外伝「夢見とアルデハイドと……」
「アルデハイドさんでしたっけー? 改めてよろしくねー」
高速で移動するアルデハイドの箒の後ろに腰掛ける夢見が微笑んで言った。
見下ろせば様々な景色が流れていく。
校舎をいくつも越え、中にはグラウンドで実戦的な授業を行っている学び舎もあった。
二人が今通っている場所は広大な学園内でも特に、そういった教育が盛んに行われている地域でもあり、オレゴンのようにグループの設立を望む者はここに一年以上停在する事も珍しくない。
「あぁ、よろしくな。だが良かったのか? 喧嘩別れみたいになってしまっただろう?」
あれほどの事があったにも関わらず大して気にしていない様子の夢見に、アルデハイドは疑問を抱く。
今も横目で背後の夢見に視線を向けると、楽しそうに景色を眺める夢見が居た。
もっと落ち込んで居ても良いもんだろうと思うと同時に、良くも悪くもその様子は妹にそっくりだなとも思う。
ハルシオンとのメイド生活を思い返してみても、時折不安そうな表情を浮かべはしていたが、従順に仕事をこなしていた。強いのは強いが、それはそれで異常だと思う。
「……けどそこで立ち止っていても仕方ないでしょー?」
考え込むアルデハイドに返ってきた答え。それはそうだが……とアルデハイドは返事に困る。言っている事はごもっともだが、その答えにどこか釈然としないアルデハイド。
そこでアルデハイドはハルシオン姉妹に共通するある考えに辿り着いた。
「悲しかったりしないのか?」
それは感情の欠落。かく言う自分も感情豊かではないと思うが、それは今までの経験によるもので、自慢にもならないがハルシオン姉妹よりもっと過酷な人生を歩んできたからだと思っている。
それがこの姉妹は自分よりもっと感情が薄い。そうで無いのかも知れないけどそう思わざるを得ない。妹のハルシオンにしても殺人を犯した割には、今も平然としていた。
背後で笑みを浮かべる姉も、妹と喧嘩をして来たようには見えない態度。
そしてその変わらない態度で夢見は答えた。
「悲しいよー。でもここで悲しんでもあなたを困らせるだけだからー」
先程から正論が返ってくるが、そこに人間臭さは感じないなとアルデハイドは思った。同時に悲しさなんてものは、そんな理論で簡単に押し殺せるものでは無いと思う。
結局、何も感じてないのか、本当に感情を表に出していないだけなのか、アルデハイドには判断が付かなかったが、この姉は妹以上に淡々としている印象は受けた。
「そうか。まぁ、話が拗れなくて私からすれば好都合だがな」
気が付けば二人は小さな森の上を飛んでいた。
そこに人の姿など見えず、前方に見えるのは火災があったかのような廃墟だった。
急に高度を下げていくアルデハイド。
そうして二人は、廃墟の前に降り立った。
「ここはどこなのー?」
「元貴族様のお屋敷だ」
「どうしてここにー?」
屋敷の白い外壁は煤によって黒い薄気味悪く汚れ、窓ガラスも散乱していた。
そんな屋敷の前で夢見が屋敷を茫然と眺めながらそう聞くと、不意にボロボロの扉が開かれる。
そうして中から姿を現したのは、白いスーツを着た青年だった。夢見とは二度目の対面である。そして前に出会った時の事を思い出す夢見は顔を引き攣らさせていた。
「アルデハイド。待っていたわよぉ。……だけどオレゴンを連れて来る事は失敗したようね?」
その青年は夢見には目も暮れず、アルデハイドを見て言った。
「あぁ。それどころか、あいつレムの言ったようにジョーカーを止めるって聞きやしなかった」
青年は口元を吊り上げ、にやりと笑う。
「だったら殺せば良かったじゃない」
夢見が顔をしかめる。
アルデハイドは長身の青年の肩へ精一杯手を伸ばして触れると、夢見の手首を引き屋敷の中へ入っていく。
そうして青年に背を向けたまま言った。
「放っておいても何も出来ないだろう。ジャック、お前も病み上がりの身なんだ。余計な事はするんじゃないぞ」
「んまぁ、優しい言葉……。だけど、一つ尋ねて良いかしら?」
アルデハイドが歩みを止めると、ジャックと呼ばれた青年は屋敷の扉を閉めて夢見に歩み寄りながら続けた。
「ねぇ、あなたが連れている彼女はどうしたの? まさか実験体?」
ジャックは楽しそうに言い、そして夢見の頬を人差し指で突いた。
アルデハイトはそこで振り返ると、少し気だるそうに答える。
「私達の協力者だ。自己紹介はまぁ、追い追いするとして……。例の方は居るのか?」
「えぇ。奥の部屋で拘束しているわ」




