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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第二十三話 送別会

「うぅぅ…、寒い…。」


 季節はもうすっかり冬だ。前世よりはマシだとしても、寒いモノは寒い。


「はぁ、後少しで春か…。」


 春が来れば、私は今いる仕事を辞め、中央都にある学校に通う事になっている。旅館の設計図は完成したので、お店の皆に任せている。温泉についてはまだ完全には出来ていないが、ある程度形になったモノからどんどん作っているので、大丈夫だろう。一気に作り上げる必要もない訳だし。


 結局、ラティス達が作ったマフラーは小銀貨三枚で売る事になった。これでもかなりのぼったくり価格だが、どうやら売れているみたいだ。無事に売れた事に、ラティスはホッとしたらしい。

 お店の方も何とか私の後任が見付かり、今は引継ぎ作業をしている。可愛らしい男の子だったが、真面目な子で、仕事にも一生懸命だった。


 ルドルガ達は、私が中央都に向かう日の前日に送別会をしてくれるそうだ。皆は次の日も仕事があるのだから無理しなくても良いと断ったが、絶対にやると言ってくれた。その気持ちに、私はとても嬉しくなる。


「今日も仕事、頑張らないと。」


 学校への手続きは、全てやってくれたそうで、無事に入学できるようだ。私は期待と不安が入り混じった気持ちで、その日を待っている。

 後、余り学校の事は聞けなかった。アレからラティスやヴォルフに会う事は無く、聞き忘れたままタイミングを掴めなくなっていた。ヴォルフは兎も角、ラティスには流石に学校へ行く事を手紙で伝えたが、とても驚いていた。


 一応ルドルガには話が聞けたけど、縁が無い為余り詳しくは知らないという。


 平民で学校に行く事は、まずありえないのだと。どれだけのコネとお金があっても、中々実現出来ないそうだ。学校で平民が何か問題を起こせば、それは紹介した貴族にも責任があると言われるらしい。

 だから貴族側は、余程信用の出来る、優れた者にしか紹介はしない。そもそも、平民と係わりを持つような貴族は男爵家等の、貴族の中でも下の方に位置する者達が多いので、更に平民の立場は狭いそうだ。


 アルベルト達は学校の中で階級は関係ないって言ってたけど、やっぱりありますよね…。



 表沙汰に出来ないだけで、きっと陰ではいじめとか横行してるんだろうな。流石にちょっと怖い。


「あ、アイシャさん、おはようございます!」

「おはようございます、バレルさん。」


 後任であるバレルがやって来た。三つ年下であるバレルは、赤茶色の髪色にくるりとしたくせっ毛、少し大きめな赤い瞳の、元気な男の子である。いつもニコニコと可愛い笑顔で、愛想も良い。仕事もそれなりに覚えが速いので、私は引き継ぎ作業にそこまで苦労しなかった。


「今日も宜しくお願いしますね。」

「はい!お願いします!」


 私が居なくなるまでの間に、ドンドン仕事を覚えてもらわなければならない。大した量がある訳ではないが、辞めるまでの日数が少ないので、出来る限りサクサクと進めたい。

 アレコレと質問しては丁寧にメモを取っているので、本当に真面目な子だ。きっと直ぐに皆と上手くやれるようになるだろう。




「はぁ、もう明日かー…。」


 あっと言う間に日は過ぎる。ついこの間冬が来て、後任が来て、引継ぎ作業をして。ルドルガやアルベルト達と温泉旅館の話し合いも、一回だけあった。前みたいにしっかりとした感じじゃなかったけど、どうやって進めていくかの方針を決めた。

 チャックが以前渡したゼリーと日本酒のお礼を言ってくれた。どうやら日本酒をかなり気に入っていた様なので、その日もまたお土産として渡してあげたら、とても喜ばれた。

 …ちょっとだけ、あのはにかむ様な笑顔に、クラっとしたのは内緒だ。


 私が学校に行ってる間、フィルダン大工店の皆で旅館の建築、温泉の整備をお願いした。私はあれからも少しずつ私有地を広げてて、かなりの広さになっている。勿論、援助してもらったお金から装置をいくつも買い足したので、凶暴な魔物が出る事は無い筈だ。

 ルドルガに私の敷地内で自由に動けるように許可を出しているので、魔法関係でも特に問題はないだろう。


 大工店の皆には、もしもこの土地について何か言われたら個人情報だから言えないと、出来るだけ内緒にしてもらっている。多分無いとは思うが、貴族に言われた場合はとある公爵家からの依頼だ、と言ってやり過ごしてもらう。

 私が卒業するまでは、出来る限り詳細を知られない様に気を付けてほしいそうだ。


「アイシャ、明日は俺の家だからな。」

「ルドルガさん、覚えてますよ。」


 既に仕事は辞めているが、少しでも長く話し合いの時間が欲しかったので、こうしてお店にお邪魔している。


 ルドルガが言っている事は明日行われる私の送別会だ。明日はお店自体がお休みになっていて、皆で私を送り出してくれるそうだ。ルドルガの家に集まって、皆でわいわい騒ぐらしい。

 …それが終われば、私はこの町を離れる。アイシャとして生まれてからずっと、住んでいたこの町を。


 町を出るのは、あの時以来だった。私が、記憶を取り戻すきっかけになった、あの事故以来。何年も昔だと分かってはいるが、それでも少し、不安になってしまうのは仕方の無い事だろう。

 出発する日はアルベルト達が家まで迎えに来てくれるそうなので、私は準備した荷物を持って来るのを待つだけだ。


「そんじゃ、また明日な。」

「はい、ルドルガさん。お気を付けて。」


 仕事を終えたルドルガや棟梁と別れて、帰路に就く。冬がもう終わる。外は少しずつ暖かくなってきていた。




「こんにちは、レイアさん。お邪魔します。」

「いらっしゃい、アイシャちゃん。待ってたわよ。さぁ、中へ。」


 次の日、私は約束通りルドルガの家へとやって来た。レイアさんが笑顔で迎え入れてくれたので、家の中へと入る。準備の為か既に皆が居たらしく、私の姿が見えると大声でおめでとう、と言ってくれた。


 レイアさんが用意してくれたご飯と一緒に飲めるよう、私はありったけの日本酒を持って来ていた。せめて、私からも彼等に何か送りたいと思ったのだ。一番喜んでもらえるのが日本酒だったので、出来る限り量産して持ってきたのだ。


「アイシャちゃんが居なくなるなんて、寂しいなぁ…。」

「もうお茶を汲んでもらえなくなるなんて…!」

「学校が終わったら、また戻ってきますから。それに、在学中でもお休みもあるそうなので、その時には顔を出しますよ。」

「絶対だよ!俺達、楽しみにしてるから!」

「ふふ、はい!」


 こんなにも私が居なくなるのを寂しがってくれるなんて…。心の中が、温かい気持ちで一杯になっていた。思えば、お店の皆には、長い事お世話になっていたから…。いつも傍に居てくれるのが当たり前になっていたな。


「ほら、アイシャ。ちゃんと食えよ。お前の為の送別会だぞ。」

「頂いてますよ、ルドルガさん。」

「いーや、もっと食え!アイシャよりも親父達の方が食ってる気がする!」

「食べる量が違いますからね。」


 中でも一番近くに居てくれたのは、ルドルガだった。私の相談に乗ってくれたり、手を貸してくれたり。何かあった時は、ルドルガが一番心配してくれていたんだ。

 自分で選んだ事だけど、この町を出て離れるのは、かなり寂しいな…。


「アイシャ、こっち来いよ。」

「どうかしましたか?」


 ルドルガに部屋の隅の方へと招かれて、隣に腰を下ろした。


「アイシャが学校行ってる二年間、俺も頑張るからさ。アイシャも、負けるなよ。」

「……。」

「絶対、ちゃんと卒業して帰って来いよな。貴族ばっかのとこで理不尽な事も多いだろうけど、諦めるな。お前の夢を、俺がかなえてやるから。絶対に、最高のオンセンリョカンを作って待ってる。」

「ルドルガさん…。」


 涙が出そうなるのを、一生懸命我慢する。皆が笑って送り出してくれるのに、私だけ泣く訳にはいかない。今生の別れでもない、またいくらでも会えるのだ。だから、ちゃんと笑顔で、いるんだ。


「アイシャは、ただ、夢の為に頑張ればいい。それだけだ。」

「はい…!私、一生懸命勉強して、立派な温泉旅館を作ってみせます!何があっても、絶対に諦めたりしません!」

「その意気だ!俺はアルベルト様達と違って、話を聞くくらいしか出来ない。自分が出来る事は限られてるけど、その中でお前の応援をしてやりたいと思ったんだ。だから、俺はお前が帰ってくるのを待ってるからな。」


 ルドルガが、私の手をぎゅっと握った。真っ直ぐ私の目を見て話してくれる。


「はい、待ってて下さいね。私、誰にも負けないくらい勉強して、自信持って帰ってきますから。」


 今までで最高の笑顔を、ルドルガに向けたと思う。私とルドルガは、二人で笑い合った。


「今日は、本当にありがとうございました。後片付けも手伝えず、すみません…。」

「いいのよ、アイシャちゃんは今日の主役だったんだから。」

「明日、早いんだろう?」


 棟梁とレイアさんが、扉の前で見送ってくれた。私とルドルガが部屋の隅でコソコソ話してたのを見て、お店の皆が冷やかし始めたのだ。ルドルガは声を荒げて否定していたが、耳まで真っ赤だったので、照れてるだけだろうと、私はそれを見て笑ってしまった。


 時間が過ぎ、夜が近付いてきたので、私は先に帰る事にした。皆は笑顔で、私を送り出してくれる。私も精一杯の笑顔で、彼等に感謝と別れの挨拶をした。


「またいつでも、遊びにいらっしゃい。」

「レイアさん…。ありがとうございます!絶対、また来ます!」

「気を付けるんだぞ、アイシャ。中央都は、ユレイドの町よりもずっと大きい。その分、厄介ごとも多いからな。」

「分かっています、棟梁さん。決して、余計な事に首を突っ込まないようにしますから。」


 出来る事なら、ひたすら勉強だけ出来ればいいのだが、そうはいかないだろう。貴族の中に平民が居れば、かなり目立つに決まっている。私が気を付けていても、向こうから色々とやって来るに違いない。それが悪い方向に行かないように頑張るのが、私のやるべきことだ。


「オンセンに入ったら、ちゃんと綺麗にしとくからな。」

「好きなだけどうぞ!ただ、逆上せない様に気を付けて下さいね。」

「私も一度だけ入らせてもらったけど、アレは本当に気持ち良かったわ。また言ってもいいかしら?」

「はい、勿論です!幾らでも入って下さい!」


 ルドルガ達に連れられて、レイアさんが一度だけ温泉に入りに来たのだ。話を聞いていたのと湯あみ着もあったのでソコまで躊躇する事は無く、温泉に入ってくれた。

 レイアさんはとても気持ち良さそうに入ってくれて、すごく嬉しかった。美容効果もありますよ、何て言ったら、次の日は肌がスベスベだったと、わざわざ報告に来てくれたのだ。


「それじゃ、アイシャちゃん、お元気で。」

「体に気を付けるんだぞ。」

「ありがとうございます、棟梁さん、レイアさん。ルドルガさんにも、お伝え下さい。」

「ああ、分かった。ったく、アイツは最後の最後で…。」


 棟梁は小さくはぁ…と息を吐いた。ルドルガさんはお店の皆の面倒見てるし、此処に居ないのは仕方ないと思うけど…。


「アイシャちゃん、ルーの事、お願いね?」

「……?むしろ、私がお世話になってばかりですが…。えっと、分かりました。」

「うふふ。アイシャちゃんは、本当に可愛い良い子だわ。」

「あ、ありがとうございます。」


 何故か、頭を撫でられてしまった。気持ち良いのでそのままでいると、今度は棟梁も撫でてくれた。


「お休み、アイシャ。気を付けて帰れよ。」

「は、はい…!どうもありがとうございました。それでは、また。」

「ああ…。」


 私はペコリとお辞儀をして、その場を後にした。レイアさんはずっと手を振ってくれてて、何だか家に帰るのが嫌になってしまった。駄目だ、駄目だ。頑張るんだって、ルドルガと約束したんだから。

 私は頭を軽く振って、真っ直ぐ家に帰った。


 学校に通っている間は、学生全員が寮で過ごすらしい。生活に必要なモノは全て揃っているし、寮の中の施設は好きに使っていいそうだ。ただ、貴族が自分で何かする事は無く、大抵は従者にやらせるので、学生が使う事はあまりない。


 私も、アルベルト達から侍女を数人連れてこようかと言われたが、お断りした。自分の事は自分で出来るし、流石に平民である私に付けられた侍女の子が可哀そうだ。

 貴族の従者は本人も貴族か、若しくはそれに近しいモノだ。私なんかとは、身分が天と地ほどの差があるだろう。


「ふぁ…あ…、眠い…。」


 今日は久し振りにはしゃいでしまった。あんな風に騒げるのも、これが最後かもしれない。とても楽しい一日だった。

 私はベッドに入ると、静かに目を瞑った。



 次の日の朝、私はアルベルト達が来るのを待っていた。持って行く荷物は全て玄関へと置いてあるので、後は彼等が来るのをゆっくりと待つだけだったのだ。

 暫くすると、家のチャイムが鳴る。…ああ、ついに出発なのだ。


「アイシャ殿、お迎えに参りました。」

「アルベルト様、わざわざありがとうございます。」

「いえ、お気になさらず。」

「アイシャ殿、学校、楽しみですね!」

「はい。お二人のご厚意、無駄にしないよう、一生懸命勉強致します。」


 私はアルベルトに手を引かれ、馬車へと乗り込んだ。中に入るのは私とアルベルト、ジェイクの三人だけだ。アレフさんは馬車を引いてるし、チャックは他の護衛に指示を出す為に、先頭で馬に乗っている。

 私は普段森の中に住んでるので慣れてしまっていたが、本来ならこの場所は魔物が出る危険なところなのだ。護衛が沢山就くのは、当然である。チャックが先導して隊列を組み、動き始めた。それに連なる様に、他の人達も動き始める。


 私達の馬車は、中央都に向けて動き出したのだ。

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