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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第十八話 ふさふさと、初めて

「よし、今日も頑張るぞー。」


 あの事件から一月が経った。十日程前にアルベルトとジェイクから連絡があり、明日に家を訪れる事に決まった。その際、建物についても話をする為、ルドルガも同行する事になったのだ。

 ルドルガはまさかの話に目を丸くして驚いていたが、棟梁からいい機会だから勉強して来いと送り出され、やる気になっている。


 私はと言えば、プレゼン資料を何度も考え直し、納得のいくモノへと作り上げた。やっぱり、まずは足湯を作りたい。お風呂に入る習慣の無いこの世界の人間は、肌を出す事にも余り気が進まない様だ。それは以前、お店の皆が温泉を入らたがらない理由として、知っている。男女分け隔てなく、靴を脱いで足だけで入れる足湯は、温泉というモノを知ってもらうには一番だろう。

 天然の温泉で足湯なんて、贅沢だ…。


 後は、最近暑くなってきた。体力仕事のお店の人達は兎に角、汗をかく。だけど、魔法を使えば汗臭さも汚れと一緒に消えるので、お風呂に入る必要が本当に無いのだ。

 皆は暑くなってから温泉に入る頻度が大分減って来た。それには体の体臭が消える石鹸が無い事も原因だ。温泉に入ったのに、結局魔法で清潔にするのならば、入る意味が殆ど無くなってしまう。


 だから私は、温泉で使えるような石鹸作りもやってみた。


「うん、良い匂いだ。」


 食器や手を洗うくらいの石鹸ならあるが、ボディーソープや洗濯石鹸などは存在しない。魔法ばかりが発達したこの世界では、前世の世界にあった物が少ないのだ。

 私は少しでも興味を持ってもらえるように、色んな匂いがしたり、あわあわでモコモコの気持ち良い感触が楽しめる石鹸を作ってみた。これも三人の意見が欲しいな。


 そして、温泉旅館と言えば卓球である!


 いきなり本格的な物は作れないとは思うが、それっぽいモノなら作れるはずだ。これはルドルガと相談してからにはなるが、絶対に作りたい!卓球が無くては温泉旅館とは名乗れないのだ!



 ちゃんと食事の用意も済んでるし、温泉に入ってもらうかもしれないのでその準備もバッチリだ。旅館で出そうと考えている料理は殆どが和食なので、どれがこの世界の人間に合うかの感想も欲しい。特に、貴族が普段何を食べているのか分からないので、その話も聞きたい。ルドルガ達には受けが良い食事でも、貴族からしたらこんなモノ、何て言われるかもしれない。

 ちょっとドキドキしてしまうな…。


 日本酒も用意したが、ビールやウイスキーみたいのも準備した方が良かっただろうか…?でも、私そっちは余り飲まないから味見してもよく分からないしなぁ…。特にビールはあの苦みがちょっと苦手なんだよね…。



 そんな事を考えながら、私は事務仕事を片していた。明日は私もルドルガも居ないので、仕事を残す事は出来ない。以前二人で出かけた時の様に、明日のお店には誰も居ないのだ。


 黙々と仕事をこなしていたら、皆が現場から戻って来た。


「アイシャちゃん、お疲れ様ー!」

「お疲れ様です、皆さん。冷たいお茶をどうぞ。」

「お疲れ、ありがとうね。」


 彼等はお店に戻ってくる前に、魔法で体を清潔にしてから帰ってくる。だけど、帰ってくるその間に、また暑さで汗をかく。幾ら魔法で綺麗に出来ても、火照った体は冷やせないのだ。少しでも熱を冷ませるように、私は冷たいお茶を常に用意している。

 …お酒じゃないのは、昔からの習慣みたいになっているからだ。


「それじゃ、またね、アイシャちゃん。」

「お疲れ様ー。」

「はい、お疲れ様でした。」


 お茶を飲んで一息してから、皆が出ていく。残った私とルドルガは、明日の話を始めた。


「明日だよなー、スッゲー緊張する…。」

「私もです。何度会っても貴族の相手をするのは慣れませんね…。」

「俺に比べたらアイシャは凄えよ…。こっちは明日、粗相しないか不安だ…。」

「アルベルト様もジェイク様もお優しいから、そこまで気にしないかもしれないけど…。私達からしたら貴族は誰も同じですよね。」

「平民と貴族の差は、埋めようが無いからな。だけど、コレはチャンスでもある。親父にも言われたし、俺だってやれるってとこを見せねえとな。」


 ルドルガの瞳は、不安に揺れながらも真っ直ぐと前を見ていた。


「私も、温泉旅館の為に頑張ります!絶対に作り上げてみせるんです!」

「お互い頑張ろうな!」

「はい!」


 二人で意気込んでいると、棟梁が笑いながらそろそろ帰れと言ってくれた。気が付けば外は日が沈みかけている。私は慌てて二人に挨拶をすると、家へと帰った。


「ただいまー。」


 急いで帰って来たので汗でベトベトだ。私は脱衣所で服を脱いで温泉へと向かった。


「……んん?」


 何故か、温泉の湯煙の中に影が見えた。ひょっとして猿みたいな魔物が入って来たのだろうか。私は恐る恐る温泉へと近付く。


「わぁ…!」


 近付いてみれば、その陰の正体はハッキリとした。大きさはウサギくらいの小さい魔物だが、見た目がポメラニアンの様にふさふさな毛並みだった。お湯に濡れてるからなのか、毛がぶわっと膨れ上がったその体は、真ん丸なボールの様。少し長めな耳がピンと立っていて、白銀の様な毛並みはキラキラと輝いている。


「か、可愛い…!」


 旅館はペット禁止だったのもあり、動物を飼った事は無かった。小さい頃は犬や猫を飼うのが憧れだったのである。


「な、撫でたいけど…。」


 ジリジリと少しずつ近付いていく。何て言う魔物だろうか。余りこの世界の魔物の名前を知らないので、その姿を見ても私には分からなかった。ただ、とてつもなく可愛くて、ふさふさだ。犬?ウサギ?何でもいいから抱き締めて撫でまわしたい。


「よしよーし、怖くないよー…。」


 チャポン、と温泉に足を入れた音がした。


「わ、凄いふわふわだ…。」


 近付いても逃げる様子はなく、ゆっくりとその体を撫でた。しっとりと濡れているかと思ったが、どうやらお湯は弾かれている様だった。ふさふさの毛並みを撫でていると、小さく泣き声を漏らした。


「きゅ、きゅー。」

「鳴いた、可愛い…。」


 私はつい夢中になってしまった。今までこんなに動物に触れた事は無かったから。ひとしきり撫でて満足したら、私はこの犬っぽい魔物から離れた。


「ああ、満足した…。撫でさせてくれて、ありがとうね。」

「…きゅ。」


 まるで私の言葉に返事をしたかのような泣き声に、私はクスリと笑ってしまった。魔物は温泉から上がると、体をプルプルと震わす。…やっぱり犬みたい。

 元々そういう形だったのか、水滴を弾いた魔物は温泉に浸かっていた時と変わらず、丸っこい姿だった。


「…あ。」


 ジッと見ていたら、そのままどこかに行ってしまった。温泉が好きな魔物なんているんだなぁ。


「ふぅ…。」


 少し逆上せてきちゃったかもしれない。私は体を洗って温泉を出ると、直ぐに水分を取った。お風呂上がりの牛乳は最高だよね!一度だけ温泉で日本酒を飲んだけど、思ったよりも直ぐにお酒が回ってしまった。やはり成人とはいえ、十五歳の体でお酒は早いのかもしれない。

 魔法を使って髪を乾かすと、ふわりと石鹸の香りがした。ああ、落ち着く良い匂いだな…。


 私は軽く夕食を食べて、ベッドへと潜り込む。明日はアルベルト達と初めての話し合いだ。気合を入れてプレゼンしなくては…!



 意気込んでいたら、いつの間にか眠っていたらしい。起きたら既に朝だった。私は朝から軽く温泉に入った。

 朝風呂最高!気持ち良い!


「さてと、準備はコレくらいで良いかな。」


 温泉から出た私はいつ彼等が来ても良いように、支度を済ませた。料理はいつでも出せるようにしてあるし、プレゼンの準備は万端だ。少し緊張してしまう。失礼の無い様に、上手く説明出来るだろうか。

 ドキドキた心臓を抑えつけようと頑張るが、時間が近付くにつれてどんどん大きくなってくる。家のチャイムが鳴った時が、一番ドクリと心臓が鳴った時だろう。



「ようこそいらっしゃいました、皆様。」

「お邪魔します、アイシャ殿。」

「お久し振りですね、アイシャ殿。」

「し、失礼します…!」


 アルベルトは前回同様護衛のチャックを連れてやって来ていた。ジェイクはニコニコと楽しそうな微笑みを浮かべていたが、逆にルドルガは緊張しきった面持ちだった。


 ルドルガは今日、アルベルト達が馬車で迎えに来てくれていたそうだ。折角なので共に行こうと誘われたそうで、馬車の中ではずっと緊張しっぱなしだったと、コッソリ教えてくれた。


「良ければどうぞ。」

「ありがとうございます。」


 飲み物とお菓子を出して、私は彼等に勧めた。ルドルガの隣に腰を下ろすと、首を傾げながら話し掛けられた。


「アレ、何だか良い匂いがするな。」

「本当?新しく温泉の為の石鹸を作ってみたんだけど、どうかな?」

「スッゲー良いと思う。香水と違って控えめな匂いだし。」


 良かった、頑張って作った甲斐があった。私はつい嬉しくなって、ルドルガにお礼を言う。すると、アルベルトがこちらを見て笑顔で手招きをした。


「アイシャ殿。」

「はい…?」


 私は席を立ち、アルベルトの傍へと近付く。余りにも突然で、だけどとても優雅な動きで私はアルベルトに優しく腕を引かれた。するり、とアルベルトの指が私の髪をすくって顔に近付けられる。


「本当ですね、とても良い匂いです。」

「あ、あ、あの…!」


 立っているせいか、私がアルベルトを見下ろしている気持になる。微笑みながら私の顔を見るアルベルトは、同い年な筈なのに色気が半端ない感じがする。

 …ドキドキが止まらない。


「アルベルト様、突然ではアイシャ殿も驚きますよ。」

「そうでしたね、チャック殿。すみません、アイシャ殿。気になったもので…。」

「は、はい…!えっと、その…。」


 駄目だ、あまりうまく頭が働かない。顔から火が出そうな程、私の体は熱かった。


「アイシャ殿、大丈夫ですか?」

「ジェイク様…。」


 心配そうな顔で、ジェイクが私を見た。ああ、駄目だ、落ち着かないと…。


「…すみません、もう大丈夫です。突然だったので驚いてしまって…。申し訳ありませんでした。」

「いえ、こちらこそ失礼しました。」


 ゆっくりと深呼吸して、私は落ち着きを取り戻した。ジェイクがホッとしたような顔をしている。心配掛けてしまった…。


 取り敢えず私は、元居た場所に座った。ルドルガは流石に貴族のやり取りに口を挟む事は出来なかったのか、ずっと黙っていた。分かる、何も言えないよね、本当に…。

 私は席に着いて、先程持ってきたジュースやお菓子を再び彼等に勧めた。前回同様、チャックが最初に味見をして、その後アルベルト達が手を出して食べ始める。


「今日のお菓子も美味しいです!」

「本当に、アイシャ殿は料理が上手ですね。」

「そんな…、恐れ多いです。」


 今日出したのは果物を使ったゼリーだ。本当はアイスみたいなのを出しても良かったが、いつ話に熱中するか分からない。溶けてしまったら折角のアイスが勿体無い。

 冷えたフルーツゼリーを彼等に出す。一応チャックの分も用意したのだが、やはり彼は護衛に専念する為と言って断った。後でお土産用に包んでみようかな。


「まずは、この間あった事のその後についてお話します。」


 先程までの空気から、一気に違うものに変わった。今日の目的の話し合いは、ここからだ。


 余所の町の貴族が、私とジェイクに怪我を負わせたあの事件。あの事はアルベルトに全部任せてたし、私の中では既に終わった事だったので、今更何を言われるのか予想もしていなかった。


「あの時説明した様に、陛下にはお伝えしました。陛下も隣にあるバルビアの町と揉め事を起こすのは遠慮したいと申してくれましたので、示談で済んだのならそれで終わりだと仰って下さいました。」

「それじゃあ、戦争とかは起きないんですね。」


 良かった。戦争が起こったりしたら、意味が無くなっちゃうからね。


「…ゴルドラ伯爵についてですが、あの後はやる事を終えたら直ぐにバルビアの町に戻りました。」

「そう言えば、あの貴族様は何故この町に?」

「どうやら、この町に居る親戚に会いに来ていたようです。ラグーシャ男爵と言うのですが、事業が失敗してゴルドラ伯爵に援助をお願いしていたそうです。その為にこちらに赴いたそうですが…。」

「今回の事で、彼も余り金銭的な余裕が無くなり、ほんの少しだけの援助になってしまったそうです。」


 アルベルトとジェイクの言葉に、私は静かに返事をした。…とんだ災難でしたね、お互いに。私は完全に被害者だけど、男爵の方もちょっと可哀そうだ。


「それで、伯爵からの賠償金がこちらです。」


 ドサリ、と机の上に袋が置かれた。明らかに重そうな音に、何枚かの貨幣がぶつかる音が混じる。


「あ、アルベルト様、その…。」

「どうぞ、中を確認して下さい。」

「で、では…失礼します…。」


 恐る恐る袋の紐を解く。スルスルと簡単に取れた紐はそのまま机の上へと置き、中を見るために入り口を広げる。


 眩暈がしそうだった…。


「大金貨七枚です。」

「だ、だ、大金貨…!」


 初めて見た。こんな大金、見た事が無い。隣に居たルドルガも顎が外れそうな程、口を大きく開けて驚いている。


「ゴルドラ伯爵達はかなりギリギリまで捻出してくれたようですよ。」


 そうか、あの伯爵の周りの人達も貴族だったらしい。その人達の分も入っているのか。それにしても、物凄い額だ…。これなら装置がたくさん買えるので、森の中でも安心して温泉旅館が開けそうだ。


「コレはアイシャ殿が保管して下さい。」

「えっ…!そんな、私が持っているには多すぎる額です…!ジェイク様も怪我をしたのですし、このお金はジェイク様に…。」

「いいえ、私はもう頂きました。」

「……。」


 これよりも多い金額を、ジェイクは貰ったようだ。そこは貴族と平民の差だから分かるんだけども、だからと言ってこれは多すぎる…。流石にこの家に金庫なんて無いから保管する場所もない。かと言ってこのお金を持って町に預けに行けば、私がそれだけの額を持っている事がバレてしまう。

 どうしようかと悩んでいたら、ルドルガが声を掛けてくれた。


「取り敢えず、お金は屋根裏部屋に置いといたらどうだ?」

「……そうします。すみません、流石に此処に出したままなのも気が引けるので、ちょっと片してきますね。」

「ええ、待ってますね。」


 アルベルトの返事を聞いて、私は急いで屋根裏部屋へと向かい、このお金を押し込んだ。直ぐに下に戻ると、ルドルガがホッとしたような表情で私を見た。

 そうだよね、貴族三人に囲まれたら居た堪れないよね。その気持ち、凄い分かるよ、ルドルガ。


「さてと、それでは報告も終わりましたし、これからの話をしましょうか。」


 アルベルトの言葉を皮切りに、私達は温泉旅館についての話し合いを始めた。

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