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八杯目 クエスト

 ずぞぞぞぞ。

 喉を下って、全身に広がる柔らかなぬくもり。今日も今日とて味噌汁がうまい。


「はぁ、心が洗われるって、こういうのを言うんだなぁ……」

「ふふ、ダスク、言っていることがご老人のそれだぞ」

「まさに一気に年取っちまった気分だよ」


 愚痴をこぼす俺に、先に食事をとっていたユーリカは食後のお茶を啜りながら微笑んだ。今までは高級な紅茶を飲むことが多かったそうだが、せっかくだからと俺と同じ粗茶を飲んでいる。なんだかんだと、適応力の高い御仁であった。

 数席離れた場所からはサラのものとは思えぬ猫なで声が届いていて、本日の味噌汁から立ち上るほのかな磯の香りも台無しだ。


「それで、何かいい情報は貰えたのか?」

「いんやあ、何にも」

「それは困ったな。他に妹殿をよく知る人物などはいないのだろう」

「うーん、いることにはいるんだけどなぁ」


 味噌汁の湯気に鼻頭を温めながら、思案する。

 あのショタコンを除くと、俺が親しくしていて、かつルナとも交流のあるのはカミュくらいのものだが、あいつの情報などあてになるとは思えない。なにせ、あいつはルナに何度も告白し、何度も振られた逆撃墜王である。

 俺はといえば、感覚的にルナとの関係を作っているため、いざどうすればいいと問われると戸惑ってしまう。うぬぼれではないが、ルナは俺のこと大好きだし。


「やはり、私のことは私が何とかするしかないな」

「ごめん、できれば力になりたかったんだけど」

「何を言っている。ダスクは十分協力してくれたではないか」

「そ、そうかな」


 --やはり、まだ彼女の笑みにはドキリとする。

 空の食器を乗せて立ち上がる姿までどこか様になるユーリカ。しかしその雰囲気も長くは持たず、視線をうろうろとさまよわせる。

 しばらく味噌汁の中の貝と戯れつつ眺めていたのだが、やがて彼女の真意に気づく。


「……ユーリカ、返却なら注文したとこのすぐ隣」

「--かたじけない。助かった」


 やっぱりか。食事をしつつ、格好をつけてすました顔で言った俺に、ユーリカが礼を返す。

 いやしかし、食堂の利用すらスムーズでない彼女を、一人街に放っていいのだろうか。ユーリカ自身が一人でやる気満々なところ申し訳ないが、かなり不安である。なにせ、俺たちの家は《ジス》の吹き溜まりにあって、ユーリカがルナと仲直りするにはそこに行かざるを得ないのだから。

 そう思って視線をあげると、なぜかまだその場にいたユーリカと目があった。


「ダスク、その、すまないのだが……」


 彼女は目を泳がせつつ、気まずそうに言う。


「今日もまた、私に付き合っては貰えないだろうか……?」

「はいはい、お嬢様」


 残りの味噌汁を飲み干して、俺は待ってましたと立ち上がるのだった。


 ◇◆◇


「で」

「どうしたんだ、あがっぺ?」

「なあんでお前までここにいるんだ!」

「あっはっは、そう怒るなよ」


 別に下心があったわけじゃない。間違えた、すべてだったわけじゃない。つまりは下心があった。

 ユーリカみたいな美人とまた一緒にいられるとは何たる役得。そう思って何が悪い。

 当のユーリカは、そんな俺たちを眺めて「仲が良いのだな」などと笑っている。


「いいじゃんか。討伐依頼なんだろ? 俺も混ぜろよー」

「もう混ざってんじゃねぇか!」

「ダスク、よいではないか。友人をそう邪険に扱うものではない」

「そうだぞ、あがっぺ。お前友達いないんだから」

「くそう、くそう……」


 がたごとと揺れる馬車が、俺に泣いてもいいんだぜと言っている気がする。

 俺の過去のあれやこれをだしにしてユーリカと談笑するカミュ。緑の平原の景色すら俺を置き去りにして。こいつはいつもそうだ。俺に苦労を掛けておいて、自分は楽しく益を吸う。もう乗り合いの狭苦しい馬車の乗客全員が俺を笑ってるように感じた。

 きっと、この先の《仕事場》でも、俺は苦労せにゃならんのだろう。


 なぜこうなってしまったのか。それは数刻前までさかのぼる。


「ダスク、やはり私は贈り物をするしかないと思うのだが、どうだろう」


 二人仲良く食器を下げて、その時の一言が事の発端となった。


「いいんじゃないか? 受け取ってもらうのが一苦労だろうけど」

「しかし、ないよりはましだろう」

「そりゃあまぁ」


 実際、あいつは現金な奴だ。ストーカー紛いのことまでしたことのあるカミュが今でもルナに相手してもらえるのは、カミュが毎度何かしらの貢物を欠かさないことが大きい。この前など、ルナは菓子折りだけもらってカミュを吹っ飛ばしていた。気持ちはわかる、もっとやれ。

 とにかく、カミュのようにならない限り、贈り物は正しい選択なのだろう。

 そう考えている内にも、ユーリカはずんずんと進んでいて。慌てて追いかけてたどり着いたのは、ギルドの中央に陣取ったクエストボード。遠くからでも見えるよう背が高く、近くから見るには見にくいくらいの文字の大きさで、依頼書が乱雑に張られている。

 ユーリカは腕を組み、それを囲む人ごみの中に混ざってしまう。


「ユーリカ、そこにルナの喜ぶようなものはないぞ……?」

「何を言っているんだ、ダスク。そんなのは当たり前だろう」

「じゃあ、何で?」

「報酬を稼ぐためだ。謝意を示すのだ、ありあわせの金を使ったのでは申し訳がない」


 金持ちの考えることはようわからん。どうやら硬貨と言うやつには貴賤があったらしい。


「それに言い忘れていたが、魔王討伐の旅では旅費は自分で稼いでもらう。その程度の実力もなければ、魔王など討伐できまい」

「え、今なんて?」

「疑うわけではないが、ダスクの実力もみておきたいからな……おぉ、あれはどうだ」

「ねぇ、今とんでもないことを言ったよね。ねぇ」


 この聖クルスマギアから魔の領域まで、それはこの大陸の端から端までとほぼ同義だ。まだ依頼を受けると決まったわけでもないが、とんでもないことを言っている。

 だのにユーリカは「大したことではない」と話を聞いてくれないから、仕方なく指さす先を見る。そこにあったのは、ここから少し行ったところにあるクルス森林に住み着いたゴブリンの漸減任務、俺が昨日こなしていた任務で、ノルマを超えると狩った分だけ報酬が追加される。

 難易度も低く、根性さえあればいくらでも稼げるこの時期人気の仕事だ。

 だから、カミュのような道楽者も食いつくのである。


「お、早く来てみれば。あがっぺがボッチじゃないなんて珍しい」

「--朝からやかましい奴だな、カミュ」


 赤毛を適当に切りそろえた活発な印象の青年、それがカミュである。そんな彼が後ろからずんずんとやってきていた。


「こちらは……?」

「あぁ、こいつはカーミール・ラフ。気軽にカミュって呼んでやってくれ」

「かくいうそちらはユーリカ様っすね。ダスクから聞いてます」

「そうか、君がダスクの友人か」


 相変わらず敬語になり切れていない、軽い口調。彼は見慣れた俺などよりユーリカに興味があるようで、勝手に話を進めてしまう。


「それで、ユーリカ様は何をしてらっしゃったので?」

「いや、ここで依頼を一つ受けてみようと思ってな」

「それで、依頼はお決まりなんです?」

「あぁ、アレにしようと思う」

「へぇ、それでしたら……」


 ここで俺は気付いた。ユーリカの指さす先を全く確認しないやつを見て。

 奴は俺たちの受ける任務を知っていたのだ。目的は一つ。俺たちとパーティを組み、一人楽をすること。

 阻止せねばと思った時には、もう遅い。


「じゃあ僕は剣をレンタルしてきますから」

「何? 武器とは己のものを使うのではないのか?」

「詳しくは、あがっぺにでも聞いてみてくださいよ」


 このように、ユーリカの好奇心を巧みに利用され、質問攻めにあっている間にすべては終わってしまったのだった。

感想と評k(ずぞぞぞぞ

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