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第4話


 翌日の朝、グランベリー勇者高等学院の敷地内にある学生寮から、学び舎に向かって大勢の生徒たちが登校していた。

 ヴァニアスはいつものように、たくさんの女子生徒、ヴァニアス親衛隊の面々に囲まれながら登校しようとしていた。

「ヴァニアス様、お鞄お持ちいたします」

「ちょっと、わたしが持って差し上げようと思ってたのに!」

 彼女たちの日課である、ヴァニアスの鞄の取り合い合戦が始まった。

「早い者勝ちよ! 今日はわたしの番なんだから!」

「あんた昨日も持ってたじゃない! ずるいわよ!」

 見かねたヴァニアスが仲裁に入る。

「けんかはやめないか。自分の鞄くらいぼくが自分で持つから、返してくれないかい? なんならみんなの鞄をぼくが持ってあげたいくらいなんだけど」

「まあ、なんてお優しい! ですが、そんなことでヴァニアス様のお手を煩わせる必要なんてありません! わたしたちが持ち回りでヴァニアス様のお鞄をお持ちいたしますので、ヴァニアス様はお気になさらずに」

「そうかい、いつも悪いね」

「なにが持ち回りよ! 二日連続のくせに!」

 再び始まった鞄の取り合い合戦を見て、ヴァニアスは仲裁を諦めた。

「ヴァニアス様、喉は渇いていませんか? おっしゃっていただければすぐにでもご用意いたしますので」

 いつも水筒を常備している親衛隊が恭しく言った。

「ありがとう」

「ヴァニアス様!」

 そんなヴァニアスたちの前に、腕を組んで眉を吊り上げ、怒りを露わにするルオーネが現れた。

「聞きましたわよ。昨日あのセルフィとかいう一年生と抱き合っていたそうじゃありませんの! どういうことですの!?」

 親衛隊たちが騒然とする。

「それは誤解だ。こっちに来てくれ」

 ヴァニアスはルオーネの手を引いて、人気のない男子寮の裏まで移動した。

「誤解だよ。男子たちと揉めてたところを助けた時に、あの子にしがみつかれはしたけど、抱き合ってはいないんだ」

「ヴァニアス様にしがみついたですって!」

 ルオーネの吊り目が更に吊り上がる。

「大勢の男子たちに囲まれて暴力を振るわれていて、それで怯えていた彼女が、助けに入ったぼくの背中にしがみついたんだ。あれはしょうがないさ。彼女に悪気はなかったはずだよ」

「本当にそれだけですの?」

「本当さ、ぼくが嘘をつくわけないだろう? なんなら昨日セルフィを囲んでいた男子たちに訊けばいい」

「そうでしたの。わたくしもレディですし、そういうことでしたら、この件はもう水に流すことにしましょう」

 そうは言うものの、ルオーネの顔はむくれていて、まだ少し怒っている様子だった。

「わかってくれてありがとう。それから、今のとは別に話があるんだ」

「なんですの?」

「ルオーネ、ぼくと別れて欲しいんだ」

 ルオーネが驚愕に両目を瞠った。

「ど、どういうことですの!? やはり昨日あのセルフィとかいう女と抱き合っていたんですのね!」

「それは違う。誤解だと言っただろ? さっきの話に嘘はない。でも、ぼくの気持ちは今、君じゃなくて、彼女に向いてしまっているんだ」

「そんな……。ずっとわたくしを愛してくださるとおっしゃってくださったじゃありませんか! わたくしと結婚したいとおっしゃったのは、嘘だったんですの!?」

「嘘じゃなかった。あの時は本当にそう思っていた。でも、自分の気持ちに嘘はつけない。ぼくが今愛しているのは、君じゃない。セルフィなんだ。ごめんよルオーネ」

「酷い! 酷いですわ! わたくしがなにをしたと言うんですの!?」

「君はなにも悪くない。悪いのはぼくの方だ。君という素敵な恋人がいながら、他の女性に気を惹かれてしまったぼくが悪い。でも変わってしまったこの気持ちはもう、どうしようもないんだ。だからわかっておくれルオーネ。今までありがとう。さようなら」

 別れの言葉を告げると、ヴァニアスは男子寮の裏から立ち去って行った。

 放心状態になったルオーネの膝が地面につく。ルオーネは暫く呆然自失となり、彫像のようにその場から動かなかった。

「こんなこと、ありえないですわ。なにかの間違いに決まっていますわ」

 うわ言のように呟きながら、ルオーネは立ち上がり、そして猛然と走り出した。

 男子寮の裏から飛び出し、全力でヴァニアスを追いかける。

「どいてくださいまし!」

 登校している生徒たちを、押しどけるようにして疾走していく。

 寮から校舎までの間に伸びる石畳を、再びヴァニアス親衛隊に囲まれながら歩いているヴァニアスを視界に捉えた。

 ヴァニアスに追いついたルオーネは、ヴァニアスの上着の袖を引っ掴んだ。

「待ってくださいましヴァニアス様! もう一度考え直してくださいまし! あの女に気が向いているのは、一時的な気の迷いですわ!」

 ヴァニアス親衛隊や、それ以外の登校している生徒たちが、ルオーネの大声に反応して一斉に振り向いた。

「ルオーネ離してくれ。ぼくの気持ちは変わらないんだ」

「嫌ですわ! 別れるだなんて嘘だと言ってくださいまし!」

 ヴァニアスが周囲を見回す。

「やめないか。みんなが見てる」

「おいおい、あれってヴァニアスとルオーネだよな」

「いつも仲良いのに。あの二人が揉めてるところなんて初めて見るわ」「あれってまさか、別れ話してるのか? まじかよ」

 周囲の生徒たちに別れの修羅場を見られ、羞恥によってヴァニアスのブレイブウォッチにブレイブエナジーが溜まっていく。

 対して我を忘れているルオーネは、周囲の目など気にしている余裕がないため、ブレイブウォッチの針はぴくりとも動かない。

「わたくしを捨てないでくださいまし!」

 ルオーネの青い瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れだす。

「君には悪いことをしたと思ってる。でもどうかわかっておくれ」

 ヴァニアスは縋りつくルオーネを強引に引き剥がすと、その場から走り去った。

「置いていかないでくださいまし! ヴァニアス様ー!」

 周囲の生徒たちの視線など憚らず、ルオーネは嗚咽を漏らして泣きじゃくった。

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