プロローグ
午園掬はどこにでもいる普通の、小説を読むのが好きで、書くのも好きで、ドラマを観るのが好きで、アニメを観るのが好きな高校三年生である。
そんな彼の、ある一日を覗いてみようと思う。
「いってきまーす」
いつもの時間に家を出る掬。いつものように寝不足でクマを作りながら玄関ドアを開ける。
目の前に、幼なじみの空野水菜がいた。
とりあえず玄関ドアをそのまま閉める。が、閉まろうとする前に足を挟みこまれ、そのまま上体を前にして片手で玄関ドアの側面をしっかり掴む。
そして思い切り手前に引かれ、掬はあっけなく玄関ドアに引っ張られて外に飛び出す。
「おはよう掬」
水菜にとって今の一場面はなんでもないことらしい。笑顔でそう言われた。
「あ、あはは……おはよう、空野」
「え、聞こえないんだけど、もう一回言ってくれない?」
「………………おはよう、水菜」
「うんおはよう。じゃあ行こっか。早くしないと鐘鳴っちゃうよ」
「そ、そうだね」
掬は苦笑しながら水菜の後を追いかける。彼女は天真爛漫に自転車にまたがり、「レッツゴー!」と言って掬を振り返ることなく発進する。楽しそうだった。
「――それでね、この前行ったケーキ屋さんがまたおいしくて!」
水菜はここぞとばかりに話をする。掬は相槌を打つ。話をする。相槌を打つ。この繰り返し。
あまり不自然でもないし、ぎこちないわけでもない。取り繕っているというわけでもない。昔からあるような二人の自然な関係。
だがこの関係、実はつい先日生まれたばかりなのだ。それまではお互い、避けるようにして生きていたはずなのに。
それがどうしてこのようになったのか、それを説明するにはまだこの先を見ていかなければならない。
草壁高校に着いた二人。自転車置き場に自転車を置くと、水菜の友達がいた。
「あ、りっちゃんとさっちー! おはよう!」
元気よく挨拶して離れていく水菜。ちらりと掬の方を振り返る。が、すぐにまた二人の方に顔を戻す。
「……はぁ」
力んでいた体の力を抜いて、体を丸めながら歩く掬。彼は猫背だ。
ふと、目の前に熊のぬいぐるみを持った可愛い幼女がいた。草壁高校の制服を着ているのでもしやここの生徒――というか掬のクラスメイトの宮部光莉だ。彼女はいつ見てもただの幼女にしか見えない。
「消えろ……消えろ……」
光莉が何かを諳んじている。掬にはその先の言葉が読めた。
「そして……散れ」
「いや、だから消えたら散れないよね」
「盲点。だが死ね」
「反論の余地もない……」
「そう。故に、爆ぜよ」
「どうしてそんなにぼくを殺したいの?」
「……見てて、ムカつく」
光莉もまたつい最近関係が変わった一人で、掬に対してだけ厨二みたいな毒舌を吐くようになった。これが恐ろしいくらい酷い毒舌なのだが、まあ愛らしいからそのへんは許している。
でもやっぱり心にはくる。
光莉は満足したのか、固まっている掬を放って昇降口のほうに歩いていってしまう。
「なにも悪いことしてないのに……」
掬はがっくりとうなだれる。
その横を掬のクラスの学級委員長である木澄雪が通り過ぎた。深刻そうな顔をした掬と目が合う。
そして、避けた。まるで腫物には触らないでおこうみたいな感じで避けた。
これは、前代未聞の出来事なのだとわかってほしい。学級委員長である雪は、人一倍責任感というものがあって、とにかく手あたり次第困ってそうな人がいたら助けてあげる習性を持っている。
でもそれを、なぜか掬にだけしてくれないのだ。こうなったのもつい先日から。
あぁ、一体つい先日に何が起こったのだろうか、気になっている方もいるのだろうが、もうちょっと付き合ってほしい。
なにせ先日から関係が変わった女性がまだあと二人残っているのだから。
「大丈夫か? 掬」
「……夜宵」
声をかけてきたのは科垂夜宵だ。彼女は関係が変わった残り二人のうちの一人だ。
「心配してくれるのか……?」
「ああ気にするな。これはただの言葉だ」
「想いゼロ!?」
「当たりまえだろう。掬にかける言葉に想いなんてあるわけがない」
「えーーーーー」
夜宵は声をかけてくれる。なのにまったく掬に興味がないのかまったく話を聞かないし、
「そういえば掬、君はどうしてこんなところで突っ立っているんだ?」
「これにはとても大きな理由がある。聞きたい?」
「もう鐘が鳴るな。急ぐぞ」
「そう言うと思ったよ!」
こんな感じで話がどんどん移り変わる。ついていけない。
「……うん?」
視界のに、こっそり柱の陰からこちらを覗いている女性がいるのが見える。あれはおそらく望月暗子だ。その名の通り暗い。しかも、目が合うと逃げる。
「はぁ……」
以上合わせて五人が、つい先日関係性が変わった女性達である。
どうして関係性が変わったのか、それは、この五人の女性達はみんな掬のことが好きになったからだ。
好きになったのは掬がなにか皆にちやほやされるような偉業を成し遂げたとか、好かれるような仕草をしたとかそういう話ではない。
すべてはそう、あの神社から事は始まったのだ。