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一杯目 毎朝の味噌汁

「聖火のお恵みに感謝を」


 黒いローブをまとった人の列が、そんなことを言いながら石畳の通りを歩いていく。彼らの胸元には金と赤の刺繡で炎が象られている。

 聖火教の紋章。

 足を止め、彼らの持つ小鉢に硬貨を入れて祈る人々。その立てられた左手の甲にも、同じ紋章が黒く浮かんでいた。


「なんだよ、あがっぺもついに信仰に目覚めちゃった感じ?」

「はっ、そんなばかなことあるか」


 窓越しに気色の悪い行進を眺めていた俺に、声がかかった。

 視線を正面に戻せば、そこには一人の青年がいる。カミュ、いや、カーミール・ジス・ラフ。俺と同じハンターであり、歳も同じ十七歳。境遇も似通った、まさに腐れ縁と言うべき友人だ。

 机越し、によによと笑ってこちらを見るカミュの左手には、先ほどの紋章が、聖刻がない。そもそも、《ジス》の名を持つ若者で、聖刻を持つものは俺ぐらいのものだった。


「それよりさ。あがっぺ、本当にそのまま食事すんの?」

「いいだろ、別に。混んでるし」

「いや、その、袋の中に入ってたって、臭いもんは臭いじゃんよ……」


 呆れるカミュの視線は、俺が隣の椅子の上に置いた皮袋に向けられていた。確かに血なまぐさい。

 それもそのはず、この中に入っているのは緑のあんちくしょうことゴブリンどもの左耳だ。

 討伐の証明としてギルドへ換金しに来たはいいのだが、昼時の大混雑に嫌気がさし、併設された食堂でばったり会った友人と食事会。それが事ここに至るまでの経緯だ。

 混雑は未だ引くことなく、人が何十何百と入りそうな木造のギルドには男どもの雑談歓談猥談の類が渦を巻いていた。狩りを終えたハンターどもの列に加わるなんて、ここまで漂ってくる汗臭さに耐えてまですることじゃない。


「気にするなって、カミュ。お前だって、服に返り血がこびりついてんじゃねぇか」

「気持ちの問題だよ、気持ちの」

「おっ、来たぞ来たぞ。飯だ」


 恨み言をつらつらと垂れ流すカミュを遮る。数秒と立たず運ばれてきたのは、ほかほかと湯気を立てるお椀たち。見ているだけでよだれが垂れる。

 迷うことはない。俺は茶色の粒子が対流する椀を手に取って、ぐいっと胃に流し込む。


「っはぁ……」


 ため息がこぼれる。程よい塩味、独特のうま味。腹の底からポカポカと温まる感覚。貝からしみ出した磯の香りが素晴らしい。

 やはり、味噌汁は至高だ。聖火教なんぞ信じちゃいないが、大豆食品を推奨するのだけは評価してやりたい。

 傍目には大げさに余韻を楽しむ俺など、サンドイッチをかじるカミュは慣れたものだ。


「ほんと、うまそうに飲むなぁ」

「うまいぞ、味噌汁。お前に妹をやるにしても、この良さをわからない限りは--」


 その時、ただでさえ騒がしい空間にどよめきが走った。人ごみに隠れて見えないが、どうやら入口の方らしい。


「おい、見てみろよあがっぺ!」

「お前、いつの間に……って、味噌汁零れてんじゃねえか!」


 机の上に立っていたカミュに掴みかかる。味噌汁殺傷罪は死をもって贖うほかはないのだ。

 それでもなお、彼は興奮した面持ちで指をさす。

 ちらりと振り返り、そして俺の口から洩れた一言は、いたって単純だった。


「綺麗だ……」


 カミュをくびりあげんとした手から力が抜ける。

 歩くに合わせて揺れる金のショートカット。フォーマルな印象の強い騎士服は男ものであったが、加えて女性的な起伏も少ないのだが、そのたたずまいには優雅さのようなものが感じ取れて。なにより中世的な整った顔立ちが、その水晶をより集めたような空色の瞳が、俺の視線を捉えて離さなかった。

 彼女はすぐ近くにいた男に何やら尋ね、その男はあたりを見渡して、やがて俺を指し示した。


「おいカミュ、カミュ! どうしよう、こっち来るんだけど!」

「知るわけないだろ! さっきの強気はどこやったんだよ!」

「それはそれ、これはこれだ!」


 だんだんと彼女の顔がはっきりと見えてくる。まだ少しあどけなさの残る彼女は、俺と同年代だろうか。

 彼女が近づいてくる。カミュをより強くゆする。

 どんどん近づいてくる。もっともっとカミュをゆする。


「そうだ!」

「なんだ!」


 ひらめいたとばかりに指を立てるカミュ。


「カノジョ、お前に気があるんじゃね?」

「なん……だと……⁈」


 青天の霹靂。

 彼女に視線を戻すと、やはり俺を見つめている。

 なんてことだ。

 身長も高くない。亜麻色の髪もぼさぼさ。顔だって普通。そんな俺に、いよいよ春が来た。

 机から飛び降りる。周囲の人も察したらしく、俺と彼女の間には海を割るように道ができていた。

 よせやい。照れるじゃあないか。

 人々の無言の祝福を浴びながら。俺は彼女の前に立つ。

 精一杯の決め顔で俺は言った。


「何でもするので、毎日俺に味噌汁を作ってください!」

「--そんなこと、いくらでもやらせていただこう」


 弦を弾くような、美しい声。

 全身が喝采をあげる。顔がほころんでいるのが見なくてもわかる。

 彼女も嬉しいのだろう。小脇でガッツポーズを作って。


 もう片方の手で、書状を一枚、ずいっと俺の顔の前に出した。


「断られたらと思うと、気が気でなかったのだ」

「……へ?」


 後ろから、カミュの高笑いが聞こえてくる。

 見せられた書状は、国王印の魔王討伐命令だった。

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