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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第四十九話 ヴァレス祭の始まり

 あの事件からは特に何事も無く、着々と日は進む。謹慎の解けた彼女達は、真っ直ぐに私の元へとやって来て謝ってくれた。まさかあそこまで大事になるとは思わず、心から反省しているのが分かったので、私は気にしないで、と言葉を伝えた。



 そして、気が付けば明日にはヴァレス祭が始まる。


 既に学校はヴァレス祭の為に整えられていて、中央都には大勢の貴族が集まってきている。アルベルトやジェイクの家族も、既にこちらへとやって来ている様だった。

 何度か呼び出しがあったらしく、度々向かっている二人を思い出し、貴族は大変だなぁ…なんて考えていたのも、ついこの間の事。明日には、とうとうヴァレス祭が始まってしまうのだ。


「ヴァレス祭か…。取り敢えず、普通の学園祭の規模じゃないし、相当大掛かりな行事なんだよね…。」


 学園一帯を使って開催される今回の行事は、学生の一大イベントの名に恥ずかしくない程の規模である。広い学校内の敷地を余すことなく使い、様々な催し物が開催される。私は自分の発表が終わればそれでおしまいだが、アルベルトとジェイクは新しい算術の式についての発表がある。

 私が目立ちたくないと伝えたおかげか、今回の件に関しては二人だけの発表になるので、私は観客席で見ているだけだ。ちょっと普段とは違う視点でいられるので、実はワクワクしている。


 模擬店も沢山出てくるので、発表が終わったら三人で回ろうね、何て話しもしていた。学園祭と言うのは、幾つになっても心躍る出来事だよね。昔を思い出すよ。


「いよいよ明日ですね。」

「はい、アルベルト様。私、物凄く楽しみにしてました!」

「ふふ。私もです、アイシャ殿!」


 学園祭と言えば最大級のイベントである。いや、この学校にあるのは、私にとってどれも最大級のイベントなのだけど。それでも、普通の授業や試験と違って、学園祭と言うのは特別なのである。


「お二人の発表、とても楽しみにしてますね。」

「上手く説明できると良いのですが…。ちょっと、緊張してきました。」

「大丈夫ですよ、ジェイク殿。アレだけ準備してきたのですから、落ち着けば難なく終わります。」

「は、はい、アルベルト様…!」


 余裕のあるアルベルトとは逆に、ジェイクはかなり緊張している様だった。前日からコレでは、明日はもっとガチガチかもしれない。

 微笑ましい様子に、内心クスリと笑ってしまった。


「それではアイシャ殿、また明日。」

「はい、アルベルト様、ジェイク様。」

「また明日に!」


 寮に戻って来た私は、直ぐに部屋へと入り、明日の準備をする。学園祭は二日間、朝から夜まで予定がびっしりだ。

 初日の目玉は、生徒達の発表会だ。午前中から始まり、休憩を挟みつつもほぼ一日中開催される。発表順はAクラスから順番になっているので、私達は比較的早めに終わる事になっている。

 勿論、後等生から順番に始まるので、それでもお昼近くにはなってしまうけど。


 発表が終われば、後は自由行動だ。学校側が用意した模擬店もあれば、生徒達が有志で行うモノもある。特に、商人科に通う生徒達は日頃の勉強の成果を発揮する場所でもあるのだ。かなり力が入っているだろう。

 飲食店は勿論、様々な催し物が出店するらしい。中には、ちょっとした賭け事もあるそうだ。


 学校で行うイベントにそんなものが絡んでいいのかとも思ったけど、まあ、いいか。


「よし、準備オッケー。今日は寝るかなぁ…。」


 明日の朝は早く起きて温泉に入る予定だ。こういうイベントの時にこそ、体をシッカリと労わらないと。何が起きるか分からないし、万全の状態で挑まないとね!


 私はベッドに入って目をつむると、直ぐに夢の中へと旅立った。



「んぅ…。ふぁ…あ…、」


 大きな欠伸を漏らしながら、私は目が覚めた。寝ぼけ眼を軽くこすりながら、ベッドから起き上がる。私は用意していた朝食を軽く食べると、温泉へと浸かった。


「あぁぁー、幸せ…。」


 最高の気分だ。ほんのりと香る石鹸の匂いが、更に気分を落ち着かせる。今日は冬の花を使った石鹸でとてもいい香りがする。コレがあれば香水入らずだ。

 ヴァレス祭には沢山の貴族が訪れる。勿論、貴族以外にも大きな商会の人や富豪の人等、平民もいるのだけども。取り敢えず、身だしなみはきちんとしておいた方が良いだろう。


「ああ、でも、温泉…。温泉…最高…。」


 いっその事、このままずっと浸かっていたい気持ちになるけど、そこは我慢だ。余り長湯に入っていると、アルベルト達を待たせてしまう。

 私は程好い所で温泉から出て、パパっと支度を済ませた。


「おはようございます、アルベルト様、ジェイク様。」

「アイシャ殿、おはようございます。」

「おはようございます!」


 私は学生服に身を包み、大きなカバンを肩にかけて、迎えに来た二人に挨拶をする。最初は学校へと向かい、各々で発表の向けての準備をするのだ。


「今日はいつもと違う香りがしますね。」

「とても良い匂いです!」

「ふふ、ありがとうございます。新しい石鹸を作ってみたんです。」

「良い香りです、コレはスイセンですか?」

「わ、よく分かりましたね。流石アルベルト様です。」


 新しい石鹸の香りを誉められたのが嬉しくて、かなり近くに寄っていた二人に、私は気が付かなかった。



 学校について暫くすれば、学校内にチャイムが鳴り響く。


 もう直ぐでヴァレス祭が開始される合図だ。私は自分の資料を持って、発表するホールへと向かう。勿論、アルベルト達も共に。

 二人の荷物は殆どが既にホールへと運び込まれている。彼等が手に持っていくのは、幾つかのファイルや沢山の資料だ。その場で式を使って発表するので、物凄い量の紙である。


 ホールへと付いた私達は、用意された椅子へと座る。座る場所はクラス毎だが、席順は特に指定が無いので、先に就いた人達から好きな場所に座れるようになっていた。私達は三人で座れる席を見付け出し、そこに腰を置いた。


「そろそろ、始まりますね。」

「わ、私、ちょっと緊張してしまいます…。」

「…実は私もです。アルベルト様の足を引っ張らないようにしなければ…。」

「大丈夫ですよ、二人共。ジェイク殿も、そんな緊張しなくてもいつも通りで良いのですから。」

「うぅ…、はい…!」


 案の定、ジェイクは昨日よりもさらに緊張していた。アルベルトは優しく声を掛けて、何とか落ち着けるようにするが、効果は今一つだ。

 私は二人に鞄の中から、持って来ていたお菓子を差し出した。


「アルベルト様、ジェイク様。宜しければ、どうぞ。」

「ああ、アイシャ殿、ありがとうございます。頂きますね。」

「アイシャ殿、コレは…?」

「少しでも緊張がほぐれる様にと、持って参りました。生チョコレートです。」

「流石アイシャ殿、とても美味しいです。この柔らかい食感が良いですね。」

「い、頂きます…。」


 先にパクリと食べたアルベルトを見て、ジェイクはそっと手を伸ばす。美味しいと顔を綻ばせたアルベルトは、もう一つ摘まんで食べた。

 ジェイクも意を決したかのように生チョコを口に入れる。すると、とても驚いた様な、美味しそうな表情をして、ゴクンと飲み込んだ。


「あ、アイシャ殿、コレ、とても美味しいです…!」

「ふふ、喜んで頂けて良かったです。まだありますから、幾らでもどうぞ。」

「はい!」


 すっかり緊張が吹き飛んだ様子のジェイクを見て、私とアルベルトはホッと息を吐いた。ニコニコと美味しそうに笑って食べるジェイクは、本当に癒される。いつものジェイクなら大きな声で賞賛を上げるが、もう直ぐヴァレス祭が始まる。普段よりも小さな声でコソコソと喋っていた。


「皆様、これよりヴァレス祭を開催致します。舞台の方へと、ご注目下さい。」


 突然、大きな声がホール内に響いた。ふと周りを見渡せば、生徒だけでなく保護者等の学校外の人間が沢山座っていた。

 余りの多さにちょっとビックリしたけど、取り敢えずは舞台の上で喋っている学園長の話を聞く事にした。


「これより、第九十七回、ヴァレス祭を開催致します。本日はこの発表がメインとなっておりますので、気になる生徒や発表内容がありましたら、各々でお声掛け下さい。それでは、後等生Aクラスより、発表を開始します。」


 学園長の話はとても簡単なモノだった。よくある偉い人に限って話が長くなる、という事は一切なく、かなり簡潔なモノだった。

 どうやら、このヴァレス祭に関しては長ったらしい挨拶や説明等は省き、少しでも生徒や大人達の時間が取れる様に…との配慮だそうだ。


 さて、次々と発表がされていく中、そう言えばヴォルフって何クラスなんだろうと、登場するのを心待ちにしていた。後等生の発表はやはり、かなりガッチリとした論文やらレポートやらで詳しく説明されていて、正直あまり理解できなかった。

 普通の勉強についてなら兎も角、まだ習っても居ない魔法についてとか、私が知る訳が無いからね。取り敢えず、後等生になったらもっと勉強を頑張らないといけない、という事が分かった。

 いや、少しくらいはちゃんと覚えますけどね、発表に対する持ち時間がそこまで長い訳じゃないから、流石にどんどん進んでいく内容を全部は理解できません…。


 しかし、いくら待っていてもヴォルフの出番はなく、いつの間にか私達のクラスの発表になっていた。


「アレ、ヴォルフさんのが無い…?」

「…基本、ヴァレス祭は絶対参加ですが、余程の理由がある場合のみ欠席する事が可能です。」

「そうなのですか…。」


 余程の理由と言えば、家に何かあったとか、本人が重い病気に罹ったとかだ。もしかして、ヴォルフに何かあったのだろうか…。

 私が心配していると、アルベルトに軽く腕を引っ張られた。いつの間にか順番が来ていたようだ。


「前等生Aクラス、アイシャです。お願い致します。」


 私は舞台に上がり、自分の作った資料を広げて発表した。舞台の上に立つと、その人の多さに圧倒してされた。席からでは後ろの方がよく見えなかったが、この広いホール一杯に詰められた人達に、若干顔が引きつる。

 何とか表情を保とうと努力したけど、多分顔に出てただろうな。


 その後、ササっと自分の発表を終わらせた私は、元居た席に着く。かなりの視線を浴びていたけど、そのほとんどが好奇の眼差しや侮蔑の視線だった。

 少し居た堪れない気持ちにはなるけれど、私は大人しく椅子に座る。隣にいるアルベルト達が優しく微笑んで、良く出来ていたと褒めてくれたのが、唯一の救いだ。心がホッとした。


「前等生Aクラス、アルベルト・フィン・グレンダルです。お願いします。」

「同じく前等生Aクラスの、チャック・フィン・ドリアです。お願いします。」


 二人が舞台上に上がると、後ろから少しざわついた声が聞こえる。今や二人はかなり有名だ。それも、高位の貴族になればなるほど、彼等に興味を持つ者は多い。

 その理由の殆どが、私が原因ではあるのだけども。


「……そうして、私達が考えたのが、この式で…。」

「これを使う事で、従来の方法よりも簡単に計算できるように…。」


 さっきまで緊張していたとは思えない程、ジェイクはハキハキと喋っていた。本番に強いタイプなのか、それともお菓子が聞いたのか…。

 二人の発表を聞いていると、更に周りが騒がしくなった。後ろの人達だけじゃない、他の生徒や教師達も、普段のにこやかな表情から、驚いた様な顔へと変わる。


 周りの喧騒を気にする事なく、二人は発表を続けた。それが終わり二人がお辞儀すれば、周りからは盛大な拍手が溢れる。

 後等生の発表でも、ここまでの拍手は無かった。それだけ、この二人の発表は素晴らしいモノだった、という事だ。

 私に関係は無いのだけど、二人が褒められていると私も嬉しい気持ちになる。それと同時に、私なんかが傍に居るには、もっと頑張らなくちゃいけないと、再認識した。


「お疲れ様です、アルベルト様、ジェイク様。とても素晴らしかったです。」

「ありがとうございます、アイシャ殿。この様に認められるのは、嬉しいですね。」

「私も、凄い嬉しかったです…!これもアイシャ殿のおかげです、ありがとうございます!」

「いえ、私は何も…。二人の研究の成果です。」


 その後も、どんどんと発表は進んでいく。Bクラスのメアリーはアンナとライラの三人で、お茶会に使うようなお菓子の研究をしていたらしく、それについての発表だった。

 以前、私があげたジュレを相当気に入っていたらしく、他のお菓子でも工夫できないかと調べていたらしい。味は今までと同じ物だけど、見た目がかなり華やかになったお菓子が出てきて、主に女性の人達の拍手が凄かった。


 Cクラスではシャーロットがレイドや他の男子生徒に交じって、共に発表をしていた。彼等は平民と貴族の関係性についての発表をしていた。内容はそこまで突飛なモノではなく、優秀な平民をいかに上手く見つけ出せるか、貴族に対しての有用性を引き出す事が出来るか、みたいな感じだった。

 度々シャーロットが引き合いに出され、褒め称えられているのを見て、何とも言えない気持ちになったのは内緒だけど。



「これにて、生徒達の発表会は終わります。順番にご退席下さい。話をする場合は必ず付近に気を遣う様、お願い申し上げます。」


 発表会が終われば、後は今日の閉会式までは自由時間だ。と言っても、そこまで時間がある訳ではないので、話をしてたり少し回ったら終わりになってしまうけど。

 席が後ろの人から順番に退出して行ってるので、私達生徒が席を立つのはかなり後だ。その間に、この後はどうするかの話し合いをする。


「今日は余り回れないでしょうが、アイシャ殿はどこか行きたい場所はありますか?」

「そうですね…。正直どこも気になる所ばかりではありますが…、明日の時間がある時の方が良いような気もしますし…。」

「それなら、良ければ私達の家族へご挨拶させては頂けませんか?」

「お二人のご家族に、ですか…?」

「はい。出来れば紹介したくなかったのですが、家族がどうしても、と…。しかし、中々機会が無くて…。」


 そりゃ、ただの平民である私が、公爵家や伯爵家の方と挨拶する機会なんて、普通は無いだろう。そもそも、私なんかに会ってどうするのだろうか…。

 いや、本来なら私が挨拶に伺わなくちゃいけないんだろうけども。私から貴族である彼等を呼び出したりする事が出来る訳もなく。アルベルト達も私財から、と言っていたから別に無理にしなくても良いのかな、何て思ってはいたが…。


「私の様な平民が、宜しいのでしょうか…?」

「こちらがお願いしているのですから、勿論ですよ。」

「アイシャ殿、頼めますか?」

「…分かりました。出来る限り、失礼のない様に気を付けます…!」


 二人の家族なら、多少粗相しても許してもらえるとは思うけど、それとこれとは別だ。私がみすぼらしければ、一緒にいる二人が怒られてしまうかもしれない。

 私は気を引き締めて、大きく深呼吸をした。


 よし、二人に恥をかかせない為にも、頑張るぞ…!

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