第四十五話 初めてのオンセン
「すみません、夢中になってしまいましたね。」
「お待たせしました…。余りにも楽しくて、つい…。」
「ふふ、楽しんで頂けたなら良かったです。温泉旅館に卓球は付き物ですから。」
卓球に熱中していた二人は、チャックが声を掛けると直ぐにハッとした様にその手を止めた。少しラリーが続くようになったと思ったら、あっと言う間に上達していくのは、流石に驚いた。
運動神経と言うか、反射神経と言うか…。本当に二人は凄いな…。
「このタッキュウと言うのも、オンセンリョカンの目玉になりますね。きっと、直ぐに浸透するでしょう。」
「アイシャ殿!沢山練習しますから、今度、私とも勝負して下さいね!」
「ええ、ジェイク様。私でよければ。」
「それでは、私ともお願いできますか?」
「勿論です、アルベルト様。」
二人ともすっかり卓球に夢中になった様で、私も嬉しい。温泉と卓球は切っても切れない仲だからね!この二人には直ぐに追い越されそうだけど、それまでは私だって頑張るんだから!
「少し夢中になってしまいましたが、オンセンリョカンも確認出来ましたし、そろそろ戻りましょうか。」
「そうですね。家にお土産を用意してますから、良かったらお持ち下さい。」
「いつもありがとうございます、アイシャ殿。」
「これくらいしか、私にはお返しできませんから。」
温泉旅館を後にして、私の家へと帰ってきた。お菓子は簡単なクッキーを用意して、紅茶を新しく淹れなおす。少し運動したから、喉が渇いてる筈だ。
「美味しいですね…。どうもありがとうございます。」
「少し汗をかいてしまいましたので、冷たいお茶が更に美味しく感じます。」
「ふふ。意外と動きますからね。」
卓球は小さい台の上で打ち合う競技だが、結構体力を持って行かれる。二人は夢中になって楽しんでいたし、初めての競技だったから慣れない動きで少し汗をかいていた。
と言うか、外は暑いから、普通にしてても汗をかく。チャックは平然としているが、ルドルガは額に汗が浮かんでいる。
「ルドルガさん、大丈夫ですか?」
「あー、やっぱ外は暑いな…。」
「今日は温泉入っていきます?」
「んー、そうするか…。」
私が帰って来た日から、我が家の温泉に入れなくなってしまった。勿論、言ってくれれば幾らでも歓迎するので、入りに来てはいるけれど。それでも、居なかった時の様に、好きな時に、とはいかなくなってしまった。
「それじゃあ、晩御飯も食べていきますか?ルドルガさんの好きな西京焼き、ありますよ。」
「お、本当か!楽しみだな!」
ルドルガは嬉しそうな顔ではにかむ。本当に魚料理好きだよね、ルドルガって。
私達がそんな話をしていると、少し悩んだような表情をした後に、アルベルトが口を開いた。
「……アイシャ殿。一つお願いがあるのですが。」
「どうかなさいましたか?」
「私も、ルドルガと一緒にオンセンへと入っても良いでしょうか?」
「えっ…?」
思わず、声が出てしまった。だって、アルベルトが一人で入るなら兎も角、平民であるルドルガと一緒に入るなんて、思わなかったからだ。
「えっと、アルベルト様。それなら、俺は別に…。」
「いえ、ルドルガも一緒に入って下さい。初めてのオンセンで分からない事もありますし、逆上せたりしたら困りますから。」
「そ、それなら私も入ってみたいです…!」
「ジェイク様まで…。」
ピッと手を上げて、ジェイクも入りたいと言い始めた。私としては、二人が温泉に入ってくれるのはとても嬉しい事だけど、本当に大丈夫なのだろうか?
チラリとチャックを見れば、ただ、ニコリと微笑むだけだった。
「今回の様に、詳しくは分からずともオンセンリョカンに興味を持っている方はいます。ならば、私達もちゃんと知っておくべきだと思うのです。」
「ですが、アルベルト様は一番最初のお客様として、温泉を楽しむのだと思っておりました…。」
「私もそのつもりだったのですが、今日の事もあります。客としてくる時は別にして、今は援助者として少しでも知っておきたいと考えています。」
「…そこまで言うのでしたら、私は何も言いません。皆様の分もご用意させて頂きます。…夕食はどうしますか?余り豪華な物はご用意できませんが…。」
「出来れば、夕食も共に頂きたいです。ただ、別に気にする事はありませんよ。急な事ですから、簡単にで大丈夫です。」
「お心遣い、感謝致します。」
まさか、アルベルト達が一緒に入るなんて思いもしなかった。ソコまで温泉に興味を持ってもらえたなんて…。私、今、物凄く感激してます…!
この時ばかりは、ブレン公爵にありがとうの気持ちを届けたい!だって、アルベルト達が温泉を楽しんでくれれば、私にとってはとても嬉しい事なのだから。
張り切って夕食を用意しよう…!と言っても、元々ある物から作るから、本当に簡単なモノになっちゃうんだけど。
「それでは、早速行きましょうか。ルドルガ、案内を頼みます。」
「は、はい!畏まりました…!」
緊張した面持ちのルドルガは、アルベルト達を連れて温泉の方へと向かった。今回に限っては、私の温泉という事で、湯あみ着以外の持ち込みも可にした。
流石に護衛としてきてるチャックに、武器を置いて湯あみ着になれなんて言えないからね。初めての温泉に慣れてもらう為の物だから、今回だけは我慢する事にした。
本当はチャックにも楽しんでもらいたいんだけど、流石に仕事で来てる以上、それは出来ないんだろうな。
四人が温泉へと言ってる間に、私は夕食の準備をする事にした。
夕食の準備を始めて、暫くが経った。殆ど準備し終えたところで、ふと日本酒をどうするかを考える。いつもルドルガやお店の皆が入ってくれる時は、温泉に日本酒を持って行っていたが、今日はどうするのだろうか?ルドルガにはあった方が良いかもしれないが、アルベルト達を差し置いて楽しむ事は出来ないだろう。
うーん、湯あみ着の男性に近付くな、何て言われちゃったけど…。取り敢えず、中に入らなきゃ怒られないかな…?
私は日本酒とジェイク用にメル酒を持って、温泉の方へと向かった。
「すみません、アイシャです。ちょっと良いでしょうか?」
軽く扉を叩いて、向こうに声を掛ける。こっちに向かってくる間にも楽しそうな話声が聞こえていたので、楽しんではいる筈だ。水を差したのは悪いと思ったが、向こうも私が近付いてきた事には気が付いてただろうから、どうしようもないだろう。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、折角ですからと思いまして、お酒を持って参りました。良ければ、温泉で一杯、如何ですか?」
「……!!」
「本当か、アイシャ!」
尋ねると、ジェイクの言葉にならない嬉しそうな声とルドルガの喜んだ声が聞こえた。そんな二人を見たアルベルトが、クスクスと笑い声をあげている。きっと、中は微笑ましい光景なんだろうなぁ。
「二人が喜んでますし、折角ですから頂きましょうか。」
「分かりました。…あの、ここに置いて行った方が良いのでしょうか…?」
「ああ、そうですね…。」
ついさっき、男性が入っている温泉に近付くな、と言われたばかりだ。流石に言われた日にその約束を破る訳にはいかない。扉の前に置いて行った方が良いだろう。
「…いえ、良ければアイシャ殿が持って来てくれると助かります。」
「良いのですか?」
「ええ、お願いします。」
「それでは、失礼致しますね。」
私はアルベルトからお許しの言葉を貰い、温泉への扉を開けた。
そして、直ぐにその事を後悔した。
「アイシャ、どうかしたか?」
「……い、いえ!何でも無いです!」
不思議に思ったルドルガが、私に声を掛けてくる。ハッとした様に私は返事をして、お酒を持って温泉へと近付いた。
そうだ、今までとは違うんだった…。
チャックはやはり温泉に浸かってはいなかったけど、少しだけ足をまくり、足湯を楽しんでいた。恐らく、アルベルトやジェイクが言ったのだろう。チャックは少し申し訳なさそうな笑顔で、こちらを見ていた。
そして問題なのが、アルベルトやジェイク、ルドルガだ。
今までは何度もルドルガが入っている姿を見た事があった。湯あみ着の上からマッサージをした事だってある。
それなのに、なぜか今日は、いつもと同じ姿のルドルガを見て、顔が赤くなってしまった。いや、ルドルガだけではない。アルベルトとジェイクを見ても、それは同じだった。
普段は少し跳ねてるアルベルトの赤茶色の髪も、ツンツンと立っているジェイクの金色の髪も、温泉に濡れて真っ直ぐになっている。ポタリと髪から零れる雫が、そのまま湯あみ着の上へと落ちていく。
いつものキッチリとした服装からは考えられない程、体の線がハッキリと見えている。二人共程好く筋肉が付いていて、ルドルガとはまた違う細マッチョだ。線が細い様に見えていたその体は、思ったよりもしっかりしていて、あの腕に抱き締められたら、どんな感じだろうと。
そこまで想像して、私は思い切り頭を振った。わ、私は、何を想像してるんだ…破廉恥すぎる…!
「アイシャ殿、どうかしましたか?」
「あ、い、いえ!本当に大丈夫です!こ、コレ、日本酒と、メル酒です!」
「ああ、ありがとうございます。今そちらに…。」
「そそ、そんな滅相も無いです!こ、ここに置いておきますので、その…。」
ああ、彼等の方を見ていられない…!今までこんな風に思った事は無かったのに、なぜ急にこんな…。いや、駄目だ。温泉旅館が始まったら、コレは序の口だ。落ち着いて、前世の事を思い出すんだ…。これくらい、今までは普通だったじゃないか…!
私は大きくゆっくりと深呼吸をした。
「……失礼しました。お酒はこちらへ置いておきますので、飲み過ぎないようにしてください。ルドルガさん、気を付けて見てあげて下さいね。」
「ん、分かった。」
「夕食のご用意をしてますから、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。」
「ええ、ありがとうございます、アイシャ殿。」
「それでは、失礼致します。」
私はそっと扉を閉めて、温泉を後にした。
「……はぁ…。」
何とか、最後の方は落ち着いて対応できたけど、コレは駄目だ。完全に皆の姿が目に焼き付いて離れない。いつから私は痴女になったんだ…。あんなマジマジと三人の体を見るなんて…。
「でも、良い体してたな…。」
って、いやいや、何を言ってるんだ!これ、聞かれたら相当不味い発言だよ!誰も居ないと分かってはいるけど、思わず呟いちゃうくらいにはしっかり見てる私は、かなりヤバいと思う。気を引き締めないと…!
その後、お風呂上がりに用意した浴衣を着た三人を見て、また私は顔が赤くなった。うーん、私、本当に駄目かもしれない…。完全にあの三人に好意を寄せている…。
何がマズいって、誰か一人じゃなくて、三人の事が気になってるのがマズい。幾らなんでも多感すぎるでしょう…。アレ、私ってこんなに惚れっぽかったっけ…?
前世では余りそんな事無かったと思うんだけど…。
そう考えて、思い出した。そう言えば私、結婚相手は親が決めるからって、初めから恋愛する気が無かったんだ。付き合う相手は親が決めるモノとして生きて来たから、こんなに恋愛に耐性が無いのか…。
取り敢えず、三人の浴衣姿は完全にドストライクでした…。本当に、私、おかしいんじゃないだろうか…。
初めて見た和服姿のルドルガは、やっぱり格好良かったです。年上のお兄さん的な感じで、思わず抱き着いてしまいたくなるほどに。
アルベルトとジェイクは前回着物を着たところを見たけれど、浴衣となるとまたちょっと違う。落ち着いた感じでゆったりと着ている二人は、これまたとても素敵だった。アルベルトはいつだって格好良いし、ジェイクは可愛いと格好良いのギャップにキュンとくるし…。
チラリといつも通りのチャックを見ると、私の心は少し落ち着いた。いや、チャックも凄い格好良いんだけどね。既にお相手がいるし、何かさっきからずっと微笑ましい笑顔でいるから、私の心の安定剤みたいになってます。
余裕がある感じっていうのかな…。取り敢えず、とても助かってます。
「サイキョウヤキ、やっぱりアイシャのが一番美味いな!」
「あら、そんな事言うと、レイアさんに言い付けちゃいますよ?」
「良いんだよ、本当の事だし。お袋だってそう言ってるんだから。」
「ふふ、ありがとうございます。」
夕食が始まれば、私の気持ちは大分落ち着いた。いや、三人の浴衣姿を見るとまた顔が赤くなるので、出来るだけ直視しない様にしてますが。それでも、さっきよりは大分マシになったのか、軽口を叩けるくらいにはなった。
「本当に、アイシャ殿の料理はどれも美味しいです。初めてのモノばかりで、新鮮ですね。」
「コレがルドルガが言っていたサイキョウヤキ…。とても美味しいです!」
「…私まで頂いて、すみません。」
「喜んで頂けて嬉しいです。チャック様も、気にせずにどうかお召し上がり下さい。日本酒も沢山ありますから。」
夕食はチャックも共に食べる事になった。最初は遠慮していたが、アルベルトやジェイクが言うと、諦めたように笑って了承したのだ。
サイキョウヤキをメインに、ご飯とみそ汁、サラダ、それから金平ごぼう。勿論お漬物もありますよ!沢庵美味しいです。
「ふぅ、ご馳走様でした。とても美味しかったです、アイシャ殿。」
「ご馳走様でした!アイシャ殿、ありがとうございます!」
「とても美味しかったです。ご馳走様、アイシャ殿。」
「アイシャ、片付け手伝うぞ。」
「あ、すみません、ルドルガさん!」
夕食を食べ終えた私達は、少しだけ食休みを入れる。片付けをルドルガが手伝ってくれたので、あっと言う間に終わった。
「それじゃ、また次は冬ですかね。」
「ええ。冬にはまた違う話が出来ると思ってますから。ルドルガ、頼みましたよ。」
「畏まりました。お任せ下さい。」
「今日はとても素敵な一日でした!また皆で集まれるのを楽しみにしてますね!」
「私もです、ジェイク様。本日は、どうもありがとうございました。」
食休みを終え、三人は着ていた服へと着替えた。浴衣じゃなくなったので、私は内心ホッとする。普段通りの格好なら、目を逸らす必要が無いので、助かった。
こうしてまた集まれるのは、恐らく冬の長期休暇の時だろう。それまでは、皆に予定があるので、集まる事は出来ないと思う。夏季休暇の間ルドルガには会えるが、アルベルト達は貴族であるため、色々と忙しいらしい。
まぁ、ルドルガも温泉旅館の事があるから、無理に会う事も無いんだけど。
「それでは、お休みなさい。」
「皆様、お気を付けてお帰り下さいませ。」
ルドルガは家まで送ってもらうらしい。こうやって見ると、ルドルガもかなり特別扱いしてもらってるよね。相当気に入られているんだろうな。
「はぁ…、ちょっと疲れた…。」
片付けは既に住んでいるので、私も温泉に入って今日は寝る事にした。温泉へと足を踏み入れた瞬間、先程の事を思い出して、ボッと顔が赤くなったのは仕方のない事だと思う。
これ、暫くは続きそう…。何とかしないと…。
温泉に入る度に三人の姿が思い出されるのは、流石に困る。折角の温泉なのに、落ち着いてはいれないなんて…。
私の心の平穏の為に、早く忘れるようにしなきゃいけない。
ばしゃん、と思い切り顔に温泉を掛けて、私は思い出さない様に頭を振った。今日はサッサと寝てしまおう。
八月の更新について、活動報告に載せました。
お時間があればご覧下さい。




