第二十二話 謁見
今回はアルベルト視点です。
グレンダル公爵家が第四子、アルベルト・フィン・グレンダルと申します。今日は何故か王族の方々に呼ばれました。
私は第二夫人の子で四男、どう頑張っても家を継ぐ事は出来ない。幼き頃より兄達の補佐になる為に勉強してきた。家の為になるのであれば、兄達とは比べてかなりの自由も許されている。
別に、どうしても家を継ぎたい訳じゃない。だけど、何だか初めから期待されていないのが癪に触っていたんだ。おそらく、反抗期みたいなもん何だなろうな、って自分でも分かってはいる。
それでも、少しでも認めて貰いたくて、色々頑張ってはいたんだ。勉強も、武術も、魔術も、家の為になる事ならありとあらゆる事を学んできた。…だけど、どう頑張っても兄に勝る事が出来なかった。
「何の話でしょう…。」
私は通された部屋に、父と待っていた。以前あったゴルドラ伯爵との悶着は既に話が済んでいる筈だ。ならば、何故私は王宮に呼ばれたのだろうか…。
「アル、お前一体何をしたのだ?」
「見当が付きません…。以前父上にも報告した件は、既に話が終わっている筈ですが…。」
「仕事と社交界以外で王宮に来るなど、初めてだぞ…。」
父も私と同じ様に、落ち着かないようだ。その時、扉が軽くノックされ開かれた。
「あ、アルベルト様…!」
「……ジェイク殿?」
扉から現れたのは、ジェイク殿とそのお父上だった。
「グレンダル公爵様、お久し振りでございます。チャックがお世話になっております。」
「ドリア伯爵か、久し振りだな。あの者はよく働いてくれているぞ。」
「お褒め頂き、ありがとうございます。」
父が二人で話しているので、私はジェイク殿に近寄って話し掛けた。
「ジェイク殿、こんにちは。」
「アルベルト様…!」
ジェイク殿はアタフタとしていて、落ち着きが無かった。さっきまでは私も内心ドキドキしていたが、自分よりも慌てているジェイク殿を見て、大分落ち着いていた。
「わ、わ、私、王族の方にこうしてお会いするの、初めてで…!な、何故呼ばれたのかも…。」
「落ち着いて下さい、ジェイク殿。大丈夫ですから。」
「あうぅ…、すみません…。」
私は、ジェイク殿を見て、何となく呼ばれた理由が分かった。それ以外に、私とジェイク殿の係わりなんて思い付かないからだ。
「失礼、お待たせしました。どうぞ、こちらへ。」
「…行くぞ、アル。」
「はい、父上。」
「ジェイク、くれぐれも失礼の無い様にな。」
「は、は、はい…!」
ジェイク殿はかなり緊張している様だった。彼は本当に貴族らしくない。いつだって私達は、相手に感情を読ませない様に笑顔でいなければならない。弱みを握られてしまえば、それを使われて何をされるか分からない。
だけど、笑顔の裏で何を考えているか分からない人達よりも、ジェイク殿の直ぐ表に出る表情が私は好きだった。ジェイク殿からしたら、私も考えてる事が分からないだろうけど。
「よく来たな、グレンダル公爵家、ドリア伯爵家の者よ。」
「殿下、お目に掛かれる事、光栄でございます。」
「急に呼び出して済まないな。両家の子息に聞きたい事があったので。」
案内された部屋に入ると、中央奥の椅子に殿下が座っていた。このユレイドの町を管轄しているのは、陛下の第二王妃の長男で、王位継承権第二位のヴォルフラム殿下だ。歳は私よりも一つ上である。
父達は殿下の言葉に首を傾げているが、私はそれが何かを知っている。ジェイク殿はどうやら気が付いていないみたいだけど。
「アルベルト、ジェイク、こちらへ。」
「ハッ!」
私達は二人で殿下のすぐ目の前までやって来た。
「実は君達が出資しているという例の件についてだが…。」
「えっ、えっ…?」
「ジェイク殿、静かに。」
「あ、す、すみません…!」
流石に殿下が喋っているのに、言葉を挟むのはマズい。私はすかさずジェイク殿に注意をした。殿下は特に気にする事無く、話を続けた。
「私もその件に興味が出て来てね。参加させてもらえないかと思って。」
「で、殿下が、ですか…?」
突然の言葉に驚いてしまった。まさか殿下がその様な事言うとは思わなかった。
「…ふふ。勿論、私の名前を大々的に出す訳では無い。ただ、あの子にとても興味があってね。出来れば、早く完成させてほしいと思ったんだ。」
「殿下、ですがあの話は彼女の夢であり、我々がする事は余りありません。彼女が考え、その中で私達が出来る事に手を貸しているのが現状です。殿下が特にやる事は…。」
「それでいいんだ。」
「えっ?」
殿下の言葉に、私とジェイク殿は揃って声をあげた。
「ただ、私もその件に手を出している、という事が大事なのだよ。」
「…そうなのですか?」
「彼女には私の事を言う必要はない。ただ、もしも他の誰かに何か言われた際に、私の名前を出すんだ。決して、誰にも手出しされない様に、ね。」
「…畏まりました。」
どうやら、殿下はかなり気に入ってるようだ。幾ら私の家が公爵家の中でもそれなりの地位だとしても、大勢の貴族に何か言われれば立場は悪くなる。若しくは、他の町の王族の方の耳に入れば、何かしらのちょっかいがあるかもしれない。それを防ぐ為に、殿下は自分の名前を使う事を許したのだ。
アイシャ殿…、一体どこで殿下にお会いしたのですか…。公爵家ですら、私事で会う事はまず無いのに…。
「君達二人は、とても良い目を持っているね。将来が楽しみだ。これからも、君達二人には期待しているよ。」
「あ、ありがとうございます、殿下!」
「勿体無いお言葉です。期待に沿えるよう、全力を尽くします。」
ジェイク殿は、本当に分かりやすい。彼の嬉しそうな表情に、私も殿下も微笑んでしまう。後ろでジェイク殿の父上が小さく溜息を吐いたのが聞こえる。彼はよくチャック殿にも注意されてるが、今日は父上にも怒られるだろうな。
「では、私からの話は以上だ。君達からは何かあるかい?」
「私から一つ。彼女には来年の春から、学校に通って頂く事になりました。」
「…それなら、私も会う事があるかもしれないね。とても楽しみだ。どうか、宜しく頼むよ。」
「ハッ!」
私達は殿下に挨拶をして部屋から出ていく。王宮を出る準備が終わるまで、先程の部屋で待たされた。
「ジェイク、お前、一体何をしているのだ…!」
「父上、その、私は…。」
「…アル、お前もだ。キチンと話しなさい。」
「はい、父上。」
私とジェイク殿は、アイシャ殿のオンセンリョカンについて話し始めた。どこで殿下と知り合ったのかは分からないが、取り敢えず名前や身分を伏せて、当たり障りのない感じに説明をした。
「アル、そこに連れて行きなさい。殿下が気になっているのなら、私達も知っておくべきだ。アルの私財ではなく公爵家として援助しよう。」
「グレンダル公爵様。私もドリア伯爵として、共に援助したいと思います。」
「そうだな。子供達に任せる訳にはいかない。殿下が気に掛けるのであれば、我々で手を出そう。」
「えっ、あの、父上…!」
「…それは出来ません、父上。」
慌てているジェイク殿が何と言えばいいか悩んでいる所で、私はハッキリと断りの言葉を紡いだ。
「アル、どういう事だ。」
「私とジェイク殿は、彼女の友人として私財から出資する事を許されただけです。元々、彼女は援助は望んでいません。家の名前を使うというのなら、私達は彼女への援助をする事は出来ないのです。」
「父上、すみませんが私もアルベルト様と同じ意見です。望まぬ事で彼女に迷惑を掛けたくはありません。」
「我々が出資するのが、その者の邪魔になると?」
ジロリと、父上に睨まれた。だけど、怯む事無く、私は話し続ける。
「はい。私達は彼女の望まない事はしたくありません。」
「…まさか、その者に情を抱いているのでは無いだろうな。」
「……!!」
私だけでなく、ジェイク殿の体もピクリと反応した。その様子に、父上達はハァ、と溜息を溢す。
私にとってアイシャ殿は、とても面白い存在だった。沢山勉強した筈の私も知らない事を色々知っていて、だけど余りにも普通な事を知らない。初めて会った時、彼女にとても興味が湧いた。その時はただ、見た事も無い服装に驚いて話し掛けただけだった。
初めてアイシャ殿と話をしていた時、私は今とは違う感情を持っていた。恐らく、他にも私の知らない事を知っているだろう。アイシャ殿は自分の店を持ちたいと言っていたので、貴族である私の後ろ盾を得られる事は有り難い筈だと。
私はアイシャ殿を利用して、少しでも父上に認められたかった。今まで私がしてきた事は、兄達もやっている。だから何をしても勝てないのだ、と。
ならば、兄達がした事の無い事はどうだろうか。見た事も聞いた事も無いようなモノなら、父上も私の事を見てくれるのではないか。その為なら、初めて会った人でも、気にせず伴侶にしても構わなかった。
だけど、彼女は断った。てっきり将来の相手を探していると思っていたので、断られるとは思わなかった。このままでは、そのまま話が終わってしまう。
私はどうしても彼女との縁を無くしたくなかった。友人としてでもいい、何としてでもアイシャ殿と関係を持ちたかったのだ。相手の罪悪感に訴えるのは少々気が引けたが、どんな手を使っても私は手放したくなかった。
ジェイク殿が彼女に好意を持ったのは分かっている。だけど、ここで譲る訳にはいかない。アイシャ殿がジェイク殿にも声を掛けたのには驚いたが、次の約束を取り付けられたので大人しくその日は別れた。
アレフを使いに出して、会う日を決めた。アイシャ殿の家に赴き、オンセンの話を聞いた時、やはり他にも色々と知っているのだとな思った。だけど、オンセンの事を嬉しそうに話すアイシャ殿を見て、私の心は苦しくなった。
初めて足湯に浸かると、思っていた何倍も気持ちが良かった。ジェイク殿は楽しそうにチャプチャプと足を動かしていたが、私は何故こんなにも温かいお湯が気持ちいいのか、ジッと考えていた。チャック殿に声を掛けられるまで、夢中になっていたのだ。
アイシャ殿が出してくれたお菓子も美味しかった。私は公爵家であり、食べている物は王族の方とまではいかないが、それなりに良い物は食べて来た筈だ。だけど、彼女が作ったというお菓子は、今まで食べた物の中で一番美味しかった。後日、彼女の家で食べた見た事の無い夕食も信じられないほど美味しくて、心が震えた。
援助の件は、彼女の話を聞いて共同経営では無くても良いと思った。今までは自分の事ばかりだったのに、アイシャ殿の夢を邪魔はしたくないと、考えていたのだ。是非とも一人の客として来てみたいと強く願っていた。
アイシャ殿がボロボロになって倒れていたのを見て、私の心は酷く醜いモノになった。ジェイク殿から手紙を受け取り、私は直ぐにチャック殿と向かった。その場で見た光景に、今直ぐにでも大声をあげて彼等を殺してしまいたい衝動に駆られた。
だけど、そんな取り乱すような真似をしてはいけない。自分の気持ちを抑えつけて、私はその場を諫めた。
抱き上げたアイシャ殿は、とても軽かった。急で驚いたのかと思い、落ちない様にと首に手を回してもらえば、アイシャ殿は照れた様に顔を赤くしていた。余りにも可愛らしくて、つい言葉が出てしまったが、直ぐに誤魔化した。
ジェイク殿もそうだが、私もアイシャ殿に惹かれていたのだ。彼女の悲しむ顔は見たくない、幸せでいてほしい。アイシャ殿の夢を、絶対に叶えてあげたいと、思った。
「私は、彼女の夢を、叶えたいのです。何をしてでも。」
「すみません、父上、私もです。彼女が望まないと分かっていながら、何もしない訳にはいきません。」
「お前達…。」
ジェイク殿と一緒に、父上達の目をジッと見る。コレは決して譲れない事だ。アイシャ殿は変に貴族が絡むのを嫌っている。私がペンダントを渡した時も、彼女は受け取りたがらなかった。平民であれば貴族の命令に逆らうのは難しい事だと分かっている筈なのに。
本当は自分の力で夢を叶えたかったのだろう、コレは私達の…私の、エゴだと分かっている。せめて、あの時の様にアイシャ殿が傷付く姿を見ないようにしたかっただけなのだ。
いつの間にか、彼女の家族に会ってみたかった、何て気持ちは無くなっていた。色々と知っているのは全て家族から聞いたモノだとアイシャ殿は言っていたから。ただ利用するだけなら、アイシャ殿では無くても良いのだ。
だけど、今はアイシャ殿でなければ駄目なのだ。アイシャ殿と共に居たいと、幸せであってほしいと、心から願っている。
こんな気持ちになったのは、初めてだった。
「どうか、彼女に関しては私達に任せてほしいのです。」
「未だ未熟な身ではありますが、私は精一杯頑張ります!で、ですから…!」
私とジェイク殿が二人を説得していると、父は何かを察したかのように私達を見る。
「…アル、失敗は許さぬぞ。」
「父上?」
「王族の方からの期待と言うのは、とても重いモノだ。ジェイク、決して失望させてはならぬ。」
「は、はい!父上!」
呆れた様な表情をする二人を見て、私とジェイク殿はホッと息を吐いた。何とか、理解してもらえたようだ。
その時、扉がノックされる。王宮を出る準備が整ったようだ。
「本日はお忙しい中、ありがとうございました。」
「いえ、此方こそ感謝致します。」
ジェイク殿と別れ、屋敷に戻る為に父と馬車に乗る。
「アル。」
「はい、父上。」
馬車に乗って少しすると、父は静かに口を開いた。
「…よくやったな。」
「えっ…?」
「王族の方の目に留まる事は、大変誉れである。お前がこんなにも成長しているとは思わなかった。これからも頑張りなさい。」
「ち、父上…。」
「何かあれば直ぐに相談するように。私達大人は、出来る限り表に出ない様に気を配る。」
「あ、ありがとうございます…!」
初めて、認めてもらえた気がした。私の心は、嬉しい気持ちで一杯になったようだ。感情が上手く抑えられない。
…アイシャ殿に出会えて、本当に良かった。
出来れば、これからもずっと、彼女の傍に居られるのが私であると嬉しい。




