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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第三十八話 親交パーティー 後編

 ピタリ…と、馬車が止まった。外からアレフさんが私達に話し掛けてくれる。どうやら、会場のホールへと着いたらしい。


「アルベルト様、私が先に降りますね。」


 そう言って一番初めにジェイクが馬車を降りると、次はアルベルトだ。ゆっくりとした動作で動けば、和服でいてもそこまで苦労はしない。そもそも、私にとっては慣れ親しんだ物だし、こっちの方が落ち着くので楽だ。

 差し出された手を取って馬車を降りれば、見回したその周囲に私はパチパチと瞬きをした。


「わ、凄い…。」


 床には真っ赤な絨毯が敷かれ、ホールの中まで続いている。こちらを驚きの目で見てくる他の人達の視線が痛い。今までの中で、一番と言えるだろう好奇の目に晒されて、私は居た堪れなくなってしまう。

 ほ、本当に大丈夫なのだろうか…?私のせいで、二人にまで変な視線が行ってないかな…。


「アイシャ殿、こちらに。」


 ジェイクが少し前を歩き、隣には私の手を引くアルベルト。絨毯が引かれた廊下を少し歩けば、大きな入り口が見えてくる。二人に連れられてやってきたホールの入口を抜けると、中には既に何人も他の人達が居た。

 やっぱりとても目立ってる。皆が私達を見て凄い目を見開いてるし…、落ち着かない。


「あちらの席に座りましょうか。」

「そうですね、アルベルト様。アイシャ殿、大丈夫ですか?」

「流石に、ちょっと緊張してます…。」


 まるで映画にでも出てくるような大きいホールには、両端に階段があって二階へと繋がっている。上の階を見ればそこには先生達がいた。一階には沢山のテーブルがあり、右側の階段横には此処と違った広間があって、テーブルが一切無い。恐らくダンスはあちらで踊るのだろう。

 他の生徒達はいくつかのグループに分かれて、それぞれが椅子に座っている。開始時間になるまでは、本格的に動き出す事は出来ないらしい。誰がどこに居るのか、周りにはどんな人が居るのかを、確認する事が出来た。


「アレ、アイシャよね、平民の…。」

「見た事も無い服だけど、一体どこのかしら…。」

「ふん、どれだけ目立ちたいんだか…。コレだから平民は…。」


 周りからヒソヒソと何か言われてる気がする。でも、何て言ってるまでかは分からなかった。どうにか気にしない様にして二人と話していたら、バタンと扉が閉まる音がした。

 アルベルトが上ですよ…と、小さく声を掛けてくれる。二階の方を見れば、さっきまで座っていた先生達が立ち上がっているのが見えた。


「これより、親交パーティーを始めます。コレから幾度となく貴方達が体験するであろう社交パーティーの練習の場でもあります。成人を終えている貴方達の中には、既に出席した事がある方もいるでしょう。これからは学校行事としても、様々な社交の場が設けられます。その時になって恥をかかない様に、シッカリと学ぶように。」

「本日の主旨は、親交を深める事です。それを念頭に置いて、行動しなさい。それでは、後は自由に動きなさい。」


 先生達の言葉が終わると、音楽が鳴り始めた。直ぐにホール内はがやがやと賑わい始め、皆が席を立って動き出した。


「失礼致します、アルベルト様、ジェイク様……アイシャ殿。」

「ああ、こんにちは。サレイヤ殿。」

「少しお話しても宜しいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。」


 まさか、自分にも挨拶が来るとは思わなかった。一番初めに話し掛けてきたのは、比較的近くに座って居た人達だった。

 私は取り敢えず差し障りのないように挨拶だけをして、彼等の会話をジッと聞く事にした。


「とても美しいお召し物ですね、驚きました。それは外国の服なのですか?」

「どうもありがとうございます。コレは普段アイシャ殿が着ているモノで、和服というのです。」

「ほほう、アイシャ殿が…。」


 最初は当たり障りの無い会話だったが、少ししてサレイヤと呼ばれた男は、和服について聞いてきた。アルベルトが返答すれば、彼等の視線が一気に私へと向けられる。

 ちょっとだけビクッとしたが、表に出ない様に抑えてニコリと、微笑んだ。


「アイシャ殿がこれ程までに美しい女性とは知りませんでした。普段もこの様に着飾ってみては如何かな?」

「ええ、サレイヤ様の言う通りです。今まで聞いていた話とはとてもかけ離れていて、驚きました。本当に、お美しいです。」

「うふふ、お褒め頂き光栄でございます。私みたいな者にそのようなお言葉を…。」

「いえいえ。本当の事ですよ。是非、私達とも親交を深めて貰えるとありがたいです。」


 うふふ、おほほ…と、何とか失礼のないように会話を進める。サレイヤ達と話し終えても直ぐに別の人がやって来ては、同じような内容の言葉を交わしてく。

 正直、緊張と不安でキツイ。だけど、ここで何かミスをすれば、お膳立てしてくれたアルベルト達に迷惑が掛かるのだ。それは、決して許されない。


 アルベルトの言葉通り、和服の効果は絶大だった。今までは私に挨拶どころか、蔑むような目で見られるだけだったのに、今の彼等は表面的に見れば好意的なモノだった。

 急に変わった視線や態度に、私は内心モヤモヤとした気持ちが溜まっていく。都合のいい人達だと、思うだけに留めておかなくちゃ。ついうっかり言葉にしたら、卒業した途端に不敬罪とか適当に罪をでっちあげられて首を落とされても文句は言えない。


 勿論、やって来るのは男性ばかりでは無かった。


「アルベルト様もジェイク様も、本日のお召し物はとても素敵ですわ!」

「一体どこで誂えたのですか?私達も着てみたいです…!」

「普段の凛々しいお姿も素敵ですが、この様に落ち着いた雰囲気も格好良いですわ…。」


 絶賛、女性達に囲まれ続けている二人は、ニコリとした表情を崩さずに対応していた。私に対しては今までのように挨拶すらしなかった時とは違い、多少の会話はあるようになった。

 ただし、対応は男の子達よりもキツイモノだったけど…。


「アルベルト様、ジェイク様。それにアイシャも。私達も宜しいでしょうか?」

「メアリー殿。アンナ殿とライラ殿も、こんにちは。」

「こ、こんにちは、アルベルト様、ジェイク様…!」


 いつまで経っても二人から離れない女生徒達の間に割って入って来たのは、メアリー達だった。アンナとライラは少し緊張したような面持ちだ。


「メアリー様、とても素敵なドレスですね。アンナ様もライラ様も、普段もお美しいですが、本日は一段とまた、輝いて見えます。」

「ありがとう、アイシャ。貴方も…、不思議な服を着ているのね。それが、和服…と、いう物?」


 メアリーは鮮やかな赤色のドレスを身に纏っていた。胸元とスカートにはフリルが控えめに使われていて、凛としたメアリーにとても似合っていた。

 うん、見ただけで分かる、とても良いドレスですね…。結局この和服に掛かった値段も教えてもらえなかったけど、貴族はどうしてこうも服に大金を掛けるのだろうか。


 私も自分の好きな事の為なら、幾らでもお金を出すので、人の事は言えないけど…。


「……本当に素敵ね…。」

「生地の染め方も、模様も、着方も。どれも初めて見ましたが、これ程までに素敵な服は初めてですわ…。」


 メアリー達がジッと私の着物を見つめる。流石にアルベルト達を見続ける事は出来ないので、和服を見る為には私の方に目線が行ってしまう。

 若干、居た堪れない気持ちにはなるが、仕方がないだろう。私も代わりに三人のドレスをちゃんと見ておこう。ダンスの授業にはいつかドレスも必要になるだろう、とアルベルト達が言っていた。どういうのが良いのか、今の内にしっかりと見て覚えておかないといけない。


 メアリーのドレスも素敵だが、アンナとライラのドレスも綺麗だった。アンナのドレスは淡い桃色、ライラのドレスは薄い黄色で、二人共沢山のフリルと、腰にあるリボンがとても可愛らしい。色違いでお揃いの様なドレスに、一緒に仕立てたのだろうかと、ジッと見てしまった。


「ふふ。和服やドレスを見るのも良いですが、折角ですしお話もしませんか?」

「も、申し訳ありません、アルベルト様…!」


 いつの間にか、周りにいた女の子達が居なくなっている。どうやら、メアリー達が来た事で、アルベルト達が何か言って解散させたようだ。


「その和服では、踊れなさそうですわね…。」

「そうですね。今回は踊る気もありませんでしたから。」

「それは残念ですわ…。次の機会があれば、ぜひご一緒させて下さいませ。」

「ええ、その時が来れば、お誘い致しますね。」


 メアリー達とは大分距離が縮まっていたと思う。選択授業の時は常に一緒だし、それ以外でもたまに顔を合わせれば会話くらいはするようになった。出会いが出会いなだけに、ちょっとビックリではあるが。

 それでも、やっぱり女の子の友達っていいよね。…向こうがそう思っているかは別として。


 他の女生徒と違って、メアリー達といるのは苦ではないので、少し気が楽だ。


「こんにちは、皆様。良ければ、私もご一緒させて頂けませんか?」

「……シャーロット殿。こんにちは。」

「本日は皆様にお会い出来て、とても光栄ですわ。どうか、お話に混ぜて下さいませ。」


 暫く六人で話していたら、シャーロットがレイド達取り巻きを連れてやって来た。皆様、と挨拶はしているが、目は完全にアルベルトとジェイクしか見ていない。メアリー達も気付いているのか、ほんの少しだけムッとしたような表情になった。


「勿論、構いませんよ。」

「ありがとうございます。アルベルト様もジェイク様も、本日はとても素敵なお召し物ですのね。美しいですわ。」

「シャーロット殿も、大変綺麗ですよ。見事なドレスですね。」

「うふふ、嬉しいですわ。レイド様が、今回の為に…と、用意して下さいましたの。とても気に入ってますわ。」


 にこやかに話し始めたシャーロットは、やはりアルベルト達しか見えていないようだった。だけど、代わりに取り巻きであるレイド達が、私へと話し掛けてくる。


「アイシャ殿も、大変お美しいですね。見惚れてしまいそうです。」

「まあ、お恥ずかしいですわ。ありがとうございます。」

「どうでしょう?一度、貴方とはもっと話をしてみたいと思っていたのです。今度の休日にでも如何ですか?」

「良いですね、レイド様。私も是非、ご一緒したいです。」

「えっと…、お誘いは大変ありがたいのですが、私の様な平民が、レイド様達のような方とご一緒など、恐れ多いですわ。」

「気にする事はありませんよ。学生の間は平等ですから。私達は是非、アイシャ殿と…。」

「レイド殿。」


 急にレイド達に誘われて、驚いてしまった。普段とは比べ物にならない程の…、ジッと私を見つめる瞳は、直ぐにどういう意図があるのか分かってしまった。

 今までシャーロットしか目に入っていなかったのに、急にそんな熱っぽい視線を向けられても困る。


 断っても食い下がらない彼等にどうやって諦めさせようかと考えていたら、アルベルトが話に入って来てくれた。


「……アルベルト様。」

「アイシャ殿と話すのも良いですか、私達とも話しましょう。この間の件で、未だに貴方とは溝が深まったままですから…。是非、改善したいと思っていたのです。」

「…そうですね。レイド様、どうか私ともお話して下さいませんか?」

「お二人がそういうのなら、喜んで。アルベルト様のご配慮に、深く感謝致します。」


 そう言って、レイド達は私から離れてアルベルト達と話し始めた。私は内心、ホッとした。直ぐにメアリー達が私の傍に来て声を掛けてくれたので、そこまで表情に出ないで済んだと思う。


 はぁ…、助かった…。



「それにしても、アイシャ。本当に素敵な物を着ているのね。」

「シャーロット様。ありがとうございます。シャーロット様のドレスも、とてもお美しいですわ。」

「ええ、ありがとう。……ねえ、アイシャ。」

「何でしょうか?」


 助かったと思ったのは一瞬だけだった。男性達が話し始めて、シャーロットは何故かこちらへと近付いてきた。

 ニコリと微笑むその表情を見て、何だか嫌な予感がする。


「私もその和服というモノが欲しいの。手に入れてくれないかしら?」

「えっ…?」

「アイシャから、アルベルト様達にお願いすれば聞いてもらえるでしょう?私も是非、和服を着てみたいわ。」


 シャーロットの目は、狙った獲物は逃がさないとでもいう様に、ギラリと光っていた。その言葉を聞いたメアリー達は、何か言ったりはせず、黙ってシャーロットを笑顔で睨みつけている。

 何か矛盾した言葉だけど、本当にその通りなんだよね…。


「…申し訳ありませんが、これに関しては私に何か言う事は出来ません。和服については、現状どこかに出す予定はございませんので。」

「まあ、アイシャ。私達は友人同士ではありませんか。その様な事、言わないで。」


 いつ、どこで、私と貴方が友人になりましたか。…なんて事が言える筈もなく、私は静かにその言葉を飲み込んだ。


「シャーロット様、申し訳ありませんわ。私には、どうしようもない事なのです。」

「……そう。とても残念だわ…。」


 小さく、本当に私にだけ聞こえるような小さい声で使えない子…と、呟いた。わざとなのか、それとも気が付いていないのか。その呟きを聞いた私は、流石に表情が引き攣った。


「どうかなさいましたか、シャーロット殿?」

「いいえ、何でもありませんわ。アイシャの着物が、とても素敵だったので、お話していただけですの。」

「ああ、やはりそうですよね。シャーロット殿から見ても、素敵に思いますか。」

「はい。是非、私も着てみたいですわ。」

「シャーロット殿が着たら、きっと天使のようにお美しいのでしょうね。」

「嫌ですわ、皆様ったら…。」


 レイド達がそう言えば、シャーロットの機嫌は上向いた。そのまま、シャーロット達はこの場に居座り、メアリー達もそれに対抗して離れる事は無かった。

 結局、社交パーティーが終わるまで、私達は会場の端の席で大勢に囲まれながら会話をしているのだった。


 先生が終了のベルを鳴らすと、次々と生徒達が退ホールから出ていく。私達は一番最後まで残っていたが、部屋に帰る時はグループ毎に分かれるので、ホールから出れば後は待たせてある馬車に乗るだけだ。


「はぁ…、少し疲れました…。」

「お疲れ様です、アイシャ殿。大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。初めてだったので、とても緊張してしまいました。」


 帰りはジェイクに手を引かれ、私達は馬車へと乗り込んだ。戻っている間に、私達は今日の事を話し合う。

 やはり和服の効果は絶大だったようで、周りの目や態度が、一気に違う物へと変わっていった。少なくとも、今までの様にはならないだろう…と、アルベルト達は言うが、やはりどうしても不安は残るものだ。

 恋する乙女は怖いからね。女の子からの嫉妬程、恐ろしいモノは無いよ…。



 後片付けを済まし、寮の部屋に戻って着替えると、そのままバタンとベッドに倒れた。明日は一日中温泉に浸かろう。今日はもう疲れた…。

 ベッドの中で、パーティー会場の様子を思い出す。終わりから遡って、最初の方へと記憶を見ていると、急に顔が熱くなるのを感じた。


「………わっ…!」


 ふと、初めて和服を着た、普段とは違った姿のアルベルトとジェイクの姿が思い浮かんだ。いつもとは違う、今までそんな風に思っていなかったのに、急に一人前の男の人の姿に、ポーっと顔に熱が集まる。


「私、実は和服フェチだったのかな…。」


 今までは弟の様な、子供の様に思っていたのに…。今日の二人の姿が、頭の中から中々消えない。いきなりこんな風に意識するとは、思ってもみなかった。

 何だか、最近どんどん子供っぽくなっていくような気がする。瑞希馨の記憶を取り戻した時の方が、今よりもずっと大人でいられたと思う。


 どんどん退化してる気がするな…。これじゃ、駄目だ…。


 アイシャとして、長い時を過ごしてきたせいだろうか。今のは私は、年相応の振る舞いになってきている。もっと冷静に考えて、気を付けていかないと…。




 私はフルフルと頭を振って、二人の姿を何とか追い出した。今日はサッサと寝よう、そうしよう。

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