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二杯目 ダスク・ジス・アガペル

「騙しやがって、くそう、くそう……」


 ぶつくさとつぶやく俺を、太陽が見下している。後ろからは未だに大爆笑が聞こえてくる。あれだけの人数に囲まれて、バカにされて、耐えられる俺ではない。

 そう、ありていに言って逃げ出したのだ。


「待て、待ってくれ!」

「……あぁ、すいません、置き去りにしちゃって」


 小走りに、青い騎士服の裾と金髪を揺らして。麗しの彼女がやってきている……はずだ。

 振り返って確認したいけど、振り返りたくない。なぜって、後ろがやけに静かになった。きっと下品な笑みでこちらを伺っているのだろう。振り返らずとも、道行く人の好奇の視線がすでに痛いのだが。

 やがて、足音は俺の横までやってきて、そこで止まった。


「どうかしたのか?」

「いいえ、何でも。それより歩きながら話しませんか?」

「そうだな。ギルドのみなも急に笑い出すのだから、落ち着かない」


 彼女は綺麗な顔の小さな顎に手をやっていて、それがなお、俺の心を重くするのだった。


 人通りの多い大通りを歩く。彼らは一様にこちらを驚きとともに見て、奇異の視線をはりつかせる。せり出した露天商どもまでこっちを見るんじゃあない。

 この国の首都であるがゆえに見栄を張って作られた街並みは、几帳面なまでに整っていた。その中にぽっかりと空いた一軒分の空白には、木材が積み上げられていて。物々しい護衛付きのきらびやかな男が左手をかざすと、ぼうっと緑に輝いて木材が家の形をなしていく。


「おぉ、初めて見た。こうして街は作られているのだな」

「そうなんですか? これも、あなたたち貴族の仕事じゃあないですか」

「まぁ、そうなのだが」


 隣を歩く彼女の襟もとに、銀色の徽章がまぶしく光った。

 彼女の名は、ユーリカ・フォン・フラウリッヒと言うらしい。《フォン》の名も、銀の徽章も、この聖クルスマギアにおいて貴族階級を示すものだ。

 聖火教を国教に据えるこの国は、聖火の加護を受けた一部の者が貴族となり、その力をもって国を繫栄させる。聖術、聖火から流れ出るマナを使った奇跡の行使、そうして聖クルスマギアは栄えてきた。ゆえに貴族は自らに誇りを持ち、そして信仰の証たる左手の聖刻に誇りを持つ。

 だからこそ、俺はユーリカに違和感を覚えずにいられなかった。


「……ユーリカ様」

「ダスク殿、様をつける必要はないと言っただろう。私は貴殿に依頼する側であるし、年も変わらないのだ。畏まる必要もない」

「でしたら、ユーリカ様も殿などとつけないでいただけると助かります」


 ユーリカは俺の言葉に少し面食らった様子であったが、すぐにその顔にほほ笑みを浮かべる。


「ダスク、これで私のことも、ユーリカと呼んでくれるか?」

「--も、もちろん、ユーリカ」


 思わずそっぽを向いてしまう。ユーリカにはそれすらおかしいようで、ふふっと言う笑い声が耳をくすぐった。


「話を逸らしてすまなかった。どうしたんだ、ダスク?」

「えぇっと、ユーリカ……は、これについて聞かないん……聞かないのか」

「なんだ、そんなことか」


 俺が持ち上げて見せた左手に、ユーリカはこともなげに言う。


「ダスク・ジ--」

「ちょ! ここで言うなここで言うな!」

「--あぁ、そうか。すまない」


 俺の名前は、ダスク・ジス・アガペル。罪人の名、《ジス》を持ちながら、聖刻を剥奪されていない男。貴族が統治するこの国で聖刻に関して厳密に裁かれないことはない。つまり、俺が聖刻を持っているのは、そのまま何かしら法を破った証明となるのだ。

 だのに貴族たるユーリカは、ここに至るまでそれに触れなかった。


「だが、君のその名は、君の罪の証ではないのだろう?」

「……知ってたのか」

「知っているから、君のところに来た」


 ちらりと、ユーリカを伺う。

 その表情には、侮辱も、侮蔑も、軽蔑も、ありはしない。ただ、高潔な美しさで、こちらを見つめている。

 そのどこまでも澄んだ瞳に、俺の胸はざわめいた。


「その名は、君の父親からのものだろう」

「……」

「その奇才で貴族の地位を得た、偉大な聖術師。プラム・ノイ・アガペルからの」

「違う、アレはそんなたいそうなもんじゃない」


 掌に食い込む爪が痛い。俯いて、石畳を静かに踏みつける。


「聖火を消そうとした大罪人、プラム・ジス・アガペル。それが俺の……父親だ」

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