第三十一話 相談再開
そもそも、何故和服の話になったのか。それは、親交パーティーの説明を受けた時まで遡る。
この親交パーティーは、基本的に絶対参加だ。余程の理由が無い限りは欠席できない。参加する気が無かった私は、この話を聞いて雷にでも打たれたかのようなショックを受けた。
だって、パーティーなんて、出た事が無いのだから。
成人の儀式の終わりにあった婚活パーティーは別物だろう。これは、貴族達の集まるパーティーなのだから。平民ばかりのアレとは、比べ物にならない。
まず、私はダンスが躍れない。前にも言ったと思うけど、社交ダンスなんて習った事が無い。私がやって来たとすれば、家の為に覚えた日本舞踊くらいだ。
当然、この世界には存在しない踊りである。着物も無ければ扇子や和楽器も無いからね。似た様な物で代用は出来るけど、そこまでする必要性は今のところない。
そして、一番の問題は服が無い。貴族が行うパーティーに着れる様な服を、平民である私が持ってるわけないのだ。それどころか、どんな物かすら分からない。
かと言って、適当に服を着ていったのでは、共に居るアルベルトやジェイクが恥をかいてしまうだろう。私は悩んだ結果、彼等に相談する事にしたのだ。
私の話を聞いた二人は、それなら和服はどうだ、と。
「えっ?和服、ですか?」
「はい。」
「…目立ちませんか?」
どう考えても目立つ。多分、悪目立ちの方だ。平民の私が見た事も無い服を着ていたら、向こうからしたらクスクスと笑われるだろう。
「私達も着るから、大丈夫ですよ。」
「……えっ?」
さっきと同じ言葉が出てきた。
「私達はアイシャ殿と共に居ますし、ダンスを踊る事も無いです。あの服では踊れないでしょうし、誘われる事も無いでしょう。」
「で、ですが…。」
「それに…、結構私達も気にしているんですよ。」
一瞬何を?と、聞こうとして躊躇してしまった。アルベルトの笑顔が、少し怖かったからだ。
「いい加減、アイシャ殿を蔑む彼等に、私も少し怒っているのですよ。挨拶も出来ないような彼等と話すのも疲れてしまって。」
「あ、アルベルト様、その…。」
ひんやりとした笑顔でそう言うアルベルトに、ゾクリと悪寒が走った。少しじゃない、凄い怒ってる…。
「それに、アイシャ殿は今のままだと危ないです。」
「危ない…?」
ジェイクの言葉に、私はキョトンとしてしまった。一体、何が危ないというのだろうか?
「シャーロット殿は、良くも悪くも話の中心にいる人ですからね。」
「彼女を良く思わない人が多いのです。しかし、直接彼女に手を出すと直ぐにレイド様に報告されて、自分達が罰を受けますから。」
「ですが、アイシャ殿は何かあっても私達には特に言わず、きちんと身分を弁えて発言、行動するでしょう?だから、彼等も同じ平民であるアイシャ殿を捌け口にして嫌がらせをしているのですよ。」
挨拶をしなかったり悪口を言ったり、なんてのは序の口ですよ…と、アルベルト達は言った。このまま私が舐められたままでは、嫌がらせがどんどんエスカレートしていく可能性があると。
「ですから、ここで一つ、彼等の認識を改めてもらおうと思いまして。」
「アイシャ殿はとても素敵な人です!シャーロット殿とは違うという事を、シッカリ他の方にもお教えしないといけません!」
「余りアイシャ殿を見下されると、紹介した私の立場もありませんから。アイシャ殿は勿論、協力してくれますよね…?」
協力するのは確定事項のようだ。私は勿論です、と言葉を返した。アルベルトのあの笑顔を見て、拒否する事は私には無理だ。相当怒っているらしい。
私は別に無視されるくらいは何とも無いんだけどな。ただ、確かに二人の立場を考えると、自分達まで下に見られてるように感じるのだろう。
別にシャーロットの様に男子を侍らせてハーレムを築きたい、何て思ってない。私は平和に学校生活を送りたいだけなのだ。勉強をしに来ているのであって、構ってくれる男を探しに来ている訳ではないのだから。
紹介してくれた二人の為にも、私はシッカリと学び、温泉旅館を建てるのを第一にしなければいけない。授業は真面目に受けて、彼等が恥ずかしくない成績をキチンと取るのが目標だ。
……私のせいで二人が舐められるのなんて、考えたくもない…。
「分かりました。お二方の言う通り、私も精一杯協力致します。どうか、宜しくお願い致します。」
「良かったです、そう言ってもらえて…。一緒にパーティー、楽しみましょうね!」
「では、早速相談の為に集まりましょうか。ホールを借りて、布や装飾品を持って来てどういうのがいいか、決めましょう。ウチに幾らかあるので、持ってきますね。」
「では、私はホールですね。学園が休みの日に使えるように、ちゃんと借りておきます。」
こうして、私達は少しずつ話し合い、今日のような場を作る事になったのだ。
「では、和服はこれでいくとしましょうか。」
「そうですね。後はパーティーまでに準備できれば…。」
粗方、話し合いは終わった。着物の柄を決め、装飾品の話を終えた私は考え込む。パーティーまで二月くらいしかないけど、いけるかな…。手伝ってもらえば、何とか…?
そんな事を考えていると、黙っていた私にアルベルトが声を掛けた。
「……アイシャ殿が作る必要は無いのですよ?」
「え?」
「和服を作るのは彼女達の仕事ですから。」
「私達は時折様子を見に行って、進捗具合を確認するだけです。そこで何かあればその都度口出しをする感じですね。」
「ですが…。」
確かに彼女達が作ってくれると言うのなら、とても助かる。私の少ない魔力では大分時間が掛かってしまうだろう。こんなにも柄や装飾品をシッカリと作るなんて、以前作った物の比ではないくらい時間が掛かる。
私よりも魔力があって、服飾を仕事としているのなら、彼女達の方がずっと上手くしてくれるのだろう。
私だけ何もしてない感じがするのが、ちょっと気が引けてしまうけども。
「アイシャ殿の助言が無いと作るのは大変ですからね。迷惑掛けるかもしれませんが、お願いしますね。」
「いえ、私が出来る事なら何でも致します。逆に私の方が迷惑ばかり掛けてしまって…。」
「迷惑なんて、何も無いですよ?私はいつもアイシャ殿と一緒に居られて、とても楽しいです!」
「ふふ。私もジェイク殿と一緒で、アイシャ殿と共に居られるだけで良いのです。」
「そ、そうですか…。」
何だか、嬉しいような恥ずかしいような…。くすぐったい気持ちになってしまった。
「それにしても、本当に和服というモノは素晴らしいですね。」
「この様に美しい服は初めてです。見た事も無い柄ですが、とても惹かれてしまいますね。」
「はい、兄上!私も、この様に素敵な服を着れるなんて、嬉しいです!」
どうやら相当着物が気に入っているようだ。三人は侍女達と色々話し合っている。時折私に質問を投げかけてくるので、出来る限り分かりやすい様に言葉を返すを。
大体話し終えた時には、日が傾いていた。どうやら私の着物は夏の花と扇柄の、淡い白と水色のグラデーションが綺麗な布で作るようだ。春の終わり頃にある親交パーティーなので、それが終わると直ぐに夏が来る。着物は花柄の場合、少し先の季節のモノを取り入れるので、その為に涼しい色合いにするそうだ。
アルベルトは黒で着物自体は無地だが、帯や羽織には髪と同じ色の布で、七宝と麻の葉の柄を控えめに使うようだ。少し赤みがかった茶色の髪と相俟って、落ち着いた雰囲気に仕上がるだろうその着物を想像する。それを着たアルベルトはとても美しく見えるだろうな。
落ち着いた感じのアルベルトとは反対に、ジェイクは紺色の生地で袖や裾の方に流水紋をあしらう。羽織は着ないようだが帯はかすれ縞模様で、アルベルトとはまた違った雰囲気のお洒落さんだ。チャックと良く似た金色の髪が、紺色の着物で更に映えるだろう。
どれも夏に向けて薄い生地で作る為、何だか浴衣っぽいなぁ、何て思う。ちゃんと長襦袢は着るんだけどね。
でも、浴衣って良いよね。温泉旅館には必須だし。何より、凄い楽で落ち着く。一着だけど、一生懸命作ったやつを部屋着用に寮に持って来てる。慣れ親しんだ服は、やはり心安らぐのだ。魔法を使えばいつだって綺麗になるのが、寮生活では凄い助かっている。
洗濯しなくていいって、素晴らしいよね…!
「出来上がるのがとても楽しみですね!」
「はい!まさか、この様にちゃんとした着物を仕立てる事が出来るなんて…。お二人には、幾ら感謝しても足りないです!」
「アイシャ殿がそんなにも喜んでくれるなんて思いませんでした。私達も嬉しいです。」
二人はニコニコと笑いながら、私を女子寮まで送ってくれる。チャックや侍女達はホールの後片付けと荷物を運んでいた。余ったクッキーとメル酒も、チャックが男子寮へと持って行ってくれるらしい。
因みに、侍女さん達にも少しお裾分けしたら、とても困っていた。アルベルト達と一緒に居たチャックは兎も角、初めて会った彼女達に平民の私がお裾分けなんて、マズかったかもしれない。ハッとした私が謝罪しようとしたら、アルベルトとジェイクがとても良い笑顔で私のクッキーを誉めるモノだから、彼女達はニコリと笑って受け取ってくれた。
そりゃ、仕えてる相手がそう言うなら、受け取らない、という選択肢は無いですよね。申し訳ない事をしてしまった…。
「これからも色々と話し合いながら作っていく事になりますが、アイシャ殿は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。私はメアリー様方以外の人達とは、関係がありませんから。」
「…そうですか。」
「それなら、また沢山お話しできますね!」
一瞬だけ目を伏せたアルベルトは、直ぐにニコリと微笑んだ。恐らく、私が他の女の子達にいじめられているのでは、と考えたのだろう。どうしようかと思ったが、ジェイクの嬉しそうな顔を見て私は気が付かない振りをした。
ジェイクほどハッキリはしてないけど、最近は何んとなくアルベルトの感情も分かるようになってきた。いつも笑顔のアルベルトは、様々な感情を押し殺しているのだと思う。コレが貴族だというのは分かるが、少し息苦しそうだった。
「それでは、また明日。」
「今日はありがとうございました。アルベルト様、ジェイク様。」
「こちらこそ、ありがとうございました!とても楽しかったです!メル酒、戻ったら早速飲みますね!」
「二人で飲んで、明日にでも感想をお伝えします。」
「その様に、お急ぎにならなくても大丈夫ですよ。」
感想がもらえるのなら、いつだって構わない。そう思って口にしたが、二人にフルフルと首を横に振った。
「私達が、早く飲みたいのですよ。ねえ、ジェイク殿?」
「はい、アルベルト様!楽しみ過ぎて、わくわくが止まりません!」
そんなに期待されても困る。もし口に合わなかったらどうしよう…。こんなにも嬉しそうに笑う二人の顔が、明日になったらガッカリとしたモノに変わってたら、流石にショックを受ける…。
「大丈夫ですよ、アイシャ殿。前にも言いましたが、アイシャ殿はもっと自信を持つべきです。」
「そうですよ!アイシャ殿はとても素晴らしい方です。私達が保証します。」
「…ありがとうございます、お二人共。明日、感想を楽しみにしてますね。」
「はい!」
女子寮へと付いた私は二人と別れ、自分の部屋へと戻っていく。今日は色々と着物の話をしたので、とても楽しかった。こんなにも和服の話が出来るなんて思いもしなかったし。侍女さん達からの質問に、ちゃんと答えられていただろうか。
まさかこの世界で、あんなにもちゃんとした着物が仕立てられるとは思いもしなかった。自分で出来るのは精々無地で地味な浴衣ぐらいだろうと、思っていたから。
二人に会う前の自分では、色を染めたり刺繍糸で縫ったりは出来ない。お金も無いから布も質素なモノばかりになっていたし、作れる量も少なかっただろう。折角の温泉旅館なのに、温泉以外がお粗末では意味がない。キチンと、皆が最高に幸せな気持ちになれるように、作りたいのだ。
今日の話し合いは、本当に有意義だった。コレから何度も話す事になるのが、今から楽しみで仕方がない。早く完成した着物を着てみたいものだ。
私は兎も角、あの二人はどれだけ素敵になるだろうか。髪色や顔立ちは日本人とは全然違うが、あの二人なら何の問題も無いだろう。アレだけ格好良ければ、何を着ても似合う。
二人が着物を着ている姿を想像して、私は胸が高鳴るのを感じた。あの二人の着物姿を、早く見てみたい。この世界の服を着た今の彼等も格好良いが、自分と同じ服を着ていればもっと近付けるのではないか。
彼等に迷惑を掛けたくないと、邪魔はしたくないと思っていた筈なのに。何故だか、今の私はもっと傍に居たいと思ってしまった。
私は皆の着物が出来上がるのがとても楽しみだと、静かに瞳を閉じた。




