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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第十九話 おもてなし

「では、まず私から温泉旅館についての説明をさせて頂きますね。」


 私は用意していた資料を広げて、彼らに説明をした。どの様な温泉を用意するか、建物はどんな形になるのか、旅館としての経営はどうやるのか。

 まず温泉の種類は以前考えていた様に、色んな種類を用意するつもりだった。お部屋によって規模が変わり、高い部屋には専用の風呂を付ける。家族とかで入りやすいように貸切風呂もいくつか用意したい。石造りや木造作りなど、温泉の外観にもいくつか趣向を凝らさなければ。


 建物の外観は実家をモデルにする事にした。昔からある我が家の旅館は和風建築だ。二階建てで横に長く広い作りだった我が家は、様々な温泉が楽しめると評判だった。流石に瓦はこの世界には無いので、それっぽいもので屋根を作っていこうと思う。森は自分で整地して魔力を流せばその人のモノになる。数年掛けて所有地は広く取っといてあるが、もしもの為にもう少し広げた方が良いかもしれない。


 経営に関しては、前世の知識が大活躍だ。私は経営学もシッカリと学んできたし、たった一年ではあるが若女将として働いてきたので多少は出来るはずだ。簿記の資格も取ったので帳簿もバッチリだ。



 私の話を聞いたアルベルト達は、とても驚いた顔をしていた。


「アイシャ殿は、随分と色々物知りなのですね。」

「えっと、その…両親から厳しく躾けられてましたから…。それに、ずっと夢だったそうで…。」


 私は少しの嘘と本当の事を混ぜて彼等に話す。騙しているようで罪悪感が湧くが、私の事を話してもどうしようもない。


「しかし…、アイシャ殿の話を聞いたでは難しいでしょうね。」

「そう、なんですか?」

「少なくとも、貴族と平民が同じ場所で寝食を共にする事は無いでしょう。」

「そうですね。せめて建物はいくつかに分ける必要があります。」

「…そうですか…。」


 アルベルト達の話によれば、平民同士なら兎も角、貴族同士の確執や派閥、階級もある。貴族に関しても何らかの差が必要だそうだ。うーん、出来ればあまり身分差の出るような風にはしたくないんだけど…。

 流石に貴族に関しては分からないしな。もう少し勉強しないといけないかも…。


「それに、その…、人前で、は、裸になるというのは、どうも…。」

「温泉で着衣入浴はお勧め出来ないのですが…。そうなると湯あみ着が必要になりますね…。」


 ジェイクが顔を赤くしてそう言った。温泉には色んな物質が混じってるから、衛生面的に服やタオルを付けて入るのは余り良くない。

 お店の皆の場合は自分のお風呂だし、最後に綺麗に掃除してるから良いんだけど、お客様に入ってもらうのとでは違う。


「濡れても清潔さを保てる物を用意しないといけませんね。頑張って作らないと…。」

「…アイシャ殿が作る必要は無いのでは?」

「えっ?」

「私達が援助すると言ったのですから、誰でも出来るものはお金を使い他の人に任せるべきですよ。」

「あ、そうでした…。」


 そうだ、お金はあるんだった。さっき貰った分もあるし、アルベルト達も出してくれると言っている。私が全部やる必要は無いんだった。


「他の人間に出来る事をアイシャ殿がする事はありません。それよりも、アイシャ殿にしか出来ない事をするべきです。」

「私にしか出来ない事…。」


 私はアルベルトの言葉に、少し考え込んでしまった。この世界の温泉旅館の為に、私が出来る事…。



 その後も、アルベルトやジェイクの貴族としての意見、ルドルガの大工としての意見を聞いた。ルドルガはかなり緊張していて、若干しどろもどろになる時もあったが、それでも話すべき事は話せたようだった。

 私は前世の世界の事なら兎も角、この世界の事についてそこまで詳しくはない。この世界でお店を持つ場合、何が必要で、どうしなければならないのかは知らないのだ。


 私のいた日本は階級社会ではない。皇族はいてもこの世界の貴族や王族とは違うのだ。



 これからについて色々と話し合っている内に、大分時間が経っていたようだ。気が付けば日が暮れそうな時間になっていた。


「おや、もうこんな時間ですか。」

「いつの間に…。気付かずに申し訳ありません…。」


 大分話しに熱中していた。やっぱりアイスじゃなくて良かった。


「それでは、私は食事の支度をしてまいりますね。」

「ええ、お願いします。楽しみですね。」

「私もとても楽しみにしてました!」


 彼等に断って席を立つ。私はキッチンに向かうと、予め支度しておいた料理にかかった。温泉旅館で出す料理という事で、それなりに量も種類もある。こんな機会は滅多に無いのだ、出来る限りの感想が欲しい。

 後で貴族達の食事についても聞きたいな。


「お待たせ致しました。」


 思ったよりも時間が掛かってしまった。用意した物は思いつく限り作った和食メインの料理だった。肉に魚に蕎麦に、それから煮物や天ぷらと。本当に色々な物を用意してみた。


「…おお、久し振りのオサシミだ。これ、前に食べたやつとは違う?」

「はい。この間とは季節が違うので、旬の魚を使いました。」

「見た事無いのがまたあるな。すげえ楽しみだ。」


 ルドルガは輝いたような目で見ていた。チラリとアルベルト達の方を見れば、彼等もマジマジと料理を見ている。


「本当に、どれも見た事無い料理ですね。」

「ルドルガの言った通り、生で出てくるのですね。」


 私が作っている間に、色々と話をしていたようだ。あのチャックでさえも、ジッと料理に視線がいっている。


「どうぞ、召し上がってみて下さい。感想を頂けると助かります。」


 私は彼等に料理の説明をしながら進めた。流石に大分時間も経ってるのでもう一度チャックに勧めたら、今度は受けて貰えた。幾ら仕事で来てると言っても、飲まず食わずじゃ辛いもんね。


「…失礼します。」


 気が引けるのか、チャックは少し遠慮した様に料理に手を出した。


「……。」

「如何でしょうか?」


 静かにモグモグと咀嚼するように食べる。


「とても、美味しいです…。この様な物は、初めてです。」

「……!わ、私も頂きます!」

「私も頂きますね、アイシャ殿。」


 チャックがそう言った事で、ジェイクやアルベルトも食べ始める。貴族が先に手を付けるまで我慢していたルドルガは、漸く食べられると嬉しそうな顔をしていた。


「美味しい!とても美味しいです、アイシャ殿!」

「本当です…。生の魚なのに、こんなにも美味しいとは…。」

「アイシャはやっぱり料理美味いな。このニツケ?って言うのも最高だ。」


 ルドルガは魚を使った料理が好きだなぁ。そればかり食べている。アルベルトはお刺身にとても興味を持っていて、ジェイクは天ぷらを気に入ったようだった。

 チラリとチャックの方を見れば、他の皆より遠慮しながらもちゃんと食べてくれているので、どうやらお気に召したようだ。


 私はホッと息を吐いた。


「喜んで頂けて嬉しいです。この料理は貴族の方でも受け入れられそうですか?」

「ええ、これだけの料理、私達は食べた事がありません。きっと王族の方々にも気に入って貰えますよ。」

「そんな、王族の方々に出せるような物では…。」

「いえ!これはそれだけの料理です!アイシャ殿は、本当に素晴らしい方ですね。」


 笑顔でアルベルトに言われ、私は照れてしまった。褒められるのはやっぱり嬉しい。ある程度食事が進んだ頃に、私は用意していた日本酒を持ってきた。これも口にすると、彼等はとても驚く。


「コレがニホンシュ…。普段口にするお酒とは全然違いますね。」

「美味しいのですが…、私にはちょっとキツくて苦手です。」

「久し振りだけど、冷たいのも美味いんだな。」


 流石にチャックはお酒を飲むのは拒んだ。気になってはいる様なので、昼間のゼリーと一緒にお土産でこれも渡そう。

 アルベルトは気に入ったようだが、ジェイクにはちょっと口に合わなかったようだ。確かに、日本酒って度数も高いしお酒に慣れてないとキツいよね。今度は別のお酒も用意してみようかな。

 カルーアミルクとか、カシオレとか、甘いやつ好きだったんだよなぁ…。頑張ればカクテルも出来そうかも。


「…アイシャ殿は、今までもこの様な食事を食べているのですか?」

「……?」


 アルベルトの言葉がよく分からず、首を傾げた。


「言い方が悪かったかもしれないですね。アイシャ殿は、ご家族が生きている時からこの様な生活だったのですか?」

「……!」


 ジッとアルベルトが私を見る。何か勘付いているのかもしれない…。とは言っても、どうにも話しようが無いのだけれど。


「…私は生まれてからずっとこの生活でした。私が知っている知識も、殆どが両親から教えられたモノです。」

「そうですか…。やはり、貴方のご両親にお会いしてみたかった。」


 アルベルトは残念そうな顔をした。私達が話している間、ジェイクとルドルガは料理に夢中だった。モグモグと食べ続ける彼等を横目に、チャックはただ静かに聞いているだけだった。


「ふぅ、ご馳走様でした。美味しかったです。」

「ご馳走様でした!」

「…ご馳走様です。」

「ごちそうさん。」


 用意した料理はあれだけ多かったのに、その全てが無くなっていた。


「お粗末様でした。結構な量があったと思いましたが、無くなっちゃいましたね。」

「えへへ、とても美味しかったので、つい…。」


 ジェイクは恥ずかしそうに笑った。その姿がとても可愛らしくて、やっぱり貴族らしくないと感じてしまう。


「俺、アイシャの宿が出来たら通いそうだ。」

「ふふ、いつでもお待ちしております。」


 笑ってそう言うルドルガに、私はとても嬉しくなった。だって、私の温泉旅館に、お客様が来るんだもん。主に料理が目当てかもしれないけれど、それでも嬉しいのだ。

 だって、折角旅館を開いてもお客様がいなければ、意味が無いのだから。


「わ、私も絶対に来ます!何度だってアイシャ殿のお店に来ます!」

「ありがとうございます、ジェイク様。とても嬉しいです!精一杯おもてなしさせて頂きますね。」


 バッと挙手をしてそう言ってくれたジェイクは、とても嬉しそうに笑った。弟に欲しい、このいい子…!ラティスと一緒に可愛がりたい…。


「一番最初のお客は僕ですからね。そこだけは誰にも譲りませんよ?」

「も、勿論です!アルベルト様の後に、私も来ます!」

「最高の体験を、お約束致します。アルベルト様の為に、私、頑張りますから!」

「ええ、とても楽しみにしています。」



 早く、旅館を完成させたい。


 私は今、この時ほど、そう思った事は無かった。旅館に来る人達に、最高のおもてなしを。笑顔になれるような、幸せを贈りたい。


 それが、私の夢。


「本日はありがとうございました。アイシャ殿の話が聞けて良かったです。」

「私も色々な話が聞けて、これからがとても楽しみになりました!」

「建物なら、ウチの店も協力出来るから、幾らでも相談しろよな。」

「皆様、本日はありがとうございます。私も、お話が出来て良かったです。もっと色々と学んだり、考えないといけない事が分かったので。」


 私の知ってる事は、この世界と違う事が多い。特に貴族についてだ。出来る事なら、分け隔てなく大勢の人に、温泉を楽しんでほしい。その為には、自分の考えだけを押し付けては駄目だ。相手の事も考慮して、折り合いを付けなくてはいけない。

 私には学ぶ事が多いのだ。


「…その事ですが、アイシャ殿。」

「はい?」

「もし良ければ、共に学園に行きませんか?」

「学園、ですか?」


 この世界に、学校があったのか。でも、聞いた事が無いけど…。


「私達貴族は、十六歳から十八歳までの二年間、中央都にある学園に通う事が出来ます。勿論、通わないという事も出来ますが、通う事で得られる事は多いでしょう。私もジェイク殿も、来年の春に通う事になっています。」

「中央都…。私、でも…。」

「本来なら、貴族しか通えない学園ですが、例外があります。貴族の紹介と、多額の寄付金があれば、特例として平民でも通う事が出来るのです。数年に一回くらいの頻度で平民が通う事があるそうですから。」

「……。」


 正直、とても興味はある。だけど、殆ど貴族しかいないような学園で、私に何が出来るのだろうか。この世界の事が勉強できるなら行ってみたいが、いじめとかありそうで怖い…。貴族が平民にするいじめって、それもうただの暴力でしかないよね。


「紹介状と寄付金に関しては、私が出します。学園の中では身分差を笠に着る事は出来ないので、学生は皆平等という事になっています。建物を作るのには時間が掛かるでしょうし、その間に貴族について学んでみては如何でしょう?」


 アルベルトの話に、私は思わずはい、と答えそうになった。寸での所で思い止まり、私は口を開かずに考え込む。直ぐに返事をしていいモノなのだろうか…。


「正直、とても魅力的なお話です。ですが、私には仕事がありますし…。そこまでアルベルト様にしてもらう訳には…。」

「いいえ、コレは援助の内に入ると思って下さい。私達がアレコレ言うよりも、直接貴族という人間を近くで見て学んだ方が、アイシャ殿の為になると思います。勿論、仕事に関しては私が何か言う訳にはいきません。強制ではないので、断ってもいいのです。」

「…アイシャ殿の返事次第ですが、援助の内と言うのなら私も寄付を出します。紹介状に関しては、私は勝手を出来ないのでどうしようもないですが…。だけど、私も出来る事はしたいです。」

「アルベルト様、ジェイク様…。」


 二人はジッと私を見る。どうしようか悩んでいたら、ルドルガの視線を感じた。


「アイシャ、行かせて頂いたらどうだ?」

「ルドルガさん?」

「長い事アイシャに任せちまったし、いつまでもいる訳じゃないって分かってたからな。そろそろ代りを探さないといけなって親父とも話してたんだ。」

「……。」

「建物に関しては設計図があれば後は俺達職人だけで何とかなる。細かい所はその、学園?から戻って来てからでもいいだろう。少なくとも、建物を作るにはかなりの時間が掛かるから。だから、お前はその間、自分に出来る事をしたらどうだ?お前、大工仕事は出来ないだろ?」

「うぅ、確かに…。」


 五年もいるが、私がしてきたのは受付と事務だけだ。小さな小屋を建てるくらいは出来るが、大きな旅館ともなると無理だろう。それに、かなり時間が掛かる。私がいたら、邪魔にしかならないだろう。

 ならば私は……。


「アルベルト様、ジェイク様。ご迷惑ではありませんか?」

「そんな事はありません。私から提案しているのですから。」

「私も、アイシャ殿の為に出来る事があるのなら、それをしたいです。」


 私はルドルガの言葉を聞いて、心を決めた。


「…それでは、どうか宜しくお願い致します。」

「はい、任せて下さい。」

「アイシャ殿と学園生活が送れる事、とても楽しみです!」


 二人はニコリと笑ってくれた。貴族の学園。不安ばかりではあるが、楽しみなのは私も同じだ。そうだ、私は自分に出来る事をするんだ。自分の夢の為に。


 学園については、また今度詳しく話をしてくれるらしい。アルベルト達は忙しいだろうから、私はルドルガや棟梁に相談して、旅館の設計図などを作らないといけない。

 そうして皆が帰っていくと、私はゆっくりと温泉に浸かる。今日あった事を思い返して、これからの事を考え始める。


 私の温泉旅館は、最初の頃よりもずっとやりやすくなった。皆が、力を貸してくれるからだ。少しでも、その気持ちに応えたい。

 絶対に最高の旅館を作り上げてみせると、私は意気込んだ。

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