第十話 成人
冬籠りを初めて、七日が経った。ラティスは毎日編み物を習いに来て、ドンドン上達していく。先日、やっとマフラーが完成したところだった。自分で出来た嬉しさに、ラティスは大喜びではしゃいでいたのを思い出す。
ラティスがマフラーに一週間苦戦している間、私は他にも色々編んでいた。取り敢えず、捨てられてしまった分のマフラーとニット帽を作ってラティスへと渡した。今度は夫婦には決して渡さない様に、念を押して。
その後に編んだのは、ヘアバンドだった。ティアラはあるがカチューシャの無いこの世界では、髪を纏める物が余りない。シュシュやピンはあるが簪の様な物は無いし、そもそも髪を結ぶ事自体が少ない。
毛糸と言っても、前の世界にあったような物だけではなく、普通の糸の様な感触の、サラッとした物もあるので、編んだ物全てがモコモコで暑苦しくなる、という事は無かった。毛糸なのに布のような触り心地なので、ちょっと変な感じはするが、困りはしない。
寧ろ、針さえあればもっと細かい物が出来るのに、と悔やんでいる。
「姉様、コレはどうするのですか?」
「えっと、それはね…。」
最初はマフラーだけ教えるつもりだったが、編み終えたラティスの期待が込められた目に、私はついつい教えてしまった。
編み方自体は同じなので、自分達で試行錯誤して行けば他の物も編めるかもしれない。ラティスはニット帽に苦戦していたが、私はその横でどんどんヘアバンドを編んでいく。
温泉に入るなら髪はシッカリ纏めてもらわなければいけない。シュシュでは温泉に濡れて駄目になってしまう為、水が掛かっても大丈夫な物が必要だ。ゴムが入っている訳でもないのに伸び縮みするこの毛糸は、へアバントとして編んでいるがヘアゴムとしても使えるようになっている。
「姉様は本当に凄いですね…。」
「そんな事ないよ。ただの慣れだもん。ラティスもあっと言う間に上達していくし、直ぐにコレくらい出来るようになるよ。」
「本当ですか!」
「うん。自分で色々考えて、新しい物を作っていくのは楽しいし。ラティスだけの物を考えて作ってごらん。」
「私だけの物…。」
ラティスは編み物の手を止めて、考え始めた。うんうんと悩むその姿はとても可愛らしく、つい助言したくなるのを、私は抑えた。
「ほら、今はニット帽を編んじゃいましょう。」
「あ、はい、姉様!」
ハッとした表情で、ラティスは再び編み始める。ニット帽が半分ほど出来た所で、今日の編み物はお終いだ。
「姉様、今日もありがとうございました。」
「どういたしまして。」
「…外が暖かくなってきましたね。」
「そうだね。もう少しで春が来そう。」
ラティスは沈んだ声で呟いた。春が来たら、私はこの家を出る。五年の間ではあったが、私にとってラティスは本当の妹のように可愛かった。
もう関わる事が無いかもしれないと思うと、寂しくなってしまう。きっと後数日したらその時が来るだろう。私は最後の日まで、ラティスに編み物を教え続けた。
そして二日後、ついに春が来た。
「姉様、おめでとうございます。」
「ありがとう、ラティス。」
見送りに来たのはラティスだけだった。ハーベリー夫妻はあれから一度も姿を見せなかったし、使用人の人達もラティスの送り迎え以外は現れなかった。ギードが一度だけ様子を見に来たが、少し話して直ぐに帰っていった。
「予定よりも早かったですね…。」
「…そうだね。」
「姉様がいなくなったら、とても寂しいです…。」
「まあ、私も…。」
二人だけでしょぼんとしていると、屋敷の方から誰かがやって来た。
「アイシャ、おめでとう。」
「ギードさん…!」
「お父様とお母様から、伝言を預かってきた。」
「おじさんとおばさんから?」
やって来たのはギードだった。彼は夫婦からの話を預かって来たらしい。
「今日をもって、アイシャはこの家との関係は無くなった。もう二度と、私達に関わらない様に、との事だ。」
「まあ、元々そういう約束でしたからね。」
「…アイシャ。」
「何ですか、ギードさん?」
少し躊躇った後に、ギードは話し始めた。
「ありがとう、アイシャ。」
「えっ…?」
「ラティスは、アイシャに懐いていたから、よくお父様達に怒られていた。だけど、どれだけ怒られようとも、いつも楽しそうに私に話をしてくれていた。」
確かに、ラティスはどれだけ怒られようとも、私の下へとやって来た。いつも嬉しそうに話をしてくれて、私もとても楽しかった。
「…きっと、このアミモノと言うのを教えてもらえなければ、ラティスはこの家では疎まれていただろう。だけど、コレは金になると言うのを理解したお父様はラティスを怒るのではなく、アイシャを騙して利用して来いと言ってました。」
「…姉様、私は…。」
「別にそれも、予想してたから大丈夫。ラティスはそんな気にしなくていいから。」
ギードの話に聞いて、申し訳なさそうな顔をして私をチラリと見る。
「…私は、お父様とお母様の言う事を聞いて生きていく事に、何も疑問を持たない。家族が大事ではあるし、アイシャは家族ではないと思っている。」
「まあ、私も家族とは思ってないし。」
私とギードの言葉に、ラティスは驚いた様な顔をしている。彼女にとっては、私も家族の中に入っているから、優しくしてくれていたギードにも言われてショックだったのだろう。
「だけど、ラティスは私にとって可愛い妹だ。その妹が懐いているアイシャを傷付けたい訳ではない。…だから、お互いこれ以上関わり合いを持たない方が良いと思っている。」
「私もそう思います。」
「そんな…!」
ラティスがどうにか出来ないかと話をするが、私とギードは静かに首を横に振った。私としてはあの夫婦にはもう会いたくないのだ。
「アイシャもそう考えてくれて良かった。では、私はこの事をお父様に話に屋敷へ戻る。」
「ギードさん、わざわざありがとうございました。」
「いや、私はもうアイシャと話す事は殆ど無いだろう。町中ですれ違ったとしても、何の関係も無いのだからそれだけだ。」
「そうですね。」
「だから、アイシャが誰と仲良くなろうと私の知った事ではない。」
「…兄様?」
ふと、ギードの表情が柔らかくなった。ラティスを見て、ニコリと微笑む。
「ラティス、お前もアイシャの事をもう姉として慕ってはいけない。分かるね?」
「…はい…。」
「それが分かっているなら、それでいい。私は、お前の交友関係にまで口を出すつもりは無いし、何も言われていないからどうしようもしない。」
「……。」
「後は、お前の好きにするんだ。ラティスとして、な。」
そう言って、ギードは屋敷へと戻っていった。ラティスはキョトンとしていたが、私は彼の言葉の意味を直ぐに理解する。
本当に、ラティスの事が可愛いみたいだ。
「あの、ねえさ……いえ、アイシャさん。」
「ラティス、私此処を出たら暫くはフィルダン大工店の棟梁の家に世話になる事になってます。」
「……?」
「その後は、町の外の森の中に居を構えて暮らそうと思っているのです。」
「も、森の中、ですか…?」
驚いた様な顔をして私見るラティスの目は、信じられないと言っていた。
「私は、友達が来るのを拒んだりしません。もしも、ラティスが私の友達として遊びに来てくれるのなら…、歓迎致します。」
「……!!」
「お互い、暇があれば、ですけどね。」
私は明日から仕事が始まる。どれくらいで家が出来るかは分からないが、それまでは棟梁やルドルガの家で世話になるのだ。当然忙しいだろう。
ラティスだって私から教わった編み物を、あの夫婦に教えていかなければならない。商売の為に、彼等は直ぐにでも取り掛かるだろう。暫くは忙しいはずだ。
「ラティス、私はここを出ます。もし次に会える時があれば、それはハーベリー家の商人の娘としてではなく、ただのラティスという少女だと、私は思っています。」
「はい!あ、アイシャさんに必ず会いに行きます!お友達ですもの!」
「…それでは、失礼します。お元気で、ラティス。」
「アイシャさんも、お体等を壊さないように。」
そうして、私はラティスに手を振って別れた。家の門へとやって来た私は、使用人によって開けられた門から外に出た。直ぐに門は閉められ、私は振り返る事無く町の中心街へと向かう。
棟梁の家にお世話になるのだから、何か手土産を持って行かなければ。
そう言えば、奥さんには会った事が無いなぁ。確か、一人息子であるルドルガと両親の三人暮らしだって言ってた。何かお菓子とか食べ物が良いのか、それともお酒とか嗜好品が良いのか…。
面倒くさいのでどっちも買っていこう。
私は市場に寄って手土産を購入してから、彼等の住む家へと向かった。
「今日から宜しくお願い致します。」
「まあ、貴方がアイシャちゃんね。主人やルーから話は聞いてるわ。暫く宜しくね。」
「はい。お願い致します、奥様。」
「あらやだ、奥様だなんて。もっと普通に接していいのよ?」
「でも…。」
「遠慮は無しよ!ウチで世話する分、シッカリと手伝ってもらうわね。」
「はい、勿論です。」
ついこの間、似たようなセリフをあのハーベリー夫妻から聞いた事があった。あの時は物凄く気持ちが悪くて、嫌な気分になった。
だけど、彼女からはそれが全く感じられない。下心など無い、本心からの言葉だからか、彼女の言葉はすんなりと私の頭へと入っていった。置いてもらう身で何もしない訳はなく、出来るだけ私も家の事を手伝おうと思う。彼等は、善意で私に住む場所を貸してくれているのだから。
「アイシャ、こっちだ。お前の部屋に案内してやる。」
「ありがとうございます、ルドルガさん。えっと、その、ルドルガのお母さん、失礼しますね。」
「気軽にレイア、と呼んでも構わないわよ。」
「それでは…、レイアさん、失礼します。」
「ええ。ルー、宜しくね。」
「ん、分かってる。」
にこやかな笑顔で私を見送ってくれたレイアさんは、ルドルガと一緒にやって来た棟梁と、何か話をしていた。私はルドルガに連れられて、家の二階にある一室へと入る。
「ルドルガさん、ルーって呼ばれてるんですね。」
「う、煩い、馬鹿!お前それで絶対呼ぶなよ!」
「ふふ、分かってますよ。」
「ったく……。取り敢えず、あの屋敷にあった家具は、今日中にこっちに届く筈だから、それまではこの何も無い部屋で我慢してくれな。」
「わざわざありがとうございます。私なんかに、部屋まで用意してもらっちゃって。」
別にちゃんとした部屋でなくても、構わなかった。それこそ、物置小屋で十分だと思ってたし。家具はひょっとしたら入らない場合もあったけど、それでも雨風が凌げて眠れる場所があれば良かったのだ。
「んな訳にはいかねーって。お袋、アイシャが来るの楽しみにしてたし。」
「そうなんですか?」
「ウチは男の俺だけだからな。親父は喜んでたが、お袋は娘が欲しかったみたいで残念がってた。」
「へー…。」
まあ、そう言うのは中々思う様にはいかないよね。
「取り敢えず、明日からまた仕事、宜しく頼むぜ。」
「はい!休んでいた分、頑張って稼ぎます!」
「明日は一回お前の家の様子も見に行くから、程々にな。」
「そう言えば、私の家、どうなりました?」
冬籠りの間、確認する事も出来なかったので、ルドルガに様子を見に行ってもらっていた。
「大分進んでるぜ。お前の考えた建築方法に慣れてきたのもあるし、あと十日もあれば出来るんじゃねえかな?」
「わ、凄い…!」
「明日見たら、もっと驚くぜ!」
得意げに言うルドルガに、私はクスリと笑ってしまった。後十日すれば、私の家が完成する。夢への第一歩だ。此処から私は、温泉旅館の為に頑張るのだ。
「そんじゃ、下に戻ろうぜ。今日はお袋が夕飯の用意してくれてるしな。」
「私もお仕事がお休みの日はお手伝いしますから。何かリクエストあったら、受け付けますよ?」
「本当か!俺、前に作ってくれたサイキョウヤキ?ってやつ食いたい!」
「ああ、練習で作ったのを持って行ったやつですね。」
「アレ、滅茶苦茶美味かった。」
「ありがとうございます。それじゃあ、レイアさんに相談してみます。」
冬籠りの為の保存食として、私が練習で作った物をルドルガにご馳走した事があった。ルドルガは物凄く気に入っていたみたいで、私の保存食なのに三枚も食べてしまった。
勿論アレはこの世界で売られている調味料の中から、それっぽい物を使って作ったので、正確には西京焼きではない。京都なんて此処には無いしね。
その内、味噌とかも手作りしてみたいなぁ…。この世界は何事も魔法で生活するから、魔力の少ない私はちょっと大変だけど。使わなくても何とかなる部分が多いので、現状そこまで困った事にはならないし。
下の部屋に行くと、レイアさんが既にテーブルの上に夕食を用意していた。私は直ぐに近付いて、何か手伝える事は無いかと聞く。
「今日はアイシャちゃんの成人祝いも兼ねてるから、大丈夫よ。明日から、お願いするわ。」
「すみません、お世話になるのに…。」
「ふふ、気にしなくていいわ。私、娘に憧れてたから、少しの間でも女の子が家にいるのがとても嬉しいのよ。一緒にお料理とかしましょうね!」
「はい!私、料理は自信あります!」
「さっき、俺、アイシャにサイキョウヤキっての頼んだから、お袋も一緒に作ってみてよ。アイシャの料理、本当に美味いんだぜ。」
「確かに、差し入れで出てくるのはどれも美味かったな。」
二人に褒められて、何だか私は照れてしまった。レイアさんは目を輝かせて、それは楽しみね、と言ってくれる。私も誰かと一緒に料理なんて久し振りだし、とても楽しみだった。
今日の料理はレイアさんが腕によりを掛けてくれたもので、どれも凄く美味しかった。私が自分で作る物は前世の記憶が元になってるのが多いので、この世界の料理って実は余り食べた事が無い。初めて食べた料理は本当に美味しかった。
棟梁が言ってた妻自慢の中に料理があったが、コレは確かに自慢したくなるものだった。




