暗躍する者と盗人
「見つけた……。そうよ、あなたが私の物を盗んだ、こそ泥ね」
「何の事や? 良く分からんわぁ。そんな事より、あんさんは強盗に見えるけど、反論あったりする?」
廃墟のような地下で不釣合いな玉座に腰掛けた、男にも女にも見える目の細い青年は、すぐ至近距離に立つ黒髪少女に短刀を向けながら言った。
「反論なんてないわよ。それにしてもその刀……。どこで手に入れたか教えてくれるかしら?」
「これは拾ったものや? あかん? 綺麗やろ? 羨ましいやろ?」
青年は立ち上がり、アジアンシックなコートのなびく裾を、踏まない様に気を付けながら少し距離を取った。
「どうせ戦うんやろ?」
「……何か、悪い事をした心当たりでもあるのかしら?」
「ちゃうちゃう。何もあらへんよ。ただ、そう言えば、この刀の持ち主らしき人物が現れたら殺そう思うてて。無理やりそんな感じにもってってんよ」
「その発想は正しく堕落者ね。その狐みたいな顔もいかにも堕落者みたいで……うっとうしいわ。いいわよ、遊んであげる」
「ひどいなー? それにしてもその貴族みたいな振る舞い嫌いやわぁ」
青年は短剣を構える。対して黒髪少女は魔法名を口にする。
「近代魔法『イマジナリーソード』」
黒髪少女が目前に現れた魔法陣を通り抜けると、その片手には剣が握られていた。
青年が思わず、「おお」と感動の声を零す。そして黒髪少女が斬りかかった。
「あぶなっ」
青年はそれを背後へ跳ねる様に回避した。が、黒髪少女は流れる様に連続で切り払い、追い打ちを掛ける。それを青年は時には刀で受け止め、時には体を逸らして回避し、やり過ごす。
そして、黒髪少女の動きが鈍ってきた所で、反撃に動いた。
「次はこっちの番やー」
短剣故に、攻撃の範囲は広くなかった。しかし、それが幸いしたのか、どうしても大振りになってしまう黒髪少女の剣の間合いを完全に詰めて一方的に黒髪少女を押し返していく事に成功する。
故に黒髪少女も、懸命に青年の攻撃を防ぐが、一向に反撃に移れなかった。
「なんやなんや、もう終わりー?」
青年の挑発に乗った黒髪少女が少し間合いを取って、反撃に出た。
しかし青年は、その一撃を、完全な威力を生む前に素早く刀で押し込んだ。
その衝撃で大きく仰け反る黒髪少女。このまま距離を取って体勢を立て直そう。そう考える黒髪少女であったが、青年は止まらなかった。
もしこのまま追撃してきた場合の対抗手段としてどう行動するべきか、策を脳裏で張り巡らしている内に、黒髪少女の手からは既に剣が失われていた。
「まさか」
「そう、まさか」
青年の手に握られている刀が伸びている。そしてそれは黒髪少女の握る剣を勢い良く弾き飛ばしていた。
「既にそこまで使いこなしているとは思わなかったわ」
未だ体勢を崩している黒髪少女は大した動揺も浮かべずに凛として言った。
「虚勢か」
対して青年は、怪訝そうな表情を浮かべながらも黒髪少女の体を貫こうする。
「隔壁『ミュールムーロ』」
そして黒髪少女が魔法を詠唱する。すると二人を裂くように、煉瓦の壁が現れた。
「あれれ、なんやこれ」
勢いを止め切れなかった青年が刀で壁を突く。
「えらい堅いなぁ」
そして壁越しにする声。
「私の家系に伝わる遺伝魔法よ。堅牢な盾にして最強の壁」
「壁やのに最強ってどうゆう事や……」
黒髪少女は落とした剣を拾い、目の前に現れた壁に触れた。すると、青年を取りかむように新たな壁が現れる。
「これであなたは四面楚歌」
「なんやなんや。怖いなぁ。まぁ、でも上から出ればええんよ」
青年は壁を蹴って飛び上がる。しかし青年の高度に合わせる様に壁も同様、せり上がり、天井まで逃げ場を塞いでしまう。
「無駄よ」
黒髪少女は壁を軽く押した。すると、あろう事か、すべての壁が一斉に青年に迫っていく。
「あかんあかん。なんやこれ」
それも一思いにでは無く、徐々に徐々に、恐怖心を煽るようにずるずると音を立てて迫っていく。
「かなわへんわ、こんなん。ちょっと追い詰めただけでこんな魔法しよってからに」
だんだんと追い詰められていく青年。
「ちょいまち! この刀はあんさんに返します! 返しますわ!」
そこで壁の進行が止まった。
「分かったわ。私も無益な殺生は好まない。けど、ひとつだけ質問良いかしら?」
「良いですけど……こんなしけた堕落者に答えられるものですかね?」
「カーディガンを着た女の子。見てないかしら?」
「さぁ? 私が記憶してる限り見てませんねぇ」
「……分かったわ」
二人を隔てていた壁が消えた。と、同時に青年が黒髪少女に切りかかる。
「油断大敵やでぇ!」
しかしまたもや黒髪少女は顔色変えずに、青年の刀を剣で受け流す。
「あなたが堕落者だと言うのは、あなたの次に私が一番理解している」
そのまま黒髪少女は青年の腕を掴み、そのまま捻り上げ、身動き取れない様に拘束した。
「次、抵抗したら殺すわよ……?」
青年は喉元に刀を添えられている恐怖からか、数回小さく頷く事しか出来なかった。
続けて黒髪少女は、青年の耳元で呟く。それも小さな声で囁くように、何かを呟いた。
「なるほどなぁ……。通りで」
「理解できたのであれば、あなたがどうするべきかは分かるわね……?」
「はぁ、でも私なんかで良かったんですかね?」
「ええ。もちろん。これは私の刀を盗み出した罰よ」