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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
14/73

第十四話 貴族

「アイシャ、結局アレからどうなったんだ?」

「それが、何の連絡も無いんですよ。」


 アルベルトやジェイクと話して、一カ月が経った。最初の内はいつ連絡が来るかドキドキしながら過ごしていたが、十日も過ぎればそんな事はスッカリ忘れ去っていた。

 ルドルガに聞かれて、今思い出したくらいだ。


「貴族ですからね。平民に構ってる時間は中々取れないんじゃないですか?」


 このまま、あの話は無かった方向へと進んで欲しい。


「ふーん…。まあ、貴族に振り回されるのはいつもの事だしな。平民の俺達には、貴族が何してるかなんて分かりゃしないし。」

「一応いつ来ても良いように、それなりの準備だけはしてるんですけどね。こうも音沙汰が無いと、私もどうすればいいか困っちゃいます。」

「アイシャが居なくなると俺が困るからな。出来れば予め連絡くれると良いけど、いきなり来るなんてザラだしな…。」


 ルドルガはいつ貴族が来ても良いように、こうしてお店に残ってくれたりする。いきなり来てお店から離れると連絡してからだと手間も時間も掛かってしまう。貴族を待たせる訳にもいかないので、場所を移すのなら直ぐに移動しなくてはいけないだろう。


 貴族にとって平民はかなり下の存在らしい。流石に家畜同然ではないそうだが、もし気に障れば殺されないまでも、平気で暴力を振るってくる。王族が決めた法によって、貴族が平民に対して命令できるのにも限度があるが、それを知っているのは裕福な家庭の人間だけだ。

 平民の中でも下の方にいる者は、どれだけ理不尽な命令でも背いてはいけないと教え込まれている。比較的一般家庭だった私も、そういう風に教え込まれていた。


 多分、怒らせてもお金で何とか出来る富豪とは違い、どうする事も出来ない者達が少しでもそうならない様にと、誇張して教えていたのだと思う。


「アルベルト様やジェイク様はお優しい方だけど、普通は有無を言わさずですからね。」

「親父が他の店について言ってたけどさ、貴族からの注文がある大店は相当無茶言われるらしいぞ。こっちの事情とかお構いなしだってさ。」

「うわぁ…、それは大変ですね…。」


 勿論、貴族から注文が来るという事は大変誇らしい事である。店の宣伝にもなるし、自分達の腕が認められたという事だからだ。

 だが、そのせいでしなくてもいい苦労をするなんて、私はご免だ。


「今日もこの様子なら、来なさそうだよな。昼飯でも食って、その後にでも親父達のとこ行くか…。」

「多分、大丈夫ですよ。こっちは私が何とかしますか、ら…。」


 突然、背中がゾクゾクとした。


「アイシャ?」

「あ、いえ、何でもないです。」

「…どうかしたのか?」

「うーん、何でしょう…。悪寒?みたいなものが走ったような…。」


 でも、ほんの一瞬だけだった…。今は何とも無いし、気のせいかな?


「どっか具合でも悪いのか?」

「いいえ。そう言う事ではないと思いますが…。」

「ま、念の為薬でも飲んどけよ。店に置いてあったと思うから。」

「すみません、ルドルガさん。」


 後ろの棚からガサゴソと漁ってたルドルガが、こちらへと戻って来た。


「ほらよ。」

「ありがとうございます。」


 そう言えば、この世界に来て体を壊したことないな…。怪我はしょっちゅうだが、風邪とか熱とかそう言うのは全くない。昔の記憶を思い出しても、アイシャとして生きた人生の中で、一度も体調が崩れた事が無い。

 私、凄い丈夫な子だったのか…。


「昼飯、折角だし一緒に食うか。」

「あ、はい。」


 私達は机の上にお弁当を広げた。


「アイシャ、今日のは何だ?」

「色んなおにぎり作ってきました。種を抜いたメルとか焼いたケザとか色々です。」


 メルは梅干し、ケザは鮭に似た味の食材だ。前の世界と同じ名前の物もあるが、基本的には名前や見た目は違うが味が同じような物の方が多かった。味が変わらないのなら調理はしやすい。着々と和食の腕を上げていっている。

 因みに、いつもルドルガが味見をしてくれる。ちゃんと材料費は貰ってるので、どれがこの世界の人に合うのかを知るのに、結構助かっているのだ。


「オニギリって前に食べてたやつだよな?あのしょっぱいの以外にもあるのか?」

「アレは自分が食べる分だったので、ただの塩結びにしたんですよ。本来なら色々と味があって楽しめるんですよ。」

「へー。米ってあんまり食べねえけど、アイシャが作ると美味そうに見えるんだよな。」


 そう。この世界、折角お米があるのに余り食べないのだそうだ。基本的には粉にして、パンにしてしまうのだとか。パンも好きだが、私はやはりお米が良い。

 ルドルガの家にお邪魔していた時はお米が食べられなかった。帰ったら既にパンが用意されていたし、お世話になっている身でお米が食べたい、何て我が儘は言えなかったのだ。


 日本人なら、やっぱりお米だよね!白米でも玄米でも麦米でも、何だって美味しい!


「お好きなのどうぞ。感想聞かせて下さい。」

「おう、サンキュー!アイシャも、俺の弁当食えよ。今日はお袋がサイキョウヤキ入れてくれたんだぜ!」

「わあ、それは楽しみです!」


 ほんの数日前にも、入ってるの見ましたけどね。ルドルガってば、本当に西京焼き気に入ってるんだなぁ。飽きないのかしら。


 そんな事を考えつつ、私はおにぎりと一緒にルドルガのお弁当を食べる。レイアさん、また料理の腕を上げたなー。凄い美味しい…。


「このオニギリ、美味しいな!米がメウやケザに合うとは思わなかった。アイシャ、こっちは何だ?」

「それは沢庵です。コイダを漬けた物で、お米との相性は最高ですよ!」

「おぉ!ポリポリしてて、何か面白いな!」

「私、沢庵大好きなんですよねー。これだけでご飯お替り出来ちゃいます…!」


 お米と一緒にポリポリ食べてると、気が付けば一人で一本食べそうになっていて、母さんに怒られた事があった。


「アイシャの料理はどれも初めての味で、凄いな。」

「ルドルガさんったら、お世辞なんか言っても大したモノ出ませんよ。」

「世辞じゃねえよ。お前はもう少し素直に受け取ったらどうだ。」

「そう言われましても…。」


 社交辞令が当たり前の日本で育った私は、人からの賛辞を中々素直に受け取れなかった。謙虚と言えばそうかもしれないが、きっと私の悪いところだと思う。


「お前は凄いよ、アイシャ。」

「る、ルドルガさん…!」

「正直、お前のオンセンリョカンってやつは、今でも難しいと思ってる。貴族が絡んじまったら、それこそ思う様にはいかねえ。」

「……。」


 真面目な顔で、ルドルガは私を見た。いつもの軽い口調ではない、重みのある言葉だ。


「だけど、逆にそれはチャンスにもなる。お前の足りない所を何とかしてもらえるなら、夢には一気に近付けるはずだ。だから、間違えるなよ。」

「ま、間違える…?」

「そうだ。アルベルト様やジェイク様は、確かに優しい方々だ。でも、その家族は違うだろう。あんな貴族は滅多に居ない。普通はもっと横暴な奴等ばっかりだ。だから…。」


 少しの間を置いて、再び口が開く。


「ちゃんと、相手を見極めろ。お前はオンセンの事になると暴走しちまうだろ。譲れない事だとは分かってるが、それでも、折角ここまで来たんだ。無駄にはするなよ。」

「ルドルガさん…。勿論です!私は、絶対に理想の温泉旅館を作り上げてみせます!だから、その時は是非泊まりに来て下さいね!」

「ああ、楽しみにしてるよ。」


 確かに、アルベルトやジェイクと違って、護衛として一緒に来ていたチャックの表情は、余りいいモノでは無かった。彼はニコニコと爽やかな笑顔を浮かべていたが、私が二人と話している時、何度か顔を(しか)めそうになっていたのを知っている。

 主であるアルベルトが何も言わないから注意されなかっただけで、きっと心の中では無礼者、何て思っていただろう。


 もう少し、気を付けないといけない。此処まで来て失敗はしたくないし、取り上げられたら大変だ。


「よーし、頑張るぞ!」

「お!やる気だな。」

「勿論です!私は、温泉の為に生きてるんですから!」

「それはどうかと思うが…。まあ、俺もお前の夢は応援してるんだ。頑張れよ!」

「はい!ありがとうございます!」


 ルドルガの声援を受け、更にやる気にあった。温泉旅館、頑張って開くんだ!


「それじゃ、午後の仕事も頑張りま…!」

「……?」


 立ち上がった瞬間、眩暈がした。何、コレ…。気色悪い。体の中を、何かがグルグル動き回っている様な感覚がする。


「う…。」

「アイシャ!どうかしたのかっ?」

「な、何だか体が…。…何かが体の中で渦巻いてるような感じが…。」

「……?どういう事だ?」

「よく分からないんです…。でも、何だか背中がゾクゾクして…。気色悪い…。」


 私は、ふらりと倒れそうになる。気が付いたルドルガが、慌ててそっと支えてくれた。


「大丈夫か?」

「すみません…、ありがとうございます…。」

「おい、無理するな。今日はもう休め、親父には後で俺から言っておくから。」

「ルドルガさん…、ごめんなさい。」

「謝るなって。ほら、立てるか?」


 ルドルガに手を貸してもらい、軽く息を吐いて立つ。大丈夫、歩けそうだ。


「大丈夫です。」

「一人で帰れるか?送ってった方が…。」

「いえ、そこまで迷惑を掛ける訳には行きませんから。それに、何とか歩けそうです。」

「それならいいが…。本当に無理するなよ。何かあったら、コレで連絡しろ。」


 ルドルガは、紙とペンを私に持たせた。これは、特定の相手に直接手紙が届くようにする魔法道具だ。この世界に電話なんて無く、離れた人に連絡をする場合はこの紙とペンで用件を書き、自分の魔力を流し込むとその人の元へと飛んでいくようになっている。


「何から何まで、すみません…。」

「いいから、ほら。もう帰れ。」

「はい。今日はお先に失礼します。」


 ルドルガに見送られて、私は帰路に就く。一体、どうしたというのだろうか。こんな急に具合が悪くなるなんて、今まで一度も無かったのに。


「何て言うか、風邪みたいな症状じゃないんだよな…。」


 この世界の病気がどういうものか分からないので何とも言えないが、少なくとも私の知る病気ではなかった。そもそも、魔力なんて無かったのだから、知ってるわけがない。

 町を出て森に入ると、再びグラリとした。今回はほんの一瞬だけだったから倒れたりはしなかったが、ハッキリと分かった。体の中で魔力が動いているのは、警報を鳴らしているからだ、と。


 私は嫌な予感がして、急いで家の方へと走っていった。


「ふん、やっと来たか。平民の分際でワシを待たせおって…。」

「……。」


 私の家の前には、大きな馬車と小さな馬車が止まっていて、周りには何人もの大人がいた。


「だ、誰ですか…。」

「平民の分際で、貴族であるワシに勝手に口を利くとは何と無礼な!」

「ひゃっ…!」


 私の直ぐ横を、強い風が通り過ぎていった。後ろでは木が薙ぎ倒されていて、ドシン…と、大きな音がした。


「おい、平民。此処は貴様の所有しているのか。」

「は、はい…。」

「そうか。ならば話は早い。貴様の所有している土地を寄越せ。」

「えっ…?」


 今、何て言った?


「何度も言わせるな!貴様の土地を寄越せと言っているのだ!」

「い、嫌です…!此処は、私の家です…!」

「平民如きが貴族の命令に逆らうというのか!」


 偉そうに怒鳴り声を上げる男は、手に持っていた鞭を広げ、地面に叩きつけた。


「……!」

「痛い目を見たくなかったら、大人しく寄越せ!全く、これだから学の無いものは…!」

「お、お断り致します!」

「な、な、何だと…!?」


 男の表情が怒りに染まる。今にもその鞭を打ち付けてきそうな男に、私は内心震えながら反論した。


「幾ら貴族様でも、出来る事と出来ない事がございます。たとえ相手が平民でも、その者が持っている土地や金銭を奪う事は、王族によって禁じられている筈です!王族が管理する役所に行かねば、受け渡しは出来ないと知っています。」

「チッ…!悪知恵の働く小娘だ…。」


 先日アルベルト達に教えてもらった事が、役に立った。きっと、聞いてなかったら私はもっと話を(こじ)らせていただろう。


「平民である貴様は知らないだろうが、当人同士が了承すれば、役所にはいかなくても取引は出来る。金はくれてやる、いいからこの地を寄越せ。」

「いいえ、お断りします。此処には、私の全てがあるのです。何年も掛けて手に入れたこの場所を、誰かにお譲りする事はありません。」

「貴様…!このワシが金を出すというのに更に断るとは…!もう許さん!ヤレ!」

「ハッ!」


 次の瞬間、私の体は後ろにあった木に打ち付けられていた。


「あぅ…!」

「ふん!いい気味だ!」


 重たい風の塊が私の体に放たれて、思い切り吹っ飛ばされたのだ。ドサリと音を立てて、私は地面へと倒れ込む。フラフラとして、上手く立ち上がる事が出来ない。


「全く、面倒を掛けおって。だから平民は嫌いなのだ。…これ以上痛い目を見たくなければ、大人しくワシと取引をせよ。」

「う…げほ……。」

「返事をせぬか!」


 再び、今度は水の塊が、私目掛けて飛んできた。水流に逆らえず、ゴロゴロと地面を転がって大きな岩にぶつかる。頭をぶつけたようで、ポタリと顔から血が垂れた。


「ワシは気が長くない。サッサとせよ!」

「あ…う…。お、お断り、です…。」

「…この、平民風情が…!もういい、殺してくれる…!」


 男が周りに居た人間に命じると、私に向かって魔法を放つ。痛くて体が動かない。避けられない。


 父さん、母さん…。私、私は…。




 私はどうする事も出来ず、静かに目を瞑った。

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