第二十話 お礼と手紙
夏が終わった。溶けるような暑さは無くなり、変わりに肌寒い日が少しだが増えてきた。アレから私はルドルガや棟梁と話し合いながら、少しずつ設計図を書き進めていた。せめて、私が学校に行く前には、ある程度は完成させないといけない。
私はお店の皆に正式に仕事として依頼を出した。その時一緒に学校へ行くと言えば皆驚いていたけど、頑張っておいで、と優しく頭を撫でてくれた。
来年の春とは言え、私が辞めてしまうので、棟梁は新しい受付の人を探し始めてた。中々良い人が見付からない…って言ってたけど、まだ日もあるので私が居なくなるまでには見付かるだろう。
「ふぅ…。今日はこんな所かな。」
仕事から帰ってきて、設計図の続きを書いていた。ふと時計を見れば、既に夜遅い時間だ。明日は休みと言っても、ちょっと夜更かしし過ぎたかも知れない。
「んー、今日は寝るかぁ…。」
明日は起きたら温泉に入ろう。足湯も完成したし、旅館用の温泉も幾つか作り始めている。少しずつではあるが、温泉旅館の形が出来上がってきている。
早く完成させたいな…。
ウトウトしながら考えていたら、いつの間にか寝ていた。鳥のさえずりで目が覚めたが、大分日が昇っている様だった。時計を見れば十一時前で、急いでベッドから起き上がった。
「ちょっと寝すぎちゃった…。」
私は体を伸ばして、一階へと降りた。キッチンにある氷室から飲み物を取り出して、そのまま温泉へと向かう。
「はぁ…、朝から温泉、最高…。」
前世の私は休みと言っても結局家の事があったので、こんな風に過ごす事など出来なかった。朝遅くに何時間も温泉に入れるなんて…、幸せな人生だ。
「ほら、ポメー。おいで。」
「きゅ。」
あの日から時々、温泉へとやって来る。ふわもこ毛並みのあの魔獣は、気まぐれであげた餌のおかげか、大分懐かれた。温泉を気に入るなんてこの魔獣は素晴らしい。折角なので、ポメと名前を付けた。
「あー、ふわふわ…。」
水に濡れてもふさふさのその毛並みは、撫でていて本当に気持ちが良い。
「きゅ!」
「あ、ポメ!」
突然、ポメが温泉から飛び出した。驚いた私は声を掛けたが、そのままポメは森の方へと走り去って行く。
「何だろう、急に…。」
今日の餌、まだあげてないのに…。何か用事でもあったのかな?私は特に気にせず、チャプチャプと温泉を楽しみながらシッカリと水分補給をする。
「そろそろ上がるかぁ。」
二時間くらいは入ってたかもしれない。ちょっとお腹が空いてきたのもあって、私は温泉から出る事にした。
キッチンに入ると、私は遅いお昼ごはんの準備を始めた。これもう殆どおやつの時間だ…。
「……ん?」
もう少しで出来上がろうとした時、家にチャイムが鳴った。お店の人達はまだ仕事だろうし…、こんな場所まで誰だろう?
「はーい、今行きます。」
私は一旦手を止めて、玄関の方へと向かった。
「アイシャさん、こんにちは。」
「ヴェルガさん?」
扉を開けてその場に居た人物を見る。そこに居たのはヴェルガともう一人、恐らくは親族だと思われる男の子だった。私は取り敢えず彼等を家の中へと招き入れた。
「良かった、アイシャさんが居て。やっとお礼に来れたのです。」
「別にお礼なんてよかったのに…。」
「必ずお礼をしますって言いました。本当は一人で来るつもりだったのですが…。」
ヴェルガはチラリと、隣に居た人物に目をやった。
「こんにちは。僕はヴォルフと言います。その節は弟がお世話になりました。」
「こ、こんにちは…。アイシャと申します。」
ヴォルフと名乗った男の子は、私と同じか、少し上くらいだろうか。ヴェルガと似た顔立ちをしていて髪や瞳の色も同じだった。二人共、それなりに身なりの良い恰好をしていて、やっぱり富豪だったのかと思った。
「急にお邪魔してすみません。弟から話は聞いていたのですが、流石にまた一人で森に行かせるわけにはいきませんから。」
「兄上は心配し過ぎなのです。」
「お前はよく一人で抜け出すからな。あそこまで服がボロボロで帰って来た時は驚いたぞ。」
「まあ、倒れちゃいましたし…。」
アレ、そこまで服ってボロボロだったかな?確かに少し汚れてはいたけど、怪我も見当たらなかったし…。
「また何かあったら今度こそ父上に外出禁止にされますよ。」
「それは困ります…。」
「それなら僕が着いてくることは我慢しなさい。」
「……はい。」
不貞腐れた様な顔をするヴェルガが少しおかしくて、クスリと笑ってしまった。声が漏れてしまい、ジトリとした目線で私を見る。
「す、すみません…。」
「…いえ、大丈夫です。」
頬を膨らませたヴェルガは、私に向かってお礼の言葉を述べた。
「あの時は本当にありがとうございました。」
「どういたしまして。大した事はしてませんが。」
「いいえ、食事も頂きましたし、楽しくお話も出来ました。」
「僕もヴェルガから話を聞いて、とても興味があったんですよ。是非一度、話をしてみたいな、と。」
ニコリと笑ったヴォルフの言葉に、私は温泉に興味を持ってもらえたのが嬉しくて、つい話し込んでしまった。ヴェルガは以前のように楽しそうに聞いていたが、ヴォルフは若干引いていた。
貴族じゃないと思って遠慮しなかったのはマズかったかもしれない…。話しすぎちゃったかな。
「…アイシャ、そのオンセンってやつ、見せてもらいたいんだけどいい?」
「はい、良いですよ。」
ヴォルフの言葉に、私は二人を連れて家の温泉へとやって来た。
「本当に湯気が出てる…。」
「コレがオンセンか…、フム…。」
「アイシャさんはオンセンリョカンを貴族の方と経営するんですよね?」
「…いいえ、貴族の方には援助をして頂いているだけで、共同経営という事ではありません。」
「ですが、本当に貴族が援助だけで終わると思ってるのですか?」
ヴォルフの言いたい事は分かる。私も普通なら援助の見返りがただのお客様、何て有り得ない事だろう。だけど、彼等は私の夢だから、と言ってくれた。それなら、私は自分の夢の為に精一杯に頑張るだけだ。最高のおもてなしを皆に送る為に。
「…私の知ってる貴族達とは違いますね。」
「ヴォルフさんも貴族の方の知り合いがいるのですか?」
「ええ、それなりに。だけど…、その様な方は中々少ないですね。」
「そうなんですか…。」
アルベルトやジェイクが特別なのは分かっている。特に、ジェイクなんて貴族らしくない。しかし、私は彼等以外の貴族は知らない…。…あ、いや、あの襲ってきた人も貴族だった。アレが一般的な貴族なのかな、多分。
それにしても、ヴォルフ達も貴族の知り合いがいるという事は、かなりの富豪の家の子なのだろうか…。
「あ…。」
その時、小さく私のお腹が鳴った。そう言えば、ご飯の準備中だったんだ。音が聞こえたのか、二人は温泉から私の方へと視線を向けた。
「す、すみません…。」
「いえ、こちらこそ急に来てしまい、アイシャさんの予定も考えず、すみません。」
「そうだ、コレ、弟が世話になったお礼です。良かったらどうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
私はヴォルフがずっと持ってた包みを受け取った。二人と一緒に家の中へと戻る。包みを広げれば、中には色々な食材が入っていた。あんな小さな包みに、何故こんなに沢山入っていたのか…。アレも魔法道具かな…?
「わ、こんなに一杯…!」
「ヴェルガがこちらで食事を頂いたと言っていたので。少しでもお返しになればと思いまして。」
「凄い助かります!どうも、ありがとうございます!」
肉に魚に野菜に果物、様々な種類の食材がある。これだけあれば、今までよりももっと料理の練習が出来るかもしれない。
「そうだ、折角ですし、一緒に食事でもどうですか?お昼には遅いし、夕飯には早いですけど…。」
「えっ、いいんですか…!」
パァ、っと嬉しそうな顔をしたヴェルガに対して、ヴォルフは申し訳なさそうな表情で断りの言葉を口にした。
「駄目だよ、ヴェルガ。今日は長居せずに帰るって約束だろう。」
「うぅ、ですが兄上…。」
「駄目なモノは駄目です。大人しく帰りますよ。」
「…あ、そうだ、それならせめてお土産に…。」
項垂れたヴェルガに、私はキッチンの氷室からお菓子を取り出した。
「これ、羊羹っていうお菓子なんだけど、良かったらどうぞ。」
「ヨウカン?」
「とても甘いお菓子です。ヴォルフさんの分も一緒に包んだので、良かったらお二人でどうぞ。」
「僕の分まで…。すみません、ありがとうございます。」
「いいえ、お気になさらず。こんなに食材貰っちゃいましたし。」
私が渡したのは普通の羊羹と、芋羊羹の二種類だった。そう言えば、緑茶ってこの世界にないんだよね。和菓子も作れるようになったし、そうなると緑茶も一緒に欲しくなってくる。
流石に葉っぱから、は無理なので、どこかの茶畑に交渉して分けてもらおう。和菓子には緑茶が一番だ。
「アイシャ、今日はありがとうございました。色々話が聞けて楽しかったです。少々驚きはしましたが。」
「あはは…。」
ヴォルフは温泉の話を聞いている時、引いてたからな…。ちょっと悪いことしたかも。
「ヨウカン、食べるのとても楽しみです…。アイシャさん、ありがとうございます…!」
「とても甘いので、苦手な人はキツいかもしれませんが…。お口に合うと嬉しいです。」
「アイシャさんは料理も上手でしたから、大丈夫です。これも凄く美味しいに決まってます。」
そう言われると、照れてしまう。ヴォルフも隠しているみたいだが、羊羹が気になっている様だった。緑茶があれば一緒にお勧めするけど、紅茶とかコーヒーって合うのかな…。
「それでは、失礼します。また会えると嬉しいです。」
「普段は仕事をしてますので、前もって連絡頂けるとありがたいです。」
「了解しました。次があったら、そうしますね。」
「ええ、次があれば、お願いします。」
私とヴォルフは、ニコニコと笑い合う。お互いに次があれば、と強調して会話する。そうそう、この曖昧な感じが良いんだよね。確実に次の約束をすると、色々と精神的にくるのでこのくらいで良いのだ。
「アイシャさん、また今度。」
「ええ。ヴェルガさんも、また今度ね。」
二人はニコニコと上機嫌で帰っていった。私は貰った食材を氷室にしまい、料理の続きを始めた。スッカリ私のお腹はペコペコだ。
既に夕食の時間に近い。私はそのままもう一品増やして晩御飯の準備を始めた。
「あ、美味しい。」
貰った食材も、折角なのでちょっと使ってみた。ほうれん草にそっくりな味をしたホーレを胡麻和えにしてみた。
うん、美味しい。やっぱり胡麻は良いなぁ。
そのまま私は料理を済ませ、夕飯を食べ始めた。最近は和食の練習も大分落ち着いたし、色々と自作した調味料なんかも増えてきた。お漬物なんかは、かなりのお気に入りだ。魔法を使えば短時間で出来るので、そんなに時間が掛からないのが素晴らしい。
私はお腹いっぱいになるまで食べると、ふぅ、と息を吐いた。
「少しゆっくりしたら、また温泉に行こうかな。」
そう思って部屋のソファーでまったりと過ごしていたら、私の下に一枚の手紙がやって来た。私はそれを手に取ると、差出人の名前を見て顔が綻んだ。
「ラティスだ…!」
あの家を出てから、中々会う機会が無く、連絡を取る事も出来なかった。私も仕事と温泉旅館の事で一杯だったし、ラティスもこれからの為に編み物の練習をしていただろう。
手紙を開けて中身を読み始めた。最初は近況報告みたいのから始まり、お互いの体調の事を話題に出していたが、途中からはラティスの話ばかりになっていた。
最近は編み物の腕が大分上がったみたいで、もう何個もマフラーやニット帽を編んだらしい。この冬から売り出すそうで、少し相談に乗ってほしいとの事だった。
「あれ?もしかして、お誘い?ラティスに久し振りに会えるのか…。」
私はとても嬉しくなった。分かれて何カ月も経ったが、やっとラティスに会えるのだ。直ぐに返事を書くと、私はラティスに向かって送った。
「た、楽しみ…!」
お菓子とジュースは沢山用意しよう。何時から会えるのかはまだ分からないが、出来れば沢山時間があると良いな。…そうだ、毛糸も買っておかないと。
私はウキウキ気分でアレコレと考え始めた。そう言えば、ラティスは学校の事、何か知ってるかな。平民でも貴族の紹介があれば入れるらしいし…。
あ、ヴォルフ達にも聞いておけば良かった。貴族の知り合いが居ると言う事は、ヴォルフは学校について何か知ってるかも。かなり育ちは良さそうだったし、服も綺麗だった。貴族って感じはしないけど、きっとかなりの大富豪なんだろうな。
「明日からまた仕事頑張るぞー。」
今日はいきなりではあったけどヴォルフ達が食材を持って来てくれた。ラティスからのお手紙も来た。何だか、良い事尽くしで嬉しい。
私はもごもごとベッドに入る。日が沈むと寒くなる日が増えてきたのは事実だ。これからきっと、お店の皆はまた入りに来てくれるだろう。
日本酒、また用意しておかないとなぁ…。




