再会 2
「すいませんすいませんごめんなさいつい手が出ましたそんなつもりじゃなかったんですやってしまった父にもすぐ手が出る癖直しなさいって言われてたのに私どうなりますか処刑ですか処刑ですよねその前に一度実家に帰っていいですか父と母に最後に一度謝らなきゃ」
「うん、一回落ち着こうかシャト。てか息継ぎしろよ?」
シャトが土下座をしている相手、青嵐国の第二王子アディルカは、シャティエルに平手打ちを食らって赤くなった頬をハクレンに魔法で冷やしてもらっている。
普段は滅多に感情を乱さないハクレンだが、部下が王族に手を上げたこの事態に、さすがに顔色を無くしていた。
「殿下。私からもお詫びいたします。部下がとんでもないことを。責任は上司の私が」
「や、ハクレンもホント、気にしなくていいから。どちらかというと、悪いの俺だから」
「しかし」
「ハクレンさん! ハクレンさんに責任を取っていただくわけにはいきません! ここは私が腹を切って!」
そして腰の剣を抜こうとするシャティエルに、さすがに全員が青ざめたが、その柄をそっと押さえたのはこれまで傍観していたフィルローだった。
軽く押さえているように見えるのに、柄はびくともしなくてシャティエルは目を見張る。
フィルローはにっこりと微笑んだ。
「はいはい。落ち着こうねシャティエル。潔いのはいいけど、殿下が許すと仰るのに命を絶つのは忠誠心とは言えないよ」
「は、はい!」
フィルローの言葉は尤もで、シャティエルは急激に頭が冷えて柄から手を離した。
アディルカとハクレンはほっと息をつく。
フィルローはシャティエルに手を貸して立ち上がらせると、アディルカに視線を戻す。
「まあ想像は付きました。大方、城を抜け出して城下に遊びに行った殿下と知り合ったものの正体は知らず、こんなところで再会した上に王子だと知った、ってとこかな? びっくりするよねえ。シャティエル悪くない。悪いのは殿下ですよ。ねえ?」
アディルカは反論できない。そしてシャティエルは、フィルローの推測に驚く。
「ええ、見てたんですか? 何で分かるんですか気持ち悪い」
「シャティエル、すぐ手が出るだけじゃなく、思ったことすぐ口に出すのもよしなさいってお父さんに言われなかった?」
「ぐっ…。……言われました……」
「直しなさいね」
優しく諭され、シャティエルは肩を落とす。
「心がけます…」
フィルローは頷くとにっこり微笑んでアディルカに向き直った。
「殿下。次回の士官合同訓練について、詳細が決まりましたのでご報告に」
「あー、ああ。ちょっと待っててくれ」
「はい」
アディルカは手当てを終えたハクレンに礼を言うと、シャティエルに声をかける。
「シャト。また後で話せるか?」
「え、うん。じゃなくて、はい」
しどろもどろとそう答えるシャティエルに苦笑をもらし、アディルカは軽く手を上げてフィルローと共に書庫を後にした。
その場に残されたシャティエル、ハクレン、ついでに端の方でこっそり様子を窺っていたサイモンが、同時に大きなため息をついたのは言うまでもない。
「ああ…、死んだかと思った…」
言葉の割に、どこか緊張感のないシャティエルの声音に、ハクレンはさすがに眉をつり上げた。
「死んだかと思った、じゃない。お前はもう少し、王公貴族との接し方を見直しなさい」
いつも無表情だが怒ったことのないハクレンの怒気に、シャティエルはしゅんとなる。
「…はい、すいません」
ハクレンは萎れた様子のシャティエルにもう一度嘆息すると、戻るぞ、と彼女の肩を叩いた。
研究所に戻ってすぐ、ハクレンはシャティエルを伴って長に報告を行った。
シャティエルとしては黙っていてほしい内容だが、本来であれば不敬罪で罰を受けてもおかしくない事案だ。その場では不問となったが、これが後々に大きな問題となれば、長にも多大な迷惑をかけることになる。
そう諭されて、シャティエルは頷くしかなかった。やらかしたのは自分なのだから、せめてこれ以上周りに迷惑をかけないよう立ち回っておくべきだ。
長は二人の報告に驚いてはいたが、取り乱すことはなかった。
「なるほど。シャティエル、これ以降、感情のままに行動をするのは控えるよう心がけなさい」
あまりに冷静な指導に、むしろシャティエルは面食らう。
「…それだけですか?」
「殿下ご本人が不問にすると仰った上に、その場で取り成してくださったのがフィルロー師だというなら、心配はいらんだろう。その場にいたサイモンも口は固い」
「確かにそうですが…」
尚も不安そうなシャティエルに、長は笑顔を向けた。
「運の良いことに、この国の王族の方々は寛容かつ合理的だ。一度不問にするといったことをわざわざ蒸し返してまで、将来国にとって有望な魔法使いをみすみす失うような真似はせんよ」
確信を持ってそう言う長に、ハクレンが頷いた。
「ええ、そうでしょうね」
「ええ!?」
手のひらを返すようにそう答えるハクレンに、シャティエルは声を上げて彼の顔を見た。
「だってハクレンさん、後々大きな問題になるかもって」
「シャティエル、お前は少しくらい怖い思いをするべきだと思ってな。素直なところはお前の美点ではあるが、王宮で過ごすには正直すぎる」
シャティエルが瞠目する。そして、その場に座り込んだ。
「はあああ…! 確かに怖かった! 以後気を付けます…!」
ハクレンも長も思わず口許に笑みを浮かべる。
大事になるぞと脅されたことを怒るより、諭されたことを真摯に受け止める辺り、本当に素直な娘だ。
以後は軽はずみな行動はしないだろうと二人は胸を撫で下ろした。
「ところでシャティエル、アディルカ殿下とは城下で会ったそうだが、どうやって知り合った」
長の興味本意の質問に、シャティエルはすっくと立ち上がって笑顔を見せた。
この立ち直りの早さも彼女の良いところだ。
「はい! ルカ、じゃなくて殿下とは、私がチンピラに絡まれて返り討ちにした際に、放り投げた鞄を拾ってもらって知り合いました! そのあと道案内をお願いしたら、快く応じてくださって」
「待て待て待て」
長は思わずシャティエルを遮った。ハクレンも同じ気持ちだ。
さらっと流された部分の情報が多すぎた気がする。
シャティエルはきょとんと長を見る。
「…何だって?」
「道案内をお願いしたら、快く」
「そこじゃない、その前」
「えっと、鞄を」
「もっと前!」
そこでシャティエルはようやく、長が引っ掛かった部分を察する。
「ああ、チンピラですか? 大丈夫ですよ、急所は外しましたし、骨も折ってません」
猛々しいその台詞に、大人二人は眩暈を覚える。
「あのなシャティエル。私たちはチンピラの心配をしてるんじゃなくて、君の心配をしてるんだ」
シャティエルは、大きな瞳をさらに大きく見開くと、手をひらひら振って笑った。
「やだ長ったら! 優しい! でも私、結構強いから大丈夫ですよう。父から剣術以外に体術も教わってますし、チンピラの五人十人くらい余裕ですよ?」
からからと笑う十六歳の乙女に、二人の大人は今度こそ額を押さえた。
私たちがちゃんと見てないと。
ハクレンと長は強くそう思った。