第十五話 救援
今回はジェイク視点です。
私の名前はジェイク・フィン・ドリア。騎士の家、ドリア伯爵家の第二子である。先日、ついに成人の儀式を終えた。
私には四つ年上の兄上がいる。今年で十九歳になった兄上は、騎士として毎日を過ごしている。
兄上はとても素晴らしい人です。公爵家の中でも格式ある、グレンダル公爵家に仕えているのです。頭脳明晰で、武術も魔力強く、カリスマ性もある。学園では主席をキープし続け、誰もが兄上のような騎士になりたいと、憧れの的です。
父は王国騎士団の第二師団団長で、母は昔、公爵家の方に護衛としてお仕えしていました。私の家族は皆、騎士としてとても華々しい活躍をしています。
私もいつか、兄上の様に素晴らしい騎士になっていきたいと思っています。しかし、私はまだまだ未熟なのです。
アレは、私がまだ十歳だった頃です。当時、訓練の一環として町の外に出て、父上や騎士団の方々と共に出陣しました。そこには勿論、兄上も一緒だったのです。
成人していない私達は見習いとして、騎士団の補助役として着いて行きました。見習い達で荷物を引き、魔物のいる場所へとやって来たのです。そこで見たのはとても酷いモノだった。数匹のグルベアが人を襲い、そして食べていた。
その光景を見た私は、足が震えて動けなくなってしまった。周りの声が霞んで聞こえて、グルベアから目が離せなくなっていたのです。私がハッとしたのは、グルベアがやられた時だった。
兄上は騎士団の人達と共に最後の一匹を倒すと、私に声を掛ける。その時、やっと私の足は動くようになったのだ。死体に近付くと、どうやら男女四人のようだった。私は目を背けたくなるのを我慢して、彼等の死体を運ぶ手伝いをした。
父上から、彼等の娘が一人だけ助かったのだと聞いた。ずっと昏睡状態で中々目が覚めないが、暫くすれば回復すると言っていたのです。治ると聞いてホッとした瞬間、彼女はコレからずっと一人なのだと気が付いた。
私達がもう少し早く到着していたら一人くらいは救えたのだろうか。私が、もっと急いでいれば、皆の邪魔をしていなければ…。
私達が到着した時点で食べられているのなら、どれだけ急いだとしても間に合わない事は分かり切っている。だけど、もしもを考えてしまうのは仕方の無い事ではないだろうか。
それから、私は騎士団になるのが少し怖くなってしまっていた。自分のせいで助けられなかったらどうしよう、と考えてしまうのです。
そんな事を考えて数年、私はついに迎えた成人の儀式へと赴いた。そこで見たのは、珍しい恰好をした少女だった。
成人の儀式に参加する貴族は全員覚えている筈だった。私が知らないとなると、どこかの貴族の隠し子か裕福な家の子の筈だ。貴族の子が呼び終わり、平民に移っていったので彼女は後者だったのだろう。緊張しているのか、名前を呼ばれた時に慌てて返事をしていた。
儀式が終わると、彼女もパーティーの場へと現れた。私は父上に言われて参加したが、余り乗り気では無かった為、会場の端の方へと座る。我が家に来る縁談は、どれもコレも兄上に向けてのモノだったけど、私はそれが当然だと思っていたのだ。
しかし、何故か彼女も端の席の方へとやって来た。てっきり相手を探す為に見た事も無い恰好をして、中央の方の席に座ると思ったから。
案の定、彼女は大勢の人達に囲まれている。折角端の方に来たのに少し騒がしいな、と思いはしたが、直ぐにそんな事は言えなくなった。
アルベルト様が、彼女に声を掛けたのだ。私は静かに二人の話を聞いていると、ハッとした。次の瞬間には、私は声が漏れていたのだ。アルベルト様はとても驚いていたが、私は居ても立ってもいられなかった。
結果、彼女と話して私は救われた。ちょっと大げさかも知れないが、彼女の言葉で私の重苦しかった心は軽くなったのだ。騎士になるのが怖かった私は、彼女のおかげで誰よりも強い、誇れる騎士になろうと思った。私の力で、少しでも誰かが救われてくれるなら、それよりも嬉しい事は無いのだ。
しかし、アルベルト様がいきなり彼女に求婚したのは驚いてしまった。彼女も驚いていたが、本来此処はそういう場所だ。身分を考えるなら、私は口を挟むべきではない。だけど、どうしても彼女が誰かの元に行く事が、我慢出来なかったのだ。
もっと、もっと彼女と、アイシャ殿と話したい。
ただの私の我儘ではあったが、思わず私も彼女に求婚をしていた。だけど、アイシャ殿は私とアルベルト様の話を受ける事は無かった。アイシャ殿も私と同じ様に親から言われていただけで、このパーティー自体をよく分かっていなかったようだ。
ちょっと残念な気もしたが、アイシャ殿とはまた話が出来るのなら、構わない。それだけでも十分だった。
「さて、コレで良いかな。」
今日は家で剣の稽古をする予定だった。しかし、私に教えてくれている者が急遽休みになった為、時間が空いてしまったのだ。一人で剣の修行をしても良かったのだが、先日アルベルト様と話した内容を思い出す。
アイシャ殿の返事にもよるが、私も彼女に援助をしたいと考えている。アルベルト様程ではないが、私も多少の私財はある。護衛の立場でなければ、私も出資についての話をしていただろう。
アイシャ殿に援助したいと考えている事をアルベルト様に話せば、あの方はニコリと笑って了承してくれた。出過ぎた真似と、断られなくて良かったと思う。
私はこの間の話し合いの場で、アイシャ殿が小さく漏らした言葉を聞き逃さなかった。その格好は目立ちすぎる、と。確かに一目見て貴族と分かるような格好は、平民の者には緊張するのだろう。私はコッソリと買っておいた平民のような服を着て、アイシャ殿が働いているフィルダン大工店へと向かった。
父上や兄上に見つかったら、きっと怒られるだろうな。
「すみません、アイシャ殿はいらっしゃいますか?」
私は扉を叩いて、ガラリと開けた。中に居たのは私より少し年上だろうか、若い男性が一人だけだった。
「アイシャならいないけど…、どちら様?」
ジロリと、訝しげな目で私を見る。そうだ、急に来たんだし、私も名乗らないといけない。
「すみません、名乗りもしないで。えっと、私はジェイク・フィ…いえ、只のジェイクです。」
折角平民の格好をしているのに、貴族だと知らせる事も無いだろうと、私は言い直した。しかし、どうやら彼は私の事を知っているようで、直ぐに頭を下げて言葉を正した。
「た、大変失礼致しました…!貴族様に何という言葉を…。」
「ああ、いえ、気にしないで下さい。連絡も無しに急に来たら驚きますから。」
私は彼の謝罪を受け取り、気にする事は無いと言葉を掛けた。一向に頭を上げない彼に、私はもう一度先程の言葉を言う。
「えっと、アイシャ殿今日はお休みですか?」
「その、アイシャなら…具合が悪そうだったんで早退させました。」
「…びょ、病気か何かですか?」
た、大変だ…。医者でも連れて家に向かった方が良いのだろうか。
「その、何かが体の中で暴れてる?みたいな事を言ってました。背中がゾクゾクして急に気色悪い、と。」
「……!」
何だか、嫌な予感がした。
「気持ち悪い、ではなく気色悪いと言ったのですか?」
「…アレ?そう言えば、何で気色悪いだったんだろう…?言い間違えたのか?」
「まさか…。」
私は、その症状に覚えがあった。
「すみませんが、魔法道具の紙とペンを貸してくれますか。」
「は、はい!」
私は急いでアルベルト様に手紙を送った。
「急ですがこれで失礼致します。アイシャ殿が心配なので、様子を見に行って参ります。」
「そんな、貴族様がその様な事を…。」
「いえ、大丈夫です。それでは、すみませんがこれで。」
私は急いで店を出ると、アイシャ殿の家へと向かった。近付けば近付く程、嫌な予感は増してくる。アイシャ殿の家に近付いた時、魔力が動いてるのを感じた。
「ああ、やはり…!」
息が切れそうな程走ってアイシャ殿の家に辿り着いた時には、アイシャ殿が地面に横倒れていた。少し離れた所に男が何人もいる。その内に一人が、アイシャ度に向かって魔法を繰り出そうとしているのが見えた。
「アイシャ殿!」
すかさず前に出て、その魔法を防ぐ。寸での所で防がれたソレに、男達は驚いていたようが、私には倒れているアイシャ殿しか見えなかった。
「アイシャ殿、大丈夫ですか!」
「う…、ジェイ、ク…様…。」
「チッ!また一人、平民が増えおった!」
恐らくは貴族だろう。一人の男が、私達に向かって舌打ちをした。男は周りに人間に合図をすると、数人の男が腰に差していた剣を抜いて、こちらへと襲い掛かっている。
「何を…!」
「大人しく言う事を聞かなかったそちらが悪いのだ!ヤレ!」
私は、仕方なく外套に隠していた剣を抜き応戦した。私が戦う事に驚いた顔をしたが、直ぐにその表情が怒りに染まる。
「平民風情がワシに剣を向けるなど…!一気にやるな、なぶり殺してしまえ!」
「ハッ!」
話をする余裕もない。私は男達の攻撃を何とか防ぐ事しか出来ない。下手に避けたらアイシャ殿に攻撃が行ってしまうかもしれない。どうにか受け流す事に集中していると、私が中々やられない事に腹を立てたのか、貴族の男が怒鳴り声を上げた。
「貴様等、そんなガキ一人に何をしている!もうよい!さっさと殺さぬか、このグズ共!」
「くっ…!」
痺れを切らした男が大きな声で命令を下した。男達は一斉に魔法を唱え始めると、こちらへと放つ。
「アイシャ殿…!」
もし避けたら、後ろで倒れているアイシャ殿に当たってしまう。そんな事になったら、私は…!
「はぁぁ…!!」
魔法で盾を出し、彼等の攻撃を受け止める。しかし、未熟な私一人では数人分の魔法を受けきる事などで気はしない。
「ジェイク様…!」
「アイシャ殿、逃げて下さい…!」
駄目だ、もう防げない。せめて、アイシャ殿だけでも…!
「ジェイク!」
大きな閃光が放たれて、私は目を瞑った。
「ジェイク殿、ありがとうございました。」
「兄上、アルベルト様…。」
私の前には兄上がいて、攻撃をはじいてくれていた。私は急いで後ろを確認すれば、アルベルト様がアイシャ殿を抱きかかえていた。
…良かった、アイシャ殿は無事だ…。
「ジェイク、良くやった。後ろに居ろ。」
「あ、兄上…。」
兄上はジッと前を向いたまま、私に声を掛けた。アルベルト様が手招きをするので、私は重たい体を無理して動かし、二人の傍に行く。
「アルベルト様、申し訳ありません…。」
「いいえ、ジェイク殿のおかげで最悪の事態は免れました。感謝します。アイシャ殿を、お願いできますか?」
「…はい…。」
アルベルト様は、アイシャ殿を優しく動かして、私の横置いた。アルベルト様が魔法で治療してくれたようで、アイシャ殿の体は先程よりも良くなっていた。
「…さて、お話をお伺いしましょう。ゴルドラ伯爵殿。」
「……!な、何故私の名前を…。」
「私の名はアルベルト・フィン・グレンダル。この町に住むグレンダル公爵家の者です。」
「こ、コレはコレは、公爵家の方でしたか。丁度いいところに。この平民共が、我々に剣を向けたのでございます!」
「……。」
私は違う、と口を挟みそうになったが、とっさに我慢した。アルベルト様と兄上が対応しているなら、私の出る幕は無いからだ。
「平民の分際で、この地を譲ってほしいというワシの頼みを無下に断りまして…。何とか説得しようとしたら突然暴れ出したのでございます。我々は仕方なしに応戦を…。」
男の言い分に、私は眉間に皺を寄せながら黙って聞いていた。アルベルト様は相変わらずニコリと微笑んだ表情だが、何だか少し、空気が冷たい気がする。
「ゴルドラ伯爵の言い分は分かりました。それでは、彼等にも話を伺ってみましょうか。」
「…お待ち下さい!まさか、平民の話を信じるというのですか?」
「ええ、勿論です。お互いに食い違いがあれば、それを検証しなければなりませんから。」
「しかし、あの平民共は決して非を認めないでしょう、それどころか、我々に罪を着せるやも…。」
男が話しているのを無視して、アルベルト様は此方へと近寄ってきた。
「…アイシャ殿、お辛いとは思いますがお話を聞かせて頂けますか?」
「はい、アルベルト様…。私が異変を感じこの家に戻ってきたら、彼等はいきなりこの地を寄越せと言って参りました。」
「貴様!平民の癖に嘘を吐くのか!」
「ゴルドラ伯爵、どうかお静かに。」
「…っ…!」
「私が断ると、彼等は力に訴え始めました。いよいよ殺される、と思った時にジェイク様が助けて下さいまして…。」
「…私が来た時には、既に話を聞いて頂ける状態ではありませんでした。いきなり斬りかかってくるので、私も応戦を…。」
「う、嘘だ!」
私が話している途中で、男が声を荒げた。
「ご子息様、どうか惑わされないで下さい!この者達は嘘をついております!平民の言葉など、信じてはなりません!」
「…アルベルト様、発言の許可を。」
「許します、チャック殿。」
兄上が一歩前に出る。男は後退り、う、と小さく声を漏らした。
「先程から、平民とは誰の事を言っているのですか?」
「その後ろにいる男と女だ!」
「…ゴルドラ伯爵。私はドリア伯爵家の嫡男、チャック・フィン・ドリアです。…そして、後ろにいる男の方は私の弟ですよ。」
「なっ…!?」
「私の弟に怪我をさせておきながら、随分と失礼な物言いではありませんか?」
「弟…、そんな…!」
男の顔が急に青ざめる。せめて話さえ出来れば、此処まで拗れる事は無かっただろう。しかし彼等は話す事はせず、自分達の中で決めつけてしまった。私の服装もあるが、伯爵家なのに少々迂闊過ぎないだろうか。
「そして、女性の方はアルベルト様のご友人ですよ。」
「へ、平民が公爵家の者の友人…!?」
「彼女が所有するこの土地は、私が援助しているのです。彼女が起こす事業に、私とジェイク殿は大層興味がありまして。私財からですが、友人である彼女に出資しております。」
「ま、まさか…。」
男はヘロヘロと座り込んでしまった。周りに居た護衛達もどうすればいいか分からず、オロオロとしている。
「貴方は他の町である貴族のモノに手を出しました。コレは大罪ですよ。お互いの町に亀裂が入るという事は、王族同士に亀裂が入るも同じことです。」
町を管轄する王族は、それぞれが自分達の町を発展させようと奮闘しています。もしも他の町で諍いを起こせば、それはお互いの王族へと報告され、重い処罰が下されるのです。
「お、お待ち下さ…!」
「この事は、キチンと報告させて頂きます。貴方の短慮が原因です、どの様な事になってもシッカリと償って下さい。」
「そ、そんな…。どうか、どうかこの事は…!」
男は頭を地に付けて縋りついている。良くて爵位剥奪、最悪加担した者は一族ごと処刑されても文句は言えないだろう。
チラリとアイシャ殿を見ると、何か言いたそうにしていた。
「アイシャ殿、どうかしましたか?」
「いえ、その…。どうなってしまうのかな、と思いまして…。」
「何も心配する事はありませんよ。向こうが罰せられる事はあっても、アイシャ殿が罰せられる事はありませんから。」
「罰って、どうなるのですか…?」
私は先程考えた事をアイシャ殿に伝えると、驚いた表情をした。
「あ、あの、アルベルト様…!」
「アイシャ殿、どうかなさいましたか?」
やはり、笑っている筈のアルベルト様から、とても冷たい空気を感じる。もしかして、アルベルト様にも、攻撃が当たってしまったのだろうか…。
「その、報告をしない、と言う訳にはいかないでしょうか?」
私だけでなく、その場に居た者全員が驚いた顔をした。




