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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第四十七話 事故

 さて、まさかのヴォルフとの再会から、一月が経った。最初の内は夏休み明けという事でちょっとだれてる生徒が居たものの、今ではスッカリ元通りになっている。

 そして、今は皆でヴァレス祭の準備をしている。


 この学校では冬の中頃に一年の終わりとして、学校で学んだ事の発表会のような…、言うなれば学園祭の様な物がある。

 クラスで催し物をする場合、個人でする場合、それぞれのグループメンバーでする場合と、発表方法は様々ではある。必ず発表は必要になるので、それをどうやってするかの選択肢がいくつもあるのだ。


 私は当たり前の様に、アルベルト達と三人発表でする事になった。


 まあ、発表と言ってもそこまで大した事は無く、今までこういう勉強をしてきましたよー。ここからここまで習って、こうやって成長してきましたよー、みたいな。

 論文とか、レポートとか、そう言う堅苦しいモノでは無いので、気楽である。


 勿論、ここで新たな発見の発表をしたりと自分の優秀さをアピールする場でもあるので、大抵の生徒は本気だ。ただ、私に限っては平民で、貴族社会の功績を貰ってもどうしようもないので、自分の分が終わったら、二人の手伝いをしている。

 こう言う時じゃないと、私が二人に恩を返せる場所なんて、無いからね…!いつもはお世話になってる分、雑用とかで少しでも手伝わないと。


「アイシャ殿、すみませんがこちらを確認してもらえますか?」

「はい、アルベルト様。」


 学校に通う貴族にとって、このヴァレス祭は一生の中でも大きなイベントである。どれだけ自分が優秀であるか、この国の為に役立つ事が出来るかを、王族や重鎮も訪れるこのヴァレス祭で発表するのだ。今の自分よりも上の者の目に留まれば、将来を有利に進める事が出来るのだから、皆一生懸命になるのは分かる。


 本当は私達も温泉について発表したい気持ちはあった。こんな絶好の宣伝場所、利用しない手は無いからだ。

 しかし、私達にはまだ足りないものがある。そもそもの旅館が出来上がっていなければ、温泉旅館の為の調度品や浴衣。接客する従業員の教育に、和食が作れる料理人の育成。何もかもが、まだまだ時間が掛かるのである。


 従業員や料理人に関しては、アルベルト達がそれなりに見繕ってくれていて、その中から選んだ人に契約魔法を結ばせて、秘密厳守の上で教育している。

 だけど、やっぱり時間は掛かる。少なくとも今年の発表には間に合わないだろう。温泉旅館に関しては、来年に出来たらいいね、みたいな感じでまとまっているのだ。



 それでは、一体今年は何を発表するのか。


 算術…計算式についてである。この世界の計算は全て四則演算である。それも、すっごく簡単なモノだ。ちゃんとした数式は無く、分数や小数点なんかにしたら答えが曖昧になる事もあるし、一つの式で済むものが別々に分かれていて何度も計算した後に足していくモノだったり。

 正直、小学生だってもっとましな勉強してるよ、ってくらいには酷かった。だから、算術の試験でいい成績を取るくらいは簡単だったのだ。


 とまあ、そんな訳で。私が二人にこういう風に計算してみたらどうか、何て提案したらとても驚いた顔をしてた。その時の二人の表情は、今まで見た事が無いようなもので。とてもキラキラとした、尊敬の意を込めた様な目で私の事を見ていたのには、少したじろいだ。


 別に私は簡単に説明しただけだし、それをちゃんとしたモノに仕上げたのは二人だ。ここまで色々と準備してまとめたのだって、基本的には彼等だった。アルベルト達は三人での発表にしようと言ってたけど、私はそんな事で目立ちたくは無い。私は貴族に与えるような報酬は欲しくないので、丁重にお断りした。


「大丈夫です、アルベルト様。合ってます。」

「ああ、それなら良かった。」

「アイシャ殿、こちらもお願いします。」

「分かりました、ジェイク様。」


 私が今やってるのは、二人がまとめて書き上げた論文の最終確認だ。計算間違いがないか、数式におかしな点はないかの確認である。

 二人はあっと言う間にこの式を使いこなしてしまった。本当に頭が良いなぁ…。


「こちらも大丈夫です。お茶を入れてきますから、一息つきましょうか。」

「そうですね。こちらも一段落しましたし。」

「私の方もです。」

「では、少々お待ち下さい。」


 本来なら侍女がやるような仕事も、今この場には私達三人しかいない。故に、お茶の用意などは私がやる事になっているのだ。貴族であるアルベルト達に任せるなんて、恐れ多い事出来ませんからね。


 ヴァレス祭までは後一月。私達は十分余裕を持って進めているので、あまりの内容に忙殺される、何てことは無い。殆ど作り終わったので後は最終確認だけ済ませれば、ヴァレス祭を待つだけである。


「ふぅ…。ありがとうございます、アイシャ殿。」

「今日はホウジチャですね。」

「ふふ、当たりです。」


 美味しそうにほうじ茶を飲む二人を見て、私もゆっくりと一息ついた。ふと、ほんの少しだけ頭が揺れた様な気がした。


「……?」


 ほんの一瞬だったけど、頭にツキンと痛みが来た。そう言えば、昨日は余りよく眠れなかった。そのせいで、いつもより疲れたのかもしれない。


「…アイシャ殿?」

「アイシャ殿、どうかしましたか?」

「あ、いえ。何でもないです。」

「それなら良いのですが…。」


 ちょっと頭痛がしただけなのに、アルベルト達は直ぐに私の変化に気が付いたらしい。ただ、本当に大した事が無いので、私は特に気にする事も無く返事をした。

 無理に心配事を増やす必要は無いしね。


 その日は、ゆっくりとお茶を飲みながら、発表に向けての最終確認を進めた。



 それから三日後。朝目が覚めると、少し体が怠かった。


「…ん、怠い…。」


 何だか、頭がボーっとする。少しではあるが、ズキズキと痛む様な感じもした。


「アレ、もしかして風邪でも引いたかな…?」


 でも、咳もくしゃみも無いし、のどや鼻に来てるわけでもない。熱もなさそうだし、そんな酷いモノじゃないのかな?


「今日行けば明日は休みだし、一日くらいなら平気だよね。」


 私は念の為痛み止めの薬を飲んで、学校へと行った。



「今日は図書館で勉強をしましょうか。」

「そうですね。論文も殆ど出来上がってますし、冬の試験に向けての勉強も大事です。」

「私は今度こそ一位を取ってみせます!主席は無理でしたが、少しでも兄上に近付けるように頑張らないと!

「ふふ、頑張って下さい、ジェイク様。」

「はい!」


 放課後、いつもの様に三人で行動をする。今日はヴァレス祭の準備ではなく、三人で冬の試験に向けての勉強会だ。頭が少しだけ痛むが、ほんの少しだし大丈夫だろう。

 やっぱり朝に会った二人に、どうかしたのか尋ねられたが、私は何も言わなかった。ちょっとした変化でも直ぐに気付く二人は凄いなぁ。


「うーん、ここはこう、ですかね…。」

「ええ、合ってますよ。後、ここは…。」

「あ、成程。確かにそうですね。」


 図書館には大勢の生徒達が居た。ヴァレス祭に向けて調べ物をしている生徒や、私達の様に冬の試験勉強をしている者もいる。

 私達は図書館の隅にあるテーブルに座って、勉強していた。


「ああ、居ましたね。少し宜しいですか、アルベルトさん。」

「ロベルト先生。どうかなさいましたか?」

「話があります。職員室の方へと来て下さい。」

「はい、分かりました。…ジェイク殿、アイシャ殿。すみませんが、ちょっと失礼しますね。」

「行ってらっしゃいませ、アルベルト様。」


 勉強を始めてから暫くして、急に現れたロベルト先生に呼ばれ、アルベルトが職員室の方へと向かっていった。

 私とジェイクはどうかしたんでしょうね、何て話しながらも、二人で勉強を続けた。


 アルベルトがロベルト先生と出て行って、三十分ほど経った頃だろうか。頭の中がグラリと揺れた。


「アイシャ殿?」

「…ちょっと疲れてしまったようです。一旦、外の空気を吸って参ります。」

「それでしたら、私も…。」

「いえ、ジェイク様はそのままで。アルベルト様が戻って来た時、二人共いなかったら困るでしょうから。」

「ですが…。」

「直ぐそこですから、大丈夫ですよ。」


 私がジェイクを説得すれば、渋々ながらも了承してくれた。少し痛む頭を何とか我慢しながら、私は立ち上がり、図書館から廊下への扉へと向かう。

 途中、私にしか聞こえないような声で、ヒソヒソと話し合う生徒の言葉を聞いた。


「ふん、良いご身分だわ。貴族の世話になるなんて。」

「あのお二方が優しいからって、調子に乗るんじゃないわよ。」

「アンタみたいな平民如きが、どうして気に入られてるのかしら…。」


 彼女達が口々にするのは、私を蔑む言葉だった。ただ、私にとってはよくある事なので、いちいち気にしてはいられない。

 気付かない振りをしてそのまま横を通り抜けようとすれば、彼女達の表情が歪んだ。


「まあ、失礼な態度。私達を無視するなんて。」

「コレだから平民は嫌ですわ。」

「男に対してだけ外面が良いなんて、やはり平民はどの方も身分を弁えないのね。」


 恐らくシャーロットの事だろう。私と彼女を一緒にされるのは嫌だが、そこまで間違っていないのも事実。反論する事なく、私は廊下へと出て行った。


「はぁ…。」


 何だか、余計に頭痛が激しくなってきたような気がする。今日は早めに寝た方が良いかもしれない。二人には申し訳ないが、先に帰らせてもらおう。

 私は、少し外の空気を吸って落ち着かせてから、図書館へと戻った。


 ほんの数分だけだったが、ジェイクは私が図書館に戻ると直ぐに気が付いてくれた。こちらに向かって満面の笑みを浮かべている。

 帰ってきたご主人様に喜ぶ大型犬…。


 いや、そんな事を思っちゃダメだ。幾ら可愛らしい笑顔でも、貴族らしくなくても。ジェイクの良い所ではあるが、犬扱いをしては失礼だろう。

 私は笑顔を返して、真っすぐジェイクの方へと向かう。


 その時、後ろから大きな音がした。


「アイシャ殿…!」


 ジェイクの叫び声に私はハッとして後ろを向けば、図書館の本棚が倒れ込んできているのを目にした。


「あ…。」


 コレはヤバい、と思った時にはもう遅い。私の足は動く事なく、その場に立ちすくんでいた。グラリと揺れる本棚が私の眼前へと迫った瞬間、先程とは比ではない位の大きな音が図書館内に響いた。


「……あれ…?」

「アイシャ殿、大丈夫、ですか…?」


 大きな衝撃が来ると思って、ぎゅっと目を閉じていたのに、私が感じたのは尻もちをついた時の軽い痛みだけだった。

 恐る恐る目を開けてみれば、私の目の前には覆いかぶさったジェイクが居た。


「じぇ、ジェイク様…!」

「アイシャ殿、どこか怪我は…?」

「わ、私は別に…。ジェイク様こそ、何故…!」

「……?アイシャ殿を助けるのは当たり前の事でしょう?危ないと思ったら、体が勝手に動いてしまいましたし…。」


 どうやら、ジェイクは私を助けてくれたようだ。被さる様に庇ってくれたおかげか、私に本の雨が降って来る事は無かった。

 それはつまり、私の代わりにジェイクが本の衝撃を受けたという事で…。


「わ、私よりも、ジェイク様は大丈夫ですかっ?背中、痛いのでは…。」

「大丈夫ですよ、これくらい。鍛えてますから。それより、アイシャ殿に大きな怪我が無くて良かったです。」

「ジェイク様…。」

「本をどけるのに時間が掛かるようですね。アイシャ殿、苦しいかもしれませんが、もう少し我慢して下さい。」

「は、はい。すみません、ジェイク様…。」


 アレだけ勢いよく倒れて来たのだ。幾ら鍛えてても、痛いに決まっている。だけど、ジェイクはニコリと笑って、私の心配ばかり。

 ああ、何だか…。


「ヒーロー、みたいですね。」

「えっ?」

「ジェイク様は、私が危ない時、いつも一番最初に助けて下さいます。何だか、私には、ヒーローのように思えて…。」


 そこで、ハッとして、ジェイクの顔を見た。すぐ目の前にあるジェイクの顔が、キョトンとした顔になっている。

 そう、すぐ傍に、ジェイクの顔があるのだ。


「あ…、えっと、その…!」

「アイシャ殿…。」


 マズい、本棚に押しつぶされている今の状況は、かなり密着している。覆いかぶさるように庇ってくれたジェイクは、当然私の上にいる訳で…。

 ふと、後ほんの少し近付いてしまえば、顔がくっついてしまいそうな距離だと気付き…。


「な、何でもありません、ジェイク様…!わ、私ったら、何を…!」

「…私は、アイシャ殿のヒーローでいられたら、嬉しいと思います。」

「……ジェイク様…?」


 私が顔を熱くしてアタフタしていると、ジェイクが小さな声でボソリと呟いた。


「私は、アイシャ殿の為なら、どんな危機があろうとも助けに参ります。アイシャ殿を救えるのが、私であればと、いつも考えています。アイシャ殿のヒーローに…、貴方の騎士になれるなら、私は…。」

「ジェイク、様、あの…。」


 何だか、さっきよりも顔が近付いている様な気がする。いや、きっと本棚が重いせいだろう。ジェイクも思い本棚を一人で支えるのは、キツイ筈だ。そのせいで、どんどん近付いているのかも…。

 いや、でも、待って。それ以上近付いたら…!


「アイシャ殿、私は…。」

「……!!」


 私の頭は、完全に許容範囲を超えた。ぷしゅー、と音でもするかのように、私の顔は真っ赤になって、何も考えられなくなる。

 頭が熱い、くらくらする。私は、何で、こうなってるんだっけ…?


「……アイシャ殿?」

「あ、う、うぅ…。」


 パタリと、私の意識が遠のいていく。気絶する前に私が見たのは、慌てて私を呼ぶジェイクと、本棚がどかされて、こちらを見る大勢の人達の姿だった。


「アイシャ殿!」

「ちょっと、誰か、先生を…!」

「アイシャ殿!ジェイク殿!」


 遠くで、アルベルトが私達を呼ぶ声が聞こえる。戻って来たのかな…。


「アルベルト様、アイシャ殿が…。」

「私が医務室まで運びます。ジェイク殿も、治療をしなければ。」

「で、ですが…。」

「今は急がないといけません。ジェイク殿、行きますよ…!」

「あ、はい…!」


 ゆっくり優しく、私の体が動いている気がする。でも、振動が全然来ない。まるで、空でも飛んでいるような、そんな夢を見ている様だった。


 私が次に目を覚ましたのは、学校の医務室のベッドで、横たわっていた時だった。

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