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温泉物語  作者: 蒼乃みあ
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第十三話 申し出

 私は、静かにアルベルトの言葉を待っていた。彼は少し間を置いてから、喋り始めた。


「貴方は自分で店を持つのが夢だと仰っていましたが、どの様な店でしょうか?それはこの間着ていた様な服を売る店ですか?それとも、料理を出す店でしょうか?」

「えっと、その…。私、先程見て頂いた温泉をメインとした宿を開きたいと考えております。」

「宿ですか…?」


 アルベルトの言葉に、私は自分の考えている事を話し始める。


「はい。私は両親が教えてくれたこの温泉が大好きなのですが、どうやら余り他の人には受け入れられないようで。少しでも温泉の良さを知ってもらいたくて、温泉旅館を開きたいのです。その為に、色々と試行錯誤しております。」

「オンセンリョカン…。あの服やこのお菓子については、どうお考えですか?」

「アレは和服と言って、旅館に泊まって頂いた方に貸し出そうと考えております。前のよりはもっと気楽に着れる物を作る予定ではありますが…。お菓子については、母さんに教えてもらったレシピで作っているので、これが私にとっては普通なのです。」


 やっぱり、温泉旅館と言ったら浴衣だろう。お風呂上がりに浴衣を着て部屋でゆっくり、なんて最高だ。夏の時期には窓から花火でも見れれば更に良いのだが、この世界には花火は無いようだ。流石に花火の作り方は知らないので、似た様な物が出来ないか考えておこう。

 …いや、森の中だし、火を使うのは危ないかな?


「…是非、アイシャ殿のご家族に話をお伺いしてみたかったですね。」


 アルベルトの言葉にチャックも頷いた。勿論、聞いても答えられるわけは無いが。


 彼等が私に興味を持っているのは、見た事も無い物を持っているからだと、私は理解している。それをどうしたいのかまでは分からないが、少なくともハーベリー夫妻の様に嫌な感じはしない。

 そもそも、貴族に命じられてしまえば平民である私に断る事は出来ないと言っても良い。彼等が私をどうするかによって、私のこれからも変わってしまうのだ。


「アイシャ殿、そのオンセンリョカンというのはいつ頃始める予定ですか?」

「そうですね。全くの未定でございます。」

「未定ですか?」


 アルベルトは、少し驚いた様な顔をした。正直、私一人の魔力では、何十年掛かるか分からない。だからと言って、他の人に頼む事も考えていない。

 温泉旅館は私の夢だ。生きる意味と言っても良い。温泉の為に私は今までの人生を捧げて来たし、これからも変わりはしない。たとえお祖母ちゃんになったとしても、決して諦めはしないのだ。


「私は魔力の低い平民でございます。旅館が完成して経営の為に従業員を雇うなら兎も角、その前を誰かに頼む事は考えておりません。人を雇うお金もありませんから。」

「…なるほど。アイシャ殿の考えは分かりました。」


 考え込むアルベルトは、ブツブツと何かを言っていた。声が小さすぎ聞こえないが、邪魔はしない方が良いだろう。私はチラリとジェイクやチャックの方を見る。

 チャックは静かにアルベルトの様子を見ているだけだったが、ジェイクは何か言いたそうにしていた。声を掛けようかとも思ったが、彼が自分から発言しないという事は、アルベルトの邪魔をしない様にしているのだと思って止めた。


「アイシャ殿、コレは相談なのですが…。私が出資する事は可能ですか?」

「えっ…?」

「私はアイシャ殿が作るオンセンリョカンというモノに興味があります。出来れば、早々に完成させて、私も体験してみたいのです。」

「アルベルト様、何を…!」

「チャック殿、少々お静かに。」

「……失礼致しました。」


 彼の言葉に驚いたチャックが何か言おうとしたが、直ぐにソレを制止した。チャックは深く頭を下げ、静かに成り行きを見守る事にしたようだ。


「勿論、アイシャ殿は断っても構いません。貴族の息子としてではなく、ただのアルベルトとして…。私は貴方の援助をしたいと思いました。先程、アイシャ殿は誰かに頼む事は無いと仰いましたが、それを承知で申します。どうか、私の援助を受けてもらえませんか?」

「……。」


 出来る事なら断りたい。彼は断っても良いとは言うが、もし断ったのが誰かに漏れでもしたら私の首が飛ぶかもしれない。

 彼の言葉はとてもありがたい。だけど、コレは私の夢なのだ。さっき言った通り、誰かにそれを負わせるような事はしたくは無い。


 しかし、アルベルトはそれを分かっている上で援助をしたいと言っている。それがどういう事なのか、私は確認しなければならない。お金を出した見返りが、何なのかを。


「アルベルト様の申し出は、とてもありがたいものです。しかし、いくつか質問をしても宜しいでしょうか?」

「勿論です。何でしょうか?」

「出資した後の事をお伺いしたいです。」

「後の事ですか?」


 まさか、アルベルトがその事を考えていないとは思っていない。彼はこの中で誰よりも上の立場だ。そういう教育をされている筈である。


「ただの好意で出資している訳ではないでしょう。何かしらの見返りがあるものと、私は思っています。アルベルト様は、私に何を望んでいるのでしょうか?」

「…好意が一番大きな要因なんですけど、そう言っても信じてはもらえないでしょうね。」


 当たり前である。彼ほどの大貴族が、ただの好意で平民である私にポンとお金を出すとは考えにくいのだ。何かしらの考えがあると思うのは当然だろう。


「そうですね…。好意以外と言えば、先程言った通り、オンセンリョカンに興味がある、という事でしょうか。私は先程の足湯を、とても気に入っています。それに、アイシャ殿が言う全身で浸かるオンセンも。それを体験したい。だからお金を出す、というのは不思議な事ですか?」

「もしもそれだけでしたら、言って下さればご用意致します。わざわざ出資して頂かなくても、体験する事は可能です。」

「……中々手強いですね。」


 アルベルトの小さな呟きは、私には聞こえなかった。


「もしも出資した代わりに旅館その物や経営権を寄越せ、何て言われてしまっては、私には抗いようがありません。ソコまでではなくとも、出資するのだから私の知識を寄越せと言われてしまえばソレまでです。」


 勿論、温泉を広げてくれるならばいくらでも話をするくらいは構わない。だけど、私の温泉の為の知識は膨大である。そんな事をすればそれに時間を取られ、自分の旅館作りが進まないのだ。せめて、此処が完成してからにしてほしい。


「私は、アルベルト様が何の見返りも無くその様な事をする方だとは思っていません。もし何かあるのならば、最初に言って頂きたいのです。無礼を承知で申します。貴方様の望みは何でしょうか?」

「…別に私は、その様な事を言うつもりはありません。ですが、アイシャ殿の言う通り、援助する上で何の見返りも無く、というのは難しい事だと思っています。」

「……。」

「私は、この旅館が完成した暁には、一番初めのお客にして頂きたいと思っています。」

「……え?」


 その言葉は、私にとって予想外過ぎる言葉だった。


「正直に言えば、共同経営、というのが一番だと思っています。だけど、オンセンリョカンはアイシャ殿の夢だと言いました。ならば、私は余り関わらない方が良いのでしょう。」

「…アルベルト様。」

「ですから、完成した折には、私を一番最初に招待して下さいませんか?」


 そこまで考えてくれるとは、思ってもいなかった。アルベルトの話は、私にとって物凄く有り難かった。普通に考えれば、有り得ない程好待遇な申し出だ。

 だけど……。


「アルベルト様のお話大変ありがたく思います。」

「アイシャ殿、それでは…。」

「…どうか、ほんの少しで良いのです。厚かましいお願いだと存じております。ですが、考える時間を頂けないでしょうか…。」


 いくら魅力的な話であっても、直ぐに即決できるような事ではなかった。無礼どころの話ではないが、それでも私はちゃんと考える時間が欲しい。真っ直ぐ彼の目を見る。


「…分かりました。確かに、急な話でしたからね。アイシャ殿もいきなり言われて驚いた事でしょうし、今日の所はここまでにします。」

「お心遣い、大変感謝致します。」


 私はホッと息を吐いた。何故かジェイクも安心した様な顔になっている。


「すみません、いきなりこんな話をしてしまって。」

「いいえ。アルベルト様のお話、とてもありがたかったです。私の方こそ、我が儘を言ってしまい、申し訳ありません。」

「アイシャ殿が気にする事ではありません。…出来れば、もう少しくだけてほしいとは思いますが。」

「平民である私が貴族であるアルベルト様にその様な事、恐れ多くて出来ません。」

「そうですか…。貴方とは良い友人でいたいので、もう少し親しんでくれたら、と思ったのですが…。」


 流石に無理だ。貴族相手に友人なんてなれる訳がない。悲しそうな顔をするが、アルベルト相手だと何処までが本心か分からない。これがジェイクだったら少し罪悪感も感じるが、それだけである。


「そう言えば、アイシャ殿の家は少し変わっていますね。」

「フィルダン大工店の皆が、私の成人祝いに、と建てるのを手伝ってくれたのです。此処は、私の大事な場所です。」

「そうなのですか。アイシャ殿は、とても大事にされているのですね。」

「はい。私は彼等に返しきれない恩があります。温泉旅館が出来たら辞めてしまいますが、それまでは一生懸命働きたいと思っています!」


 皆、何だかんだ温泉を気に入ってくれたし。いつもお世話になりっぱなしだから、少しでもその恩を返せると良いな。


「よく温泉に入りに来てくれるのですよ。たまにですが、お酒や料理も振舞う事もあります。いつか旅館の食事として出せるように、色々と意見も聞いてます。」

「それは彼等が羨ましいですね。」

「……?」

「私も是非、アイシャ殿の料理を食べてみたいです。」

「えっ…!」


 いやいや、貴族が平民の食事だなんて…。でも、それはそれで参考になるかな…?貴族がどんな物食べてるか分からないし、ひょっとしたら話が聞けるかも…。

 うーん、どうしよう…。


「わ、私も……!」

「ジェイク。」

「あぅ…。」


 チャックに注意され、ジェイクは口を閉じた。仕事として此処に来ているので仕方の無い事ではあるが、ちょっと可哀そうである。


「えっと、予定が合えば…。」


 その内にでも…と、ハッキリと言わずに言葉を濁す。それを聞いたアルベルトは、ほんの少しだけ、普段よりも明るい笑顔で微笑んだ。

 こうしてみると、今までの表情よりも幼く見える。彼も年相応の顔が出来るんだな、何て思ってしまった。


「とても楽しみにしていますね!」

「お口に合う様な物が出来るかは分かりませんが、精一杯作らせて頂きます。」

「ええ、お願いします!」


 ニコニコと微笑むアルベルトは、本当に楽しみにしている様だった。そんな様子を見て居たジェイクに、私は声を掛ける。


「あの、ジェイク様。もし宜しければ、ジェイク様も如何でしょうか?」

「えっ?」

「私、貴族の方の料理というのが分からないのです。ですから、少しでも色んな方に感想を頂けると嬉しいのですが…。」

「も、勿論お願いします!」

「……。」


 微笑んだままの表情で、チャックの目元が、ピクリと動いた。分かってます。物凄く無礼な事だと分かってます。でも、あの様に項垂れたままのジェイクを放っておけるほど、私は冷徹な人間ではないのです。


 私の言葉に、ジェイクは大きな声で返事をした。アルベルトと一緒に嬉しそうに喜んでいて、とても微笑ましい。十五歳なんて、まだまだ子供である。いくらこの世界では成人だと言っても、私からすれば彼等は幼いのである。


「好みの物があればお応えしますが…。何かありますか?」

「アイシャ殿が作ってくれるなら、何でも美味しく頂きます。」

「私もです!」


 何でも、と言われるのが一番困る答えなのだが、仕方がない。出来る限り頑張って作ってみよう。お店に出す料理の感想が欲しいし、色んな和食を作ってみようかな…。


「アルベルト様、そろそろ…。」

「ああ、もうこんな時間ですか。楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまいますね。」


 外を見れば、日が傾きかけていた。いつの間に…。


「アイシャ殿。私達はそろそろお暇致しますね。遅くまで女性の家にいるのも悪いですから。」

「お気遣い、ありがとうございます。どうか、お見送りさせて下さい。」

「では、お願いしますね。」


 私は三人と一緒に、アレフさんが待つ馬車へとやって来た。


「お帰りなさいませ、アルベルト坊ちゃま。チャック様とジェイク様も、お疲れ様でございます。」

「アレフ、待たせたね。それでは、アイシャ殿。今日はとても有意義な時間でした。また連絡しますね。」

「はい。お待ちしております。」

「…それまでには、先程の話の返事、考えておいて下さいね。」

「畏まりました。」


 ハッキリとした期間が分からないので、早々に決める必要がありそうだ…。


「では、失礼します。また。」

「アイシャ殿、またお話しましょうね!」

「…失礼致します。」


 ジェイクはきっと、帰ったらチャックに怒られるんだろうな…。


 彼等を乗せた馬車はそのまま町の方へと帰っていった。私は見えなくなるまで外に居て見送る。


「はぁ…、疲れた…。」


 大きく息を吐いた私は、家へと戻っていった。出していたクッキーは、ジェイクが殆ど食べてしまい、綺麗に無くなっていた。コップとお皿を片して、私はリビングにあるソファへと座り込んだ。


 次に会うのがいつになるか分からない、ちゃんと考えて、直ぐにでも返事が出せるようにしておこう…。今回は私の予定に合わせてくれたが、次もそうだとは限らない。ある程度は準備しておかなくちゃいけないだろう。


 貴族相手は何があるか分からないのだ。事前準備は必要だ。私は明日からの予定を立て、今日はゆっくり休む事にした。何事も無く済めばいいが、そうはいかないのが貴族と平民の差である。

 いきなり斬り付けられ事は無いだろうが、気に障らない様に気を付けよう…!

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