罪、過ち
「着いたぞ。レムは大丈夫か? 病室は二階だったな。急ぐぞ!」
アルデハイドは夢見を箒から降ろすと、一目散に病院へ走った。
そうして立ち止まる事無く、走るアルデハイドに三人は続いて行く。
そのまま階段を駆け上がり、周囲から冷たい視線を送られている事も気にせず、四人は廊下をしばらく走った。
「レム!」
そしてとある一室の扉を、アルデハイドは息を切らしながら開ける。
その呼び掛けに答えたのは、最悪の人物だった。
『あれ? 最近、どこかで会ったよね? 君も小夜ちゃんのお見舞いかい?』
「ジョーカー……!」
『こらこら、病院では静かにしないとー』
ベッドに腰掛けてジョーカーは言う。
アルデハイドは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
そしてジョーカーの発言に虫唾が走る。
どの口がそんな常識を述べているのか。
アルデハイドが表情を歪ませて辺りを見渡すとそこは、真っ赤に染まった血塗られた病室だった。
血生臭い。吐き気が襲ってくる。しかし酷なもので、アルデハイドの多彩な人生経験はそれ如きで吐く事は許さなかった。
夢見とシャルルはアルデハイドの背後で口元を押さえている。こんな状況でも冷静でいれてしまっている自分にアルデハイドは嫌気が差した。
まるでロボットのように隅から隅へと一瞥して、分析するように部屋の状況を把握していく。
「何があったんだ……」
病室の壁全体に赤黒い血液は確認できるが、肝心の死体は見当たらなかった。しかし床の至る箇所に小さな肉片が転がっている所から一つの推測がアルデハイドの中に立てられる。
『何って……見ての通り。バラバラのシュレッダーの刑だよ』
ジョーカーは平然と述べた。そしてアルデハイドの推測は的中する事になる。
ではどうしてそんな行動に出たのか。その答え次第では自分達の命も危なかった。
「どうしてそんな事をしたんだ」
『だって、せっかく小夜ちゃんを分離させて上げようと思ったのに、周りの人が邪魔したから。だからこれは不可抗力』
アルデハイドの額を一筋の汗が流れる。そもそも、それは不可抗力とは言えない。やはりジョーカーに常識は通じないのだろう。
だがジョーカーの邪魔さえしなければ、命が助かる見込みはありそうだ。しかしそれは同時に、レムを見殺しにする事を意味する。そして肝心のレムの姿が見当たらなかった。
「レムは……どこへ行った」
『んー。どれだろう。たぶんこの辺の壁の染みかなぁ』
ジョーカーは壁を指差して答える。そしてその表情は楽しげだった。
アルデハイドに間に合わなかったと言う事実が刃となって心に突き刺さる。
背後では夢見が顔を青ざめさせて、後退りしていた。
状況は察しているようだ。
「つまりそれは……殺したんだな」
『えー。人聞きが悪いなぁ。殺したんじゃないよ。これは事故。勝手に死んじゃったんだよ。ごめんね小夜ちゃん。……だけどそれにしても脆いなぁ』
アルデハイドはそこで立ち尽くしてしまう。目前には友人の仇。しかし、どうする事も出来ない。
ただただ自分の無力を呪うしか出来無かった。
『まぁ、どちらにしても小夜ちゃんもレムと言う人も僕に一度殺されているんだから、今更感、半端無いよねー。それで? 君はどうするの? 敵討ち、する?』
アルデハイドの答えは決まっていた。そこまで愚かでは無い。
しかし、ジャックはアルデハイドの横を駆け抜けて行ってしまった。
「よくも……! レムを!!!」
「ジャック! やめろ!!!」
咄嗟に手首を掴んで振り払うように背後に投げ飛ばす。ここで無駄に命を失わせる訳にはいかない。ジョーカーは依然として楽しげだった。
『あれ? 止めちゃうの? もしかしたら友達と死ぬのが本望だったんじゃないの?』
「そんな事はない! 冷静さを欠いているだけだ」
『ふーん。まぁ、何だって良いんだけどさ。本当はぞろぞろと、ここに何の用事で来たの?』
「……レムの見舞い。それだけ」
『ほんとに? 本当は邪魔しに来たんじゃないの?』
執拗に尋ねると言う事は疑っていると言う事だった。そして自分達を殺す口実を探しているのだろう。そうさせない為にも、アルデハイドは無理矢理にでも話を変えた。
「……そんな事より、どうしてお前は小夜を含むナンバー2から9を殺したんだ?」
『煽られたから』
その程度だろうな。とアルデハイドはあらかた想像が付いていただけに驚きはしなかった。
しかし、背後の夢見とジャックは違った。
その様子を横目で確認して、この質問は愚作だったなと後悔する。
なぜこの状況でジョーカーに牙を向けるのか。敵うはずも無いのに、どうして冷静になって生き残る為の作戦を練らないのか。
アルデハイドはそこに少々の怒りを感じざるを得なかった。
そしてここは少し強引だが、この場から早々に去るのが最善の策だろうとアルデハイドは単純な思考を張り巡らせる。
「じゃあ、私はここで帰るか。レムも居ないんだったらしょうが無いな」
そうして部屋を後にしようとするアルデハイドに、ジョーカーは尋ねた。
『君。小夜ちゃんの友達だよね?』
「あぁ、もちろんそうだ」
『友達が殺されたのに、君は何も思わないのかい?』
「……」
『なーんて。死んでしまって人の為に何が出来るって言うんだよね。じゃあ、一つ良い事教えて上げる』
「なんだよ……」
『小夜ちゃんは残念な結果になったけど、オレゴン君は成功したよ。ここに来るまでに大きな渦、見えたでしょ?』
「あれがそうなんだな」
『せいかーい! じゃあ、僕はこれで!』
ジョーカーはそう言って手を降ると、返事も待たずに近くの窓から飛び降りて行った。
その途端、緊張の糸が切れたのか、アルデハイドが床にへたり込む。
「生きた心地がしなかったぜ……」
「まったくよ!」
そう言ったのはシャルルだった。ご立腹の様子だった。
そりゃそうかとアルデハイドはシャルルの態度に納得する。魂に関する話をするだけだと思っていれば命が脅かされたのだ。自分だって怒る。
そうしてシャルルは廊下から階段へ向かいながら言った。
「私は帰るわよ」
「お待ちなさい! あなたを牢獄から救い出したのは誰だと思っているのよ!」
ジャックが手を伸ばしてそれを追い掛ける。
しかしその手をアルデハイドは掴んで止めた。
「まぁ良いじゃないか。必要な事は聞いたんだし。それにあいつも牢獄で十分思い知っただろう。自分の過ち、罪を」
「……助けてくれた事は感謝するわ。それに……力になれる事があれば、協力してあげない事もない」
シャルルはそう言って階段を下って行く。
しかしジャックは気に入らない様子だった。
「あなたね! 実際に彼女を、助ける為に動いたの私なのよ!」
「分かってるって。私も感謝してるよ」
「しかも全部水の泡じゃない! 何もかもジョーカーが悪いのは分かっているけど、辛うじて生き延びていたレムの体に入り込んだ小夜とか言う女も悪いのよ!」
「おいおい。確かにこの結果は最悪だが、この期に及んで友の悪口を言うのは感心しないな」
「友達の悪口なんて言ってないわよ! 私は小夜と言う女の悪口を言ってるの!」
アルデハイドはそこで一瞬硬直してしまう。しかしすぐに返す言葉は浮かんだ。
「何を言っているんだ……お前は。私達は小夜の為に頑張って来たのだろう?」
「……はぁ? 小夜なんて、レムが無事分離したら……殺すつもりだったわよ。だって本来ならば死んでいるのよ!?」
「……そっか。私達はすれ違っていたんだな」
「どう言う事……? ……は?!! もしかして騙したのね!! 私を!」
ジャックがアルデハイドの胸ぐらを掴む。
対してアルデハイドはやられるかままだった。
「めんどくさいな。別に騙したんじゃないだろう。それにもう終わった話だ」
「あなたがちゃんと説明していればこんな事にならなかった! あなたがレムを救うって言うから!!」
「だって見た目はレムだろう」
「きーっ!! 許さない!!」
ジャックが奇声を上げて片手を上げた時だった。
唐突に天井が破られ、そこから現れた何者かによって、ジャックは踏み潰されてしまった。
あまりの突然の事に言葉が出ないアルデハイド。
見上げれば、屋上からずっと穴が続いている。
そして視線を落とせば、肉片となったジャックの上で、ジョーカーが楽しげに笑っていた。
『仲間割れするなら、ここで殺して良いよね。そっちの方がスッキリするし、ハッピーエンドだろう?』




