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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第三話 私のオアシス

 更に数カ月の時が経った。来月には、私は成人の儀式を行う事になる。


 温泉は既に完成していて、後は周りに家を建てるだけだった。数年振り…いや、アイシャとして初めて温泉に浸かった私は、その感動に言葉が出てこなかった。トロリとした感触の、白濁としたその温泉は丁度良い温度になっていて、最高に気持ちが良かった。


 思わず涙が出てしまう程に、私は感動していたのだ。のぼせない様に適度に休憩し、水分を補給しながら、一日中ずっと温泉を楽しんていた。


 あぁ、私、生きてて良かった…!余りにも幸せ過ぎて、もう今死んでもいい、とさえ思ってしまった。



 私は、最後の仕上げとして魔物がやって来て荒らされない様に、魔物除けの装置を一つ買った。これが、恐ろしく高価だった。父さんが残してくれたお金だけでは足りず、何年も働いてコツコツと貯めてきたお金を殆ど使い切り、やっと一つだけ買えたのだ。


 この国では、町で住居やお店を開くにはそれなりの資金や時間が必要だが、安全である。誰もが町の中で生活したいと願う為、倍率だって高い。

 しかし、魔物が蔓延る町の外ならば、自分達で整備した場所は好きに使っていいらしい。私は一から全て自分で用意し、整えて、あの場所を確保したのだ。魔法を使って整地すれば、その場所に魔力が登録される。後から来た人達がその場所を手に入れるには、色々と面倒な契約やら何やらをしなくちゃいけないらしい。


「皆様、お疲れ様でした。」

「お疲れさん、アイシャちゃん!」

「お疲れー。」


 いつもの様に仕事を終えた私は、皆にお茶を配る。今の時期はとても寒いので、体が温まる様にホカホカの湯気が立つお茶だ。


「アイシャちゃんのおかげで、仕事終わりの一杯が、スッカリお茶に変わっちゃったなー。」

「健康的でいいじゃないですか。」

「まあ、そうなんだけどさ。でも、成人したら、是非お酒も注いで欲しいなー、何て。」

「お、いいねえ!確か来月だろ、成人の儀式?アイシャちゃんが来て、もう四年以上経ったのか。」

「……もうそんなに経つか。」


 従業員達と話していると、棟梁がポツリと言葉を漏らした。私は、あっと言う間ですねー、何て皆とワイワイ話しながら、チラリと棟梁の方を見る。何か考えているようだったので、邪魔しちゃ悪いと思い話し掛ける事はしなかった。

 他の従業員が皆居なくなり、棟梁とルドルガだけになったのを確認すると、私もそろそろ帰ろうと支度を始める。


「おい、アイシャ。お前、成人したらどうするんだ。」

「え?」

「お前の身の内は知ってる。あの家を出ていくんだろう。もし、まだ何も決まっていないならウチに来ないか?」

「棟梁さん…。お気持ちは嬉しいのですが、私、住む所は決めているんです。」

「…そうなのか?」


 私と棟梁の話に、ルドルガが入ってきた。


「ええ、後は家を建てるだけなんです!」

「…んん?」

「何年も掛けて少しずつ整備して、材料を貯めて、建て方も勉強しました。後は少しずつ家を建てていくだけなんですよ!」

「……お前、大工店で働きたいって言ったのは、まさか…。」

「はい!事務仕事をしながら、書類の中身を覚えました!家を出た時に、自分で準備できる様にと。あ、勿論どこかに漏らすような事はしませんからね!」

「そういう問題じゃねえ!お前、只でさえ魔力も少ねえのに、たった一カ月で家を作れると思ってたのか…。」


 呆れた様に棟梁は、はあ、っと溜息を溢した。ルドルガも信じられないといった表情で、私を見る。


「最初に簡単な小屋を建てて、完成するまではそこで寝泊まりしようかと思ってたんですが…。」

「小屋を建てるって、お前、何処に建てるんだ?町の中なら安い宿でも探した方が早いだろう。」

「あ、いえ。町の中じゃなくても山の中の森に…。」

「はあ!?」


 今度はルドルガが、大きな声を上げた。


「お前、山の中に住む気なのか?危険だろ!何で自分の家族が死んだ場所に住もうとしてるんだよ!」

「で、でも、魔物除けの装置は買いましたし、そこまで危険じゃないかなって…。」

「アレ、買ったのか…?クソ高いだろ…。」

「貯金が殆ど飛んでいきましたね。」

「…信じらんねえ…。」


 ルドルガは俯いて、盛大に息を吐いた。そんなに大きな溜息を吐く事ないじゃない…。


「お前、どんだけ非常識な事してると思ってんだよ。」

「だって、仕方なかったんですもん。」


 私の野望の為には、それが一番だったんだから。


「仕事はどうする気だ?」

「出来れば暫くは続けさせてほしいです。貯金が一気に無くなったので、また貯めて行かなきゃいけないですし。」


 それに、これからの為にも、初期費用は必要だし…。


「そうか…。アイシャがいきなり居なくなるって訳じゃないなら、こっちとしては大助かりだ。せめて変わりが務まるくらいの奴を探さなきゃいけねえからな。」

「ありがとうございます、棟梁さん。助かります。」

「…なあ、アイシャ。」

「何ですか、ルドルガさん。」

「その…、なんだ…。お前が入ってくれたおかげで俺も大工仕事始められたし、何かお礼でもしようかと思ったんだけどよ…。」

「お礼なんて…。(むし)ろ、私の方こそ雇ってくれた事に感謝しかないんですから。」


 もごもごと口籠るようにルドルガが話すが、私はお礼を貰う(いわ)れはない。逆に私がお礼をする立場だろう。


「だから、その、俺もお前の家作るの、手伝ってやるよ!」

「えっ…?」

「お前一人じゃ、どれだけ掛かるか分かったもんじゃないしな!」

「で、でも、そんな迷惑を掛ける訳には…。」

「いや、そうだな。俺も手伝ってやる。他の奴等にも、暇さえあれば手伝う様に声を掛けるか。」

「棟梁さん?何を…。」

「いいか、アイシャ。幾らお前が物覚え良くても、実際に作るのでは全然違うんだ。魔力の少ないお前だけでいざ作ろうとすれば、何年も掛かるかもしれないぞ。」


 うぅ…、そこは否定出来ない…。確かに、知識で知っているのと実際にやってみるのとでは、かなりの差がある事だ。


「そもそも、成人後には春が来るが、まだまだ寒いんだぞ。仮住まいの為の小屋の中で暮らすには、キツ過ぎるだろ。」

「…そう言えば…。」

「俺達からの成人祝いだと思えばいい。」

「けど、私、少し大きめ建物を作ろうと思ってるんですよ。流石に手伝わせるわけには…。」

「…お前一人で暮らすんだよな?そんなでっかいのか?」

「えっと、敷地自体は大分広いと思いますが、建物自体はちょっと大きめの一軒家を建てようと思ってて。何年も掛けて整備したので、保有地はそれなりの広さがあります。」


 私は、この世界で温泉宿を開きたいと思っている。その為には、源泉のある周りの土地を、一気に囲い込みたかった。何年も整地に時間が掛かっていたのは、それが大きな原因だ。流石に魔物除けの装置は一個しかないので今ある温泉の中心地に置いてはあるが、出来ればあと三つくらいは欲しいと思っている。

 一個だけでは効果の広さにも限度があるからだ。例え魔物が出てきたとしても、今の内に土地だけでも所有しておきたかったのだ。手に入れてしまえばこっちの物だなんて、この世界は随分と適当ではないかと思うが。


「考えてはいるのか?」

「一応設計図はあります。この通りに作ろうと思ってましたが、棟梁さん達に見てもらえるなら助かりますね。」

「…随分とシッカリ出来てるな…。」

「事務仕事中に勉強しましたから。」


 本当は前の世界の記憶も入ってるけど。


「俺でもまだここまで書けねえよ。アイシャ、すげえな…。」

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。」

「世辞じゃねえって!しかし、確かに結構な広さだな…。お前、本当にコレを一人で作るつもりだったのか…。」

「…いけるかな、って思ったんですけどね…。」

「お前一人じゃ二、三年くらいは掛かりそうだぞ。」

「うぁ、本当ですか…。」


 実際の職人が言うならその通りなのだろう。少し考え直さなきゃいけないかな…。


「けど、これだけちゃんとしたのが出来てるなら俺達が手伝えば数カ月もあれば出来るだろう。」

「本当ですか?」

「ああ、見た事も無い建て方だが、コレはとても理に適っている。こんな建築方法があるなんて、お前の発想力は凄いな…。」

「あ、あはは…。」


 私は乾いた笑いしか出てこなかった。


「場所を見てみてえ。今、時間はあるか?」

「あ、はい、大丈夫です。仕事終わった後にいつも向かってるので。」

「それじゃ、今から見に行くぞ。ルドルガ、支度しな。」

「おう!」


 パパっと支度を済ませた二人を、私はあの温泉がある場所へと案内した。見事に整地されていた場所を見て、棟梁とルドルガはとても驚いていた。

 そして、私のオアシスへと二人を連れて来たのだ。


「…おい、アイシャ。これは何だ?随分と濁った小さな池みたいだが…。」

「湯気…?水じゃなくてお湯なのか、コレ?」

「よくぞ聞いてくれました!これは温泉です!」

「「オンセン?」」


 二人の重なった声に気にする事も無く、私はベラベラと説明し始めた。どれだけ喋っていたか分からないけど、グラグラと体を揺さぶられて私は話を止めた。

 何だか二人共疲れたような顔をしているが、どうしたのだろうか?


「…つまり、地面の中から湧き出てきたお湯溜まりって事だな。」

「棟梁さん、違います!温泉とは…。」

「アイシャ、もういいから!ストップ、ストップ!」

「でも…。」

「お前が、このオンセンってのがどれだけ好きかは分かった。オフロ?って言うのもよく分かんねえけど、その為に此処に家を建てたい事も分かったから、取り敢えず落ち着け!」


 ふー、ふー、と息を吐いて私に話し掛けるルドルガ。そっちの方が落ち着いた方が良いのではないだろうか?


「一人でこれだけの整地を済ませているのに驚いたが、お前の様子を見て納得した。そんだけこのオンセンってのが湧く場所が大事って事だな。」

「そうなんですよ!行く行くはもっと温泉の数を増やして、温泉旅館を開くのが夢なんです…!」

「オンセンリョカン?」

「温泉がいっぱいある、宿みたいなものですよ。」

「こんな森の中で泊まりたい奴なんている訳ねえだろ…。」

「だから、またお金を貯めて装置を買い足すんですよ。そうしたら安全な場所がもっと広がるでしょう?」

「あんな高いもん、いくつも買えるか、この馬鹿!」

「頑張ったら買えるもん!ルドルガさんのアホ!意地悪!」

「あんだと、テメェ!」


 私は頭に血が上って、いつもの口調から思わず子供の様な言葉が出てしまった。いい歳して語尾がもん、なんて子供じゃあるまいし…。あ、いや、今は子供だった。

 ワイワイといつまでも言い合う私達に、棟梁は小さく息を吐いてコツンと拳骨を落とした。


「あいたっ!」

「いってえ!何すんだ、親父!」


 明らかに私よりも強い力で殴られたのだろう、ルドルガはジロリと棟梁を睨んだ。


「下らねえ事で言い争ってんじゃねえ!今はコイツの家を作るのが先だろう!」

「け、けどよ…!コイツ常識無さすぎだろ!」

「夢に向かって生きてるだけです!何がいけないんですか!」

「その夢が無茶苦茶だって言ってんだよ!」

「出来ます!」


 再び言い争いそうになる私達に向かって、棟梁はスッと拳を構えた。もっかい殴られるのは勘弁なので、ピタリと口を閉じる。


「いい加減にしねえか、二人共!アイシャ、サッサと話を進めるぞ。」

「うぅ…、はい…。」


 私は、頭の中に考えていた事を棟梁へと話した。棟梁は真面目に聞いてくれて、出来る事と出来ない事をちゃんと教えてくれた。間違ってる場所や変えた方がいい所はシッカリ訂正してくれて、話を終えればかなり現実味のあるモノへとなっていた。


 流石、人気大工店の棟梁だ…。


「まあ、こんなものか。これ位なら二カ月もあれば出来るだろう。」

「え、そんな直ぐに出来るんですかっ?」

「当たり前だ。俺達を誰だと思ってる。」

「……!あ、ありがとうございます!」

「他の奴等には俺から話をしておく。お前は明日休みにみにしておく。成人の儀式もあるし、必要なモノ用意しとけ。」

「はい!」


 これは凄い助かる…!成人の儀式とか何するか知らないし、誰かに聞きながら必要な物をチマチマ揃えようと思っていたので、買い物の時間が出来るのは有り難い。棟梁、本当にありがとう!


「…アイシャ、明日出掛けるんなら、俺も荷物持ちで手伝ってやるぞ。」

「ルドルガさん?」

「さっきは、その、ちょっと言い過ぎたし…。悪ったな。」

「あ…、いいえ!大丈夫です!私こそ何にも知らないくせに生意気言ってすみませんでした…!」


 余程の富豪でもない限り、装置をいくつも買うのは難しい事は、私だって分かっている。それだけのお金を掛けるくらいなら、安全な街の中でやっていく方が良いのである。お金があればあるほど、町の外で何かを興そうとはしないのだ。

 ルドルガの言っている事は尤もだし、無茶な夢かもしれない。けれど、この世界にも温泉があった。それなら、私のやる事はただ一つ。温泉旅館の跡取りとして生きて来たからには、例え何処だろうとその人生を歩み続けるだけだ。


「取り敢えず、見たいもんは見れた。今日は帰るぞ。」

「はい、棟梁さん!」

「明日準備出来たら店に来いよ。お前が来るまで俺は仕事してるから。」

「ありがとうございます、ルドルガさん。」


 私達はそのまま街へと戻り、それぞれ帰路に就いた。いつもより少し遅くなってしまった。今日はササっと準備したら、早く寝よう。

 私は魔法を使って身綺麗にしたら、簡単な軽食だけ取って就寝した。

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