為に、私は何時だって死に物狂いで勉強してきた。私の旅館は代々、女が跡継ぎになる。当然ながら、父さんよりも母さんの方が厳しかった。幼い頃から厳しく躾けられ、将来恥ずかしくない女将になるべく。

 普通に遊ぶ事も出来ず、毎日が家の為の勉強と特訓。失敗して怒られる事もあった。辛くて泣いてしまう事もあった。


 だけど、ちゃんと出来た時。母さんは、とても優しい笑顔で良く出来たわね、と言ってくれた。


 その一言が、どれだけ嬉しかった事か。そう言ってほしくて、私がどれだけ頑張った事か。


「…アイシャ…?」

「……!」


 家族の事を思い出して、いつの間にか涙が溢れていた。


「す、すまん…!別に、お前の家族の事悪く言ったつもりじゃ…!」

「違う…、ごめん…なさい。思い出してたら、勝手に…。」


 私はゴシゴシと目を擦る。アイシャの体のせいか、涙腺が弱いのかもしれない。家族の事で泣いたのは、これで二回目だった。初めて前世の記憶を思い出した時以来だ。


「その、大丈夫か…?」

「少ししたら落ち着くから、ごめんなさい…。」

「いや、無理しなくていい。落ち着くまで、少し横になってろよ。後は俺がやっておくから。」

「ううん、大丈夫です…。ルドルガさん、ありがとうございます。」


 私の仕事を、誰かに押し付ける訳にはいかない。自分の事は、自分でしっかりとしないと、母さんに怒られてしまうから。


「…無理すんなよ。何かあったら、相談くらいは乗ってやれるから。」

「はい、ありがとうございます。ご心配をお掛けしました。」


 ニッコリと笑って、ルドルガにお礼を言った。余り納得したような顔ではなかったが、ルドルガもそれ以上追及はしてこなかった。

 私は事務仕事を再開し、ルドルガは現場へと向かっていった。



 成人の儀式が近付くにつれ、私の家も段々と形になってきた。最初は二カ月くらいと言っていたが、この様子なら後一月もあれば完成しそうだと、棟梁が言っていた。

 冬籠りを終え、春が来て少しすれば、完成するかもしれない。私は、物凄くワクワクした気持ちになっていた。


 何かお礼を考えなくちゃいけない。


 皆、仕事終わりの疲れた体で、私の家を作るのを手伝ってくれている。終わった後に飲み物やお菓子等の差し入れをしてはいるが、もっとキチンとした物を贈らなければ。

 私はどうしようかと悩んでいたが、この間ルドルガと話していた事を思い出す。


 そうだ、日本酒を作ろう。


 この世界のお酒と言えば、ワインの様に果実を発酵させたものだった。日本酒どころか、ビールやウイスキーと言った物も無く、様々な果実から作られるお酒のみだった。

 しかし、温泉と言えば日本酒である。おぼんや桶にお酒とお猪口を置いて、クイッと一杯引っ掛けるのが、風流と言うものだろう。流石にワインでは、ちょっと合わない。


 そうと決まれば、私はお米と麹を買ってくる。この世界に麹があるとは思ってなかったので最初から作る気でいたが、売っていたようで良かった。アレは一から作ると面倒だからなぁ…。

 魔法を使って作られた物なので、多分私が考えている製法とは違うだろうけど。


「よし、作るぞー!」


 軽く夕食を食べ終えてから日本酒造りを始めた。まずはお米を洗って暫く水に浸かしてから蒸米だ。一時間程蒸してから、今度は麹菌と合わせる。本来はそのまま数日寝かせるのだが、私にそんな時間は無い。ルドルガが干物を作っていた時の様に、私は魔法を使ってたったの一時間で終わらせる。その後は酒母だ、先程作った麹や他の材料を入れ、シッカリと混ぜる。

 ここからが一番大変なところだ。(もろみ)造りである。よくテレビでやっている様に、私はグルグルと中をかき混ぜていく。一気に全て入れるのではなく、三回に分け、少しずつ混ぜていく。本来はこれも数日掛けて行うものだが、魔法で短く済むようにする。魔法万歳である。


 私は少しでも魔力の節約をする為に、混ぜるのは自力で頑張った。


「ふぅ、やっと終わったー…。」


 大分長い事回し続けたので、手がとても疲れた。私は出来た醪を布袋に入れて上から吊るし、その下に桶を置いておく。この世界に圧搾機なんて物は無いので、魔法を使うか自然に出来るかを待つしかない。

 後はこのまま置いておいても平気なので、私は後者を選ぶ事にした。


 正直、此処まで本格的な日本酒造りの知識が居る場面なんて、無いと思っていた。


 日本で働いていた時はお酒は買うものであり、作るものではない。家で卸しておいた日本酒は基本的には既製品だったが、数量限定だがウチで実際に作った日本酒も出していた。

 その為、私は日本酒の作り方を詳しく知っていたのだ。因みに、知識として他のお酒の作り方も覚えているので、作ろうと思えば作れる。ただ、私はそこまでお酒は好きじゃないから作ろうとは思わないのだが。


「今日は疲れた…。サッサと寝よう…。」


 私は体を綺麗にした後、部屋を出て直ぐに布団へと入った。


「んー…!良く寝た…。」


 まだ少し手と言うか、肩が凝っている様な気はするが…まあ、大丈夫だろう。

 昨日作った日本酒の様子を見に行けば、桶に半分くらい溜まっている。私はそれを大きな鍋に移して、再び桶に溜まるのを待つ。


 仕事から帰ってきて、私は直ぐに体を魔法で清潔にした。日本酒はどうやら全部絞りきれたようで、桶の九分目くらいまで入っていた。

 私は全てを鍋へと移すと、少しずつお酒をろ過していく。鍋が凄い、重たかった。


 今回は数カ月持てば十分なので、火入れは行わない。と言うか、魔法さえあればそんなモノはいらないのだ。高性能な氷室があるので、その中に入れておけば腐る事はまず無い。


 こうして瓶に入れて氷室にしまえば完成だ。熟成させる為に寝かす必要も無いので、日本に居た時よりもお手軽である。

 酒粕も出来たので、何かに使えないか考えておこう。



 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ味見である。私は、出来た日本酒に指を入れて、それを口に運んだ。


「日本酒だ…。」


 出来たソレは、ちゃんと日本酒の味がした。嫌、しないと困るのだけど、こんなにもちゃんとした味になるとは思っていなかった。

 だって、長い時間掛けて作る日本酒が、たった二日で出来たのだ。魔法を使って作るなんて初めてだし、それっぽい味になればいいかなぁ、くらいにしか考えていなかった。


「しかも、結構美味しい…。これ、もっと良い材料買って作った方が良かったかな…。」


 正直、この工程をもう一回やるのは、中々に疲れる。今回は余り時間が無かったので魔法をバンバン使って短縮したが、疲労感が半端なかった。

 次に作るとしたら、もっと余裕がある時に作ろう。私は、そっと胸に誓った。


「取り敢えず、これで日本酒はオッケーだよね!後は、何かご飯とか…。」


 皆、家に帰ったら夕飯があるだろうし、日本酒に合うおつまみが良いかな。そう考えた私は、お刺身を出してみようと思った。

 この世界の料理には、生モノが出てこない。野菜だろうが魚だろうが、どんな物も全て火が通っているのだ。焼いても良いのだが、それだとおつまみと言うよりはメインになってしまう。私は少しずつ色んな物がつまめるように、お刺身の他におひたしや冷奴、鶏肉のカルパッチョを用意する事にした。


「少しでも日本の食事が皆の口に合えばいいけど…。」


 前にルドルガへご飯を作った時は美味しいと言ってくれたが、アレは洋食だったし…。この世界に和食は無い。煮物も無ければ、和え物も無いし、魚や肉はソテーかフライにしていた。それっぽい感じで似たような物はあるけど、味も見た目も全然違うので、和食と言っていいのかも微妙だった。


「考えてても仕方ないか…。まだ日はあるし、当日の為に出来る限りの事はしておこう…!」


 私はその時が来るのを、腕を磨いて待っていたのだった。因みに、調味料はそれっぽいのがあったが、お刺身を用意するので醤油だけ手作りする事にした。この世界の醤油って、ちょっとお刺身には合わなさそうだったんだよね。

 これも魔法を使えば時間を大幅に短縮できるので、和食の練習ついでに様子を見ながら作成した。流石に日本酒みたいに数日では無理だったが、何とか春が来るまでには完成しそうだ。




 練習の為に自分で作った和食は、とても美味しかったです。温泉に和食、最高。

魔法でなんとでもなる世界です。ツッコミどころ満載ですがスルーしましょう、して下さい。

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