第二十五話 入学式
「んん…、良く寝た…!」
今まで感じた事の無い程のフカフカのベッドから、体を起こす。清々しい朝だ、とても気持ちよく眠れた。
「お迎えに来てくれるって言ってたし、ササっと用意しちゃおう。」
昨日、アルベルト達が朝になったら迎えに来ると言っていた。私は初めての制服を身に纏い、他の支度を済ませ、部屋の中で朝食をとる。一人でうろちょろして絡まれでもしたら、堪らない。大人しく入学式が終わるまでは部屋で過ごそう。
窓から外を見れば、少しずつ学校へと向かっていく人達がちらほらと増え始めた。ある程度時間を置いたところで、私は部屋を出て下の階へと降りていく。
「……。」
昨日出会ったメアリーとその取り巻き達が、中央広間に居た。彼女達は私の姿を見ると、少し顔を歪ませる。しかし、私が誰の紹介で来たのかを知っている彼女達は、特に突っ掛かってくるような事は無かった。
ふと、寮の外を見ると、大勢の男の子がいるのが目に入った。女子寮の前にこれだけ集まるとは、一体何事だろうか。
私は首を傾げて外を見ていたその時、後ろから誰かが通って行った。真っ赤な長い髪が、私に少し当たってビックリした。
「あら、失礼。」
「す、すみません…。」
思わず、謝ってしまった。いや、貴族かもしれないし、平穏に過ごすには出来るだけ相手の気に障らないようにしないといけない。別に悪い事はしていないが、謝っても問題ないだろう。
そこに居たお前が悪い、なんてよくある事だし。
「皆様、お待たせして申し訳ありませんわ。」
「いや、俺達も今来たところだから。さあ、お手をどうぞ。」
「うふふ、嬉しいです。ありがとうございます。」
扉を開けると、明るい声が聞こえてきた。どうやら、あの団体さんは彼女を待っていたようだ。もしかして、彼女はとても高い身分の人なのかもしれない。何事も無くて良かった…。
「ああ、本当に忌々しいですわ…。」
「全くですね、メアリー様。」
後ろに居たメアリー達が、大きく溜息を吐いたのが聞こえた。あれ?彼女って伯爵家だったよね?という事は、そこまで身分が高い訳じゃないのかな?
「平民の癖に、あの様に愛想を振りまいて…。恥ずかしくは無いのかしら。」
「本当ですわ。なんて恥知らずな子でしょう。」
えっ、平民?もしかして、さっきの子が?でも、あんなにも沢山の人に囲まれていたのに…。
「これだから学の無い平民は嫌いなのです。あの様に殿方に色目ばかり使って…。少し、痛い目を見た方が良いですわ。」
どうやら、平民で決まりのようだ。おまけに、彼女は他の男の子達からチヤホヤとされている様で、女性貴族に目の敵にされてそうだ。確かに、彼女が来てから少し空気が悪くなったような気がする。
関わりたくない…。
「……あ。」
外に、アルベルトとジェイクの姿が見えた。私は席を立って、寮の外へと出た。
「おはようございます、アイシャ殿。」
「おはようございます!」
「アルベルト様、ジェイク様。おはようございます。」
朝の挨拶を交わすと、私達は学校の方へと歩き出した。
「昨日は大丈夫でしたか?」
「はい、特に困る事はありませんでした。」
「それなら良かったです。」
アルベルトは何が、とは言わなかった。だから私も、特に何も言わず、大丈夫だったと伝えた。部屋から出てないし、朝もほんの少しあそこに居ただけだったから、特に他の人達に話し掛けられる事も無かった。
そのまま他愛のない話をしながら、入学式の行われるホールへとやって来た。座る場所も貴族の階級ごとになっているので、私は一番後ろの最後の席へと座る。
隣を見れば、そこは空席だった。
てっきり、あの女の子がいるかと思ったのだが、その姿はどこにも見当たらない。メアリー達が平民と言っていたから、近くに居ると考えていたのだが…。
まあ、係わりたくは無いし、別に探すつもりも無いので気にしない事にした。
「それでは、これより式を始める。全員、起立。」
いつの間にか、始まっていた。正面の舞台に、一人の初老の男性が立っている。学園長かな?取り敢えず、周りに合わせて、私も席を立つ。
「今年も多くの新入生を迎えられた。これより一人ずつ名前を読み上げる、名前を呼ばれた者から着席するように。」
…もしかしなくても、私が一番最後ですよね。コレは目立つなぁ…。
「……アルベルト・フィン・グレンダル。」
「はい。」
アルベルトは三番目に名前を呼ばれていた。どうやら、思っていたよりもかなりの家だったらしい。ジェイクも伯爵家の中では早い内に呼ばれていた事を考えると、あの二人に出会えたのは、本当に凄い縁だったようだ。
「シャーロット。」
「はい。」
突然、辺りがざわざわし始めた。今は男爵家の名前を呼んでいた筈なのに、急に家名が無くなったのだ。勿論、家名が無いという事は平民な訳で…。
「ど、どういうことなの…。」
「何故私が平民である、あの者よりも後に呼ばれるのですか…!」
彼女は、当然と言った堂々とした顔で、そのまま静かに着席をする。学園長がざわつく中、次の名前を呼ぶ。式の途中で抗議する訳も行かず、呼ばれた者は返事をして座っていく。その表情は、お世辞にも良いモノでは無かった。
彼等からしたら、平民の後に呼ばれるなんて屈辱的だろうね…。それくらい、貴族にとって平民は下の存在なのだから。
「アイシャ。」
「はい。」
最後の一人になった私は、名前を呼ばれてやっと座る事が出来た。周りの目線がとても痛い。
「では、これより学園の説明を始める。」
学園長がそう口にすると、舞台の袖から何人かの大人が現れた。おそらく、先生達だろう。
「我が学園は、基本授業の他に選択授業があります。家政科、騎士科、魔術科、商人科、政経科。この五つの中から一つを選択し、その授業に参加する事は必須単位となっている。一週間後に希望の科を選び、担任へと提出するように。」
「一週間の間、各科に体験コースがある。一度決めたら余程の事が無い限り変更は出来ないので、シッカリと考えて選ぶように。」
おぉ、選択授業か…。昔の学生時代を思い出すなー。
「基本授業は月の日から金の日まで、選択授業は第二、第四の土の日に行います。第一、第三土の日と日の日は授業はありませんが、学園内は自由に出入りできます。学園の敷地外に出る場合は、外出届を出すように。外泊する場合も同様です。」
前世の世界にある、普通の学校と変わらない感じかな。選択授業は商人科で良いのかな?それとも家政科?政経科?
後でアルベルト達に相談してみよう。
「この学園で生活する間、貴族平民係わらず、皆が平等となります。初めは注意で済みますが、酷い場合は退学になる事もあります。くれぐれも気を付ける様に。」
「それでは、これにて入学式を終わります。後等生Aクラスから順番に退出するように。」
先生達の言葉の後に、後ろに居た学生達が席を立ち、ホールの外へと出ていく。後等生が終われば、次は前等生のAクラスである私達の番だ。私は一番後ろに居るので、ただ前の人に着いて行けばいいだけである。
私達はそのまま自分のクラスへとやって来た。特に席は決められておらず、自由に座っていいらしい。勿論、先にクラスに入ってきた順番通りだが。
一番最後なのが私なので、何処が残されているのだろうか。やはり教壇の一番前の席か、それとも微妙な位置だろうか。
「アイシャ殿、こちらですよ。」
だけど、残った最後の席は、窓側の一番後ろ。普通に考えればかなり人気の筈だ…。しかし、その周りを見て納得した。私の前にジェイク、隣にアルベルトが居たのだ。このクラスで一番前を歩いていたのはアルベルト、つまり彼がこのクラスで一番高い階級という事だ。
確かに、学園生活では平等だ。だけど、此処を卒業した後はそうではない。その後の事を考えれば、自分より上の相手を優先するのは、当然である。
だから、きっとアルベルトが私の席を取っておいてくれたのだろう、と思う。
「えっと、アルベルト様。私なんかが、此処で良いのでしょうか?」
「はい。皆が譲って下さいました。」
「そうですか…。とても、助かります。皆様、どうもありがとうございます。」
私はアルベルトから話を聞いた後、クラスの皆に向かってお礼を述べた。表情は笑っていたが、どう見ても余り友好的なモノでは無かった。
…仕方ない事だけど、彼等の傍に座れるのは有り難いのでそのまま気が付かない振りをした。
「さて、全員揃っているね。私がこのクラスの担任である、ロベルトだ。これから二年間、お前達と共に歩んでいく。宜しく頼むよ。」
私が席に着いて少しすると、前の扉から一人の女性がやって来た。スラリと長い茶色の髪を揺らし、少し小さめの眼鏡を掛けているその女性は、どうやら担任の先生らしい。彼女は軽く挨拶を済ませると、入学式で行っていた事と似た様な説明をする。
その後は、一人ずつ自己紹介だ。取り敢えず、廊下側の一番前の席から順番にしていく事になった。あ、また私が一番最後か。
「アイシャと申します。平民の身ではありますが、皆様、どうか宜しくお願い致します。」
私の挨拶が終わると、担任のロベルト先生が話し始めた。
「さて、挨拶も済んだ事だ。これからの時間は各々交友を深めるもよし、選択授業について質問しに来るもよし、図書館で勉強するもよし。好きに過ごして構わない。授業は明日から本格的に始まるので、その準備は忘れない様に。以上だ。」
そう言ってロベルト先生は、教室を出ていった。恐らく、職員室の様な、先生達の集まる部屋へと言ったのだろう。
先生が出ていくと、直ぐに教室内はがやがやとし始めた。
「アイシャ殿は、どうしたいですか?何かしたい事はありますか?」
「私は、その…。お二人はどうでしょうか?」
「そうですね…。アイシャ殿に合わせようと思いましたが、特に何も無いのなら学園内を散策してみましょうか?」
「アルベルト様の言う通り、学園内を把握しておいた方が良いでしょう。出来れば、早い内に。」
「では、そう致しましょうか。」
こちらの方をチラチラと見る視線が痛いので、サッサと早く教室から出ていきたかった。流石に会話の邪魔をする気はないようで、声を掛けられる事も無く私達は話し続けた。
「図書室や食堂、訓練場にサロンや多目的ホール、本当に色々あるんですね…。」
「そうみたいです。流石中央都の学園…。兄上は、此処を首席で居続けたのですか…。」
「チャック殿はとても優秀ですからね。私達も見習わなければ。」
「はい!私も兄上のように頑張ります!」
学校内を三人で散策していると、やはり視線を感じる。そりゃ、そうですよね。ただ、遠巻きに見るだけで話し掛けには来ないから、私も気が付かない振りをするだけだ。アルベルトを見ると、ずっと笑顔のままだ。流石と言うべきか、何と言うか…。
「食堂があるなら、お弁当を作る必要が無くていいですね。」
「…お弁当?」
「もしかして、貴族の方ってお弁当とか無いんですか?」
「支給品みたいなモノはありますが、お弁当という名称では…無いですね。」
流石は上級の貴族だ。きっと、使用人の人達がその時々で用意しているのだろう。うーん、やっぱり貴族の生活は分からないなぁ…。
「でも、アイシャ殿の言うお弁当というモノ、食べてみたいですね。」
「そうですね…。私もジェイク殿の言う通り、お弁当というモノを食べてみたいです。」
「…いつか、機会がありましたら、ご用意致します。」
明言はしていないが、きっと作らなくちゃいけない時が来るだろうな。私も、毎日食堂を利用する事は出来ないと思うし。
「嬉しいです!とても楽しみにしていますね!」
この輝かしいジェイクの笑顔を無下にする事は、私には出来なかった。本当に素直な子だ…。
「此処が多分、一番大きなサロンですね。」
「幾つもサロンがあるなんて、凄いですね…。」
私達が喋りながらサロンへと入ると、そこには幾つかの集団があった。きっと、それぞれの派閥に分かれているのだろう。皆、思い思いに話しているが、私達が入るとチラリと目をやる。だけど、その後直ぐに会話へと戻っていった。
空いてる席に腰を下ろして、少し一息ついた。サロンの中にいる従業員らしき人に飲み物をお願いすると、直ぐに持って来てくれる。広い学校内を歩いて、疲れたのだろうか。貰ったジュースを飲むと、ぷはぁ、と声が漏れる。
「ジュースが美味しいです…。」
「少し歩きましたからね。アイシャ殿、大丈夫ですか?」
「はい、平気です。でも流石に広いですね。」
「アイシャ殿では、移動するだけでも大変そうです。私は騎士になる為の訓練を積んでいますが…。」
「もっと体を鍛えなければなりませんね。」
そんな感じでゆっくりと話していたが、突然ホールの入口が騒がしくなっていた。私達は出来るだけ隅の方の席に座っていた筈だが、それでも人の声が聞こえる。
ひと際目立つ集団の中に、真っ赤な髪が見えた。




