第十一話 お客様
次の日、私は久し振りの仕事に出た。棟梁やルドルガと一緒にやって来た私は、皆から次々とお祝いの言葉をもらった。まさか、こんなにもお祝いしてもらえるなんて思っていなかったので、私はとても嬉しかった。
しかし、お店の中を見回すと、書類棚が驚く程にグチャグチャになっていた。私が休んでいる間は皆が代りながら仕事をこなしていたそうだが、職人気質な彼等に事務仕事は難しかったそうだ。皆が乾いた笑いを溢す中、私は棚の整理から始める事にした。
仕事を終えてお店に戻って来た彼等に連れられて、私は建設中の自分の家の様子を見に行った。そこには殆ど出来ていた大きな一軒家があって、私の気分は高揚した。
三階建てのその家は、私の希望通りの三角屋根に煙突も付いていた。中に入れば一階には応接間用の部屋、広めのリビングとキッチン、テラス。そして、温泉へと続く廊下に脱衣所があって、私の温泉へと続いている。この一階だけでも私のテンションは上がっていき、既に最高潮だ。
「凄い、凄いです…!私の家!皆さん、本当にありがとうございます!お疲れ様です!」
「まだ完成してねーぞ、アイシャ。まあ、建築材料も十分あったし大分楽だったけどな。」
「面白い建て方だったから、俺達もつい夢中になっちまったよな。」
「上の階も見てみな、アイシャちゃん。まだ完全ではないけど、形は出来上がってるから。」
「はい!」
言われるまま階段を上がり、上の階を見る。それぞれ二部屋ずつあり、二階には広めのバルコニーもあった。そして何と言ってもコレ。屋根裏部屋だ。昔から、この屋根裏部屋というものに強い憧れがあった。実際は空気の通りが悪いとか、狭くて天井が低いから動きづらいとかあるが、どうしても欲しかった。
「ああ、屋根裏部屋だ…!」
「何でこんな小さな部屋欲しいのか分かんなかったけど、アイシャちゃんが喜んでるならいいか。」
「外に物置小屋とかも作ってあるし、何に使うか謎だけど、そんなに嬉しいモノなの?」
「はい…!秘密基地みたいで、ずっと憧れてたんです!」
「秘密基地って…。成人した女が何言ってんだよ…。」
「い、いいじゃないですか!これも夢ですよ、夢!」
「はいはい。」
ルドルガは呆れた様に言葉を返す。もう少しでこの家に住めるなんて、興奮が収まらない。ワクワク過ぎて、仕事終わりだと言うのに柄にもなくはしゃいでしまった。
成人になってから八日が過ぎた。私の家が後少しと言う所で、フィルダン大工店にお客さんがやって来た。ピシッとしたスーツのような服に身を包み、小さめの片眼鏡を掛けた四十代くらいの男性だった。私はその人を見て、直ぐに貴族だと分かった。
「こんにちは、お嬢さん。失礼ですが、貴方がアイシャ様はいらっしゃいますか?」
「あ、その…私がそうです。」
貴族の人に様付けで呼ばれるのは落ち着かないな…。物腰の柔らかそうなおじさんだったが、何か失礼があってはいけない。私は出来る限り粗相のないように気を付けながら対応した。
「私、グレンダル公爵家より使いに参りました、アレフと申します。本日はアルベルト坊ちゃまが以前交わした約束の詳細を決めてきてほしいと頼まれ、こちらに参りました。」
「えっと、どうぞこちらへお掛け下さい。」
私は応接用の椅子へと着席を促すと、アレフさんはすんなりと座ってくれた。
「アルベルト坊ちゃまとドリア伯爵家のジェイク様の予定が合う日を、候補としていくつかご用意致しました。この中でアイシャ様のご都合の日はございますか?」
「えっと、そうですね…。」
アレフさんが差し出してくれた紙には、三つほど日付が書かれていた。恐らく、この中から選べって事だろう。
成人の儀式で起こった事は、既に棟梁達には話してある。勿論、プロポーズとかの事は暈して。物凄く驚いてはいたが、貴族からの申し出を断る事が出来ないのは分かってくれている。予定が決まったらその日は休みにするので教えてくれ、と言ってくれた。
本当、これだけお世話になっているのに更に心労まで掛けるのは、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私は用意された日程の中から、一番遠い日を選んだ。と言っても、十日後なので、そこまで遠くはない。いくら何でも、ちょっと急ぎ過ぎじゃないですかね。もうちょっと余裕が欲しかった…。
「どうもありがとうございました。それでは、坊ちゃま方にはそのように伝えて参ります。」
「あ、あの、すみません。」
「如何なさいましたか?」
「私、その時にはもう自分の家に移り住んでいるんです。なので、出来れば此処じゃなくてそちらに向かって頂きたいのですが…。」
平民の私の言葉が、いつ貴族の逆鱗に触れるか分からない。出来る限り丁寧に説明して、相手の気を損ねないようにする。
「…場所はどの辺りでしょうか?」
「えっと、南門から出て少し行った所に整備された道があると思うので、その先なのですが…。」
「…町の外、ですか?」
「は、はい…!」
ピクリと、彼の眉が動いた。顔はにこやかな表情のままだが、明らかに空気が変わった。
「そ、その…。」
私はどうしようかと声を掛けたが、相手からの返答はない。急かす事は出来ず相手からの言葉を待つ。ほんの少しの間なのに、私にはとても長い時間に感じられた。
「失礼致しました。申し訳ありませんが、アイシャ様には此方へとやって来て頂き、案内して頂いても宜しいでしょうか?」
「あ、はい、大丈夫です。」
「ありがとうございます。それでは、十日後の昼前にこちらへとお伺い致しますね。」
「分かりました。どうも、ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ。失礼致します。」
そう言って、アレフさんはお店を出て行った。
「はぁ…!」
物凄く緊張した。この間は一応、あの場限りではあったが、多少フレンドリーだったとしても怒られないから平気だった。しかし、今日は違う。いつ、何が理由で相手を怒らすか分からないのだ。怒らせてしまえば行きつく先は、死。
やはり、貴族とは関わりたくないものである。
仕事から戻って来た棟梁に事情を説明して、その日はお休みをもらう事になった。そして、此処で待ち合わせをする事にも許可を得た。
この店に貴族が来るなんて、周りにはどう映るのだろう。迷惑にならなければいいけど…。
そんな事を考えながら三日が過ぎた。ついに、家が完成したのである。今日は仕事を早く切り上げて、皆が私の家へと集まってくれた。
「皆さん、こんな素敵な家を、本当にありがとうございます!」
「いや、俺達も楽しかったよ。」
「アイシャちゃんが喜んでくれて、嬉しいなー。」
「今日は、私から皆さんに心ばかりのお礼を用意しました。どうぞ、こちらへ。」
私は皆を、温泉の方へと案内した。
「今日は、皆さんの為に特別なお酒と料理を用意しました。」
「お、酒か!」
「ついに、アイシャちゃんのお酌で酒が飲めるんだな!」
お酒という言葉に、皆のテンションは上がる。
「その為にはどうか、一度だけでいいのです。温泉に、入って見ては頂けませんか?」
「オンセンか…。」
私の言葉に、彼等は渋い表情をした。温泉の素晴らしさを広めたいのもあるが、出来ればその疲れを癒してほしいのである。春が来たと言っても日が暮れれば寒い時だってある。今日はそこまで寒くは無いが、是非その温かさを知ってほしい。
皆が難色を示す中、ルドルガが突然服を脱ぎ始めた。
「おい、ルドルガ?」
「あんだけ言ってんだし、一回くらいいいじゃねえか。それに、上手い飯と酒が出てくるんだろ?文句何かねーよ。」
「確かに、アイシャの作った飯は上手かった…。あのサイキョウヤキは素晴らしかったな。」
ルドルガに続いて、棟梁も服を脱ぐ。普通の女の子なら慌てそうなものだが、私は仕事の関係上、上半身脱いだくらいじゃ恥じらいはしない。お客さんの背中を流す事だってあったし。
二人の頭の中は温泉ではなく、食事の事ばかりだ。確かにルドルガのリクエスト通り、レイアさんと一緒に西京焼きを作った時はそれはそれは驚かれた。ルドルガのお気に入りという事で、大分多めに作ったのだが、棟梁と二人掛かりでは全て無くなってしまったのだ。
二人が脱いで腹が決まったのか、皆がどんどんと服を脱いで温泉へと向かっていく。私はとても嬉しくなり、彼等にお湯に浸かるよう勧めた。
一番初めに脱いだルドルガが、ちゃぷんと中に入った。
「思ったよりも温かいな…。」
「肩まで、ゆっくり浸かってみて下さい。」
「おう。」
温泉に浸かったルドルガが、静かになった。その様子を見ていた彼等だが、ルドルガの表情を見て次々と中に入っていく。
「これは、確かに気持ちいい…。」
「本当だ!温かくて、何か良いな!」
「体が温まる感じだ。ホッとするな。」
彼等から出てきた言葉は、どれも賛辞の言葉だった。私は余りの嬉しさに、涙が出そうになる。急いで用意していたお酒を持ってくる。
「皆さん、コレは日本酒というお酒です。この小さなお猪口というモノに入れて、チビチビと飲んでいくものです。一気に飲むと直ぐに酔うので、少しずつ飲んで下さい。」
桶に入れた日本酒を、皆に渡していく。温泉にいくつも桶が浮いているのは変な光景だが、彼等は温泉自体が初めてなので特に気にする事も無くソレを口にした。
「う、上手い!何だコレ!」
「初めて飲んだが、確かに美味いな!コレがニホンシュというモノか!」
気に入って貰えたのか、皆の飲むペースが速い。徳利には少なめに入れておいて正解だ。
「オンセンと酒で体が芯から温まるな…。これは、確かに最高だ…。」
「アイシャちゃんがいつも言ってたオンセンの良さが、分かった気がする。」
まったりとした空気の中、私は棟梁を呼んだ。
「一番お世話になった棟梁さんには、私からスペシャルマッサージを贈ります。」
「何だ、そりゃ?」
「どうぞ、こちらにうつ伏せで寝そべって下さい。」
私が手を向けたのは、皆が入っている温泉の横にある岩盤浴のスペースだ。自分用なので少々狭いが、頑張って作ってみたのだ。
棟梁は言われるままそこに寝転ぶと、おお、と小さい声を漏らした。
「コレは、さっきの温泉と違うが、良いな。」
「ふふ、それでは、失礼しますね。」
私は町で買ってきたオイルを棟梁の背中へと垂らした。そして、肩から背中、腰、そして足まで、徹底的にマッサージを施した。やはり大工仕事というのは体が凝るのだろう。棟梁は私が優しく揉むと、小さく息を吐いていた。
「如何でしたか?」
「最高だ…。体の疲れが、吹っ飛んじまったよ。」
「それは良かったです。もう一度温泉で体を温めると、更に効果が出ますよ。」
「そうか、そんじゃもうちょい入るかな。」
棟梁は私の言葉の通り、再び温泉へと入っていった。その様子を見た皆が、次は俺も!と声をあげる。
「アイシャちゃん、俺も俺も!」
「おい馬鹿、俺が先だぞ!」
「いいや、俺だ!」
そう言いながら手を上げるが、誰も温泉から出ようとはしなかった。
「長湯が過ぎると逆上せてしまいますから、後一人くらいなら。この後には、お酒のお替りと料理もありますから。皆さんなら、いつでも温泉に来て下さい。その時にも、順番でしますよ。」
私の言葉に、皆が一斉にじゃんけんを始めた。
「よっしゃ、勝ったー!アイシャちゃん、お願いね!」
「はい!」
長いじゃんけんの結果、お店の中では若手のヴィントが勝った。嬉々として岩盤浴へと寝転ぶ彼を、他の皆は恨めしそうに見ていたのだ。
マッサージを受けたヴィントは、それはもう幸せそうな表情をしていた。そのまま眠ってしまいそうな彼を、私はマッサージが終わった瞬間に声を掛ける。
「気持ち良すぎて、眠っちまいそうだった。アイシャちゃん、マッサージ上手いね。」
「父さんで、練習してましたから。」
勿論、嘘ではない。昔は父さんでマッサージの練習してた。効果のあるツボの場所を把握したり、押す力の強弱を調整したりと。そうして私は、見事試験に合格して資格も取ったのだ。
彼等が温泉から上がると、家の中のリビングへと案内した。前々から用意していた料理を出すと、彼等は不思議そうに見ていた。
「日本酒に合うようにおつまみを用意しました。きっと、帰ったらまたお夕飯があると思いますので、食べ過ぎない様にと軽く摘まめる物だけにしてあります。」
「アイシャ、コレ、ひょっとして魚か?」
「はい、お刺身です。」
「オサシミ?このまま食うのか?」
「そのままでも食べれますが、色々と用意してます。醤油の他にワサビや柚子胡椒、おろしポン酢など、色々と用意したので、お好きな物で食べてみて下さい。」
やはり生魚を食べるのは躊躇するみたいだった。食べてくれるかな、と暫く待っていたら、ルドルガが醤油に付けてパクンと食べた。
「お、美味い。流石アイシャだな。」
「ルドルガ、お前、それ生だぞ…!」
「いいから食ってみなって。あ、こっちのユズコショウってのも美味いな。」
「どれどれ…。お、本当だ。ニホンシュにも合って美味いな。」
私の料理を食べていたルドルガと棟梁は、迷いもなく口に入れた。彼等の言葉を聞いて皆がお刺身へと箸を伸ばす。そして、食べた後には驚きの顔をするのだ。
「美味しい…!」
「生なのに、何でこんな美味いんだ?」
「この醤油、普通に売ってるのとは何か違うな。だから美味いのか。」
彼等は様々なタレを付けて、ドンドンお刺身を食べて行った。他に用意した和え物やカルパッチョも、彼等には好評のようで、あっという間に無くなってしまった。
「いやー、美味しかった!アイシャちゃん、本当に料理上手だね!」
「いいお嫁さんになるよー。ウチの息子の嫁にどう?なんてな!」
「ウチは娘だからなー。残念だ…!」
お酒も入ってほろ酔い気分なのか、皆終始笑顔だった。そのまま今日のお礼を再び言って、彼等は町の方へと帰っていった。
最後に残ったルドルガと棟梁に、レイアさんへのお土産を渡す。
「アイシャ、今日はありがとうな。」
「ううん、私の方こそありがとうございました。これ、レイアさんに。」
「助かる。またいつでもウチに来ると良い。レイアが寂しがってるからな。」
「棟梁さんもありがとうございます。」
棟梁は最後に、私の頭をポンポンと撫でてから帰っていった。
「さて、後片付けしなくちゃ。」
私は散らかったリビングを片付け始める。お酒も料理も全て綺麗サッパリ無くなっているのを見て、とても嬉しかった。少しでも彼等に恩返しが出来たのなら良いのだが。
片付けが終わると、私も温泉へと入った。やはり温泉は言い、最高だ。
結構な時間、入ってしまった。私は逆上せない内に温泉を出て、タオルで髪を拭いた。ふと、さっき頭を撫でられた事を思い出す。
アイシャの父さんは良く撫でてくれたけど、前世の父さんは余りそう言う事をしてくれる人ではなかった。何だかとても温かい気持ちが湧き出てきて、幸せな気持ちになった。完全に乾いたら、そのまま布団へと潜りこむ。
まだ家具が全部来たわけじゃないので、ベッドではなく布団だ。ふわふわとした気持ちのまま、私はあっと言う間に夢の中へと落ちて行った。




