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病。苦しみ

「こいつ……! まだ耐えるか……!」

 あれからアンソウシャブルの拷問をオレゴンは受け続けていた。

 何度もハルシオンがそれを阻止しようとアンソウシャブルに飛び掛かるが(ことごと)く失敗し、しまいには曰く拷問用の刀であっさり切り捨てられてしまった。

 ハルシオンでさえ、あっさりと意識を手離したと言うのに、オレゴンはそこにずっと立っている。あのアンソウシャブルが冷や汗を流す事態だった。

「……仕方ない。認めてやろう。だが一つ教えて貰おうか。貴様、精神力の次元はとうに越え、真に死に慣れているのだろう?」

 目を虚ろにさせるオレゴンは、細々と答える。

「あぁ……。一度は実際に死に、そのあとは悪夢の中で何度も殺されている」

「狂人め……。良いだろう。約束は守る。貴様の罪は不問としてやる。何が望みだ?」

「ジョーカーに……魂の禁断術の解き方は教えて無いのだろう……?」

「無論だ」

「だったら……良い」

「なに……? 何か言いたげであったではないか」

「……そうだな。強いて言うなら、俺とハルシオンを自宅まで届けてくれ」

「……まぁ、良いだろう」

 それからオレゴンは気を失うハルシオンと共に、自宅へ転送された。

 拷問は人を変えてしまう。

 そう実感したのは目を覚ましてオレゴンと共に過ごしたハルシオンだった。











「リーダー……」

「どうした?」

「いえ……」

 あれからオレゴンの様子がおかしかった。

 何をしても笑顔はなく口数も減り、明らかに元気がない様子だった。病気とか怪我していると言った事ではない。

 心が病んでしまっている。ハルシオンにはそう表現するしか無かった。

「あ、あのリーダー……!」

 それがハルシオンには苦痛で仕方がなかった。

 冷たくあしらわれて気分を損ねると言ったような苦痛ではなく、ただただ人格すらも変わってしまったオレゴンを思うと、自分の事のように心が締め付けられてしまう。息をするのも苦しい。

 そしてそれをハルシオンはどうにか改善したかった。

「微睡は……心配なのです」

 椅子に腰掛けるオレゴンの背後から歩み寄り、包み込むように腕を回す。

 ハルシオンに取り繕うような言葉は出せなかった。ただ素直に、今のオレゴンをどう思っているか、それを伝えるので必死だった。

 しかしオレゴンは淡々と答える。

「何が心配なんだ? 俺ならちゃんと元気だぞ」

「元気……には見えません」

「うーん……そう言われても俺は普通だしなぁ……。あまり俺を困らせないでくれ」

 本人はあくまでも普通だと思い込んでいる。気を使って言っている訳では無く、本心からそう思っているだけに(たち)が悪かった。

「リーダー。私はあなたの事が大好きなのですよー」

「何を急に……」

「だからリーダーの事はなんだって分かるのです。そして自分の事ほど案外見えないものなのです。だからリーダーも少し客観的に自 分を見つめて、私の意見をどうか心の隅にでも置いてあげてください」

「……お前が俺の事を思ってくれている事は十分に伝わった。ありがとう」

「はいっ……」

 とハルシオンがオレゴンの頭に顎を乗せて返事したその時だった。

 不意に部屋のチャイムが鳴った。

 それもけたたましく連続で鳴らされ、良く聞けば三三七拍子でリズムを刻んでいる。

 昼間からふざけた事をするのは誰だ。とハルシオンが玄関に向かうと、そこからどこかで聞き覚えのある声がした。

『オーレゴン君! あーそーぼ!』

 高いテンションはどこかエルと共通するものがある。しかしいやに鮮明に聞こえるその声は、男の者だった。

『鍵開けちゃうぞー!』

 声の主がそう言った直後だった。

 触れてもいないドアのロックがオートロック式でもなんでも無いのに、自ずと解除された。

 慌ててハルシオンがドアノブを握ろうと手を伸ばすが既に遅く、ドアは勢い良く開かれる。

『こんにちは! ……って君は確かハルシオンちゃんだったっけ?』

 どこにでも居そうな何の変哲も無い顔を澄ましてそう言ったのは、ジョーカーだった。

 しかしその声に何か違和感がある。

 思わずハルシオンが怪訝そうな表現を浮かべると、それを察してか、ジョーカーは楽しげに言った。

『あぁ、この声はね。いわゆるテレパシーって奴でね。それに合わせて口パクしているだけなんだ。まだ慣れていないからその違和感が出てしまっているのだろう』

 ジョーカーはそこで腰に片手を当てて続ける。

『オレゴン君居るんだろう? 今日は約束を果たしに来た。という訳でお邪魔するね~』

 ハルシオンの許可もなくジョーカーは中へ足を踏み入れて行く。

「待って! まだリーダーの具合が良くないのです!」

『へぇーそうなんだー』

 そうして腰掛けるオレゴンとジョーカーの目が合った。

「お前……! アンソウシャブルに殺されたんじゃ……!」

『そうだよ。殺されたよ。それが何か?』

「なぜ生きている……」

『まぁ生き残っちゃうものは仕方ないよね。それにしてもオレゴン君こそ具合が悪いってそこで聞いて飛んで来たけど、確かに悪そうだね』

「そうか……? そんな事は無いと思うが……」

『可哀想に……。魂が磨り減ってしまって……。心が壊されてしまったんだね』

「何の話だ?」

『君の話。じゃあ約束通り、分離させに来たよ。行こうか、魔行列車の森へ』

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