再会
青嵐国の城には、魔石で作られた明かりが使われている。
この明かりが導入されたのは、十数年前かららしい。
魔力を取り込み保管出来るという特色があるこの魔石は、十四年前に青嵐の東部にある炭鉱で見つかった。
正確には、以前からこの炭鉱で大量に発掘される透明度のある石が、魔力を取り込むのに優れていることが、二十年ほど前に発覚したということであった。
それまでは炭鉱で働く者たちにとっては「キレイだけど邪魔だなぁ」くらいの認識しかなかったが、これが大変に希少価値の高いものだと解ってからは、この石の切り出しが主な収入源に代わった。
それからは当時数少なかった宮廷魔法使いたちが必死で研究し、とうとう魔石に取り込んだ魔力を動力源とする明かりの開発に成功した。
魔石に魔力を注ぎ、灯りを長時間灯すには、高い技術と熟練を要する。現状では、青嵐の宮廷魔法使い以外にこれを成功させた者はいない。つまり、青嵐だけが独占している技術であり、青嵐の魔法技術の高さを周辺諸国に見せつけることにもなった。
「魔石灯」と名付けられたこの石の優れた面は、炎を使えば常に可能性を持つ火事の心配が全くなくなることと、一度灯された魔石はその大きさにもよるが、大体半年から一年程度保たせることが可能なことだ。
最初は宮廷魔法使いたちの居住場所だけだったが、青嵐王がこの技術を高く評価してからは少しずつ使用場所を広げ、現在では王候貴族が出入りする場所はもちろんのこと、使用人しか出入りしないような厨房や物置部屋にまで使われている。
宮廷魔法使いの目標は、これを王城だけでなく国民たちにも行き渡らせられるよう、量産・流通ルートに乗せることである。
それはさておき、現状では作った魔石灯に光を灯すには魔法使いの呪文が必要なため、城内の灯りの維持管理は宮廷魔法使いの仕事の一つである。
そして、今日の担当はシャティエルとハクレンだ。
「こちらは終わりました!」
「そうか。次は書庫だな」
二人はリストを見ながら、交換時期に来ている魔石灯を回り、点検していた。
何しろ王城は広いので、一日がかりの業務だ。朝から始めたが、すでに外は夕焼けに染まっていた。
「書庫で最後ですね。あー、お腹空いたなぁ」
「あと少しだ。我慢しなさい」
ハクレンはリストにチェックを入れながら歩き出す。シャティエルも魔石灯が入った箱を抱え直し、後に続いた。
「これ、一人だったら迷子になりますよね。ハクレンさんと一緒でよかった!」
シャティエルの言葉にハクレンは眉をひそめる。
「道を覚える努力くらいはしなさい」
「わかってますよ」
そんな話をしながらも、すれ違う貴族に頭を下げたり使用人に挨拶したりする。中には唯一の女性宮廷魔法使いであるシャティエルを好奇の目で見るような者もいたが、気にしないようにしていた。
城の中はとにかく人が多い。いちいち気にしていたら疲れるというものだ。
ようやく書庫の前に辿り着いたところで、突然声をかけられた。
「ハクレンさん!」
振り返ると、声の主は書庫の管理をしているサイモンという豊かな髭の中年男性だった。
「サイモン、どうした?」
「魔石灯の交換ですよね? 西側の灯りの調子が悪いんですよ。先に見てもらえませんか」
眉を下げてそう言うサイモンに、ハクレンは頷いた。
「ハクレンさん。私は東側から確認していきますね」
「ああ、シャティエル。頼む」
シャティエルは元気よく頷くと、書庫の東側に向かった。
東側の書棚には、自国や周辺諸国の歴史の本が並べられている。以前からゆっくり見てみたいと思っていたシャティエルだが、この書庫は基本的に王候貴族や政治に関わる者が利用を許されている。宮廷魔法使いの長ならともかく、駆け出しのシャティエルが魔石灯の交換以外で出入りを許されるものではない。
その為、いつも横目に背表紙のタイトルを眺めるだけであった。
その日も読みたいなあ、と考えながら魔石灯の設置場所に向かうと、書棚の間に等間隔に設置されている机で、本を何冊も広げている人物がいた。
後ろ姿だったが、恐らく若い。そして仕立ての良い服装から、かなり身分の高い人物と推測される。とは言え、この書庫にいる時点で高貴な身分にあることは確定しているのだが。
基本的に、身分が下の人間が上の人間に声をかけることは許されていない。
シャティエルは邪魔をしない程度に会釈をすると、魔石灯の点検を始める。
ここは問題なさそうだ。…うん、こっちも大丈夫。
集中していたシャティエルは、近づいてくる人物に気づくのが遅れた。
突然肩を叩かれ、咄嗟に裏拳を繰り出し、しまったと思ったときにはその腕を掴まれていた。
相手が王族貴族なら最悪首をはねられる。
謝ろうと口を開いたが、相手の顔を見た瞬間、口から出たのは謝罪ではなかった。
「…ルカ?」
「縁があったな、シャト」
ルカ、と呼ばれた青年は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
そう、そこにいたのは、城下で出会った青年だったのだ。
「え、何で? どうしてここにいるの」
シャティエルは動転する。
どこかの貴族の子息だとは思っていたが、まさか城の書庫を使えるほどの身分とは思わなかった。
だが、ルカは機嫌が良さそうににこにこしている。
「そのうち城で会うかもとは思ってたけど、こんなに早いと思わなかったな」
「え」
その言葉で、シャティエルが宮廷魔法使いであることを知っていたのだろうと分かる。シャティエルは頬を膨らませた。
だったら言ってくれればいいのに、と言う言葉が喉まで出かかるが、すんでのところでこらえた。
粗相をしてはいけない相手かも知れない。
一体、ルカの正体は誰なのか。
その答えは、意外な方向からもたらされた。
「ああ、こちらでしたか。王子殿下」
その声にルカとシャティエルが同時に振り返ると、そこには士官学校の教師長であるフィルローが立っていた。
フィルローは、若くして軍の大将を勤め、現宰相のゼンリや、今や伝説となっているレイザン・アークと共に戦場をかけた猛将であった人物である。
だがその功績は何かの間違いではないかと思うほど、普段は穏やかな空気をまとっている。
しかし、シャティエルの思考はどうしてフィルロー師長がここにいるか、ではなく、彼が言った言葉だ。
「…王子殿下…?」
ぎぎぎぎ、という音でも聞こえてきそうなほどぎこちない動きで、シャティエルは首を動かし、そう呼ばれた人物をもう一度見る。
「あー、うん。一応王子です」
青嵐国の第二王子アディルカは、眉を下げて苦笑を浮かべた。
王子。ルカが、アディルカ王子。
「ぎゃあああああああ!」
尻尾を踏まれた猫のような悲鳴と共に、ぱあんという音が書庫に響き渡った。
書庫に響き渡った悲鳴に、驚いて駆けつけたハクレンとサイモンは、とんでもない光景を目にすることとなる。
左頬を押さえてぽかんとする第二王子と、その目の前で土下座をしている若き女性魔法使い。
その傍らには、口許を押さえて肩を震わせている教師長。
何がどうしてこうなった。