第四十二話 夏休み
夏休みに入って、三日が過ぎた。帰ってきた次の日には、ラティスに手紙を出して、フィルダン大工店へと顔を見せに行った。皆は凄い歓迎してくれて、学校に行ってる間にあった事をお茶を飲みながら話してくれた。
ルドルガは、ほんの数カ月の間しか会ってなかったのに、少し背が伸びた様に感じた。ふと、彼がアルベルト達のような和服を着た姿を想像して、顔が真っ赤になったのを不審に思われた。
いや、だって、私達より年上だし、最近は年相応な感情が目立ってくるんだもん。色々と、考えてしまった。
ルドルガって、背は高いし、筋肉もがっちりしてるし、見た目も格好良い。おまけに、人気大工店の跡取り息子だから、相当モテてそう…。
ジッと見てたら、ルドルガは首を傾げていた。私は自分の感情を誤魔化すように、さっき思った事をそのまま伝えたら、ルドルガは顔を赤くして怒ったので、もう言わないよう心がけた。
ちゃんと褒めたつもりだったのに、なぜあそこまで怒ったのだろうか…。
ラティスからは手紙の返事を貰い、夏休みの間に一緒に遊ぶ事になった。物凄い楽しみである。マフラーは全部売れたらしく、今は来年の冬に向けてせっせとお店で編んでいるらしい。無事に完売したようで、何よりだ。
「さてと、そろそろ時間かな。」
今日は、旅館の様子を見に行くのである。流石にアルベルト達が来る前に、自分でも確認しておかなければならない。本当は直ぐにでも見ておきたかったのだけど、もうちょっとで一旦落ち着くと言われたので、それが終わるまで我慢したのだ。
しょうがないので、それまでは大人しく色々と作って過ごした。調味料だけでなく日本酒や皆に渡すお菓子。中央都で買ってきたお土産も準備した。
そう言えば、メル酒を少し持ってきたから、こっちの皆にも味見してもらおう。貴族であるアルベルト達には好評だったけど、出来れば平民の皆の意見も欲しい。
うーん、折角だしお酒の種類、もう少し増やしてみる…?
「でも、後はビールとかウイスキーくらいなんだよなぁ。カクテルリキュールって、色んな種類があって作るの大変だし、そもそも余り種類知らないし…。」
あ、でも、カルーアミルクとかカシスオレンジとか、甘いのは好きだったんだよね…。果実を使ったお酒は、出来ればほしい。ワインは苦手なので、この世界にある唯一のお酒が飲めないのは残念だ。
どうしようかと悩んでいたら、突然チャイムが鳴る。もうこんな時間だったんだ。どうやら、ルドルガ達が来たらしい。
私は直ぐに家の扉を開けて、彼等を迎え入れた。
「アイシャ、おはようさん。」
「おはようございます、ルドルガさん。それに、皆さんも。」
「アイシャちゃん、ほんと久し振りだ。こないだも聞いたけど、元気だったかい?」
「ふふふ、はい!皆さんも、お元気でしたか?」
「勿論だ。アイシャちゃんの為に、俺達頑張って作ってるんだ。ほら、早く見に行こう。」
「えへへ、とても楽しみです!」
お店の皆に連れられて、私は温泉旅館の建設場所へとやって来た。
「わぁ、凄い…!」
学校に行ってから半年も経っていないのに、旅館の基礎部分が出来ていた。まだまだ時間は掛かるが、少なくとも一つ目の旅館の枠組みは完成されている。
これだけでも実家の温泉旅館と同じくらいの大きさなのに、こんなにも早く出来るなんて…。
「へへ!どうだ、アイシャ!」
「凄いです、ルドルガさん!まさかここまで早いなんて思いませんでした!」
「お前が卒業するまでに、こっちは完成させたいと思ってんだ。枠組みだけなら簡単だったけど、ここからはもっと時間も掛かるからな。」
「おぉー!流石皆さんですね!」
「アイシャちゃんの為に、俺達、頑張るからな!」
皆、とても張り切ってくれている。私は心の底から感謝の気持ちが溢れ、彼等に深々とお辞儀をしてお礼の言葉を伝えた。
卒業までに一棟でも出来れば、そう時間も掛からずに開業出来るかもしれない。あ、いや…従業員の教育とかもあるから、流石にキツイかな?
でも、数年あれば出来そう…。本当に、この世界で温泉旅館が開けるんだ…。
夢が、叶うんだ…。
「アイシャ、どうした?」
「えへへ、ちょっと感動しちゃって…。」
「ん、そっか。ま、まだまだやる事はいっぱいあるだろう?こんなんで感動してたら、これから先が持たないぜ?」
「ふふ、そうですよね。ここからが、本番ですから。」
ジッと建築途中の旅館を見ていたら、不思議そうな声でルドルガが話し掛けてきた。ハッとして直ぐ、私はルドルガに自分の気持ちを話した。
少し涙ぐんだ私の目を見て、ルドルガは優しく微笑む。頭にポン…と、手を置いて軽く撫で回された。からかう様に言ったのは、多分私の事を考えてくれたんだろう。
「こっちの事はこないだ粗方話したし、今度はアイシャの事を教えてくれよ。」
「えっ?」
「貴族学園の事、折角だし聞いてみたいんだ。」
「ああ、そうですね。それじゃぁ、私の家に行きましょうか。昨日、皆さんの為に、沢山お酒用意しましたから。」
「お、ニホンシュかいっ?」
お酒の話題を出せば、食いついてくるのはルドルガではなく他の従業員の皆だ。私はクスリと笑いながら、新しく作ったお酒もありますよ、と伝えた。
「おぉ!そりゃ、楽しみだ!」
「アイシャちゃん、早く行こうぜ!」
「ふふ、そうですね。」
私は皆を連れて我が家へと戻った。棟梁達は後から来るそうなので、今いる皆で先に酒盛りを始める。私は氷室から食材を出して、おつまみを作り始めた。
「メル酒か…、飲みやすくていいなぁ!」
「俺はどっちかってーと、ニホンシュの方が好きだがな。」
「どっちも美味いんだから関係ない!」
直ぐにお酒が回ったのか、ワイワイと騒ぎ始めた。私は久し振りの楽しい空気に、心が弾んでいく。
あぁ、これだよ…。やっぱり、こういう風に皆が楽しそうに騒いでるのって、なんか楽しいなぁ…。
勿論、アルベルト達といるのが楽しくない訳ではない。だけど、彼等は貴族だ。こんな風に大きな声で騒ぎ立てたりしないし、こうやってはしゃごうとすれば、迷惑を掛ける事になる。何が気に障るか分からないし、やらないのが無難だ。
だから、こんなザ・平民…みたいな空気に包まれると、とても落ち着く。
「鼻歌なんか歌って、ご機嫌だな、アイシャ。俺も手伝うぞ。」
「ルドルガさん。」
どうやら、気が付かずに鼻歌を歌っていたらしい。恥ずかしさで、ちょっと居た堪れない気持ちになった。けど、手伝ってもらえるのは有り難いのでお礼を言う。
「ありがとうございます。ルドルガさんは、良いんですか?」
「あっちが騒ぎ始めたからな。それに、多分そろそろ親父達も来るだろうし。一人じゃ大変だろ?」
「…そうですね。助かります。」
私はルドルガと二人で、一緒にお酒のおつまみを作り始めた。作り方を教えながらだけど、ルドルガは意外とすんなりこなしてくれる。
「…なぁ、アイシャ。」
「どうかしましたか、ルドルガさん?」
ふいに、ルドルガが私に真面目な声で話し掛けてきた。
「学校はさ、楽しいか?」
「えっと、はい…。アルベルト様もジェイク様も良くしてくれますし…。」
「…それなら、良かった。」
「ルドルガさん?」
急に何を言い出すのだろう?先日も少し話したけど、さっきだって学校の事を色々話したのだ。一体、何が聞きたかったのだろうか?
「どうかしましたか?」
「あー…いや、その…。何て言うか、さ。」
「……?」
「アイシャが帰って来た時、嬉しかったんだけどよ。なんか、こう…。ちょっと違うというか…。悪い、何でもない。」
「えぇっ?ソコまで言ったんですから、教えて下さいよ…!」
途中で話を切られると、気になってしまう。
「だからその、何て言うか分かんねえけど、俺の知るアイシャじゃない感じがして、ちょっと気持ち悪かったと言うか…。」
「気持ち悪いって…。」
何となく、ルドルガの言いたい事は分かった。貴族ばっかの学校に居たせいだろう、向こうでの習慣が抜けてないのだと思う。それを変に感じ取ったんだと思うんだけど、気持ち悪いって言い方は無いでしょう。
「あー、いや、違う!別にそう言う意味で言ったんじゃ…。」
「……ふふ。」
「アイシャ、お前…!」
私が俯いているのを、傷付いたと思ったらしい。慌てて弁解しようとするルドルガに、つい笑ってしまった。
「あはは、すみません。でも、大丈夫ですよ。私は、私ですから。」
「ったく…。ま、変わってないなら良いんだよ。俺はどうやったって、お前の傍には居られないんだし。」
「ええと、それは…?」
「アルベルト様やジェイク様がお前を守ってくれてるんなら良いんだ。俺にはお前が学校で困ってても助けてやれねえけど、何も無いならそれでいい。」
「ルドルガさん…。」
「ま、俺が傍に居る時なら助けてやるからさ。何でも言えよ。」
「…はい!」
ルドルガがここまで気にしてくれてるとは、思わなかった。何だか今日は感動しっぱなしだけど、それでも私はルドルガに笑顔でお礼を言った。
「おー、おー、盛り上がってるねー。」
「いやぁ、若いっていいねー。」
いつの間にか、私達の後ろには騒いでいた皆がニヤニヤとした顔でこちらをを見ていた。って言うか、棟梁やレイアさんもいるし…。
「なっ、ち、違うっての…!」
「あらー、私は応援するわよ、ルー。頑張りなさい。」
「お袋、煩い…!」
ルドルガは顔を赤くして、レイアさんに向かって睨んでいた。私もそんな風に冷やかされると、照れてしまう。
学校に行く前はこんな風に意識した事無かったけど、最近は彼等といるとドキドキする事が増えてきた。瑞希馨としての記憶がある分、彼等の事を子供の様に思えて、どうしてもそう言うのは対象外になっていた。
だけど、この間アルベルト達が和服を着たのを見て、私は見惚れてしまった。和服フェチだったのもあるかもしれないが、あっと言う間に彼等の事が、恋愛に関して対象外ではなくなったのだ。
正直、ルドルガの事は、誰よりも好意を抱いてると思ってる。アルベルト達よりも年上だっていうのはあるが、何より同じ平民で気が楽だし、長い事一緒に居たからとても落ち着くのだ。
しかし、私がそうだからと言って、ルドルガもそうだとは限らない。嫌われてはいないだろうけど、彼の好意がLoveかLikeかで問われれば、Likeの方だとは思うんだよね。
そもそも、私が彼等の事をそういう風に見始めてるとはいえ、やっぱりまだ年下感がある。彼等にだって選ぶ権利はあるだろう。私が相手じゃ、迷惑にしかならないだろうし。
前世でも余りそう言う経験があった訳じゃないから、正直どうしたらいいか分からない。まあ、感情の変化を表に出さない様に気を付けて、このまま何もしないのが一番だろう。
「このメル酒、とても美味しいわね。飲みやすくて、私は好きだわ。」
「俺はニホンシュだな。こっちはちょっと物足りねえ。」
取り敢えず感情を落ち着かせて、おつまみをテーブルに並べた。棟梁やレイアさんにも飲んでもらったけど、やっぱり想像通りだった。
メル酒は辛口が苦手な人とか女性に受けそうだ。日本酒を沢山作ったら、少しメル酒も作っておこう。
「うふふ、アイシャちゃんが元気で良かったわ。」
「私も、皆が元気そうで良かったです。半年も経ってないのに、凄い久し振りに感じちゃって…。」
「そうねえ。ずっと一緒だったものね。」
棟梁やお店の皆は部屋の中でお酒を飲んで騒いでいる。私はレイアさんと一緒に、二人で温泉へと入りにやって来た。
「それにしても、本当に温泉って気持ちいのね。」
「気に入って貰えて、嬉しいです!」
二人でのんびりと、温泉に浸かる。私はお酒を飲んでないし、レイアさんも少ししか飲んでないから、温泉に浸かっても大丈夫だろう。
因みに、ちゃんと湯あみ着を着ている。
「ねえ、アイシャちゃん。本当に学校では大丈夫なの?」
「…はい。色々ありますが、その分学べる事も多いです。与えてもらった機会を無駄にはしたくありませんから。」
「アイシャちゃんがそう言うのなら、余り無理な事は言えないけど。それでも、何かあったらいつでも言ってちょうだい。私にとって、アイシャちゃんは娘の様なモノだもの。」
「レイアさん…。ありがとうございます…!」
優しくギュッと抱きしめられる。湯あみ着だけなので、レイアさんの温もりが、とても近いものに感じた。
何だか、ちょっと恥ずかしいな。
「あ、でも、女の子のお友達だっているんですよ!だから、大丈夫です!」
「まあ!そうなの?それなら安心ね。」
向こうがそう思ってるかは分からないが、私の中でメアリー達は友人になっている。メアリーは何だかんだ面倒見がいいし、アンナとライラも嬉しそうに笑う表情がとても可愛らしい。意外と感情が表に出る事もあるから、親しみやすさもある。
多分、平民の私がそんな事を言ったら怒るだろうけど、心の中でそう思うくらいなら良いよね。
「うふふ、結構入ったし、そろそろ上がりましょうか。」
「はい、レイアさん。」
私達は温泉から出ると、脱衣所で着替えた。レイアさんは魔法で直ぐに乾かしてしまったけど、私はお風呂上がりのポカポカ感を楽しみたいので、髪を軽く拭くだけにして浴衣を着ると、二人で部屋へと戻った。
その後も、宴会は続く。戻って来た私を見て、何故かルドルガは顔を逸らしている。照れたような表情のルドルガを見て、私は不思議そうに首を傾げた。
その日の私は、久し振りに皆と一緒にはしゃいでしまい、いつの間にか眠ってしまっていた。後で聞いたら、ルドルガが私を寝室まで運んでくれたらしい。その事を知った私は、羞恥によって顔を真っ赤にしてしまった…。




