第三十話 お弁当と相談事
「アイシャ殿、お待たせしました。」
「おはようございます、アルベルト様、ジェイク様。」
「おはようございます!さあ、行きましょう!」
メアリー達と別れて直ぐ、二人はやって来た。私は用意したお弁当を持って寮の外へと出る。挨拶を済ませると、アルベルトとジェイクが、サッと私が持っていた荷物を手に取った。
「あ、アルベルト様、ジェイク様!私が自分で持ちます…!」
「大丈夫ですよ、アイシャ殿。気にしないで下さい。」
「お弁当を作ってもらったのですから、コレくらいは持ちます!」
いやいやいや。平民の私が貴族である二人に荷物を持たせるわけにはいかない。周りに何て言われるか分からない。と言うか、二人が荷物を持ってるのが凄い違和感。
「ですが、流石に全て持ってもらう訳には…。」
「…それでしたら、こちらをお願い致します。」
アルベルトは、荷物の中で一番軽いものを渡してくれた。正直申し訳ない気持ちで一杯だが、これ以上言ってもどうにもならないだろう。
少し歩けば、ジェイクが借りておいてくれたホールへと辿り着いた。私達が中に入ると、既に二人の従者が沢山の荷物と一緒に待っていた。
「あ、兄上!」
その中で一人、見覚えのある人物が居た。ジェイクがパァっと顔を輝かせてチャックの元へと走っていく。
「こら、ジェイク。狭いんだから走るな。」
「す、すみません、兄上…!」
アルベルトがクスリと笑いながら、話し始めた。
「…さて、それでは早速話し合いましょうか。アイシャ殿、お願い致しますね。」
「はい、アルベルト様。」
私は持っていた荷物を取り出して、テーブルの上に広げた。
「コレが…和服、ですか。」
「こちらは私のサイズに合わせえた女性モノですが、男性用のモノもございます。」
「アイシャ殿、どういう風に着るのか見てみたいのですが、お願いできますか?」
「畏まりました。」
チャックの言葉に、私は服の上から着物を羽織る。それを見た皆が、小さく息を漏らす。
「アイシャ殿のその姿、懐かしいですね。」
「とても素敵です!」
「えっと、あ、ありがとうございます…。」
ジェイクの眩しい笑顔に照れてしまう。初めて見たチャック達は、物凄くジッと見てくる。
「初めて見ましたが、コレが和服…。」
「素敵ですわ…!」
「私は魔力の少ない平民なので単色の物しか作れませんでしたが、刺繍したり染めたりすれば柄の付いた物も作れます。」
「フム…。アイシャ殿、簡単にで良いので、この小さな布にどういう感じかパッと作れますか?」
「えっ…。」
アルベルトが差し出してくれた布は、確かに小さい。B5ノートくらいの大きさだ。しかし、何処からどう見ても高級品だというのが分かる。
恐る恐る手に取れば、サラリとした柔らかな感触。何の混じり気も無い、綺麗で真っ白な色。これだけで一体、幾らするのだろうか…。見本として軽く使うには、正直勿体無さすぎる…。
「アイシャ殿?どうかなさいましたか?」
「い、いえ!何でもありません!」
不審に思ったのか、声を掛けられて返事が思わず裏返る。…無駄にする訳にはいかない。何としても綺麗に作らないと…。集中して魔力を操り、布に少しずつ模様を描いていく。
取り敢えず、お気に入りだった流水紋や翁格子、七宝を作ってみた。意外とそれっぽく出来たので安心したが、彼等は興味深そうにマジマジと観察する。私は出来た見本を持ってきた着物にあてがうと、説明を始めた。
「この様な柄で全体を染める場合もあれば、こんな感じでアクセントに少しだけ入れる、と言うのもあります。女性の場合だと、花の模様が付いてる物も多いですね。」
「なるほど…。男性の場合は裾の方に少しだけ入ってる方が、落ち着いていて良いですね。」
「若しくは、着物自体は無地にして、羽織や帯に模様の入ったモノを使ったりするのも良いですよ。」
「アイシャ様、花以外に女性向けの柄はございますか?」
「そうですね…。檜扇や波型…、丸紋なんかは可愛らしいと思います。こう言う感じですね。」
私は差し出された布に魔力を込め、彩っていく。侍女の人達がとても楽しそうにそれを見て話し合っていた。
「まあまあ、どれも素敵ですわ…!」
「アレもコレも、美しすぎて選ぶのが大変ですわね!」
「柄と全体図さえ思い浮かべば、そこまで苦労はしないと思います。私では親交パーティーまでに作れないので、皆様にお任せ致します。」
「腕が鳴りますわね…!」
アルベルトが色々と用意してくれた布と見本を見比べながら、きゃいきゃいとはしゃぐように話し合っている。後は彼女達に任せても大丈夫そうだ。
私の分だけでなく、アルベルト達の分も作るので、チャックも男性としても意見を落としていく。ある程度話し終えたのか、侍女達から離れて、チャックがこちらへとやって来た。
「私が言えるところは全て伝えて参りました。後は彼女達の仕事でしょう。」
「ありがとうございます、チャック殿。」
「恐らく、アイシャ殿には何度か質問が来ると思いますが、宜しくお願いします。」
「はい、畏まりました。」
チャックの言葉に、私は了承の言葉を言って頭を下げようとした。だけど、急にふらりと立ち眩みがして、倒れそうになる。
「アイシャ殿!」
「……あ…。」
すんでの所で、アルベルトが私を支えてくれた。
「申し訳ありません、アルベルト様…!」
「いえ、倒れなくて良かったです。大丈夫ですか?」
そっとソファへともたれ掛かるように座らせてもらう。
「多分、魔力の使い過ぎだと思います。前に何度かなった事がありますから。」
「…アレで魔力が枯渇するのですか。」
チャックがボソリと呟いた。見本自体は八枚程度しか作ってないが、集中力がかなり必要な作業だっただけに、一気に魔力が持って行かれたのだろう。初めて魔力を使った時よりは軽いので、そこまで心配はいらないはずだ。
「私は平民の中でも、魔力が少ない方ですから。ちょっと疲れてしまっただけです。」
「無理をさせたようで、すみません…。」
「…アイシャ殿、大丈夫ですか…?」
心配そうな顔をしたアルベルトとジェイクに、私はニコリと笑顔を向けた。
「はい、大丈夫ですわ。ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。少し休めば、直ぐに治りますから。」
「…では、休憩がてら、お昼に致しましょう。」
「あ、そうですね!折角、アイシャ殿がお弁当を作ってくれたのですし、食べましょうか。」
私はその言葉にホッとした。実は、魔力を消費したせいで、お腹が空いているのだ。
「では、用意致しますね。」
「いいえ、アイシャ殿は座っていて下さい。氷室から取り出して広げるだけでしょう?」
「ですが…。」
「無理をしては駄目ですよ!少しでも、休んでいて下さい。」
「……ありがとうございます。」
彼等は貴族なのに、平民である私の為に動いてくれる。嬉しい気持ちもあるのだが…正直、胃がキリキリしそう。平民にこんなに構っていて、良いのだろうか…。
本当に、このままではシャーロットと何も変わらない。今はシャーロットが目立っているせいで、私は愚痴やちょっとした悪口で済んでるくらいだけど…。
いずれ、私にも他の貴族の女性から酷いやっかみがありそうだ。平民の女は皆こうなんだ、何て思わないでくれると良いけど…。
「わあ、どれも美味しそうですね!」
「また見た事無いモノがありますね。楽しみです。」
「軽く説明致しますので、どうぞお召し上がり下さい。」
衣装を作る侍女達は、ホールの奥の方へと集まって話に夢中である。私はアルベルトとジェイク、それにチャックと一緒にお弁当を食べる事にした。
三人に作った物の説明を済ませると、私も頂きます…と、お弁当を口にした。
「唐揚げと言うのは、とても美味しいですね!」
「こんなハンバーグ、初めて食べました。普段食べているモノとは、全然違うんですね。」
「……美味しい。アイシャ殿は、本当に料理がお上手ですね。」
「お気に召して頂けて、光栄です。」
彼等はパクパクとお弁当を食べていく。今回チャックは護衛としてではなく、衣装についての意見係としてきているので、私達と普通に食べていた。
どうやらこの世界、卵焼きはしょっぱいモノらしい。甘い味付けの卵焼きに、三人共驚いていた。
「まさか、米を粉にせずに食べるなんて、思いもよらなかったです。」
「お米ってこんなにも美味しいのですね…!」
やはり、貴族であってもお米はそのままで食べないようだ。炊き立てご飯の美味しさを知らないなんて、本当に勿体無い…!
前に家で出したものとは違う物が多いので、彼等は楽しそうに食事をする。どれもコレも、食べた事の無い味だ…と、とても美味しそうに食べてくれるので、私は凄く嬉しかった。
お漬物、美味しい。やっぱり沢庵は最高ですね。お米によく合います。
用意したお茶も彼等には好評だったので、茶葉を少し分けてあげた。入れ方を説明すれば、紅茶とは少し違う様で、早速寮で入れてみる…と、笑顔で言っていた。
「アイシャ殿のクッキー!今日は色々な味があるのですね!」
「おや、コレはこのお茶の香りがします。」
「流石アルベルト様ですね。そちらにはほうじ茶の茶葉が入っております。」
食後のデザートにクッキーを出した。ついでにメアリー達に話した内容を彼等にも話す。もしもアルベルト達に話が来た時、口裏を合わせてもらう為だ。
「申し訳ありません、アルベルト様、ジェイク様。お名前を出してしまって…。」
「いえ、大丈夫ですよ。私の名前で平和的に進むのであれば、幾らでも使って下さい。」
「私もです、アイシャ殿。何かあればいつでも言って下さいね!」
二人は私の話に怒る事も無く、寧ろそれで無事に事が進むのなら好きなだけ使えばいい、と言ってくれた。
二人の好意に感謝の言葉を述べて、私はホッと息を吐いた。クッキーも美味しいけど、やっぱり日本茶は美味しいなぁ…。茶葉を用意してくれた二人には、本当に感謝の言葉しか出てこない。
…あ、そうだ。コレの事を忘れてた。
「これ、もし良かったら飲んでみては頂けませんか?」
「…アイシャ殿、コレは?」
私が荷物から取り出した瓶を、ジェイクがジッと見つめる。幾つか入ったメルの実が、静かに瓶の底に沈んでいる。
「コレは、メルの実を使って作ったメル酒です。」
「メル酒…?お酒ですか?」
「はい、アルベルト様。キッチンの氷室に沢山メルの実があったので、おにぎり以外にも使えないかと考えていた時に、ふと思い出したのです。」
…思い付いた、では無く思い出した、と。変に勘繰られない様に、言葉はちゃんと気を付けないといけない。うっかり思い付いた、と言いそうになって危なかった。
「メルの実と日本酒、それから砂糖等を入れて作るのです。以前ジェイク様は日本酒が苦手だった様なので、これなら飲みやすいと思いまして。」
「わ、私の為にですか…?」
「はい、そうですわ。」
…実際はちょっと違うんだけどね。ジェイクが嬉しそうにこちらを見るから、思わず肯定してしまった。確かにこれならジェイクは飲みやすいかな…と、思いはしたけども。本当は私もちょっと飲みたかったんだよね。
「幾つか持って参りましたので、良ければ皆様に。出来たら、感想を頂けると嬉しいです。」
「わあ、楽しみです!寮に帰ったら、早速飲んでみますね!」
「何かカチャカチャ音がすると思ったら、これだったのですね。私も楽しみです。」
…うん、結構な重さはあったと思う。だから自分で持ちたかったのだ…、渡す物を持たせるなんてさせたくないし…。
「私まで良いのですか?」
「はい。チャック様には、いつもお世話になっていますから。」
「…嬉しいです。ありがとうございます、アイシャ殿。」
少し照れたように笑うチャックに、ドキリと心臓が高鳴った。ちょっと恥ずかしくなってしまい、顔を逸らす為に俯いてしまった。本当に好青年だな、チャック…。私がもう少し若かったら、絶対に落ちていたと思う。
あ、今は若いんだった。
「実は、前に貰ったニホンシュを、父上に見付かってしまって…。少しずつ大事に飲んでいたのですが、殆ど飲まれてしまったのです。」
「父上が?」
「大層ニホンシュを気に入ったようで。無くなった時には、もう飲めないのではと落ち込んでいたのですが…。またアイシャ殿お酒を頂けて、本当に嬉しいです。」
「でしたら、今度にでもまた日本酒もお持ち下さい。寮にまだありますから。」
流石に今は持ってないので渡せないが、寮に戻ればまだ沢山ある。学校に来る前に大量に作っておいたので送別会に持って行った分を差し引いても、まだまだ余分な量があった。幾らかはお店の皆が飲めるようにと置いてきたが、料理にも使うので大半は寮へと持って来ている。
「良いのですか?」
「勿論ですわ。気に言って頂けて、とても光栄ですもの。」
「アイシャ殿、私もまた頂いても良いですか?」
「はい、アルベルト様。幾らでも、言って下さい。」
私が出来る事で彼等が喜んでくれるのなら、私は何だってしたいと思う。彼等が手を出してくれたから、私は今、此処に居るのだ。温泉旅館という夢が、少しずつ現実のものとなっている。
絶対に、彼等の恩に報いるため、成功させてみせる。私の、一生を掛けた、大事な夢なのだから。
「お待たせ致しました、アルベルト様。こちらの準備が終わりました。」
それからも、クッキーを食べながら色々と話していた。ジェイクは誰よりもメル酒を楽しみにしている様で、宝物でも扱うかのように大事にしまっていた。
暫くして、奥で着物について話して居た侍女の一人が、私達に声を掛けた。どうやら、向こうの話し合いも終わったようだ。
お昼休憩もきりが良い所なので、コレからまた相談の再開だ。




