第四十四話 突然の来客
「はーい、今開けます。」
私はパタパタと早足でと玄関へと向かい、扉を開いた。目の前にいたのは、初めて見る年配の男性と、数人の護衛らしき人達。直ぐに彼等が貴族だという事を理解した。
「えっと、申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」
「……我が名はヴィル・フィン・ブレン。中央都に住むブレン公爵家の者だ。貴様がアイシャか?」
「はい。私がアイシャでございます。本日は、どの様な御用で…?」
聞いた事ない名前だけど、とりあえず話を聞くタイプの人のようでホッとした。いつの間にか後ろにはアルベルト達が集まっていたので、何かあっても助けてくれる筈。
「ああ、グレンダル公爵家の子息も居るのか。そちらはドリア伯爵家の子息だな。共に居るのなら、話が早い。」
「どうも、お久し振りでございます、ブレン公爵殿。グレンダル公爵家が第四子、アルベルト・フィン・グレンダルでございます。」
「私はドリア伯爵家が第一子、チャック・フィン・ドリア。隣にいるのが弟のジェイクと申します。」
「は、初めまして。ジェイク・フィン・ドリアです。」
アルベルト達が男性に向かって挨拶をしている間に、私はルドルガの横へと移動した。貴族同士の間にいるのは失礼だろうし、私は少し後ろの方でルドルガに隠れるようにして彼等の次の言葉を待つ。
「今日来たのは他でもない。そなた達が何やら、面白そうな事をしていると話に聞いてな。」
「…面白そうな事、とは?そのように言われているのは知りませんでした。」
「何、隠す事もあるまい。私に掛かれば、色々と情報は入ってくるのだよ。学園には息子もいるのだからね。それで、本題だが…。」
男は、ほんの少しだけ間を置いて、話し始めた。
「そなた等が手掛けている事に、我が家も加わりたいと思っていてな。何、悪いようにはしない。そちらの平民、アイシャと言う娘が色々と動いているのは知っている。そして、不思議な物や知識を持っている事も、な。」
「……。」
「我が家は中央都に住む貴族の中でも、かなりの家だ。グレンダル公爵家よりも、更に上のな。王族にも伝手はある、我等を入れて損は無かろう?」
何と、アルベルトの家よりもずっと上の階級らしい。アルベルトはかなり上位の家の者だと知っていたけど、それよりも上の人に会ったのは初めてだった。
チラリとアルベルト達を見れば、張り付けた様な笑顔のままで、何を考えているのかが、全く読めなかった。
ただ、ジェイクだけは少しオロオロとしてたけど。
「勿論、断るまいな?我が家の名前を使えば、今よりもずっと良い職人を入れ、最高の資材を使い、直ぐにでも稼働させる事が出来るだろう。そなた等が学園を卒業する前に全て完成させる事等、容易い事だ。」
「ブレン公爵様、私達は…。」
「それに、ここで色々と功を立てておけば、将来の為にもなろう。我がブレン公爵家との伝手が出来るのだ。悪い話ではない。アイシャと言う少女に関しては、我が家で丁重に面倒を見ると約束をする。収益についてもキッチリと分けて構わん。こちらがこれだけ譲歩しているのだから、当然受けるであろう?さて、色々と話を聞きたい。」
えっ、ちょっと待って。この人は、急に何を言い出してるのだろう。ルドルガ達ではなく別の職人を使う?そもそも、どうして私が彼等の元に行かなくちゃいけないの?
「……。」
「どうした、まだ何かあるのか?どこが不服か申してみよ。」
「ブレン公爵様、申し訳ありませんが…。」
私の中で、ブレン公爵の好感度がひたすら下がり続ける。急にやって来てアレコレ言ったと思ったら、勝手に話を進めて。おまけに、何故だかこちらが我が儘を言ってるような物言いで、流石にカチンときた。
アルベルトは笑顔を崩さずに、ブレン公爵と話を続ける。何とかして、断ってほしい。
「…何故断る。我が家の方が格が上だというのに、何が不満だ。」
「私達は、アイシャ殿の夢を応援しているだけであって、自分達の事業にしたいのではありません。この話について、全てアイシャ殿に決定権があります。」
「では、アイシャ。お前が私の所へ来ると言えばいいのだな。今の様な不自由な生活はさせぬ。欲しい物は全て買い与えよう。だから、こちらへと来い。」
「……私、は…。」
自分の気持ちはハッキリしている。絶対に行きたくない。彼は急に暴力を振る様な横暴な人ではないが、違う意味で自己中心的な人だ。貴族の中ではかなり話を聞く方だと思うし、平民に対して最大限の好条件を出しているだろう。
だけど、恐らく私とは相容れないと思う。私がやりたいのは自分で温泉旅館を経営する事だ。誰かの店で働く事じゃなければ、誰かに任せる事でもない。私の温泉旅館で、私が働かなくちゃ、駄目なのだ。
それに、私の旅館はルドルガが作ってくれると言った。フィルダン大工店の皆が、一生懸命、建ててくれている。それを急に別の人間に変わるなんて、我慢出来ない。
「ブレン公爵様、発言する事をお許し下さい。」
「良いだろう。何だ。」
「私の様な平民にここまでの心配り、大変嬉しく存じます。ですが、私に今回のお話を受ける事は出来ません。」
「……何故だ。」
「失礼ながら、ブレン公爵様が提示して頂いた条件は、何一つ、私の望む様な事がありません。」
「では、何を望む?」
「…私は、何も望みません。」
ブレン公爵がジッと私を見る目が、少し鋭くなった。此処でたじろいではいけない。私はグッと覚悟を決め、話を続ける。
「私の夢は、私が叶えなくてはいけません。手助けしてくれる事には感謝しますが、全てを誰かに任せるような事はしたくないのです。私は自分の力で作り上げ、そこで働きたいのです。」
「現状、其方が手を出してる部分はそう多くないように思えるが?」
「確かに、ブレン公爵様が言う通りです。ブレン公爵様に頼もうが、アルベルト様達に頼もうが、私のやる事は変わりません。」
「……ならば、私でもいいのではないか?」
「いいえ。元々、私は一人でやっていくつもりでした。それを承知で、アルベルト様達は私に手を貸してくれています。別に、誰の手を借りれなくても、私一人で作り上げる気でしたから。」
少しだけ間を置いて、私はブレン公爵の目を見据えた。
「私はアルベルト様とジェイク様のお気持ちに感謝し、共に作り上げたいと思いました。コレは、あの二人でなければいけないのです。私が、そうしたいと思ったから。私からブレン公爵様に言える事は、一つだけです。完成した暁には是非客として、いらっしゃって下さい。」
「随分と、失礼な言葉を話しているという自覚はあるか?」
「ございます。ですが、それが私の気持ちです。何より、コレは一番大事な事ですが…私の夢は、この建物はルドルガさんが作ってくれると言ってくれました。私は、ルドルガさんや他の皆が居るこの店でなければ、頼むつもりはありません。」
「……そうか。」
ブラン侯爵はふぅ…と、息を吐いた。正直、今この場で処刑されてもおかしくない位には失礼な事を言った自覚はある。流石にそうなればアルベルト達が何とかしてくれるとは思うけど、相手はこの場で一番身分の高い相手だ。
私は例えこの場で殺されたとしても、後悔はしない。温泉旅館は私の夢だ。他の誰のモノでもない。私が、私のしたい様にするのでなければ、叶える意味がない。
ドキドキと不安を胸に抑えて、ブレン公爵の言葉を待った。
「つまり、其方に私は不要だという事だな。」
「……端的に申し上げれば。」
「この中で誰よりも位のある私に、随分な態度であるな。それを分かっているのであれば、中々に愚かな真似だ。」
「存じております。」
「……。」
「……。」
沈黙が痛い。この後の言葉で、私の人生が終わる可能性があると分かってはいるが、どうにも落ち着かない。
早く何か言ってくれないかな…。
「分かった。今回の事は、無かった事にしよう。」
「ブレン公爵様…。」
「無理に若い者らの芽を摘む事もあるまい。両家に何か言われれば、面倒にはなるしな。折角の良い話だと思ったが、仕方ない。」
「ありがとうございます、ブレン公爵殿。」
ホッと、私は息を吐いた。いつの間にかルドルガよりも前に出ていたらしい。私は体の力が抜けるのを感じて、少しよろめいた。
「大丈夫か、アイシャ?」
「すみません、ルドルガさん…。」
「いや、気にするな。…それに、お前がああ言ってくれて、嬉しかったし…。」
「だって、約束してくれましたから。」
「ああ、そうだな。お前の夢は、俺が叶えてやるって言ったし。」
倒れそうになった私の体を、ルドルガがそっと支えてくれた。うぅ、流石に緊張した…。これだから、貴族相手は苦手なんだよね…。
「ブレン公爵殿、一つだけお話が…。」
「何だ?」
アルベルトがブレン公爵に近付いて、静かに耳打ちをした。何を言っているかは分からないけど、どうやら相当驚くような事を言われたらしい。無表情だったブレン公爵の顔が、急に変わった。
「……まさか。」
「既に、あの方へと話が繋がっております。中央都の方がここをどうにかする事は、まず無理でしょう。」
「だから、お主もそれだけ強気でいたのか。あの方が居ては、私もどうする事は出来ない。」
「ご理解頂けて、感謝致します。どうか、ブレン公爵殿は、客としてお出で頂く事をお勧めします。」
「…その方が良さそうだな。」
あの方って、誰だろう?アルベルトの知り合いかな?よくわかんないけど、穏便に事が済むのなら、別にいいか。
「此処が完成したら、噂の酒も飲めるのか?」
「ええ、勿論。目玉となる予定でございますから。」
「そうか。ならば、早々に完成する事を願っている。…邪魔をしたな。今日の事は、何も無かったものとして忘れろ。」
「畏まりました。ブレン公爵殿の、御心のままに。」
そう言って、ブレン公爵は護衛と共に、家から出て行った。
「はぁ…。アルベルト様、どうもありがとうございました…。」
「いえ、アイシャ殿こそ、大丈夫ですか?」
「…正直、物凄い緊張と不安で、ヘトヘトです…。」
「私は何も出来ませんでした、すみません…。」
ジェイクは何も口を挟む事が出来ず、ただ成り行きを見守っていただけだった。多分、私よりもジェイクの方が、不安だったろうな。発言する事が出来ずに黙って見ている事しか出来ないなんて、歯痒かっただろう。
「旅館を見に行くのは、もう少し休憩してからにしましょうか。」
「そうですね…。」
「それなら、新しいお菓子をお出ししましょう。少しでも気が紛れると良いのですが…。」
「…新しいお菓子ですかっ?」
「ええ、ジェイク様。きっと気に入りますわ。」
お菓子の話題を出すと、先程まで落ち込んでいたジェイクの顔が、輝いたように破顔した。本当に、ジェイクは素直で可愛いなぁ。微笑ましくなってしまう。
そう思ったのは私だけでは無かったようで、アルベルトやチャックまでもが、優しい目でジェイクの方を見ていた。ルドルガも少し驚いた様な表情をしていたが、雰囲気が柔らかくなったので、きっと癒されたに違いない。
ジェイクは私達の癒しだ。ラティスと二人で並んだら、相当癒されるだろうな。
「こちらは温かいパンケーキに冷たいアイスクリームを乗せて、更に好みでシロップを掛けるお菓子です。」
「わぁ、甘い良い匂いですね…!」
「ジェイク様のお好きなチョコのアイスもありますから、どうぞ食べてみて下さい。」
「ありがとうございます、アイシャ殿!」
眩しい笑顔を向けられて、少し照れてしまう。作るのが少し面倒ではあるが、その笑顔が見られるなら、幾らでも作ってあげたい。思わずキュンと胸が高鳴った。
ジェイクだけでなく、他の皆も美味しそうに食べてくれるので、とても作り甲斐がある。多少の面倒をしてでもその笑顔が見れるなら…と、頑張れる。
あっと言う間にお菓子は無くなり、食後の紅茶も飲み終わる。私達は今度こそ休憩を済ませて、温泉旅館の方へと向かった。
「流石、ルドルガ達ですね。見事です。」
「お褒めに預かり、光栄でございます。今は設計図通りに外壁を整えている所です。材料も魔力も惜しまず、最高の物を建てられるようにと、皆で頑張ってます。」
「アイシャ殿の話を聞いているからでしょうね。これだけ早く進められるのは、ルドルガ達だけでしょう。」
わぁ、ルドルガったら、褒められまくってる。何だか私までも嬉しくなってしまうな。
「オンセンについては、先に外壁を完成させてからの予定です。その後に内装へと行っていきます。」
「フム…。コレは来年が楽しみですね。」
「そう言えば、アイシャ殿。タッキュウと言うのは、結局どの様なモノなのですか?」
「ああ、そうでしたね、ジェイク様。ルドルガさん、少し材料を貰っても良いですか?」
「構わねえよ。どれが必要だ?」
「えっと、コレと、コレと…。それから…。」
私はルドルガと共に必要な材料を持ってくる。ルドルガには卓球台を頼み、私はピンポン玉とラケットを魔法で作り上げる。十数分もすれば全部完成したので、線が引かれた卓球台にネットを張り、ルドルガと対面した。
「このピンポン玉と言うボールをラケットで打ち合うんです。その時、必ず相手のコートにバウンドさせなくちゃいけません。…こういう感じです。」
私はポーン、と軽く打ってお手本を見せる。口頭による説明では分かりにくかったみたいだが、実際にその目にするとすんなりと理解してくれた。
「なるほど…。一度バウンドさせなければならない、というのが、中々に難しそうですね…。」
「魔法を使ったら反則ですからね。完全に本人の技量による勝負です。」
「少し、やってみましょうか。ジェイク殿、お相手を願えますか?」
「は、はい!宜しくお願いします!」
慣れるまではゆっくりと、優しく打ち合っていく。バウンドさせるのが難しく、そのまま飛んで行ってしまう事が多い。暫くすると段々と慣れて来たのか、少しずつラリーが続くようになってきた。
アルベルトとジェイクは、楽しそうに卓球を続けている。
因みに、ルドルガはホームランの連発である。上手く力加減が出来ないようで、早々に諦めてしまった。
「…アイシャが学園行ってる間に、練習しておく…。」
「ふふ。それじゃ、次に帰って来た時は勝負ですね!」
「くそっ、負けねえからな…!」
「流石に私だって負ける気はありませんよ!色々と技だって知ってますから。」
「あー、ズリィぞ!」
「ルドルガさんには、今度教えてあげますよ!」
熱中して卓球をする二人を置いて、私はルドルガと勝負する約束をした。サーブの打ち方からスマッシュの種類も沢山知っている私は、早々負ける事は無いだろう。
私だって少しくらい皆より優れてるところがあるんだって、分かってほしいからね!勝負になるまでは内緒です!
「ああ、そうだ。これ、今の内に渡しておくよ。」
「……!ルドルガさん、これって!」
「よく分かんねえけど、コレで良いんだろ?」
「はい、ありがとうございます!」
子供の様にむくれていたルドルガが、ふと思い出したかのように、私に手渡してきた。それは、私が帰って来てすぐにルドルガに頼んだ、編針だった。棒針と鈎針の二種類があって、これさえあれば今までの様に手で編む必要は無い。
「えへへ、これでやっと本格的な編み物が出来る…!簡易的なマフラーや帽子だけじゃなく、セーターや手袋、ワンピースだって編めちゃう…!あみぐるみを作ってラティスにプレゼントしたら、喜んでくれますかね?」
「…何かよく分かんねえけど、お前が一生懸命作った物なら、喜ぶんじゃねえの?」
「……!!ありがとうございます、ルドルガさん!私、頑張って編みますね!」
思わず、ルドルガに抱き着いてしまった。ルドルガは少し驚いた様な照れた様な顔をしたけど、直ぐに微笑んでくれて頭を撫でてくれる。
私は編針が手に入ったのに感激してよく考えてなかったけど、これってかなり恥ずかしい事してたよね。卓球に夢中になってたアルベルト達も、目を見開いてこっち見てたし。だけど、私はそんな事を気にする事も無く、編針に夢中になっていたのだった。
何故か後ろの方に居るチャックが微笑ましい表情で見てるのに気が付いた時、少し…いや、かなり恥ずかしかった。




