第二十八話 提出
アレから商人科と政経科の見学が済んだ。
アルベルト達が言っていた様に、商人科の内容は既に殆どが私の知っている様な物だった。貴族と平民では若干の違いはあるそうだが、わざわざ商人科を選ぶほどの事ではない。
政経科については、コレからの為になりそうな話ばかりであった。王族や貴族としての在り方、国や町の治め方、税や軍事に関する事。
どれも、人の上に立つのに必要な事ばかりではあったが、この国の仕組みも何も分からない私にとっては、とても興味のある話だった。
そして、今日は三人で決めた選択授業の提出に行く。放課後に担任であるロベルト先生の元へと向かい、この紙を渡すのだ。
これで、二年間の選択授業が決まる。
「結局、家政科になってしまいましたね。」
「アイシャ殿には、それが一番だったのでしょう。私は騎士科ですし、一緒に受けれないのは残念ですが、仕方ありません。」
「そうですね…。メアリー殿に、アイシャ殿の事をお願いしておかないと。」
残念そうな表情で私を見る二人には申し訳ないが、騎士科も政経科も私には無理だと思った。いや、政経科は個人的には受けてみたいと思ったけど、平民の私が受けるには敷居が高すぎる。
アルベルトに少し話を聞くくらいに我慢しておこう。
「そうだ、アイシャ殿。小さなホールを一つ借りて来たので、日の日はそこで集まりましょうね!」
「私も土の日に家から色々と持って来てもらう事になってます。一緒に見繕いましょう。」
「はい、アルベルト様、ジェイク様。どうも、ありがとうございます。」
この学校には、小さなホールがいくつもある。貴族には色々と隠し事も多い、派閥とかもあるしね。誰かに聞かれたり、邪魔されない様にと、ホールの貸し出しを行っている。
ジェイクは親交パーティーに関して三人で話し合う為に、小さなホールを借りて来てくれたのだ。
「ふふ、私達で最高の物を用意しましょうね。」
「はい。私も、最善を尽くします。」
「日の日が楽しみですね!」
教室でわいわい話していると、ロベルト先生が入って来た。
「よし。それじゃ、朝のHR始めるぞー。」
出欠を取ってから、HRを始める。と言っても、大して話す事など無いけれど。選択授業の締め切りが今日までなのと、明日は初めての休みになるので、各々自制を持って過ごすように、との事だ。
入ったばかりだからか、一週間があっという間に過ぎてしまう。少しでも時間を大事にしなくちゃいけない。この調子では二年間なんて、直ぐに終わってしまいそうだ。
暗記さえしてしまえば、座学は何てことなかった。代わりに、苦手な実技があると苦労した。体を動かすタイプの実技は、本当に苦手である。
来週からは他の実技授業もどんどん増えて来るらしいので、ちょっと疲れてしまいそうだ。
「あ、居ましたね。メアリー殿、こんにちは。」
「まあ!あ、アルベルト様!」
「良かった、少々お願いしたい事があって探していたのですよ。」
「わ、私にですか?」
メアリー達は隣のBクラスなので、そこまで接点がある訳では無い。だから、向こうから寄ってこない限りは中々会わないのだ。
お昼休みに入って、私達は食堂へとやって来た。ぐるりと周りを見渡すと、アルベルトがメアリー達を見付ける。まだ食事は来ていない様なので、今の内に話を済ませてしまおうと声を掛けたのだ。
「ええ。アイシャ殿が、皆さんと同じ家政科へと決めた様なので。是非、宜しくお願いしようかと思いました。」
「私達は違う選択授業なので、出来ればアイシャ殿の事を頼めると有り難いのですが…。」
ニコリと微笑むアルベルトとは対照的に、ジェイクはしょぼんとしたような顔でメアリー達を見る。捨てられた子犬みたいな表情に、私だけでなくメアリー達もキュンとしたようだった。
「お任せ下さい。私達、アイシャとは仲良くさせて頂いてますもの。お友達と一緒にいるのは、当然の事ですわ。」
「そ、そうですわ、アルベルト様、ジェイク様。どうか、私達にお任せを。」
「ふふ、それなら良かった。メアリー殿達が優しい方々で、良かったです。お願いしますね。」
「は、はい!」
アルベルト達のおかげで、家政科に行っても何とか大丈夫そうだ。正直、一人だけ別って言うのは心細かったので、物凄い助かる。
メアリー達なら、私を害すると自分が損をするという事も分かっているので、安心だ。
……何だか、私もシャーロットと変わりないような気もするが…。早く、自分だけで何とか出来るようにならないと。
「それでは、食事中に失礼しました。また。」
「いえ、お気になさらないで下さいませ。」
私はペコリと頭を下げて、前を歩くアルベルトに着いて行った。今日のお昼ご飯はスパゲッティだ。因みに、普通のスパゲッティよりも太い。うどん…とまではいかないが、前世の頃と比べると相当な太さに感じる。細い方が好みなのだが、こればかりは仕方がない…。
美味しいのだが、やはり物足りない。いつから私はこんなにも贅沢な舌を持つようになったのか…。
「あ、そうだ…!。あの、角ですから以前話したお弁当を持って行きましょうか。」
「えっ?」
「私だけ何も用意しない、と言うのも悪いですから…。せめてお昼ごはんだけでも、と思ったのですが。」
「わあ、嬉しいです!アイシャ殿の料理、久し振りですね!」
「私も楽しみです。また食べられるなんて…!」
満面の笑みを浮かべる二人に、私は少し驚いてしまった。ジェイクは兎も角、アルベルトがこんなにも嬉しそうに微笑むのは、余りないからだ。
「た、大した物は出来ないかもしれませんが…。材料も限られていますし、以前お作りした物とは、全然違う感じになりますよ。大丈夫でしょうか?」
「勿論です!アイシャ殿が作ってくれるなら、何だって頂きます!」
「ふふ。アイシャ殿の料理に、私は虜になってしまいましたから。」
「そ、それなら、精一杯頑張りますね…!」
ここまで喜んでくれるのは、予想外だった。少しでも彼等に恩が返せるように、沢山作っていこう。
「何だか、午後の授業もやる気一杯になりましたね!」
「ええ。私もです。明後日が楽しみですね。」
「そんなに期待されてしまうと、ちょっとドキドキしちゃいますね。」
「ふふ。」
その時、楽しそうに歓談する私達へと声が掛かった。声の主はシャーロットで、周りには数人の男子学生を侍らせていた。
「アルベルト様、ジェイク様。お久し振りでございますわ。」
「ああ、シャーロット殿ですか。こんにちは。」
「どうも、こんにちは。」
にこやかに二人へ挨拶をするシャーロットは、私の事はスルーである。他の学生達も、次々と二人へ挨拶をしている。
「楽しそうな声が聞こえて来たので、つい話し掛けてしまいました。お邪魔でしたでしょうか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。」
「それなら良かったですわ。一体何のお話をしていたのですか?」
アルベルトがにこやかに返事を返すと、シャーロットは話を続けた。
「ちょっと、週末の予定を。」
「まあ、週末にどこかお出掛けなさるのですか?いいですわね。」
「アルベルト様はどこに行くのですか。」
「いいえ、レイド殿。別に外へ出かける訳ではないのですよ。学園内のホールを一つ借りて、色々とおしゃべりするだけです。」
まあ、間違いではないかな。作業は直ぐに始まる訳じゃないし、基本的にはおしゃべりだけで終わると思うし。
「あら、楽しそうですわ。是非、私もご一緒したいです。」
愛らしくニコリと微笑んだ彼女は、アルベルトへと近付いておねだりをする。周りに居た男の子達はほんの少しだけムッとしたような表情になるが、自分達よりも上の身分であるアルベルトに何か言う事は出来ず、静かに黙っている。
「申し訳ありません。余り大きなホールを借りている訳ではないので…。私達で精一杯なのですよ。」
「まあ、そうなのですか…。残念ですわ…。」
ホッとした表情を浮かべる男の子達を横目に、シャーロットは悲しそうな表情で呟いた。思ったよりも直ぐに引き下がっていったので、少し驚いている。相手に嫌われない様に、キチンと引き際は見定めているようだ。
「それでは、また別の機会にお話できる事を願っていますわ。」
「ええ、また別の機会に。」
「御前を失礼致します。」
彼女は周りの男の子を連れて、食堂の奥へと進んでいった。
「すみません、アルベルト様。話を任せてしまって…。」
「いえ、大丈夫ですよ。ジェイク殿は、彼女が苦手な様ですから。」
「失礼だとは思うのですが、何だか緊張してしまって…。」
しゅーんと項垂れるジェイクに何とかフォローを入れる。誰にだって苦手な人くらいはいるもんだからね。
その後も休みの日の予定を少し話して、午後の授業を受けた。今日はダンスの授業は無かったし、魔法の授業なら比較的何とかなるので、楽しく学ぶ事が出来た。
このまま勉強して行けば、もっと楽に温泉旅館が作れるかもしれない。
貴族ばかりだけど、この学校に来てよかったと思う。まあ、まだ一週間しか経ってないから、今の所はやる気があるだけかもしれないが。
それでも、知らない事を知れるのは嬉しいし、楽しい。知識は財産だ、なんてよく聞くしね。どんな事でも知っているのと知らないのとでは全然違う。少しでも温泉旅館の為に、今は沢山学ばないといけない。
ああ、早く色んな勉強をして温泉旅館を最高のモノにしたい…!
「それでは、渡しに行きましょうか。」
「はい、アルベルト様。」
温泉旅館の事ばかりを考えていたら、いつの間にか午後の授業が終わり、放課後になった。あ、ちゃんと授業の内容は覚えてますよ。
提出する紙を持って、私達はロベルト先生が居ると思われる職員室へと向かう。選択授業が始まるのは来週の土の日からだ。その日は朝からメアリー達と一緒に行動する事とになるので、今の内に準備をしておかないと。
いくらアルベルト達の友人と言っても、しょせん私は平民。貴族であるメアリー達に何もしない訳にはいかない。自分で作った事は内緒にして、アルベルトとジェイクがお気に入りのお菓子を手土産に渡しておこう。別に媚びたい訳ではないが、敵を作りたい訳でもない。安心して勉強できるような環境が欲しいだけなので、邪魔をしないでくれたらそれが一番なのだ。
「ロベルト先生、こんにちは。選択授業の用紙を提出しに来ました。」
「ああ、決まったんだね。それでは、預かっておきます。」
「宜しくお願い致します。」
三人分の用紙を受け取ったロベルト先生は、直ぐに自分の机に向き合った。私達も他に用事は無いので、失礼します…と、職員室を出る。
「それでは、日の日の朝、アイシャ殿を迎えに行きますね。」
「いつもありがとうございます。私、明日は頑張ってお弁当の下ごしらえをしますね!」
「アイシャ殿のお弁当、とても楽しみです!ホールは一日中借りてますし、折角なのでお弁当は外で食べましょうね!」
二人は本当に楽しみにしている様で、若干プレッシャーがかかる。それでも、ここまで期待されては応えない訳にはいかない。時間もたっぷりあるのだから、手の込んだお弁当を作ってみせるのだ。
「それでは、今日もお疲れ様でした。また日の日に。」
「アイシャ殿、また!」
「はい、アルベルト様、ジェイク様。日の日を、楽しみにしてますわ。」
ニコリと微笑んで、女子寮の前で別れた。二人が見えなくなったのを確認してから、私は寮の中へと入る。
中央広間の隅で、何人もの女生徒が固まっているのが見えた。チラリと目線を贈れば、どうやら後等生を囲んで話している様だった。
私は絡まれない様に、そーっと階段を上がり、自分の部屋へと入る。
明日は初めての休みだから、中央都に住んでいる子は実家に帰るのが基本だそうだ。中央都に住んでなくても、町へと外出する子が多いようなので、寮は静かになる。
キッチンにはあまり使用人が居ない筈なので、心置きなく料理に没頭できそう。
持ってきた調味料等を確認して、明日の準備をする。寮にある物は基本的に好きな様に使っても良いのだが、それは食材等も同じだ。勿論、階級順とまではいかなくても、早い者勝ちだったりする事もある。
ただ、持ち込みも自由なので、自分達で用意した方が確実に作れる事を知っている上級貴族の使用人は、各自用意するのが殆どだ。
私はある物で作るから、別に何があっても気にしないんだけどね。食材費とかも学校への寄付金として組み込まれてるし。既に払っているモノに関して遠慮する必要は無い筈だ。
……払ったの、私じゃないですけどね…。
彼等の好意に感謝をして、私は明日の為に早く寝る事にしたのだった。




