「評価」を求める作者の方へ
以下に述べるのは、書き手に向けて記した、賀茂川家鴨の個人的な覚え書きである。
あなたは、とある「なろう作家」でありながら、「なろう読者」でもある。
数ある「なろう作品」の中から、好みの作品を検索しようとしている。
①新着作品を読む
②ランキング作品を読む
③好きなジャンルで検索する
④他人に勧められて読む
大抵は、上記のいずれかになるだろう。
では、なぜ、あなたの作品が「評価」されないか、少ない「評価」に止まるのか。
結論を述べよう。
あなたの作品が、「なろう読者」が「評価」ボタンを押すに足らないものだからである。
ただし、ここでいう「評価」とは、「なろう読者」がつける「評価」のことである。
「なろう読者」が、こころの中で評価しているかどうかは別の話である。
統計による「評価」は、ビジネスの魔物が用いる手法の1つでもある。
例えば、ある経営者は、営業ノルマを用意して、数値により社員の優劣を判断することができる。
物事を数値化することで、順列をつけたり、分類したりすることが簡単にできるようになる。
しかし、社会は数値ではないため、多少の誤差が生じる。
その基準が不適切であれば、非常に大きな誤差が生じる。
ビジネスの魔物は、利潤に繋がるものを優とする基準を曲げない。
言い換えれば、強いものが生き残り、弱いものは淘汰される基準は変わらない。
いかに分析方法を変えようとしても、ビジネスの魔物がもつ理念は変わらない。
これと同じことが、「なろう」の中でも起きている。
現代の大衆社会では、大衆が大きな力を持っている。
故に、大衆が優を付ける作品は、面白い作品である。
大衆に認められない作品は、面白くない作品である。
したがって、「評価」の低い作品は面白くない作品である。
文章力や題材などを含めて、面白くないと判断されている。
賀茂川家鴨の作品やあなたの作品に「評価」が少ないのは、社会に受け容れられていないからである。
残酷な現実である。
もし、あなたがビジネスの魔物に反抗しようとする熱意があるなら、はじめに「1人でもいいから最後まで読んでもらえる作品を書く」などの目標を決めて執筆するとよい。
逆に、もしあなたがビジネスの魔物に付き従うというなら(そのことが悪いわけではない)、はじめから読者の要望=制約を前提として書くことを覚悟しなければならない。
ただし、あなたが本当に書きたい作品ではないものを「製造する」場合、そうした姿勢が長く続けられるとは限らない。なぜなら、あなたが作品を執筆する行為が、趣味ではなく作業に変わってしまうからである。このタイプの作家は、本質的に、趣味で小説を書くことが理想や目標になっているから、商業作家には向いていないかもしれない。
もしあなたが「なろう読者」が求める作品を好きで執筆しているなら、これほど幸せなことはない。
ただし、流行は必ず廃れる。明確な執筆のための意志がなければ、作家はある日突然、こころが折れてしまうかもしれない。流行作者はその点に注意すべきである。
究極的には、いかなる理由であれ、読者のこころを掴むような作品を執筆しなくてはならないと思う。
なぜなら、ビジネスの魔物を批判したところで、最終的に作品を読むのは「読者」だからである。
いずれにせよ、「評価」や「受賞」の先には、目的=理想を用意しておくべきではないか。




