第二十六話 もう一人の平民
「うふふ。嫌ですわ、皆様ったら。」
「本当ですよ。シャーロット殿の様に美しい方は初めてです。気品だけでなく、知性もあるなんて。」
「そんな、皆様に比べたら私なんて…。」
シャーロットは、大勢の男性に囲まれていた。チヤホヤと褒められている彼女は、花も恥じらう様な笑顔で微笑んでいる。確かに、彼女の姿はとても美しかった。
「ふん、平民の癖に…。」
ボソリと、何処からか小さな声が聞こえた。サロンに居た他の人は、彼女のいる集団を見て、反応は様々だった。
ある者は、まるで女神の様に美しい女性だ、と。
ある者は、何て汚らわしい存在だ、と。
大体はその美しさを称える言葉だった。だけど、決して声高にはしないが、侮蔑の声も少なくは無かった。
「確か彼女はCクラスだった筈です。」
「アルベルト様、よくご存じですね。」
「クラスの振り分け表を覚えてましたから。随分と、人気者のようですね。」
「そうですね。とても美しいですから、当然なのでしょうが。」
「そういうモノなのですか…?」
ジェイクは、キョトンと不思議な顔をしている。余り好みのタイプじゃないって事かな?
「まあ、そちらにいらっしゃるのはグレンダル公爵家のアルベルト様ではありませんか?」
私達が話していると、急に声を掛けられた。
「こんにちは、シャーロット殿。」
「それにドリア伯爵家のジェイク様も。初めまして、お目に掛かれて光栄ですわ。」
「えっと、初めまして…。」
女の私から見ても美しいと思える彼女は、とても素敵な笑顔で二人に挨拶をしていた。これ、多分私、視界に入ってないよね。周りに居た男の子達も、シャーロットの邪魔をしない様に、少し下がって黙っていた。
「この様な場所でお二人にお会いできるなんて、嬉しいです。良ければご一緒に…。」
ふと、彼女が私の方を見た。一瞬だけ、驚いた様な顔をしたが、直ぐに消える。
「あら、貴方は今朝の…。」
「こんにちは、シャーロット様。」
やっと私に気が付いたみたいだ。取り敢えず、私はニコリと笑って挨拶をする。
「ええ、こんにちは。それにしても、何故貴方が…?」
「アイシャ殿は、私達の友人ですから。」
「……友人…。」
ジロリと私の方を見る。見定めるようなその視線に、私はどうしたらいいか分からず、取り敢えず笑って過ごす。
「初めまして、アイシャ。貴方は確か、平民だったわよね。」
「はい。縁に恵まれ、この学校に通わせて頂く事になりました。」
「そう…。ふーん…。」
彼女は未だ私の方を見る。
「シャーロット殿、どうかなさいましたか?」
後ろに居た男の子の一人が、声を掛けた。いつまでも私の方を見ているのに不思議に思ったのか、シャーロットの様子を窺った。
「申し訳ありませんわ、レイド様。」
「アルベルト様、こんにちは。お久し振りですね。」
「レイド殿、お久し振りです。確か最後に会ったのは三年程前の社交界でしたかね。」
レイドと呼ばれた子がアルベルトに挨拶をした。どうやら知り合いが居たようだ。
「ジェイク殿、アイシャ殿。彼は中央都に住むカリオン公爵家のレイド殿です。レイド殿、こちらはドリア伯爵家のジェイク殿と、私が推薦したアイシャ殿です。」
「ドリア伯爵と言えば、あのチャック殿の…。」
「は、初めまして!ジェイク・フィン・ドリアと申します!」
「…発言する事をお許し下さい。ご紹介に与りましたアイシャと申します。お目に掛かれて光栄でございます。」
「…レイド・フィン・カリオンだ。宜しくな。」
チラリと私達の方を見た彼は、ニッコリと表面上の笑みを浮かべた。
「まあ、レイド様。アルベルト様とお知り合いだったのですね。」
「会ったのは久し振りですが。アルベルト様、シャーロット殿は私が推薦したのですよ。」
「そうなのですか。レイド殿の推薦なら、とても優秀なのでしょうね。」
「あら、うふふ。アルベルト様にそう言って頂けるなんて、とても嬉しいです。」
三人が話しているのを見て、どうしようかなぁ、と考える。ジェイクはどうすればいいのか分からず、静かに様子を窺っていた。私も口を挟む事が出来ないので、大人しく黙っていた。
「私、ジェイク様とも是非仲良くしたいですわ。皆様で一緒にお話しませんか?」
「えっと、その…。」
シャーロットがサロンの奥の方に手を向けて誘う。声を掛けられたジェイクはアルベルトの方を見ると、シャーロットに微笑みかけた。
「申し訳ありません、シャーロット殿。私達はこの後も学園内を散策する予定ですので。お誘い頂いたのに、すみません。」
「……そうですか。それは残念ですわ。では、またの機会にでも。」
「ええ、またの機会があれば。」
申し訳なさそうに言うアルベルトに、シャーロットはすんなり引き下がった。後ろに居た集団も連れて、奥の個室の方へと向かっていく。
「…良かったんですか、アルベルト様?」
「勿論ですよ、アイシャ殿。私達は、私達で動けばいいのですから。」
「…私も、話をするよりはもっと他の場所を見てみたかったので、アルベルト様にそう言ってもらえて良かったです。」
ホッとした表情のジェイクを見て、アルベルトはクスリと笑った。本当に、ジェイクは感情を隠すのが苦手だなぁ。
「それにしても、本当にお綺麗でしたね。」
「…そうですね。」
アレだけ綺麗なら、相手が貴族でも見初められるよね。聞いてる限りだと、美しい上に勉強も出来るとは…。同じ平民でありながら、私とは全然違うなぁ。
まあ、私は別にあんな風に不特定多数の人に気に入られたいとは思わないけど。温泉があればそれだけで幸せだし。
「確かに美しい方でしたが、私はちょっと苦手そうな方でした。シャーロット殿よりも、アイシャ殿の方がずっと素敵ですし。」
「……!!ジェ、ジェイク様、何を…!」
「…アイシャ殿、どうかしましたか?」
幾らなんでも、私より彼女の方が素敵に決まっている。だけどジェイクは不思議そうな顔をして、私の方を見るだけだった。
「そうですね。私もアイシャ殿の方が美しいと思います。」
「あ、アルベルト様まで…。」
「アイシャ殿は自信を持って下さい。貴方はとても魅力的ですよ。」
「はい!私もアイシャ殿の方が好きです!」
恥ずかしい…。ジェイクにそんなつもりは無いのだろうか、こう面と向かって好きです、何て言われたら照れるに決まってるでしょう…。
私が照れて目を泳がせていると、アルベルトが視線に入った。彼も少しだけ驚いた様な顔をしていたが、直ぐに笑ってこう言った。
「そうですね。私もアイシャ殿の事が好きですよ。」
「……!」
ボッ…と、顔が熱くなった。アタフタと慌てる私を見て、アルベルトは笑い、ジェイクは頭にはてなマークを浮かべている。
ジェイクと違って、アルベルトにそう言われると何か裏があるのでは、と考えてしまう。すんなり好意が受け取れないのは、仕方の無い事だろう。きっと、そうだ、うん。
「…ふふ。さて、私達もそろそろ出ましょうか。」
「……そうですね。」
未だにアルベルトは私を見て笑っている。やっぱり、アレはからかってたのかな。
「アイシャ殿、疲れたら直ぐに言って下さいね。」
「ありがとうございます、ジェイク様。」
ジェイクは気遣う様に私に声を掛けた。ああ、ジェイク優しい、良い子。さっきのもきっと他意は無く、私がラティスに好きだっていう様なモノなのだろう。
それでも、恥ずかしくて照れてしまうけど。
「後はどこを見ましょうか。」
「あ、中庭とか、見てみたいです。」
「中庭ですか?」
今度は二人共、頭にはてなマークを浮かべる。
「お弁当食べるなら、食堂ではなく中庭とか、外で食べた方が良いかと思ったんですが…。もしかして、行行儀悪いですかね?」
「いえ、大丈夫だと思いますよ。確かに私達は外で食べる習慣は余りないですが、平民の方々が食べ歩き、と言うのをしているのを見た事があります。」
「あ、私も見た事あります!ちょっとだけ、羨ましいなぁ、なんて見てました。」
えへへ、と笑うジェイクに、キュンとしてしまった。これは是非、連れて行ってあげたい。
「お弁当、楽しみです!」
「暫くは食堂に通う事になりそうですけどね。」
多分、お弁当作りはもっと学校に慣れてからかな。何か、これから色々と学校行事もあるみたいだし、暫くは無理そう。
「そう言えば、アイシャ殿は選択授業は何にするのですか?」
中庭へと続く道を歩きながら、アルベルトが質問してきた。
「実は、決まらないのです…。」
商人科は名前の通り商いをする為の学科だ。商売の為の知識を学ぶ事が出来る。私が受けるならこれかな、と最初は思っていた。
しかし、家政科と政経科の話を聞いてみれば、悩ましくなってしまう。
家政科とは主に貴族のマナーや常識を学ぶ事が出来る。更に女生徒には花嫁修業の様な科目もあるので、基本的には女性が多いらしい。
対して、政経科は主に王族や上級貴族達が行くところらしい。国や町の政治とか経済系の勉強をするらしい。正直これに関しては余り想像出来ないんだけど、少なくとも経済関係の勉強は為になると思うんだよね。
普通の商人科とはどう違うのか分からないから、どうしようかと思ってたんだよね。
「そうですね…。アイシャ殿は貴族についてを勉強する為に来たのですし、商人科よりは家政科か政経科の方が良いかもしれませんね。」
「確かに、アイシャ殿は既に色々知ってましたから。今更商人科に行くよりはそっちの方が良いかもしれませんね。」
「なるほど…。」
商人科だと私が学ぶ事は少ないらしい。前世の知識で何とかなるのなら、全く知らない事の方が学ぶには良いよね。
「三人で色々と見学してみましょうか。」
「でも、お二人のご迷惑に…。」
「私は騎士科に行く事に決まってますが、折角なので他のも見てみたいです。アイシャ殿さえ良ければ、一緒に見て回りませんか?」
「…そう言って頂けるのなら、喜んで。」
明日からは、放課後に彼等と選択授業の見学に行く事に決まった。因みに、アルベルトは勿論政経科だそうだ。公爵家の者は大体は政経科に行くらしい。王族に次ぐ貴族の位だから、当たり前と言えばそうなんだけども。
その後、大体学校内を見て回った所で、私達は寮へと戻る事にした。二人は昨日と同じ様に私を女子寮の方まで送ってくれる。
「それでは、また明日。」
「明日も迎えに来ますね、アイシャ殿!」
「その、別に迎えに来て頂かなくとも…。」
そう何度も迎えに来られては、申し訳なく感じてしまう。
「いいえ、私達が来たいだけですから。それとも、ご迷惑ですか?」
「そ、そんな事は…!」
「それなら、良かったです。また明日も来ますね。」
アルベルトに押し切られてしまった。まあ、来てくれるというのは助かっているので、大人しくしておこう。男子寮の方へと向かっていく二人に、手を振りながら見送る。二人が見えなくなったところで、私も寮へと入っていった。
寮へと戻って来た私は、少しだけ広間でゆっくりしていた。もうそろそろ部屋に戻ろうとしていたところで、後ろから声が掛かる。私が振り向けば、そこにはシャーロットがいた。
「シャーロット様、こんばんは。」
「…貴方、見かけによらず結構やるのね。」
「……?」
一体、どういう意味だろうか?
「まあ、いいわ。私に掛かればアルベルト様もジェイク様も、直ぐに手に入るもの。」
「……。」
「どうやってたらし込んだのか知らないけど、後少しの時間、楽しむと良いわ。」
勝ち誇ったような笑みでそう言った彼女を見て、私は内心苛ついていた。ああ、駄目だ、この人。…嫌いだ。私の友達を、モノ扱いするなんて。
「是非、アイシャとは良い関係で居たいわ。その方が、落としやすそうだもの。」
「…シャーロット様。」
「うふふ。それじゃ、お休みなさい。」
シャーロットは私の言葉も聞かずに部屋に戻っていった。
「……はぁ。」
これからの学園生活、憂鬱すぎる。でも、アルベルトやジェイクには、頑張って近付けさせない様にしよう。
あんな、自分勝手な人には絶対に負けないんだから…。




