負けず嫌い
気が付けば自宅では無い場所に立っていた。そしてすぐに察する。これが転送魔法によるものだと。
並の人間では味わう事もほとんどない転送魔法だが、こうも連続して身に受けるとさすがに嫌気が差してくる。
ここは森だった。薄暗い森。空は不気味に赤く、周囲を照らす。
しかし今のオレゴンにはそんな事どうでも良かった。既に何もかも面倒くさかった。
ただ一つ。まだハッキリとする思いがあるとするのであれば、それは桜渦を分離させる訳にはいかない。その思いだけだった。
レムとの約束の為にも、ここでジョーカーの言いなりになる訳にはいかなかった。
「すまないが、帰らせてくれ」
『もちろんだよ。用事が済んだらすぐに帰してあげる』
「用事とは、分離の事か?」
『それ以外に何があるんだい?』
「そんな事をしてお前に何の得がある」
「えーと……気まぐれかな。まぁ、どちらにせよ貴重な物を見せてあげる」
そう言ってジョーカーは強引にオレゴンの腕を引っ張り、森の奥へと進んで行く。
草木を掻き分け、しばらく進んだ先でオレゴンが見た物は目を疑う景色だった。
『これが魔行列車。すごいだろう?』
それはとてつもなく巨大な列車だった。見上げるほどの高さはある。車体は黒光りしており、至る箇所に金の装飾が施されていた。
そしてこの存在自体にも驚いたが、もっと驚くべき事あった。
「動いているのか……」
その列車はこんな人気の無い森で人知れず走っていた。はっきり言って気味が悪い。一体何の目的で今も稼働しているのか。
オレゴンがそんな疑問を抱えるが、ジョーカーがすぐにその疑問に答えた。
『この列車はある物を囲うようにひたすら走っているんだ。いわゆる環状線ってやつだね。だけどこの列車、何が気持ち悪いかって、絶対に途切れる事が無いんだ』
「どう言う意味だ?」
ジョーカーが言うように、この列車を見てからずっと目前を走り抜けて行っている。異様に長い列車だな。とは思いはしたが、確かに言われればこの長さは異常だった。
最後尾を見ようと遠方を眺めるが、環状線になっている為、最後尾はやはり見えない。
そこでジョーカーはオレゴンの問いに続けて答えた。
『この先は人間の知らない地。何があっても近寄れない。空からも転送で入り込もうとしても、何故か入れない。魔人の遺産の一つ。一説に寄ると魔人の血が流れる者が近付くと、列車の最後尾が現れるらしい』
「それと俺をここに連れて来たのに何の関係がある……?」
『え? 何の関係も無いよ? ただ、ここは空気中の魔力の量が異常に多くてね。分離には打ってつけだと思ったんだ』
「だから俺はそんな事は望んでなどない!」
『だったらさ、力尽くで僕を倒してみてよ。強者が我がままなのはいつの時代も変わらないだろう? それにこの異様な魔力の中ではワンチャンあるかも知れないぜ?』
ジョーカーはそのままオレゴンの首を掴んで地面に捻じ伏せる。
今までに無い力で押さえ込まれ、対抗する気も失せるが、不思議な事に痛みは無かった。これが異常な魔力に因る物なのか。駄目元でジョーカーの腹部を蹴り飛ばしてみるが、これが異常な程の威力を生み、いとも簡単にジョーカーを吹き飛ばした。
「なんだ……この力は……」
『あはは、その調子!』
ジョーカーが再び距離を詰める。それに合わせてオレゴンは拳を突き出すが、ジョーカーはそれを屈んで回避するとそのままオレゴンの腹部に膝で蹴りを入れ、オレゴンの体が宙に浮かび上がった所で足首を掴み、そのまま地面に叩き伏せた。しかしこれほどの攻撃を受けて置きながら、ダメージは些細な物だった。
『少し本気で行くよ』
倒れ込むオレゴンの頭部目掛けて、靴底が振り下ろされる。これは回避しなければまずいとオレゴンは咄嗟に体を回転させるが、そのまま地面を踏みつける威力によって地面は抉られ、その衝撃でオレゴンは成す術も無く吹き飛ばされた。
この地が如何に特殊な場所で、如何に強化されようと、ジョーカーとは元のスペックが違い過ぎる。この場所では当然ジョーカーも強化されているだろうから、結局の所その実力差は埋まらない。
このままでは殺されてしまう。先程の攻撃から確かな殺意は嫌と言うほど感じた。無邪気な……子供が虫を殺すような純粋な殺意だった。
『もうおしまい? まだ力を秘めているんだろう? どうせ死ぬなら解放しちゃいなよ。それとも素直に分離する?』
「それは……させない」
『だったら本気出しなよ!!』
ジョーカーが急接近する。そして風を切る音と共に拳が突き出された。
「古代旋転魔法『ヘイトレドペンタロン』」
咄嗟に詠唱される魔法。その魔法はオレゴンの身を守るように黒い渦を発生させると、ジョーカーの拳を風圧で押し返す。
そして以前とは比べ物にならない程にその渦は巨大化していくと、その中心でオレゴンの体を優しく浮かび上がらせた。
『古代魔法! さすがだね』
ジョーカーも負けじとその渦へ単身で突撃するがそんな推力は軽く掻き消され、その体は蜷局を巻いて空へ空へと浮かび上がって行く。
そしてその後を追うようにオレゴンも渦の中心で浮かび上がって行った。
「渦刃『ヴォーテックス』」
そして続けて詠唱される魔法。オレゴンの手に灰色の木目模様の刀が握られる。そして剣先をジョーカーに合わせ、そのまま風の力を利用して一気に突き出した。
当然、身動きが取れないジョーカーにそれを回避する手は無い。しかしだからと言ってそんな事であっさりやられるジョーカーでは無かった。
ジョーカーはあろう事か、迫る剣先に自ら腕を差し出し、左手の平を貫通させた。そしてそのまま刀をコントロールして剣先を体から反らさせる。
オレゴンは慌てて刀を引き下げようとするが、貫通した左が刀身をガッチリと掴み、それを許さなかった。
ジョーカーはそのまま余った右手でオレゴンの頬を殴る。オレゴンはそのまま渦の中心へ身を引くが、当然ジョーカーは付いてくる。そこでまたジョーカーは拳を突き出した。
しかしそれをオレゴンは顔を反らして回避すると、
「科学魔法展開『メイルシュトローム』」
もう一つの魔法を展開させた。
するとオレゴンの左手に金属の剣が握られる。
『へぇ、科学魔法……』
オレゴンが一思いにジョーカーにその剣を突き刺そうとした所で、ジョーカーは離れた。
そうして再び渦に巻き込まれるジョーカーをオレゴンは追い掛け、その二本の刀と剣にて空を舞うように切り裂いていく。
ジョーカーは上手い具合に体を反らして致命傷だけは回避するが、その体の至る箇所から赤い鮮血が流れ落ちていた。
「終わりにしてやる」
不意にそう呟いたオレゴンが突如ジョーカーよりも高い位置に浮かび上がって行ったかと思えば、その上空で見下ろす様にジョーカーに狙いを定め出す。
そうしてジョーカーが赤い空を背景に静止するオレゴンを見上げていたかと思えば次に瞬間、金属の剣がその刀身を伸ばし、ジョーカーの胸部を貫いた。
一瞬の出来事だった。
あっという間にジョーカーは地面に叩き付けられ、砂埃を上げた。
そして舞い降りてくるオレゴンに、口から血を吐きながら言う。
『ちぇ。相手の力を見誤っちゃったか』
「お前は何がしたかったんだ」
『もう僕の目的は達成されたよ。ふぅ、だから次の目的は、次の僕に任せる事にするよ』
「何が言いたい……?」
突如ジョーカーの体が光の泡となって消えていく。そして、
『はい! 次の僕でーす!』
元気な声でそう言ったのは、オレゴンの背後に立つジョーカーだった。
慌てて振り返るオレゴンの腹部に飛び膝蹴りを入れて、ジョーカーは意気揚々と続ける。
『良い演出だっただろう? 僕ってさ。本当は負けず嫌いだから。今の蹴りはそう言う事で。……それじゃあ、僕は次に小夜ちゃんの所に行ってくるね。後は呼び覚まされるもう一人の自分と、感動の再開をしててよ。ね?』
「待て……」
オレゴンは手を伸ばす。しかしそこに既にジョーカーの姿は無かった。
そしてすぐに襲い繰る体の違和感。と同時に、聞きたくも無い声が耳に届いた。
「私の力を存分に使っちゃって。そんなに私と会いたかったのかい? 可愛い所があるじゃないの、辻風」
暴風が巻き起こる。それは先程のオレゴンの魔法とは比べ物にならない程大きく、この森全体を簡単に呑み込むほどの大きさはあった。




