条件
「逃げるぞ! 夢見! お前まで失わせてしまったら小夜になんて言えば良いんだ!」
アルデハイドは夢見を抱え上げ、片手に箒を出現させると、跳ねるように跨がり、そのまま窓を突き破って飛び出した。
しかしジョーカーも簡単に逃がすはずも無く、それを追い掛けては窓から身を乗り出し、箒の先を掴んで容易にアルデハイドを止めてしまう。
『どこに行くの?』
「離せ!」
『逃がさない』
「私達はもうお前とは無関係だろう!」
『だからこそじゃないか。君を殺めても、何も思わなくて済む』
「くそっ! 火炎魔法『フランメ』!」
ジョーカーに向けられるアルデハイドの手の平から、火炎が放射される。
強烈な温度によって陽炎を起こし、猛烈な勢いで放出される炎はジョーカーの顔を覆い隠し焼き焦がしていく。しかしそれでもジョーカーは手を離さない。
そこへ、
「近代魔法『イナジマリーソード』」
アルデハイドの腕から跳ねるように飛び出す夢見の手に剣が現れ、ジョーカーの腕を切り落とした。
そして夢見が箒に掴まってぶら下がったのを確認したアルデハイドは箒を全力で前進させる。
風の切る音を鳴らして高度を上げていく二人をジョーカーは見上げて言った。
「ドラコー『――」
――しかしその途端だった。
ジョーカーの背後に突如として姿を現した何者かが、ジョーカーの頭を押さえ付け、そのまま床にねじ込ませた。
「もう約束を破ってしまったのね。あなた。……もっともそれは分かりきっていた事だけど」
床に顔を埋めるジョーカーを見下し、そう言ったのは李世だった。
李世はそのままジョーカーの後頭部に靴底を乗せて続ける。
「さぁ、どう調理してあげようかしら」
李世は頬に指を当てて考える。
そして答えはすぐに出た。
「……そうね。バラバラに裂くのが良いわね。あなたもそうしたのでしょう? ジョーカー」
「いやーナイスだったぜ。夢見。ハルシオン姉妹は勇ましいな」
遥か上空。アルデハイドの後ろで横向きになって腰掛ける夢見に、アルデハイドは横目で視線を送りながら言った。
夢見は流れていく景色を見下ろして答える。
「こちらこそありがとー……。でもこれからどうしたら良いのかなー……。私」
「どうしたらって……今まで通りで良いだろう?日常は変わらない。私にはしなければならない仕事が山ほどある」
「オレゴン君と妹が今頃大変してるんだよね……」
「あぁ、そう言う事か。助けたいなら協力しても良いが?」
「……が?」
「二人で何が出来るんだ」
「そう……だよね」
「けど助力を得る為の良い場所を知っている。まぁそこに賭けるか」
アルデハイドが向かった先は、ナンバー5の組織だった。
受付を済ませ、迎えの者が来るまで待機していた二人を、そうして迎えたのは、
「お待ちしておりましたよ。アルデハイドさん。あなたならきっとここへ来ると信じていました」
笑顔のナンバー5本人だった。
アルデハイドは腰に両手を当てて返す。
「何故かお前は私を評価してくれているが、思っているような人材じゃないぞ?」
「いやいや。聞けばあなたは様々な場所、国、地域でスパイ行動を行っているそうではありませんか。そこで培った知識と知恵だけでも素晴らしい評価点ですよ」
「……スパイ行動を行っていると知られている時点でスパイ失格だがな」
「……それだけで無いのでしょう?」
「ま! 想像に任せるぜ!」
アルデハイドはそこで肩をすくめると、隣に立っている夢見の腰を押して続ける。
「今回は依頼をしに来たんだ。金さえ出せば動くんだろう? もちろん要件は分かっているよな?」
「先人が居ますよ」
「なにぃ?」
アルデハイドが眉をひそめて尋ねる。そして問いに答えたのは、ナンバー5の背後からする声だった。
「ハルシオン君の姉妹と……あ、そうか。君が話に聞くアルデハイド君だね。先に妹がここで待機しているよ」
三人が視線を向ける。
そうして手を出してアルデハイドに握手を求めたのは、道化師のような格好をする少女だった。
隣でナンバー5が会釈している。
その少女は意気揚々として言った。
「初めまして。私がこの組織を創立した人間。スパイ活動が得意なんだって? 待ってたよ。君のような人材を……私の後継者を」
「おいおい。話が飛躍し過ぎだ。私は依頼で――」
少女は突如大きな杖を出現させると、それをアルデハイドに向け、話を遮る。
「――例え君が優秀な人材だとしても……目上の者に話すには、それなりの話し方があるだろう?」
「私は客人だぞ!?」
「……はは。面白い。依頼を請け負っていない以上、私とお前の関係はそれには満たない。そして、次に提示する条件を飲まない限り、我々は依頼を受けない……」
「なんだよ」
「ここで働きたまえ。アルデハイド君。最高の待遇と歓迎をしよう」
「冗談じゃない! これは私の依頼じゃ無いんだ!」
「……良いのかい? 友達に妹の面倒を見てくれと頼まれているのだろう? 最初こそ面倒だったが、そろそろ情が沸いて来た頃合いなんじゃないのか?」
少女はそう言って近くの部屋の扉を開ける。そこから転がる出るように姿を見せたのは、微睡ハルシオンと、雨芽エルだった。
「そんな覗き込むようにしなくとも、待っていれば良いものを。……それにしても、ほら。私の言った通り、アルデハイド君と君のお姉さんはこうしてここに訪れて来た」
「アルデハイドさん……。おねぇちゃん……。本当に……」
立ち上がってそう言うハルシオンから視線を逸らすようにしてアルデハイドは答える。
「勘違いしないでくれ。私は夢見の送迎をしただけだ」
「助けて……」
「あい?」
「リーダーを……助けて……」
ハルシオンの顔を見れば、先程まで泣いていたのか、目の周りを赤くしている。
そして……そこにさらに涙を重ねてハルシオンは言った。
アルデハイドは少しそこで考え、溜め息を付いて答える。
「小夜……。これで貸し借り無しだぞ……」
そして少女を見て続けた。
「最高の待遇と歓迎と言ったな?」
「あぁ。もちろん約束するよ」
「そこに最高の生命保険と年金を入れてくれ。だったらこの私をこき使ってくれて構わないぜ」
「決まりだね。ナンバー5、すぐに手配してくれ。内からは最高の戦力を出す。出来ればナンバー2にも声を掛けるんだ。仲良いんだろう?」
「……私は仲良くなどありませんよ」
「だったらハルシオン姉妹でも向かわせれば良い。それこそ溺愛しているのだろう?」
「なぜそんな事まで……」
「この世を制するは情報だ。だからアルデハイド君のような人間は貴重なんだ」
「なるほど……。では向かわせるとしましょうか」
「何言っているんだ。お前も行くんだよ」
「なん……です?」
「はい、行ってらっしゃい」




