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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第四話 お買い物

「おはようございます。」

「来たか、アイシャ。」

「ルドルガさん、お待たせしました。」

「いや、大丈夫だ。すまんがちょっと待っててくれ。」

「はい。」


 お昼前に、私は店へとやって来た。中ではルドルガが事務仕事をしながら私を待っていたようで、キリの良い所で終わらせるため、少し待っててほしいと言われた。


「悪いな、待たせた。」

「いえ、お疲れ様です。お茶入れたので、どうぞ。」

「ありがとな。」


 これから肌寒い外に出るので、少しでもマシになるように温かいお茶を差し出す。今日は私もルドルガも居なくなるので、お店は鍵を閉めて接客対応不可にするらしい。何か用がある場合は棟梁達が居る現場まで直接行ってもらうそうだ。


「それじゃ行くか。」

「はい!宜しくお願いします。」


 ルドルガは私よりも二つ年上なので、成人の儀式も済んでいる。話を聞けば、町の中心地にある神殿へ、その年に成人になる子供達が集められる。冬の間に行われ、儀式を終えると春の新成人になる為の習わしが始まるらしい。


「儀式自体は長ったらしい話を聞いて、お祈りをして終わりなんだけどよ。その後の春に向けての世話は、基本的には家族がやるもんなんだよ。」

「それだと、私にはちょっとキツそうですね。」

「成人の儀式を終えた後は春になるまで、家から出ちゃいけねえんだ。冬籠りっていうんだけど、大体十日間くらいだから、その間は家族に面倒見てもらうんだが…。」

「絶対にやってくれないと思います。」

「だよなぁ…。」


 ルドルガは溜息を吐いた。何年も経った今でも、私とあの家族の仲は悪いままだった。ラティスだけがずっと懐いているものだから、更に私の事を毛嫌いしているようにも感じる。


「それなら飲食物は大量に買い込んでおかないとだな。」

「そうですね…。そうだ、後は、毛糸が欲しいんです。」


 以前買った毛糸は、駄目にしてしまったのだ。最初は普通にマフラーを編んでいたのだが、何故かプチプチと毛糸が千切れ出してしまった。強く引っ張ったわけでもないのに所々切れてしまい、マフラーの長さまで編めなかったので、コースターとタワシにしてしまった。

 折角なので、もうちょっと良いのを買ってみようと思ったが、何故切れるのかが分からないままだ。お店の人に聞いたら分かるかな?


「毛糸…?あんなもん、何に使うんだよ?」

「妹…と言っていいのか分かりませんが、随分と懐かれてて…。家を出る前に何か贈り物をしようと思ってたんですよね。」

「贈り物なら毛糸なんかじゃなくて、ちゃんとしたもんやれよ。」

「毛糸そのものをあげる訳じゃないですよ。防寒具を作ろうと思ってるんです。」

「防寒具…。ふーん…。毛糸で、ねえ…。」


 この世界の毛糸は、服飾に使う事が出来ない糸くずの様なのを集めた物だった。大した利用価値は無いが、そのまま捨てるには勿体無いという事で、とても安い値段で売られている。余程元の物が良い物じゃない限りは、お手軽に手に入るものだ。


「まあ、いいや。そんじゃ、どんどん買っていくか。」

「はい!」


 私達は市場のある方へと歩き始めた。お昼前のそこは、色々な人でごった返していた。


「昼前だし、大分人多いな…。」

「そうですねー…。」

「ほら、逸れない様に手繋いで行こうぜ。」

「えっ…?」

「ん?どうかしたか?」

「あ、いえ、何でもないです…!逸れたら、大変ですもんね。」


 私は、差し出されたその手を握った。誰かと手を繋ぐなんて、どれくらい振りだろう…。アイシャとしての記憶なら、あの事故が起きる直前までは経験があった。しかし、前世の記憶では、もう十何年も人と手を繋いだ事は無い。

 何だか、私はとても気恥ずかしくなってしまった。


「まずはお前の欲しがってる毛糸から買っていくか。」

「お、お願いします。」


 逸れてしまえば、この人だかりの中で合流するのは大変だ。携帯なんて存在しないから連絡する事も出来ない。ぎゅっと握られたその手に、私はドキドキしてしまう。


「お、此処だ。中、入るぞ。」

「はい…!」


 駄目だ、意識しない様にしよう。


「おや、いらっしゃい。お客さんとは珍しいねぇ…。」

「お邪魔しまーす…。」


 お店の中に入った私は、その量の多さに驚いてしまった。今まで毛糸を見てきたのは露店ばっかりだったので、ちゃんとしたお店の中で見るのは初めてだった。


「うわぁ、沢山ある…!」

「ウチは糸専門の店だからね。糸を扱える人間は少ないから中々お客さんは来ないが、それでも色んな種類を用意してるよ。」

「俺も初めて入った。こんなに種類あるんだな…。」


 私はルドルガの手を握ったまま、お店の中を見て回った。毛糸だけじゃなく、普通の刺繍糸もある。針があれば縫えるんだけど、まずその針が手に入らないからどうしようもない。

 この世界での糸は、針で縫うのではなく魔法を使って服に貼り付ける。魔力の量によって丈夫さは変わるが、まず外れないそうだ。その代わり、一度付けてしまえば中々外す事が出来ず、修正するのが難しい為、かなりの集中力が居るらしい。センスが無ければどれだけ高級な布も一気にダサい物になってしまうので、中々扱える人が居ないそうだ。


「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど。前に露店で毛糸を買ったのですが、使ってたら何故かプチプチと千切れてきちゃって…。もしかして、毛糸って脆いんですか?」

「いいや、そんな事は無い筈だけどねぇ…。魔力を通してるのに切れる、何て事はまずありえないよ。もしや、余程の不良品を掴まされたんじゃないかい?」

「……あー、そうなのかもしれません…。」


 編むのにも魔力がいるのは聞いてないです。そうか、だから簡単に切れちゃったのか…。


「ウチのはちゃんとした商品だから安心して使えるよ。しかしお客さん、糸じゃなくて毛糸なのかい?」

「はい!そうだなぁ…。アレとコレと、コレ…。後、ソレも下さい。」

「おやおや、どうも。はい、毎度。」

「おい…、そんなに買うのか?」

「うん!だって、沢山あるんですよ。どうせなら一杯作りたいです!」


 どうやって使うのか分かっていないルドルガが、不思議な目で私を見る。この世界には編み物も刺繍も存在しないので、糸は兎も角、毛糸を買うのはとても珍しいみたい。


「何作んのかは知らねえが…、まあお前が欲しかった物が買えたんならいいや。ほら、よこせよ。」

「えっ?」

「今日は荷物持ちで一緒に行ってやるって言っただろ。大した重さじゃねえけど、ちゃんと持っててやるからさ。」

「これ位なら良いですよ。悪いですし…。」

「いいから、ほら。」

「あっ…。」


 お金を払って商品を受け取ると、そのままルドルガに持って行かれてしまった。毛糸なんて嵩張(かさば)るだけで大した重さは無いから平気だったのだが…、此処は厚意に甘えておく事にした。


「次は食料だな。」

「十日分か…、念の為もっと用意しておいた方が良いですよね。」

「そうだな…。余裕を持って二、三日分多めに買っておこう。」


 お店の人に挨拶をして外に出る。丁度お昼時になっていて、レストラン等の飲食店には、沢山の人だかりが出来ていた。


「…今ならそこまで混んでねえかもな。ササっと済ませるか。」

「皆、食事中ですもんね。そうしましょう。」


 ルドルガの言う通り、食品市場の周りはそこまで人が居なかった。私達は冬籠りの間の食料を買い込む。かなりの量になってしまったので、沢山買った店の分は料金を少し上乗せして小屋まで運んでもらう事にした。


「よし、そんじゃ後はお前んとこに持ってくだけだな。」

「ありがとうございます、ルドルガさん。荷物、殆ど持ってもらっちゃって…。」


 私が持っているものといえば、最初に買った毛糸だけだった。ルドルガは買った食料品を統べて片手で持ち上げ、もう片方の手で私の手を握る。アレだけ持っているのに、片手で何故落ちないのか、不思議でしょうがなかった。


「よし、これでオッケーだな。」

「本当にありがとうございます。助かりました。」


 来月とはいえ、成人の儀式が来るのはあっと言う間の事だ。時間がある今の内に保存食を作っておかなくてはいけないのだ。


「別にいいよ。俺が言い出したことだし。」

「そうだ、お腹空いてませんか?今日のお礼に、せめてお昼くらいはご馳走したいのですが…。」

「別に礼なんて良いんだが…。腹は減ってるし、折角だからお言葉に甘えるよ。」

「任せて下さい!料理には、ちょーっと自信があるんですよ!」

「そりゃ楽しみだ。」


 あの顔は、あまり信用していない時の顔だ。ラティスも大絶賛の、私の料理の腕前、良く見てるといい…!若女将になる前は、厨房で嫌と言う程(しご)かれてきたんだから!


 私は今日買って来た物の中からいくつか食材を手に取り、お昼ご飯を用意する。その間、ルドルガも肉や魚を干して、日持ちするように手伝ってくれていた。

 アレも魔法で済ませるのか…、この世界の魔法は便利だなぁ。


「野菜とかは氷室に入れておけば大丈夫だろう。肉類は大体干したし…後は…。」

「あ、待って下さい。卵、今使います!」

「おっと、悪い。そんじゃ、俺は干物の方見てるから、出来たら教えてくれよな。」

「はい!」


 私は、オムライスを作る事にした。因みにルドルガの分はふわとろではなく、シッカリと火の通ったオムライスだ。私自身は半熟の方が好きなのだが、この世界の人達は余り生物を好まない。肉や魚は基本的に焼いたり干したりしてまうし、野菜すら生で食べる事はまず無いらしい。

 温野菜でもいいのだが、今日はサラダにする野菜は生で食べたいので、そこは我慢してもらおう。


 手際よく調理を進めれば、小屋の中は良い匂いで充満している。食欲を刺激するその匂いに、ルドルガはひょいと台所に顔を出した。


「随分と良い匂いだな…。」

「もう少しで出来ますから、もうちょっと待ってて下さい。」

「こっちの干物も、もうすぐ終わるぞ。出来たやつはどこにしまっておくんだ?」

「今のところは、ソレも氷室に入れておいて下さい。」

「分かった。…料理、楽しみにしてるからな。」


 先程の顔とは違う、明らかに嬉しそうな顔だった。私は残りの調理を済ませ、食事の用意をする。作ったのはオムライスにサラダ、オニオンコンソメスープだ。


「ルドルガさん、お待たせしました。」

「お、出来たのか。」

「はい!どうぞ、召し上がって下さい!」


 テーブルに用意された料理に、ルドルガの瞳がキラキラと輝いた。


「これ、オムライスだよな?何で見た目が違うんだ?」

「私、半熟のふわとろが好きなんです。」

「ふわとろ…?」

「一口食べてみますか?」

「……いる。」


 少し悩んでいたが、興味には勝てなかったようだ。ルドルガは私から受け取ったオムライスを、パクリと一口食べた。


「どうですか?」

「……。」


 ルドルガはそのまま、二口目、三口目と食べ続ける。どうやらお気に召した様なので、私は大人しくルドルガに用意した方を食べ始めた。たまにはシッカリ焼いたのも美味しいな。


「あ、悪い…。美味過ぎて、つい…。」

「いいですよ、別に。気に入って貰えたなら、良かったです。」

「なあ、コレ、生だよな?焼き忘れたのか?」

「今日は生野菜を食べたい気分だったんです。別に忘れてませんよ。これ、上から掛けて下さいね。」

「…何だコレ?」


 ルドルガに渡したものは、お手製胡麻ドレッシングだ。私はドレッシングの中でも、胡麻を使った物が大好きだった。完全に向こうの世界と同じと言う訳ではないが、それなりに近い物が出来たので、とても満足している。


「美味い…!生だとちょっと苦みがあるから余り好きじゃないが、コレを掛けるとまろやかな甘みがあって、どんどん食えるな…!」

「私、コレが一番好きなんですよ。」

「このスープも、滅茶苦茶美味いし…。アイシャ、本当に料理が得意だったんだな。」

「だから言ったじゃないですか!料理にはちょっと自信があるんですよ!」

「疑って悪かったって。お前、きっといいお嫁さんになれるぜ。」

「……!!」


 なんと恥ずかしげも無く言うのだ、ルドルガは…!料理に夢中になっているせいか、その発言にアタフタする私を見られてないのは良かったが…。


「ふぅ、ご馳走様…。」

「お粗末様でした。」

「いやー、本当に美味かった。こんなに美味い物食べたの、初めてだ。」

「流石に褒め過ぎじゃないですか。」

「いいや、本心さ。…なあ、たまにでいいからさ。また飯、食わしてくれよ。」

「ふふ。材料費、出してくれるなら考えてあげますよ。」

「お、言ったな。そんじゃ、今度はもっと作ってもらうからな!」

「どーんと来い、です!」


 料理を誉めてもらえるのは、とても嬉しい。修行の一環として、私が作った料理を母に持って行くといつも美味しいと言って食べてくれたのだ。あのニコニコと笑う母の笑顔が大好きで、習い事の中で料理が一番好きだった。


「それじゃ、俺はそろそろ帰るわ。戻って朝の続きもしてーし。」

「大変ですね、ルドルガさん。」

「ま、俺は跡取りだからな。俺がやんなきゃいけねえ事だし。俺は親父よりも、もっとあの店をでっかくするんだ!」

「私も、出来る限り応援してます。頑張って下さいね。」

「おう!そんじゃ、また明日な!」

「はい!今日は本当にありがとうございました!」


 そう言って、ルドルガは帰っていった。私が片付けを済ませると同時に、小屋の方へと誰かがやって来た。今日買った食料品を運んできてくれたのだ。私は商人にお礼を言って商品を受け取る。冬籠りの為に、シッカリと保存食を作らなくちゃ…!

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