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禁断の魔法

 またもやここ、アンソウシャブルに来るなんて思いなどしなかった。気が付けばここへ転送した少女の姿は無い。

 一刻も早く状況を掴むため、眩む視界でオレゴンが辺りを見渡すと、あろう事かここはあのアンソウシャブルの部屋だった。ご丁寧に向かいの椅子には机越しにアンソウシャブルが座っている。

 またアンソウシャブルはアンソウシャブルで、困惑するオレゴンとハルシオンを見て二人を鼻で笑うと、楽しげに言った。


「オレゴンよ。急に呼び出して済まなかったな。単刀直入に言うが、お前に尋ねたい事がある」


 アンソウシャブルからの質問など、オレゴンには想像もつかなかった。回答も回答で慎重に出せねばどうなる事か。そんな事を考えるオレゴンは故に言葉を失ってしまう。

 そんなオレゴンに、アンソウシャブルは笑って言った。


「そう固くなるな。回答次第では悪いようにしない」


 大きく頷くオレゴン。アンソウシャブルの言葉は、裏を返せば悪いようにすると言う裏付けでもある。

 より緊張するオレゴンに、アンソウシャブルは本題を投げかけた。


「先程、ここにジョーカーと呼ばれる者が訪れてな。……知っているだろう?」


「……知っている」


「そいつが言うに、魂の禁断術の解き方の術を教えて欲しいそうだ。無論お前も知っているように、魂の禁断術はこの世界では絶対的に禁止。手を出した者は有無を言わさず処刑だ」


「何が……言いたい……」


「何、簡単な事だ。お前からは魔人の禁術の臭いはしていた。そこではっきりとお前から聞いておきたい。ジョーカーが指す魂の禁術を解きたいと言う人物はお前の事か?」


 オレゴンの額から頬に掛けて、一筋の冷や汗が流れる。正直に話すべきか否か。

 ここで嘘を吐いた場合、既にジョーカーから話の裏が取れているとして、自分を試そうとしているのであれば、その後の結果を想像するのは難しくない。自分から魔人の禁術の臭いがしていたなんて、わざわざ言ったくらいだ。アンソウシャブルの中では、何かしらの確信があるのだろう。

 とすれば正直に話すのが無難なのだろうが、脅す様に禁術に手を出した者は処刑と前振りをしている。こちらの選択も最善とは言い難かった。

 しかしここで無言を貫くのも、良い反応とは言えない。時間はもう残されてなかった。そうして結論が出せないまま、オレゴンが出した答えは、


「そうだろう……。俺の事だろう……」


 素直に話す事だった。隣でハルシオンが驚いた表情をしている。きっとどんな答えを出したとしても、驚いていただろうが。

 そしてアンソウシャブルの顔つきが変わった。

 オレゴンの鼓動が早まる。


「そうか……そうだろうな。ジョーカーの言っていたオレゴンとはやはりお前の事か」


 やっぱり裏は取れていた。素直に話した選択は間違っていなかった。オレゴンは安堵する。

 しかし、結果は同じだった。


「だったらお前は生かして生かしておく訳にはいかない。ジョーカーと同じく、私が切り捨ててやろう」


「待て! 俺が好きで手を出した訳ではない!」


 徐に立ち上がるアンソウシャブルの顔のすぐ横に魔法陣が現れる。


「私の名はアンソウシャブル。オレゴンの孫よ。貴様を罪人と見なし、この世から排除する。Iuratio『ラーミナ』」


 そこへ腕を突っ込み、魔法陣をガラス細工のように破壊しながら黒い刀身の刀を出現させた。

 

「は、話を聞いてくれ!」


「リーダー……! 駄目です! 話を聞いてくれませんよ! それに勝てるはずないです! 逃げますよ!」


 ハルシオンがオレゴンの手首を引っ張り、ガラスの無い窓枠の方へ駆け出す。


「逃げられると思っているのか」


 しかしアンソウシャブルがその場で刀を振るうと、まるで二人の進路を阻害するように無数の刀がどこからともなく現れ、床に突き刺さった。

 それには思わず歩みを止めて、アンソウシャブルを睨むハルシオン。


「どうして……」


 刀を二人に向けてアンソウシャブルは答える。


「この地に私の許可無く足を踏み入れる。前は逃がしたが、そもそもこれが大罪なのだ」


 そのまま駆け出す。

 そこでオレゴンとハルシオンは意を決めた。


「混血魔法『アニマ』『コル』」 


 両手を合わせ魔法名を口にする。

 立ち止るアンソウシャブルが怪訝そうな表情を浮かべた。


「禁断の魔法……。実に忌々しいな」


 次の瞬間、アンソウシャブルの背後へ高速移動したオレゴンが剣を振るった。その木目模様の灰色の剣をアンソウシャブルは振り向きもせずに刀で受け止める。そしてそのまま反撃に転じようとするが、その隙に駆け出したハルシオンが釘をアンソウシャブルに突き出した。

 アンソウシャブルはそれをどこからともなく出現させた刀を飛ばして迎撃しようとするが、ハルシオンもそれに合わせる様に釘を出現させ、刀を弾き飛ばす。


「その若さでこの私にここまで苦戦させるとは……面白い」


 そこでアンソウシャブルは標的をオレゴンへと移し、オレゴンの首を掴んでそのままガラスの無い窓へと押しやった。そしてそこから突き落とす。

 次に背後から迫るハルシオンの攻撃を回避すると、そのままハルシオンの手首を掴み、オレゴンと同じく地に放り投げた。

 そして落ちて行く二人を睨みながら片手を天へ掲げると、それに答える様に空から宙に浮く二人に向けて大量の刀が降り注ぐ。


「おっと……」


 アンソウシャブルはそう言って部屋の中へ引いた。

 するとアンソウシャブルが出現させた大量の刀を纏わせる黒い渦が、天へと巻き上がって行く。

 そして渦の中からオレゴンとハルシオンが、各々の武器を持ってアンソウシャブルに飛び出した。


「Cide『ホロコースト』」


 アンソウシャブルの魔法名と共に、二人を大量の刀が囲んだ。

 しかしまたしても合わせる様に現れた釘によってそれら全てが弾かれる。

 それでも不敵な笑みを浮かべるアンソウシャブルは高く飛び上がり、赤い夕陽を背景に二人を見下ろした。


「……あぁ。まるであの時のようだ。そろそろ私も本気で戯れてやろう。Miraculum『モーメントゥムライフ』」


 宙に浮くアンソウシャブルの手に、服装の色と反した白い刀が握られる。

 そしてオレゴンが気が付いたその時には、背中合わせに立つアンソウシャブルが刀の柄を背中に当てていた。

 思わず背後へ切りかかるオレゴン。何故か動かないアンソウシャブル。

 そうしてそのまま水平に振るわれた剣は、アンソウシャブルを……切り刻まなかった。

 と言うのもオレゴンの手にその剣は、既に握られていなかった。


「全ての刃は私の味方だ」


 アンソウシャブルの左手に灰色の剣はあった。

 思わず後退りをしてしまうオレゴンの横を、ハルシオンが通り過ぎる。そして釘を握り、そのまま突き出そうとした瞬間、ハルシオンは何かに躓き転んでしまう。

 この状況で自分がそんなへまをするはずないと足元を確認すると、そこには先程まで目前に立っていたアンソウシャブルが足を引っ掛けていた。


「力の差が分かって貰えたようで何よりだ」


 アンソウシャブルは灰色の刀を落とす様に捨てる。

 そして白い刀を転ぶハルシオンの脹脛ふくらはぎに突き立てた。

 ハルシオンの短い悲鳴が響く。


「やめろ!!」


 そこへアンソウシャブルへ駆け出したのはオレゴンだった。

 アンソウシャブルはハルシオンから刀を抜き、刀に纏わり付く血液を払う。そして迫るオレゴンの腹部に突き刺した。


「リーダー!!」


 痛みを堪えてハルシオンは立ち上がり、駆け出す。

 そこでハルシオンは一つ、違和感を覚えた。

 先程まではあった脹脛からの痛みが感じない。そして今も普通に走る事が出来ている。

 思わず自分の足を確認すると、そこには傷一つなかった。

 

「これは拷問用の刀。利口な君ならもう分かるだろう?」


 アンソウシャブルがオレゴンの腹部から剣を抜き去る。

 するとやはりそこに傷口は無かった。


「これで殺される痛みを何度も味わせる事が出来る。本来ならば生涯で一度しかない苦痛をお前は何度も耐える事が出来るか? ……まぁ、もっとも並の人間ならその一回で気を失う。もし私の拷問に耐える事が出来れば……そうだな、言いたそうにしていたお前の要件を飲んでやらん事も無い。さぁ、味わえ」


 アンソウシャブルは、いとも簡単にオレゴンの首をねた。

 苦痛で歪むオレゴンの顔。ハルシオンがその痛みを想像して、アンソウシャブルに強い怒りを抱く。

 が、当のアンソウシャブルは驚愕の表情を浮かべていた。


「お前……。死に慣れているのか……? いや、そんな事などあるはずも無い……」 


 今度は額に刀を突き刺す。

 オレゴンは涎を垂らして死の苦痛を身に受けるが、その瞳はしっかりとアンソウシャブルを睨んでいた。


「リーダー!!」


 当然我慢が出来ないハルシオンは駆け出す。

 それをアンソウシャブルは蹴りで吹き飛ばすと、改めてオレゴンを見て言った。


「……まだ意識ははっきりとしているようだな。……どこまで耐えられるかな?」

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