第三十三話 選択授業
さて、今日はいよいよ、初めての選択授業の日だ。私は初めてアルベルトとジェイクから離れての行動に、ドキドキしていた。
制服に着替えて、ホールへと向かう。平民の私が貴族であるメアリー達を待たせる訳にはいかないので、早い時間に下りていなければならない。
「あら、アイシャ。ちゃんと先に来ているなんて、分かってるじゃないの。」
「おはようございます、メアリー様。アンナ様とライラ様も。」
「ええ、おはよう。」
暫く待っていると、メアリー達が下りてきた。直ぐに近付いて、三人に向かって挨拶をする。私の態度に気を良くしたのか、メアリー達は機嫌良さそうに返事をした。
「朝食を食べたら直ぐに学園へと向かいますわ。アイシャ、私達と共に食事を取れる事を光栄に思いなさい。」
「はい、勿論でございます。どうも、ありがとうございます。」
私はニコリと笑って、彼女達に返事をする。正直、緊張する。アルベルトやジェイクと違い、メアリー達は生粋の貴族だ。二人に甘えてばかりいた私は、メアリー達に何か気に障る事をしないか注意を払わなければいけない。
彼女達と共に食堂へやって来た私は、同じテーブルについて食事を取る。その様子を見た他の女生徒達が、驚いた様な表情をしてこちらを見る。
今まで一人で食べてた平民が、いきなり貴族と食事を取っていたら驚くだろうね、そりゃ…。
「アルベルト様方と一緒にいるくらいだから、マナーはキチンとなってる様ね。」
「はい。共に居て恥ずかしくない様、気を付けております。」
「…そう。分かっているなら良いわ。」
三人はチラリと私を見て言葉を口にすると、ほんの少しだけ微笑んだような気がした。その後は特に何もなく、モグモグと食事を進めた。
周りからはジロジロと視線を感じるが、何とか気にしないようにスルーする。
「ご馳走様でした。」
私達はほぼ同じタイミングで食べ終わる。軽く食休みを挟むと、席を立ち学校へと向かう。
「……アイシャ。」
「はい、メアリー様。」
「貴方の事はアルベルト様方から頼まれたので、仕方なく面倒を見ているのです。決して余計な事はしない様に、気を付けなさい。」
「畏まりました。」
「アイシャに何かあったら私達が怒られてしまうのですから、決して離れないように。」
「はい。」
言葉だけ見れば、その内容は余りいいモノでは無いだろう。だけど、彼女達の表情を見るとそこまで嫌っている様ではないのが、分かった。
どうやら、彼女達は素直じゃないようだ。話でしか聞いた事無いが、コレがツンデレというモノだろうか…?今まで私の周りには居なかったタイプである。
そりゃ、日本には貴族なんていないから、当然と言えば当然だけど。
「これより、家政科の授業を始めます。」
学校に着いた私達は教室へと向かい、空いてる席へと座った。少しすれば先生がやって来て、挨拶を始めた。
「私は家政科の授業を担当する、リフィア申します。本日は初めての授業という事で、午前中は家政科についての説明、午後は軽い実技を交えたモノとなるでしょう。」
そう言ってリフィア先生は、家政科で行う授業について説明を始める。
「家政科の授業で学ぶ事は主に貴族としての生活です。常識やマナー、ダンス等の実技から様々な教養。貴族として生きる為の、ありとあらゆる事を学びます。」
以前見学に来ていた時に聞いた内容と、大して変わらないようだった。どれも私が学ばなければならないモノで、シッカリと覚えなければいけない。特にダンスは重要だ。
お茶会は別に参加しなければいい。と言うか、平民の私を誘う人なんて、まず居ないだろう。それよりも、授業の科目として入っているダンスの方を優先的に練習しなければ。
いつまでも、アルベルト達に甘える訳にはいかないのだ。
「それから、女生徒に関しては結婚後に必要な教養やスキルに関しての特別授業があります。普通の授業の後に行われるので、参加するかどうかは自由ですが、別途試験はあります。キチンと準備はしておくように。」
…別に貴族に嫁ぐ予定は無いので、これも後回しで良いかと思っていたけど、試験があるのか…。うーん、関係ない事ではあるけど、しょうがないのでちゃんと勉強しておこう。
その後もリフィア先生による家政科の授業が、詳しく説明された。粗方説明が終わる頃、見計らったように鐘が鳴る。一旦お昼休憩になるのだ。
「それでは、これにて午前の授業を終わります。午後の授業からは早速勉強が始まるので、準備しておくように。」
以上、という言葉を皮切りに、生徒達がガタガタと席を立ち始める。私もメアリー達が立ち上がる瞬間を見逃さない様にして、共に席を立つ。
四人で食堂へと向かう時、後ろから声を掛けられた。
「そう言えば、貴方達も家政科でしたのね。」
「…シャーロット様。」
家政科の授業であるにも拘らず、周りに取り巻きを連れているシャーロットは、こちらに貼り付けた様な笑顔を向ける。
「あら、何か御用かしら。」
「うふふ。嫌ですわ、メアリーったら。同じ授業を受ける仲間に声を掛けるくらい、用が無くても良いではありませんか。」
「なっ…!あ、貴方、メアリー様に…!」
敬称を付ける事も無くメアリーと呼び捨てたシャーロットに、アンナとライラが声を上げて叱責しようとする。
しかし、意外にもそれを止めたのはメアリーだった。
「…確かに共に家政科の授業は受けますが、貴方を仲間だなんて思っていませんわ。友人でもないのに、気安く話し掛けないでちょうだい。」
「メアリー殿!その様な言い分は無いのではないか!シャーロット殿はただ、皆と仲良くなれるように挨拶をしに来ただけではないか!」
「そうですぞ!身分を笠に、何と無礼な…!」
「失礼ですが、私がいつ、身分を盾に致しましたか?」
メアリーはニッコリと微笑み、彼等に向かって言葉を口にした。
「女性には女性の派閥というモノがございます。幾ら学園内が平等であっても、誰と誰が親交を深めるかは、各々の自由でございましょう?それとも、皆様は学園生活の中で全員と友人関係になっているのかしら?」
「うぐ…!」
「勝手な憶測で、その様に私達を貶めようとされては、困りますわ。ねえ、ユリウス様?」
恐らくは、彼等の中で一番身分の高い男性だろう。彼を名指しにしてニコリと笑顔を向けると、明らかに顔を歪ませる。
「他に何も無いのでしたら、私達はこれで失礼致しますわ。時間は有限ですもの、早く昼食を終わらせて、午後の授業に備えなければなりませんから。」
そう言って、メアリーは歩き始めた。私はその後に着いて行ったアンナとライラの後ろを歩いていく。
ほんの一瞬だけ、シャーロットの目がギラリと睨むようにこちらを見た。ゾクリと悪寒が走ったが、直ぐにその目は余裕のある笑顔へと戻る。
「……全く、本当に不躾な事。」
「メアリー様、申し訳ありません…。」
食堂へとやって来た私達は、テーブルについて早々、暗い表情になる。メアリーが止めてなければ、アンナとライラは身分を盾に、シャーロットにアレコレ言っていただろう。そうなれば、直ぐにレイドへと報告して、何らかの処分を求めただろう。
以前、どこかの男爵令嬢に、したように。
「別に構いませんわ。貴方達が私を思って行動したのだと、分かっていますもの。」
「メアリー様…!」
こうしてみると、メアリーは中々に情に厚く、賢い女性なのだと思い直した。初めて会った時は、それこそ有り触れた貴族令嬢の様に余りいい感情は持っていなかったが、キチンと自分や周りに対しての損得を計算しているように思える。
彼女は自らの立場を弁え、それを上手く使う事に長けていそうだ。感情に走ってしまう事も多々あるようだけど、この歳の女の子なら仕方のない事だろうと思う。
しかし何故、初対面である私に発揮出来なかったのかが謎である。貴族と平民相手では、勝手が違うからだろうか?
「午後も授業がありますが、決してあの者に係わらないように。私達は私達で、学んで行けばいいだけですわ。」
「はい、メアリー様。」
アンナとライラに言い聞かせるようにそう告げると、メアリーは私の方を見る。
「アイシャ。」
「はい。」
「貴方は平民の割にはそれなりに出来ているかもしれない。しかし、私達と共に学ぶのならば、その程度では困るわ。一緒にいて恥ずかしくない位には、きちんとして頂戴。…特に、ダンス。」
「はい…。」
私が踊れない事は、別クラスの前等生どころか後等生にも伝わっているらしい。恐らく私を良く思ってない人が言いふらしているのだろう。
「……いい事。絶対に、あの女よりも優れていなければ、私は許さないわ。分かったわね。」
「畏まりました。誠心誠意、精進致します。」
シャーロットは、同じ平民の筈なのに、ダンスがとても上手だった。流れるような動きで優雅に踊る彼女は、言葉も仕草も見事だった。ダンス以外にも立ち居振る舞いや言葉使いも貴族らしく、素性を知らなければかなり上級の貴族に見えるだろう。
一体どこでそんなものを習ったのかは分からないが、平民らしからぬ彼女に、私は何だか不気味な感情を持っていた。この感情の正体が何なのかは分からないが、出来るだけ係わりたくない、係わってはいけない様な気がした。
昼食を終えた私達は、そのまま食堂内で少し話をしてから、教室に戻った。まだ少し早かったのか、教室内に人は少なかった。
時間が経つにつれ人が増えてきた。シャーロット達が教室内に入ると、取り巻きがこちらをギロリと睨む。私達は特に気にする事はせず、先生が入ってくるのを待った。
「それでは、午後の授業を始めます。」
リフィア先生は、そう言って家政科の授業を始めた。初めての授業だからか、学ぶ内容は少ない。これからは午前と午後に行う内容を分けてみっちりと進めるそうだが、今日やったのは社交界に関してのマナーや立ち居振る舞い、そしてダンスだ。
「…うぅ…。」
覚える事は出来ても、それを実施するのは難しい。頭の中では理解しているつもりだが、やはり体が上手く動かない。
私がステップや振り付けを間違える度に、周囲からはクスクスと嘲笑が零れた。
「アイシャさんは学園に来て初めてダンスを始めたのでしたね。直ぐに慣れますから、沢山練習致しましょう。」
「はい、リフィア先生…。」
ニコリと微笑んでフォローしてくれるけど、私は落ち込んでしまう。ダンスが踊れないせいで、アルベルト達だけでなく、メアリー達にまで恥をかかせてしまうのだ。早急に何とかしなければ…。
「シャーロットさんはお上手ですね。平民出身だとは思えないですわ。」
「ありがとうございます、リフィア先生。そう言って頂けると、とても嬉しいですわ。」
先生からの目で見ても、シャーロットの踊りは上手いそうだ。彼女の踊りを見た周りの反応は様々だった。シャーロットの取り巻き達は恍惚とした表情を見せ、他の女生徒達は悔しそうに表情を歪ませている。
メアリー達はすました顔をしているが、アンナとライラは少しだけ顔が引き攣っていた。
「本日の授業はこれにて終了となります。次回からは本格的に始まるので、皆様キチンと準備をするように。」
「ありがとうございました、リフィア先生。」
挨拶を済ませると、生徒達が次々に退出していく。シャーロットは取り巻きを連れて、得意げな表情を受壁ながら教室を出ていった。
さっきの謙虚そうな顔はどこにいったのやら…。
「…アイシャ、先程の言葉、覚えてますわね?」
「はい、メアリー様。私、必ず上達してみせます。」
「宜しい。分かっているのなら、努力なさい。」
ダンス…、苦手だけど頑張るしかなさそうだ…。
私は思わず、はぁ…と、溜息を溢しそうになった。出来れば温泉旅館に関係の無い事に時間は割きたくないが、私が不出来だとその周りにいる人が侮られる。折角紹介してもらったのだから、極力頑張って恥をかかせないようにしないと。
でも、第一は温泉旅館についてだからね!ここだけは絶対に譲れないよ!何としてでも、この世界に温泉を広めてみせるんだから…!




