第十六話 承諾
「アイシャ殿、一体何を…。」
「で、ですから、報告しなくても済む道は無いのでしょうか?と…。」
一斉に向けられた視線に、私はたじろいだ。
「貴方は何を…。」
「だ、だって、もしかしたら関係の無い人達まで巻き込まれてしまうのでしょう?彼等が処刑されるのなら別にいいのですが、この場に居ない人達まで罪に問われるというのは…。」
「…アイシャ殿。貴族同士の諍いは、基本的に王族へと報告する事になっています。勿論、お互いで話し合い示談になる事もありますが、それでも何らかの報告は必要です。」
チャックが眉間に皺を寄せ、溜息を吐いた。彼からすれば弟であるジェイクが怪我をしているのだ、気が収まらないのだろう。アルベルトも平民である私に説明をするように話をしてくれた。
私だって、彼等を許す気はない。何かしらの罰が下ればいいと思っているが、彼等の親族まで処刑となれば、流石に心苦しい。
「それに、別の町に住む貴族との争いは、町を管理する王族同士の争いにも発展する可能性があります。キチンと話し合い、お互いが納得出来るようにしないといけません。平和的に解決できなければ、戦争になる事だってあるのです。」
「戦争…。」
それは流石に嫌だな…。戦争になって多くの人が死んでしまったら、それこそ本末転倒だ。
「アイシャ殿は、どうしたいのですか?」
「…出来れば、関係の無い者まで処刑されるような事態は避けてほしいのです。だけど、そのせいでジェイク様が軽んじられるのは嫌です。ジェイク様が望む方法が、私は一番だと思います。」
「ふむ…。」
アルベルトは考え込む。チャックがチラリと私を見たが、いつもの優しい目でもさっきまでのキツイ目でもなく、どこか安心したような目つきだった。
「ジェイク殿はアイシャ殿の意見をどう思いますか?」
「そうですね…。出来ればアイシャ殿の考えを尊重したいので、私も当事者のみの罰が良いと思います。そもそも、私がこの格好だったのも、大事になった原因ですし…。」
そう言えば、ジェイクの格好は何処からどう見ても平民のようだった。よく見ると布は凄い高そうだが、パッと見ただけなら平民だと勘違いするだろう。
「ゴルドラ伯爵、貴方はどこまで出来ますか?」
「は?どこまで、とは…?」
「…言い方を変えましょう。示談で済ませられるとしたら、貴方には何が出来ますか?」
アルベルトの言葉に、男はハッとした顔になる。そして、少し考えた後、こう言い出した。
「どうにかなるというのなら…何でも致します…。」
「それは従者の方々も含めて、という事で良いですか?」
「…はい。」
周りの男達はとんだとばっちりだろう。上司の命令に従ったら、まさか一族共々処刑の危機になるなんて。苦虫を噛み潰したような表情をしたまま、彼等は俯いていた。
「ジェイク殿は、彼等に何を望みますか?」
「わ、私ですか…?えっと、その……、此処の事を、内密にしてほしいです。」
「…それだけですか?」
「何故この場所を欲しがったのかは分かりませんが、此処はこれから発展していくのです。まだ、余り知られない方が良いと思っています。なので、此処で起きた事、此処に何があるかなど、誰かに漏らさない様にして頂きたいです。」
「…そう言えば、ゴルドラ伯爵は、何故此処を手に入れたかったのですか?」
確かに、なぜこんな森の中の土地を急に欲しがったのか。伯爵家なら、自分達で整備出来る筈だ。この森はユレイドの町の管轄なので、王族に話をしなければ他の町の者は手を出せない。なのに、なぜこの土地を?
アルベルトに聞かれ、男はおずおずと話し始めた。
「その…、ラビルトを見掛けたのです…。」
「ラビルトって、あのラビルトですか?」
「はい。それで、どうにかして捕まえようとしたのですが、この場所では魔力が登録されているため、思う様に動きが取れず…。」
ラビルトって何だろう…?私は傍に居たジェイクに、こっそりと聞いてみた。
「…ジェイク様、ラビルトって何でしょうか?」
「とても珍しい魔物です。ピンと張った耳に、アイシャ殿半分くらいの大きさでしょうか。しなやかな身のこなしで、とても素早く簡単に追いつく事は出来ません。」
「結構大きな魔物なんですね…。」
そんな魔物、見た事無い。ウサギやリスみたいな小さな魔物なら何度も見た事あったし、大きくても猫位だ。たまたま居ただけじゃないのかな?
「そして、余りにも希少な為、かなりの高額で取引されています。真っ白で艶やかな毛皮、身の引き締まった最高級の肉、どちらも大金貨数枚はくだらない額です。」
「だ、大金貨…!?そんな高い物が…!」
余りの高級さに、頭が揺れた。父の遺産と私が五年近く働いてやっと買った魔物を寄せ付けない装置だって、中金貨一枚なのだ。それが何十個も買えるとなると…、余りの高さに眩暈がしそうだ…。
「…成程。ラビルトを捕まえるには逃がさないように土地中に罠を張る必要があります。他人の所有している土地では、そんな事出来ませんからね。」
「はい。故に、ラビルトがいるこの土地を手に入れようと躍起になっておりました…。」
よく分からないけど、魔物一匹の為に人生をお釈迦にするとは考えられなかった。本当に此処に居るかどうかも分からないのに…。貴族のやる事は理解出来ないや…。
「理由は分かりました。そしてジェイク殿の話も了解しました。次はアイシャ殿ですね。」
「えっ…?」
まさか、自分に話が振られるとは思ってなかった。
「アイシャ殿は、彼等に何を望みますか?」
「あ、アルベルト様。私は平民でございます。貴族である彼等に何か望む事は出来ません。口を出す事も恐れ多い事です。」
「しかし、此処はアイシャ殿の土地で、アイシャ殿は大きな怪我をしていました。ジェイク殿の話だけで終わり、という事には出来ません。」
「ですが…。」
私が何か言って、そのせいで恨みでも買ったら困るのだ。何も言わず、貴族の事は貴族に任せるのが一番である。
しかし、アルベルトはそうさせてくれなかった。どうしよう…何か適当に考えなくちゃ…。
「…私は先程申し上げた通り、無関係な人に罰を受けさせる事が無ければ、それでいいのです。後は、その…アルベルト様の裁量にお任せ致します。」
「そうですか…。お二人の考えは分かりました。では、彼等の報告は私に任せて下さい。ゴルドラ伯爵は魔物に襲われ、応戦していたら他人の領地に入ってしまい、所有者に怪我を負わせてしまったという事にします。決して故意ではなく、本人との示談も済んだと報告致します。」
「あ、ありがとうございます…!」
頭が地面に付きそうになるほど、深く下げていた。アルベルトはそのまま言葉を続ける。
「貴方達には魔法契約を交わして頂きます。ジェイク殿が言った通り、この場所、今回の件については他言無用。そして、多額の賠償金と彼女に対しての非礼を詫びる事。貴方達の命があるのは彼女のおかげです。二度と敵意を向けないように。決して彼女とその周辺に係わらない事を誓って下さい。もしも破れば…その時は分かっていますね?」
「ハッ…!」
アルベルトが何かの呪文を唱え始めた。いきなり空中に魔法陣が現れて、私は驚いた。
凄い、ファンタジー…。
「ゴルドラ伯爵、魔力を。」
「はい。」
「他の方々も順番にお願いしますね。」
アルベルトの魔法陣に、ゴルドラが魔力を流れ出す。その後は従者だった人達が次々と同じ事をやっていく。どうやら貴族同士の魔法契約は平民とは違うようだ。私の魔力じゃ、こんな大きな魔法契約は出来なさそう。
無事に契約は終わったようだ。ふぅ、と息を吐くとアルベルトは彼等に目配せをした。
「それではゴルドラ伯爵、お元気で。決して、約束を違えませんように。」
「勿論でございます。寛大なご配慮に感謝致します。…この度は、大変申し訳ありませんでした。」
最後の謝罪は、恐らく私に向けてのモノだろう。苦々しい表情だったのを、私は見逃さなかった。貴族が平民に頭を下げるなど、本来は有り得ない事なのだから。…別に指摘する気も無いので、スルーしたけど。
彼等はそのままこの場を後にした。
「はぁ…、ビックリした…。」
「アイシャ殿、申し訳ありませんでした。まだ体が痛むのに…。」
「いえ、アルベルト様。お心遣い、感謝致します。とても助かりました。」
「もう少しちゃんとした治療がしたいのですが、アイシャ殿の家にお邪魔しても宜しいですか?」
「そんなお手を煩わせる訳には…。」
さっきの治療だけで、十分楽になった。所々まだ体が痛むが、動けないと言う程ではない。
「駄目です。アイシャ殿、失礼しますね。」
「えっ、えっ…!」
アルベルトが近付いてきたと思ったら、ふわりと抱き上げられてしまった。私は頭の中がメチャクチャになり、混乱する。
「あ、アルベルト様。その様な事をしては…!」
「アイシャ殿が話を聞いてくれないので強硬手段に出ました。さあ、アイシャ殿、家の扉を。」
「あ、歩けます!自分で歩くので、どうか…!」
「駄目と言ったでしょう?このまま部屋へと運びますよ。」
「あ、あうぅ…!」
流石にコレは恥ずかしい!ジェイクもチャックも、こちらをガン見している。居た堪れない…。ハッとしたチャックが、慌ててアルベルトの元に駆け寄った。
「あ、アルベルト様、私が…!」
「チャック殿は、ジェイク殿をお願い致します。ジェイク殿もまだ、体が痛むでしょう。」
「い、いえ!私は平気です!」
「念の為ですよ。大事になっては困りますから。」
そう言って、アルベルトはスタスタと歩き始めてしまった。チャックは仕方なくジェイクを担ぐと、後を着いてくる。
アルベルトの顔が近い。同い年の筈なのに、見た目以上にガッシリしている体は、フラつく事無く私を抱き上げている。私はどうしたらいいか分からずアタフタしているが、そんな様子を見てアルベルトはクスクスと笑いを溢した。
「落としたりしませんから大丈夫ですよ。もし不安なら、首に手を回して下さい。」
「そ、そういう訳では…!」
「私も、その方が運びやすいですから。」
そう言われてしまえば、手を回さない、という選択肢は消えてしまう。私は恐る恐る、アルベルトの首へと手を回した。
さっきよりも体が密着する…!顔が物凄く近くて、ドキドキしてしまう。
「ふふ。アイシャ殿は面白いですね。」
「な、何を…。」
「いえ、何でもありません。アイシャ殿、扉をお願いします。」
「あ、はい…!」
アルベルトに連れられ扉の前に来た私は、魔力を流して鍵を開けた。そのまま寝室へと運んでもらい、ベッドに横たわる。
「アイシャ殿、手を失礼しますね。」
そう言えってアルベルトが手を握ると、私に魔力を流し始めた。優しい暖かな感覚に、私はホッと息を吐く。暫くすると、痛みが抑えられ、傷も殆どが塞がっていた。
「ありがとうございます、アルベルト様…!」
「いいえ、これくらい気にしないで下さい。」
「アルベルト様、ジェイクの方も終わりました。」
「兄上、お手数お掛けしました。」
ジェイクの怪我もスッカリ無くなっていた。…良かった、治って。
「アイシャ殿、先程の事なのですが…。」
「……?」
先程の事…?何かあっただろうか?
「ゴルドラ伯爵に話していた時に、まだアイシャ殿のお返事を貰っていないのにも拘らず、私とジェイク殿で援助していると申してしまいました。」
「あ、そう言えば…。」
「勝手な事を言ってすみませんでした。あの場ではああ言った方が収まりが良いと思い…。」
「…そうですね。折角なので、此処でお返事を致しましょう。」
本当は、もっと早くに連絡が来るかな、と考えていた。結構前から、私の考えは決まっていたのだ。ジェイクの援助については初耳だが、この際別にいいだろう。
「援助の件、どうか宜しくお願い致します。」
「アイシャ殿…!」
「断れる立場でもないのに、アルベルト様は断っても良いと言って下さいました。だけど、私はその思いを無下に出来ません。それに、私一人では辛いのも事実です。ならば、私の事を考えて下さっているアルベルト様とジェイク様にお願いしたいのです。」
「アイシャ殿は私の援助も受けて下さるのですか?」
「…ジェイク、お前いつの間に…。」
ジッとチャックに睨まれ、ジェイクはビクリと体を揺らした。
「お二人のお心遣いに、感謝の言葉しか出てきません。私の様な平民に此処までの支援をくださり、ありがとうございます。…どうか、宜しくお願い致します。」
その言葉に、アルベルトとジェイクが微笑んで了承してくれた。一人じゃ辛いのも事実だし、援助してくれるのは実際に助かるのだ。
「アイシャ殿、コレを。」
「アルベルト様…?コレは一体?」
「我が家の紋章を象ったペンダントです。」
「え、えぇ…?」
アルベルトはペンダントを私の手に握らせた。
「…滅多に無いとは思いますが、今回の様な事が絶対無いとは言えません。もしもまた何かあった場合、このペンダントを見せて、私の名前を出して下さい。」
「そ、それではアルベルト様にご迷惑が…!」
「今回みたいな大事になったら大変ですから。コレがあれば、まず無理やり事を進める様な者は居ない筈です。持っていて損は無いですよ。」
「で、ですが…。」
恐れ多すぎる…。私みたいな平民へ、こんな簡単に渡しても良いのだろうか…。
「二、三日は安静にしていて下さい。仕事場には此方から連絡しておきます。」
「あの、本当にもう大丈夫ですから。これ以上お手を煩わせる訳には…。」
「いいえ、任せて下さい。私達はこれで失礼します、がアイシャ殿は無理しては駄目ですよ?」
アルベルトの言葉の後に、ジェイクも声を掛けてきた。
「アイシャ殿、また話に参ります。今日はすみませんでした。」
「いいえ、ジェイク様が来て下さらなかったら、私は殺されていたと思います。本当にありがとうございました。」
「…アイシャ殿が無事で、良かったです。」
ジェイクは本当にいい子だ…。優し気に微笑んだ彼は、ペコリとお辞儀をしてチャックと共に出ていった。
「それでは、アイシャ殿。失礼しますね。」
「アルベルト様も、本当にありがとうございました。」
「近い内にまた来ます。お大事に。」
「はい。また、アルベルト様。」
彼はそのまま先に出たジェイク達を追うように家を出た。
「今日は疲れた…。」
私はそのまま瞳を閉じる。怪我は治っても疲労感が消える事は無い。本当は温泉に入ってゆっくり過ごしたいが、そういう訳にもいかない。
アルベルトに安静にするように言われてしまったし、大人しく数日はゆっくりして過ごそう。




