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混血魔法

「良い彼女さんね」


 オレゴンが目を覚まして最初に聞いた言葉がそれだった。

 あまりにも良い予感がしないその言葉に、オレゴンは思わず上半身を勢い良く起こす。不思議な事に体に痛みは無かった。恐らく李世によるものだろう。

 そしてオレゴンの傍らには、その李世が笑って立っていた。その背後には、ハルシオンがうつ伏せに倒れこんでいる。


「ハルシオンに……何をした!!」


 オレゴンは立ち上がり、叫ぶように言った。

 対して李世は距離を取るように跳ねると、静かな声で返事をする。


「人聞きが悪いわね。強くなるための修行よ。さぁ、今こそ詠唱するのよ。混血魔法『アニマ』『コル』。それで彼女さんの命は救えるわ」


「混血魔法『アニマ』『コル』……? ふざけた魔法だ。それでハルシオンが助かるだと?」


「うーん。もっと本気で。今や失われた消失魔法の一種。あなたなら出来るわ。でないと……」


 そこで李世はいつから持っていたのか、小さなナイフを構えて言った。

 それが脅しである事はすぐに分かる。オレゴンは少し自暴自棄気味に叫んだ。


「混血魔法『アニマ』『コル』」

「混血魔法『アニマ』『コル』」


 そしてその声に合わせる様に重ねられるもう一つの声。オレゴンの良く知った声だった。


「ハルシオン!?」


 驚愕するオレゴン。

 名を呼ばれた張本人がむくりと起き上がる。

 汚れた衣服をはたいて、にっこりと笑って答えた。


「私もにわかには信じて無かったんですけど、この方が騙されたと思って演技しろってー」


 ハルシオンは四大貴族である李世を指差す。

 そして空いた片手をぎゅっと握りしめて続けた。


「けど悔しい事に、この魔法本物みたいですよー、リーダー」


 ハルシオンにそう言われてオレゴンも自覚する。

 溢れんばかりの力が魔力が……それこそハルシオンに指摘されるまで気付かない程に体に馴染んでいる事に。

 ドーピング魔法のように違和感の強い身体強化などでは無く、それこそ端から自分の実力だったかのように自在に操れる力を感じた。


「なんだ……これは……」


 オレゴンの疑問に、李世が楽しそうに答える。


「実感して貰えて何よりだわ。これは魔人が世界を制して居た時代では何の変哲も無い有り触れた魔法だったのだけど……そうね、そんな事から説明しても切りが無いから簡潔に言うと、二人の力を合わせて強くなれる魔法よ」


「こんな便利な魔法……どうして今は廃れてしまったんだ?」


「あら、あなた勤勉なのね。良いわ、知りたければ教えてあげる。……そうね、確かにこの魔法は便利なのだけど、扱えるようになる為の敷居が高いのよ。具体的に言うと、パートナーとなる人物との魔法陣の結合。嫌々ではとても出来ないそれを、あなた達はやってのけている。よほどの信頼関係が無いと出来ないわ、そんな事。……だってそれは最悪の場合は死を意味するもの」


「どういう意味だ……?」


「……知りたい? そうよねぇ、知りたいわよねぇ」


 李世はそこで意地悪そうな表情をする。

 そしてオレゴンとハルシオンの濁った表情を確認してから続けた。


「……今は良いのよ。ただ後々にね? 魔法陣の結合をした者同士が互いに……もしくは一方が嫌った場合でも、それは魔法陣にも現れる。……つまり結合を拒否してしまうと言う事。そうなるとどうなるか、二人は力を高め合う以前に、力を失ってしまうのよ。あなた達がそれを知ってか知らずで今の状態にあるのかは分からないのだけど……せっかくロマンチックな関係にあるのだから、それを利用しない訳には行かないでしょ?」


 李世のその話を聞いてオレゴンとハルシオンは顔を見合わせる。

 その様子を見て、李世は口に手を置いてクスクスと笑って続けた。


「その様子だと知らずに……と言った感じかしら? 愛しあっているのね、あなた達。どうかその愛が不滅である事を祈っているわ。つがいの最後に吐いた息を吸って見届ける。素敵だわ。あなた達のエンディングがそんな終わりでありますように」


 そして何かを思い出したかのように言う。


「あーそうそう。そろそろね。お迎え」


「何の話だ……? どこかに行くのか?」


「そうね。あなた達がね」


 李世がそう言った直後だった。

 向かい合うオレゴンと李世の間に眩い光が現れ、次の瞬間にはそこに一人の人物が割って入るように立っていた。


「悪いが、この二人をここで失わせる訳にはいかないよ」 


 その人物は以前、アンソウシャブルで出会った道化師のような恰好をした少女だった。額から汗を流して、さらに口から垂れるほどに血を流している。

 李世はそんな少女を見て、少し面倒くさそうに言った。


「別に取って食べようなんて気は無いわよ。ただ、強くなりたいみたいだからその術を教えてあげただけ。それにしても、わざわざあなたが来たって事はアンソウシャブルさん……ご立腹なのかしら?」


「あんたの事は別に。ただ、用事があるのはこの二人さ。でもそれも分かっているんだろう? でないと転送魔法を弾き返すか、転送されてすぐに私を殺したはず」


「そうね。あの人の性格は良く分かっているつもりよ。まぁその子達優秀だから、教えてあげたい事は済んだし、もう興味ないわ。だからご勝手にどうぞ」


「あぁ、そうさせて貰う」


 少女の体が光り出す。と、同時にハルシオンとオレゴンの体までもが光り出した。そこでオレゴンは咄嗟に尋ねた。


「おい! どこに連れて行く気なんだ!」


 少女は笑って言った。


「『アンソウシャブル』さ」

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