第二十七話 見学
入学してから三日が経った。私は未だに慣れない制服に、袖を通す。白と紺を基調としたこの制服は、とても可愛らしいモノだった。男子制服は前世でもよくあったブレザーっぽい感じだったが、女子制服は一見ただのワンピースのようだ。
袖と襟、スカートの裾には控えめなフリルがあり、腰はきゅっとリボンでしまっていいる。くるりと回れば膝下まであるフレアスカートがふわりと浮かんで、ちょっと楽しい。
夏になるとまた変わるらしいが、それも楽しみである。
「おはようございます、アイシャ殿。今日は家政科へと見学に行きましょうか。」
「アルベルト様、ジェイク様。おはようございます。本日も、宜しくお願い致します。」
いつもの様に女子寮へと迎えに来てくれた二人に、朝の挨拶をする。私は部屋の窓から彼等の姿が見えてから外に向かうので、殆どこの寮で他の子達と交流はしていなかった。食堂に行ってご飯は食べるが、食事中は会話をする事が無いので、食べたら直ぐに部屋に戻ればあまり絡まれる事は無い
そもそも、大体の人は遠巻きに私を見てくるだけなので、喋りたくも無いのだろう。
「うーん、難しい…。」
本格的な授業が始まって、私は勉強に苦労していた。前世の記憶が役に立つ科目なら良いのだが、実技の授業については中々上手くいかなかった。
魔法の授業に関しては、特に平気なのだ。この授業では主に魔力の扱い方を勉強する。元々の魔力量が少ない私にとって、自分の中に流れる魔力を使うのは簡単な事だった。今までも色々と使って来たしね。
ただ、運動に関する授業が、ちょっとまずい…。
平民の出、しかも女の子である私が、貴族として今まで教わって来た子達に適う筈も無く。剣術や武術などの護身術どころか、ダンスの仕方すら知らない私は、皆の様に動く事は出来なかった。
はぁ、はぁ、と息を切らしながら動く私を、アルベルトやジェイクは気遣ってくれた。
ジェイクは流石と言うか、やはり騎士を目指しているだけあって、物凄い動きをしていた。剣術の試合では未だ負けなしだし、どれだけ授業で動いても汗を殆んどかいていない。
「直ぐに慣れますよ、アイシャ殿。」
「慣れればいいんですけど…。」
日本舞踊とかなら兎も角、社交ダンスなんてやった事も無い。だけど、学校に居る間は何度も必要になる機会がある訳で…。
今まで習う必要も無かったし、やる事も無かったけど…。学校の授業としてあるのだから、頑張らないといけない。学校行事として、何度もお披露目する機会があるって言ってたし。貴族学校だから仕方ないけども。
「何とか午前の授業が終わりましたね。」
「お疲れ様です、アイシャ殿。食堂に行きましょうか。」
「はい、アルベルト様。お腹が空いてしまいました。」
「私もです。実技の授業があると、お腹が空いてしまいますね…!」
お昼休みの時間になり、いつも通り三人で行動する。
最初の内は何人か話には来たけど、アルベルトがサッサと話を切り上げてしまう為、そこまで交流がある訳では無かった。彼等も私が居るとあまり話したがらないので、多分寮に戻ったら色々と会話してるんじゃないかな、とは思う。
ついでに、女子からの視線はとてもキツイものだった。
それはそうだろう。アルベルトもジェイクも、かなり見目が良い。貴族としての地位も高いし、未だ婚約者が決まっていない。
貴族の中には、婚約どころか既に結婚してる者もいる。主に男の子だが。貴族は一夫多妻が当然な様で、アルベルト自身も第二夫人の子だって言ってた。つまり、既に結婚している男の子でも、優良物件なら第二、第三夫人でもいい、と狙っている女子も多いのだ。
例えば、ジェイクじゃなくてもその兄であるチャックの第二夫人になりたい人達は、それこそ大勢いる。以前ジェイクは、チャック目当てで近寄ってくる女の子が沢山いると言っていた。きっと、此処でもそういう子は多いだろう。
うーん、貴族の考えは分からない。一夫多妻なんて、日本では大昔に廃れちゃった習慣だし。私だったら、何人も妻がいるのは嫌だな…。
「アイシャ殿、あそこが空いていますよ!」
「あ、はい。」
ジェイクに声を掛けられて、ハッとしてしまった。考えながら食堂についてしまった為、中の様子を全く見ていなかった。ジェイクが教えてくれた席に、三人で座った。
「午後からは歴史とダンスの授業ですね。」
「私、ダンスは苦手です…。」
「ふふ、アイシャ殿は先日が初めてだったようですからね。」
先日、初めてのダンスの授業で思いっきり相手の足を踏みました。先生は私が平民で初めてだという事で、笑って許してくれたけど、多分結構痛かったはずだ。
周りからはクスクスと嘲笑の声が聞こえると、流石に恥ずかしかった。あれじゃ、誰も相手にされない可哀そうな子、なんて言葉も聞こえた。
だけど、アルベルトとジェイクがその後の練習役を買って出てくれたので、クラスのみんなは驚いていた。余りの下手さに愛想を尽かすんじゃないかと考えていたようだけど、そんな事も無く二人は私に付きっ切りで練習相手をしてくれた。
二人を狙っていた女子達からは、更に冷たい目で見られるようになり、何かと陰でグチグチ言われるようになっていた。別に傷付いたりはしないけど、聞こえてくるとちょっとうっとしい。
「歴史の授業なら殆ど暗記出来たんですけどね…。」
「アイシャ殿は、記憶力が凄いですよね。」
「いえ、それくらいしか特技が無いモノで…。」
記憶力はそれなりにあったのが救いだった。前世の頃も勉強や習い事ばかりで、覚える事が沢山だったから、いつの間にか身についてしまったのだ。多分、ダンスとかの実技も、アルベルトの言う通り何度も練習していればその内身に着くとは思うけど…、どれくらいの時間が掛かるか…。
春の終わりに、全生徒が参加する親交を深めるためのパーティーがある。そこではダンスは必須事項ではない為、踊らなくても良いそうだ。
ただ、貴族ともなればお茶会や社交の為のパーティーに出るのは何度もある。当然、その場合は大抵お茶会のマナーやダンスが必要になる。今回は練習の場としても設けられているので、キチンと踊りの為のスペースも用意されていた。
だけど、私は多分その間までに踊れるようにはならないだろう。何と言っても、全く経験が無い。三月も無いのに、人に見せられるようなダンスを踊れる訳が無いのだ。
その事を二人に話すと、ニコリと笑ってくれた。これで二人は私の事を気にせず、他の女の子達の誘いを受ける事が出来るだろう、と。幾らなんでも、ずっと私と居たのでは彼等も窮屈だろうと考えていた。
しかし、それならば自分達も踊る事はしないと、言ってくれたのだ。
「早く私が踊れるようになれればいいんですけど…。」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。私達が練習に付き合いますから。」
「はい!アルベルト様には及びませんが、私も多少は踊れますので、幾らでもアイシャ殿にお付き合いします!」
このにこやかな笑顔に、いつまでも甘えられない。私は、彼等の将来を邪魔する気は無いのだ。学生の内にコネを作るのは大事なのだ。私が早く一人前になって、彼等を自由にしてあげないと。
二人が居ないのは不安だけど、それは私の都合だしね。
「お二人共、ありがとうございます。一生懸命頑張りますね。」
「そうだ、親交パーティーの服装について、また少しお話しませんか。」
「…本当に宜しいのですか?」
「ええ。とても楽しみにしているのですよ。」
「私も出来る限りの事はしますから、遠慮しないで下さいね、アイシャ殿!」
私達が話が一区切りしたところでと、テーブルの上に料理が用意される。貴族が食べる物は平民のが食べる物とはだいぶ違った。どれもコレも上品で、テーブルマナーが必要なモノばかり。平民である私がすんなり食べた事に、最初は二人共驚いていた。
…うーん、確かに美味しいんだけど、やっぱりちょっと物足りないんだよね。どうしても自分の料理を思い浮かべてしまう。毎日続くとキツそう出し、十日に一回くらいの頻度で自分で作ろうかな…。
「ご馳走様でした。」
「私も、お腹一杯です…。ご馳走様でした。」
二人よりも少し遅れて、私も食べ終わった。片付けを済ませると、教室へと戻る。午後の授業が終われば、今日は家政科の見学に行くのだ。
お昼休みが終われば、午後の授業はあっと言う間に過ぎていく。歴史の授業はそれほど苦労しなかったが、やはりダンスの授業は苦戦していた。二人が代わる代わる教えてくれるが、ステップを間違えたり、足を踏んだり、転びそうになったり…。クスクスという笑い声が、どうも耳に響く。
…いやしょうがない事なんだけどさ。私のせいで二人まで笑われてるんじゃないかって、凄い不安になっちゃうんだよね…。
「やっと、終わりました…。」
「大丈夫ですか、アイシャ殿?」
「ええ。お二人には、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません…。」
「気にしないで下さい。アイシャ殿の為なら、大した事ではありませんから。」
ダンスの授業は三日に一回くらいの頻度ではあるが、少し憂鬱になってしまう。早く上達しなくちゃ、いけないと分かってはいるんだけど…。このままじゃ、いつまでたっても甘えっぱなしだ。
「家政科はあちらの方ですね。」
「女生徒が多いそうですが、お二人は大丈夫ですか?」
「ええ。男子学生も、居ない訳ではありませんし。アイシャ殿は気にしないで下さい。」
女の子ばかりでは居心地が悪いんじゃないかと思ったけど、ソコまで気にしていないようだった。二人が平気だと言うのなら特に深く突っ込む訳にもいかず、私達は家政科の授業が見学できる教室へとやって来た。
私達が教室へと入ると、女の子達は黄色い歓声を上げた。そもそも、男の子がこの教室に来ることは珍しく、その上人気のある二人だ。騒ぎたくなる気持ちも分かる。彼女達には、間に居る私の事など目にも入っていないのだろう。
「まあまあ、アルベルト様にジェイク様!…それに、アイシャも。」
「こんにちは、メアリー様。」
一番初めに声を掛けに来たのは、メアリーだった。嫌々だが、ちゃんと私にも挨拶するところは、他の貴族達と違う所である。
私達に話に来るものは、どの人達もアルベルトとジェイクの二人にだけ挨拶をする。平民である私に声を掛けるなど、貴族である彼等には気に入らない事なのだろう。別に、私も無理に話したい訳ではないので、ニコリと微笑んで頭を下げるくらいで済ませている。
だけど、メアリー達は最初に私にいちゃもんを付けた事でアルベルト達に覚えられ、宜しくお願いします…と、頼まれてしまった。私に告げ口でもされたら困るのだろうから、他の人達のように邪険に扱う事は無かった。
「メアリー殿達は家政科を選択するのですか?」
「ええ、私達は皆がそうですわ。それで…、アルベルト様達は何故家政科の教室へ?」
「アイシャ殿の選択授業を決める為に、色々と見学している所です。」
「まあ、そうでしたの。」
ジロリと、メアリーが私を睨んだ。大方、迷惑を掛けるな、ってところだろう。私も、出来れば迷惑になる様な事はしたくない。だけど、アルベルト達以外の味方が居ない私も不安なのだ。一人であちこち行動すれば、何をされるか分かったものでは無いから。
「あの、その…。良ければ、こちらへどうぞ。私達とご一緒致しませんか?」
「…そうですね。アイシャ殿が、それでいいのなら。」
メアリーの提案に、アルベルトはニコリと微笑んで私に伺い立てた。まあ、メアリー達なら別に構わないので、私はその提案を受ける事にした。
一緒に見学できると喜んだメアリー達と一緒に、色々と見て回った。
家政科では貴族の常識から一般マナー、社交界やお茶会で必要になるスキルやダンス。そして、結婚後に必要な教養。
確かに、貴族の事を知りたい私には家政科はピッタリかも知れないな。今のところ、一番の候補かな。
「本日の見学は終了です。是非、我が講義を受けに来てくれることを心待ちにしています。」
色々と見学が終わり、本日が終わる。今日はいつもと違い、メアリー達と一緒に女子寮まで送ってもらった。
「それでは、また明日、アイシャ殿。皆様も、お休みなさいませ。」
「今日はお疲れ様でした!」
「はい!私達も、アルベルト様方とご一緒出来て、光栄でした。お休みなさいませ。」
「お休みなさい、アルベルト様、ジェイク様。また、明日。」
挨拶をして、メアリー達と寮の中へと入っていった。
「うふふ、まさかアルベルト様達とお話しできるなんて…!」
「本当ですね、メアリー様!」
「私の様な者が、ご一緒で来たなんて夢のようですわ…!」
一緒に見ていた三人は、とても嬉しそうにはしゃいでいた。
「うふふ、アイシャも少しは役に立つじゃない。もう一人の平民とは大違いだわ。」
「…えっと、確かシャーロット様、ですよね。」
「そうよ。あの平民、殿方に色目使って好き放題しているのよ。」
「公爵家の紹介だからって、調子に乗って…。ヴァレス男爵家のマリア様が彼女に苦言を溢したら、直ぐにソレをレイド様に伝えて、学校側に何かしらの処分を出させようとしたらしいですわ。」
えっ、幾らなんでもそれだけで?
「最初という事で厳重注意で済んだらしいですが、おかげで彼女は更に付け上がりましたのよ。」
「全く、コレだから身分を弁えない平民は…。」
彼女が好き勝手動いているせいで、余計に平民の立場が悪くなっている、と。それ、私完全にとばっちりですよね。
「アイシャはキチンとその辺りを弁えているし、今回の様に私達を尊ぶのですから。まあ、勘弁してあげるわ。」
「ありがとうございます。」
自ら敵を作りに行くほど、私は馬鹿ではない。彼女達がそう思い込んでいるのなら、そう思わせておけばいい。私は兎も角、アルベルトやジェイクに害が及ばないなら、それでいいのだから。
彼女達がそのまま部屋に戻っていったので、私も自室へと帰る事にした。後は商人科と政経科を見て、どれにするか決めなければならない。
アルベルト達が付き合ってくれたのだから、最良の選択をしたい。




